筋膜は、過去を記憶する。

 

 

「筋膜などの結合組織には、記憶が保持されている可能性がある。」

 

そう述べているのは、

多くの公開実験を通して、オーラフィールドの構造や機能を

詳細に研究したロザリン・ブリエール氏。

 

彼女の実験の中には、筋膜を用いた施術として広く認知されている

ロルフィングの創始者・アイダ・ロルフ女史と共に行ったものもあり、

筋膜への理解の深さは実証的な裏付けのあるものと受け止められます。

 

今回は、ロザリン女史のこの言葉を追体験するような、

興味深い臨床についてお話をします。

 

 

筋膜の両義性

 

筋膜は身体の各器官を包み込み、つなぎ合わせています。

体熱の保存や、循環系や神経系の機能の状態とも深く関わっていますが、

何よりも、私たちの身体の形を今あるバランスに保っている点で

特殊な重要性を持つと言えます。

 

 

本題に入る前に、

筋膜の性質について少しお話したいと思います。

 

皆さんは、膜組織と聞くと

「柔らかいもの」だと連想しませんか?

 

…柔らかいものが身体を支えるなんてあるわけがない。

支えるなら、やっぱり骨のように固いものでなくては。

 

私達には、無意識の先入観があります。

それは、物理学や化学や、地球の上での約束事を教育の形で学ぶ中で、

自然と「当たり前」だと覚え込んでいる様な事柄だったりします。

 

筋膜の施術をする前は、私自身、膜組織で身体が支えられているなんて

想像もしていませんでした。

説明されたとしても、イメージすることが出来ませんでした。

 

筋膜は、強度や形状がいかようにも変化します。

時には、「あれ?こんなところに骨があったかな?」と、

軟骨と間違えるくらいの固さで凝縮することもあるようです。

 

鶏皮を剥がす際、薄く白い膜が身と皮をつないでいます。

あれは、筋膜の一つです。

薄いのに丈夫で、相当な力を加えてもなかなか剥がれません。

弾力性のある線維構造で筋肉を包み込み、

腱を介して骨へと接合し、骨格の位置関係を決定しています。

 

内臓を包んでいる腸間膜なども、

同じように内臓の位置を安定させる役割を持ちます。

 

柔らかい組織でありながら、身体を支える筋膜。

経年の身体の癖によって位置のズレた骨や筋肉を

筋膜が「能動的に」戻すことはありませんが、

それ以上のズレを生じないようにストッパーの役割は果たします。

 

ストッパーは多くの場合、

過緊張によって形成された筋膜上の局所的な拘縮やしこりが、

その役割を担います。

 

筋膜の緊張はバランスのストッパーであると同時に、

私達の動作の伸びやかさや軽やかさを始めとして、

様々な機能の自由度を削いでいくものでもあります。

 

一方では身体のバランスが崩れないように支えているものが、

一方では身体の機能を抑制する原因にもなっている。

 

筋膜は、両義的な性質を持っているとも言えるかも知れません。

 

 

筋膜への情報の保存

 

この様に逆説的な性質をはらむ筋膜ですが、

そこへの情報の保存は、一体どのような形で行われるのでしょうか。

 

結論から先に述べてしまいますと、

物理的な形状として刻まれます。

 

形式は一つだけではないかもしれませんが、

少なくとも臨床で生じた現象を見る限り、

形として刻まれることがあると言えます。

 

臨床で目にしたのは、本当に見事な形状記憶でした。

「うわ~、身体に出来事そのものが刻まれるのかぁ!」

と思わず唸ってしまったほどですから。

 

 

身体に刻まれる「体験」

 

Aさんは10年ほど前、

オイルヒーターの角でお尻を強打しました。

 

あまりの痛さで起きているのも辛い程でしたが、

海外旅行から帰国するための準備をしていた最中のこと。

そのまま帰りの飛行機には乗りましたが、

空いた席を借りて、横に寝た状態のまま戻ってきたのだそうです。

 

私もここ1年の間に尾骨を強打しましたが、

打ち方が悪いと尾骨は本当に辛いものです。

頭から一気に血の気が引いて急激な貧血状態になり、

しばらくは頭を上げられずにうずくまっていたのを思い出します。

 

Aさんには、今までに施術の中で何度か

尾骨のまわりにアプローチをしたことがありました。

 

(アプローチする箇所は、施術者が恣意的に決めることはありません。

身体が手放す準備の出来た所を示してくれるので、

それに従います。)

 

ですが、きれいに過去の傷跡が癒えた、という感覚はまだ得られておらず、

何か残っているんだなぁ、出るべきものが出てないなぁ

という感触が残っていました。

 

