ねむ♫/ 2月 8, 2012/ 症例② 身体のスペシャリストに向けて/ 0 comments

『ヒーラーのための解剖学』は、全12回シリーズの講習会。
neMu no ki をお休みにして参加した2月の4日と、翌日の5日は消化器がテーマでした。
 
 
ヒーラーのための、というだけあって、
体表から体内の組織や器官の、形や状態を手で現実的に感じ取るための実習を多く含みました。
 
 
・・・と、さらっと言ってみましたが、「身体の外から内臓の状態なんて本当に分かるの?」
ですよね~^^
 
 
人間の手って、感覚器官としては超優秀なんです。
私は普段、neMu no ki でのバランス調整で、ケガや捻れなどの身体のクセの痕跡を体表から探していきます。
これは非常に微細な痕跡で、恐らくミリ単位にも満たないだろうな、と感じる箇所も沢山あります。
 
 
訓練を始めたばかりの頃は、そうしたポイントを触覚で捉えることがまず大変。
皮膚を触っている内に、かえって区別がつかなくなったり、頭が混乱してぐちゃぐちゃになったり・・・
まぁ、かなりの困難な時間を過ごします。
何が困難って、自分が触っているものが現実なのか、それとも自分の思い込みなのかの区別もつけられない。
それにその感覚が、一体全体、本当にモノになるのかどうかも保障がないわけですから。
気持ちは揺らぎっぱなしのまま、ひたすらそれでも練習するわけです。
 
 
 
で、かれこれ5~6年ほど経ち、今はクライアントさんとおしゃべりに興じていても、
ちょっと眠くて半分目が閉じていても^^;、
指は慣れた感触のポイントを自動的に探し続けます。
(自分の名誉のために弁解しますと、意識はいつも向き合ってるクライアントさんの身体にありますケドね!^^)
 
 
さて、内臓を手で観て取る実習の話に戻りましょう。
参加者の中には、そうした経験はほとんど初めて、という方も、もちろんいました。
そういう方の場合、まず「そんなこと出来るわけない」と思いがちで、それが最初の壁になります。
「出来ない」とか「難しい」と思うと、脳はそれが出来ない、あるいは難しくするための理由や状況をいっぱい探し出します。
 
 
これは、脳の性質なんですね。
脳は、忠実に私達の意識の要求に答えます。
ただし、その要求の良し悪しを判断したりはしません。
ネガティブであろうとポジティブであろうと、どんな要求であれ意識が望むものには答えようとします。
時には何年かかっても。
 
 
脳がこういう性質なのだと分かったら、逆に上手く活用することが出来ます。
いずれは感じられるようになると信じてトレーニングをしていれば、
本当に感じられるように、脳がいろんな情報や状況をお膳立てしてくれるわけです。
 
 
お膳立てには時間はかかるかも知れません。
今までそれに関わる情報を集めてきているなら、それを援用すれば良いだけですが、
全くゼロから集める必要があるのなら、それ相応の時間はかかります。
 
 
感じられると本当に信じていても、実際に感じられるようになるまでの時間は、長く不安に感じるもの。
でも実は、最初から手はすべての情報をちゃんと感じ取っていると、私は確信しています。
例えば、この人の皮膚は弾力があって柔らかいな、とか、胃の上部がちょっと固いな、とか、
その奥の膵臓も少し緊張があるかな、とか。
触った瞬間に、いろんな情報を重層的に得ているはずです。
 
 
では、何で感じられない、と思うのか。
「感じる」あるいは「観じる」という行為は、何となく包括的なもの、というイメージありませんか?
ですが、実は細かな事象を分析的にとらえて、それを再統合した感覚なのだと思います。
視覚も聴覚も、同じ。
 
 
例えば、音楽を聴いている時、曲を一つの全体として聴くことも、
メロディーやリズムという細かく分解された単位として認識することも可能です。
 意識を切り替えれば、全体性と細分化された個別性のあいだを自由に行ったり来たり出来ます。
五感で 感じる情報には、全てそうした細分化と再統合の過程が含まれているのだと思います。
 
 
情報をどう細分化するか、その人の個性が現れるのもそこでしょう。
細分化の箱、情報をなんていう名目の引き出しにしまうか、その整理の仕方を脳が組み上げていきます。
 
 
知識的な事柄なら、すでに学ぶときに分析された情報が与えられるので、習得は簡単。
その一方で感覚的なことを習得するのに時間がかかるのは、
感覚から入ってくるのはいつでも全体的な情報で、細分化がされていないから、
そして、今ある細分化の箱や引き出しはあくまで自分の経験したものを土台にして出来ているため、
新しい経験に対してはそのまま適応できないから。
 
 
この手触りが「胃の表皮」なんだな、この柔らかさが「膵臓」なんだな。
一つ一つの感覚を丁寧に分解して認識して、
それによって初めて、重層的な情報の中から必要なものが拾える自由さを獲得できるわけです。
 
 
経験や感覚をどう仕分けしたらよいか、
脳の中では腕の良い仕分け人たちが時間をかけて検討を加えて、誠実に仕事しているわけです^^
彼らを信じて、
私達ができるのは、ひたすら練習=感覚に基づく情報を脳にひたすら送り続けること!
なんですネ
 私もまだまだ、いっぱい練習しなくちゃ~!

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