 

 

尾骨には、坐骨に向かって伸びる仙結節靭帯と、

坐骨棘へ向かって伸びる仙棘靭帯が付着しています。

靭帯もまた、筋膜と同じ線維構造の組織です。

 

二つの靭帯は、骨盤を構成している腸骨と仙骨を強力につなぎ、

互いの位置関係を安定させる役割をしています。

 

仙結節靭帯 仙棘靭帯3

 

Aさんへの施術では、

尾骨の、しかも右側一帯ばかりに

集中的にアプローチすることになりました。

 

施術が経過して行き、

通常ならあるはずのない「溝」が突如として現れたのは、

まさにここでした。

 

溝の形状はまるで、

薄い板状のものが深く入り込んだ痕跡の様でした。

 

そうです。

ちょうど、薄い金属の板であるオイルヒーターがお尻にぶつかり、

勢いをつけて深く食い込んだ瞬間についた様な形状です。

 

 

刻まれた痕跡を解く

 

施術の経過は、次のようなものでした。

ここからは少し専門的な説明になります。

 

施術は、まず骨格全体の安定性と歪みを検査しながら

骨と皮膚や筋膜などの結合組織との間の大まかなズレを修正して行きます。

 

その上で、今の身体の状態の中で

バランスを崩すもっとも大きな要因になっている箇所を特定し、

ポイントを絞ってアプローチします。

 

この時の施術では、

最終的に絞られたポイントは、腰仙関節(腰椎5番と仙骨の間の関節)でした。

 

最終的なポイントと表現しましたが、

それは「ここで終了」を意味するのではありません。

ここからいよいよ施術の最重要部へと入って行く、入り口です。

 

その最終ポイントとしてなぜ腰仙関節に行き着いたのか、

腰仙関節とAさんの症状全般や全身の状態とはどう関連しているのか。

 

本当の意味での根源的な原因を求めて、

筋膜上に記された痕跡を辿りながら

身体に刻み込まれた時間をさかのぼります

 

筋膜上の痕跡は腰仙関節から下に下り、

仙骨の中心線(仙骨稜)を辿って仙骨の先端(仙骨尖)の右側へと続いて行きます。

 

その周辺には前述のように、仙結節靭帯があります。

筋膜の痕跡はそこで進むのを止めると、

同じところをグルグルと巡り始めました。

 

仙結節靭帯の尾骨に近い辺りを行きつ戻りつ、

同じポイントに何度となく引き戻されながらいる内に、

「溝」は尾骨の右側に姿を現わしました。

尾骨を、右側からえぐるような角度で。

 

 

過去の体験が、体表に再現される

 

Aさんは、

左右のふくらはぎが外に開きやすく※

殿筋が上に上がりやすいという

身体の特徴をもっています。

仙骨も尾骨も、殿筋と共に上に上がっています。

 

※「深部の筋膜は両脚に特有な輪郭を与え、これを包み保護する」

~L.Chaitow 『軟部組織の診かたと治療』より~

この一説からも、筋膜によって身体の形状そのものが左右されていることが分かる。

 

仙結節靭帯の尾骨寄りの辺りを集中的に辿っている間に、

まず骨盤(腸骨)から足先にかけての身体のアウトラインが滑らかになり、

筋肉の感触も柔らかくなって来ました。

 

同じ所をグルグルと経巡ることからやっと抜け出すと、

少し下へ移動して行き、

坐骨と尾骨の間に位置する坐骨下枝にトンと触れました。

 

軽く触れた瞬間、

まるで合図を待っていたかのように右側の下肢のむくみがす~っと、

あっという間に抜けて行きました。

 

Aさんの下肢には以前からむくみが根強くあり、

十分な変化をなかなか示さない所でした。

 

周囲のむくみが抜けるに伴って、

トンと触れた辺りを中心にして

斜めに走る凹みが現れ始めました。

 

しばらくしてそれは、「溝」になりました。

通常は溝などあり得ない所です。

 

これは、あっと言う間の変化でした。

あまりにも唐突だったために、

傷跡らしきこの溝は、ひょっとしてパラレルワールドから現れたのでは…、

なんて考えも頭をかすめました。

 

この三次元世界と平行に存在している時空間、

そこに保管されていたAさんの傷跡が、

隠されていたスイッチを押したら飛び出て来たのかも…と。

 

身体が過去に経験したことが

そのまま立体的な記録として残され、

それが相当な時を経た後に現象として丸ごと再現されたのです。

 

 

出現した溝がAさんの過去の受傷に由来すると分かったのは、

身体が変化して行く過程で昔の傷跡や症状が一旦再現され、再体験するケースが、

今までにも何度もあった為です。

 

私自身も、小さい頃はよく坂道で転んでケガをしていたのですが、

よく傷を作っていた右膝が変化した際に、

皮膚表面にギザギザの傷跡が再現された体験がありました。

 

症状の再体験は辛いものであることもありますが、

潜在化してしまった原因を顕在化し、意識で捉え直すという大切な過程です。

それを経てこそ、身体に残され、隠されていた原因を、

身体自らが手放すことが可能になるようです。

 

 

身体の「今」と結びつく過去の体験

 

再現された「溝」を埋めるのには、かなりの時間が必要でした。

溝のある辺りを、グルグル、ウロウロ。

筋膜上の痕跡をひたすら辿ります。

 

溝の辺りは、体組織が緊張で締まって凹みを形成していました。

次第にそれがゆるみ、溝がだんだんと浅くなって行きます。

 

やっと溝から抜け出すと、

尾骨の先端を通り抜けて左の殿筋へ。

左側でも、アプローチをしたのは仙結節靭帯でした。

 

左仙結節靭帯に触れた瞬間、

今度は右のふくらはぎが変化をし始めました。

 

先ほども述べましたが、

Aさんのふくらはぎは両方とも、外側へ張り出す形をしていましたが、

左仙結節靭帯に触れると同時に

右ふくらはぎが内側にす~っと寄る様な動きを示しました。

腓腹の変化6

 

仙結節靭帯は、坐骨と仙骨・尾骨をつなぎます。

そして、坐骨においては大腿後面の筋肉の内、

大腿二頭筋と半腱様筋と直接接続しています。

 

大腿二頭筋は腓骨頭へ、

半腱様筋は脛骨の内側上部へ付着します。

つまり、靭帯・筋肉のつながりから見ても、

仙結節靭帯はふくらはぎと直接的につながっていると言えます。

 

しばらく、ふくらはぎの自発的な反応は続きました。

反応がひと段落した時には、ふくらはぎの輪郭はスッキリとして見えました。

 

 

筋膜の痕跡は再び移動を始め、

仙棘靭帯の付着する坐骨棘の辺りへと向かいます。

 

坐骨棘の辺りへアプローチし始めると、

今度は左の骨盤(腸骨)が閉じ始め、

しばらくして左ふくらはぎに変化が生じました。

 

先ほどの右ふくらはぎと同じように、

左ふくらはぎも形状が変わり、輪郭が整いました。

 

その後は、尾骨尖端へ移動。

尾骨尖端へのアプローチでは、

仙骨の内側面に付着する膜が下に引っ張られる様な反応を示しました。

 

Aさんの仙骨と尾骨には、

後ろへ飛び出る様な形の特徴がありました。

極端ではありませんが、出っ尻傾向と言えます。

 

尾骨尖端に向かって仙骨の内側の膜が下へ移動する感触と共に、

仙骨の内圧が抜けて来ました。

 

解剖学書を確認すると、

仙骨の内側面には実際に前縦靭帯が走っています。

脊椎の前面を走り、仙骨・尾骨まで続いています。

 

仙骨の内圧が抜ける感触と共に、

仙骨・尾骨が平らになって行きます。

通常よりも位置が上にあった尾骨も、

これに伴って下に戻って来ました。

 

こうして骨盤・下肢に変化が生じ、

骨盤全体の中にふ~っと緊張が緩む感覚が広がった所で、

施術は終了となりました。

 

 

「過去」は活きた力として身体に作用している

 

Aさんの症例から、過去の傷跡が身体に刻まれていただけでなく、

それが今現在の身体的な特徴とも結びついていたことが分かります。

 

過去の傷跡が変化したことで、

その特徴的な形に見えていた部分も変化することが出来ました。

 

その人を特徴づけている部位や形状は、

変わることのない固定的なものではないことが分かったのと共に、

身体が変化して行く為には、アプローチの順序があったことも分かります。

 

過去の記録は、身体の中で静的に眠っているわけではありません。

常に生きて、活動しています。

新しく身体に蓄積して行く記録と密に結びつき、その形成に影響を与えているのです。

 

記録同士の結びつきは、時に幾つも重なり合い、

複雑になります。

 

その為、

身体の構造的なバランスを根本的に整え、

根源的な意味での健康を回復しようとするなら、

 

身体の声に耳を澄ませ、身体が私達に示してくれる順序を

尊重する必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

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