ねむ♫/ 11月 19, 2015/ neMu ブログ④:自然との関わり, お知らせ

クライアントさんの中には、
私が前職で関わっていた馬について
興味を持って下さる方が
意外と多くいらっしゃいます。

馬からは、本当に沢山のことを学びました。
それが、施術に取り組む際の、
私自身の姿勢の礎になっていることは、
HPやお店のリーフレットなどで、ごく簡単にご紹介しています。

馬から何を学んだか。
これは多岐に渡っていることなので、
かいつまんで説明するのは難しく、

せっかく施術の間にご質問頂いても、
なかなかちゃんと満足にはお伝え出来ないところです。

そこで今回は、
そうした馬との思い出の中から、

「意識」の重要性について
初めて気づかせてもらった体験を、
詳しくお話してみたいと思います。

日本固有の馬:在来和種馬

山梨の牧場で馬と共に生活をしていたのは
6年半の間でした。

ここでは、厩務作業や調教やお客さんの指導や、
馬に関わる様々なことを仕事として行っていました。

馬に乗り始めたのは大学からでしたが、
それ以降、牧場に勤めるまでの間はずっと、
人が調教してくれて、すでに乗れるようになった馬に
乗せてもらっていました。
はい、まさしく、乗せてもらっていた、意識でした。

日本の乗馬クラブや観光牧場では、
主に競馬場などで初期調教を終えた馬を購入して、
そこからそれぞれの運営方針などに合わせて
さらなる調教を加えて行く事が多いと思います。

私が勤めていた牧場では、当時はまだ
乗り馬としては活用されることが珍しかった
和種馬を用いていました。

和種馬(主に木曽馬)を育成・調教して、
富士の樹海の中を馬に乗って
歩いたり走ったりする「外乗」体験を、
一般のお客様に提供するのを専門とした牧場でした。

和種馬は、
乗り馬として調教してあるものもまず珍しければ、
乗るのに適した体型をしている個体も限られていました。

人が乗るための馬の体型は、
首が高く扇形で、背中が緩やかに下向きのカーブのものが
理想的とされています。

先の大戦の際に、日本では国策として
馬格が大きく、戦力になる洋種馬を導入したそうです。

和種馬も、 戦国時代には戦場を駆けていました。
ですが、その小振りな体型のために洋種馬に取って代わられ、
以降は、主に荷駄として使われるようになりました。

使役されるのは、農作業や林業の現場です。
そうした場所では、乗るのには望ましい
駆動力が高く、敏捷性や反応性に優れた馬は、
残念ながら扱いにくいものです。

その為、ゆっくりと歩き、忍耐力があり、
荷を負うのが得意な馬が残されるようになり、
その結果、人が乗るのに適した性質と体型を持つ和種馬は
少なくなって行った、と言う話を聞きました。

野生性との格闘

乗り馬として用いることが出来る個体を求めて、
私が勤めていた牧場では、
場合によっては山奥から半野生のような和種馬を
連れて来ることもありました。
もちろん、それを、私も含めた牧場のスタッフが
調教していました(;・∀・)

(現在では、牧場での新生馬の生産が安定した為、
危険性の伴う半野生的な馬は扱っていません。)

そうした馬たちも、
人の管理している放牧地で育っています。
ですが、そこは人里離れた山深い所であることがほとんどです。

人の姿を見る事もほぼなければ、ましてや
人を乗せている馬の姿を目にする事もありませんから、
「人を乗せる」ということへの理解は、
ハナから持ちようがありません( ;∀;)

彼らにしてみれば、理由もわからずに、
背中には重くて硬い鞍を乗せられ、
腹はきつい帯で締められるなんて、
不愉快だし、十分に恐怖なはずです。

その上、さらに
二足歩行で直立姿勢の人間を乗せれば、
安定した四足のバランスは大きく揺らぎます。
馬の感じる怖さは、想像の仕様がありません。

意外に感じられるかもしれませんが、
馬は強い闘争心を持ちます。
危険を感じれば、尻尾を巻いて従うよりも、
誇り高く闘うことを選ぶ性質を持ちます。

さてさて、その様な誇り高き半野生馬との
格闘が始まりました。
何とか背中にまたがる間は我慢してくれますが、
初動、つまり一歩踏み出す瞬間が危険です。

馬が歩き出す瞬間、背中がごとりと揺れます。
それと同時に、
乗り手のバランスはわずかであっても乱れます。

すると、馬はここぞとばかりに背中を丸めて跳ね、
あるいは身体をくねらせたりして、
人間を落とすことに全精力を投入して来ます(^▽^;)

あの頃は、
落馬するために乗ってるんじゃないかと思う位
まぁぁ~、落ちました!

日課のように落馬している内に、
さすがに受け身も上手くとれるようになりまして。
お陰で、落馬のプロという称号まで頂きましたヨ!(;^ω^)

馬の感覚と意識

私が落馬のプロなら、
馬の方はさしずめ「落としのプロ」ですよね。

何度も乗っては落ちを繰り返す間に、
私の体重が馬の背中にかかった瞬間に、
そこに緊張が走るのを感じ取れるようになりました。

緊張は、
背中をわずかに丸める様な形で生じました。

つまり、乗り手に隙があれば
いつでも振り落とせる体勢を
馬が作っていたということです。
これはもう、条件反射になっていたんだろうと思います。

「落としのプロ」の立場で考えれば、
私の身体のバランスが悪かったために
背中の感覚が気持ち悪かったことも、
我慢できなかったのかも知れません。

当時はバランスの良し悪しが
どれだけ心理面に影響を与えるかや、
馬が持つ調和感覚の繊細さには
全く理解が及んでいませんでしたから。

では他の乗り馬(調教の出来ている乗れる馬)はどうかと言うと、
こちらも背中には力が入ります。ですがそれは
乗り手の体重をはねのけるためではなく、
支え上げるためです。

背中を丸めるのではなく、逆に
乗り手の体重を受け止めて少したわんだ状態で、
背中にぐっと力が籠ります。

そして、個体によって程度の差はありますが、
「理解しよう」という方向を持った意識が感じられます。

乗り手が背中に乗ると、
背中の方へ耳を向けて
乗り手の挙動を耳で聞き分けようとする馬や、

逆に耳を前方にすっと向けて、まるで
首筋全体で後方を感じ取ろうとするような馬もいます。

ちなみに上の例の内、後者の反応は、乗り手の指示が
どこから来ても即反応出来るように、
馬が自分の体全体を
意識で捉えようとしていた姿勢のように思えます。

反応や集中の仕方もそれぞれに異なりますが、
彼らには乗り手の存在を認め、
そこに応えようとする意識の流れがあります。

…と、
馬の背中の感覚や意識の流れについて
詳しく言葉で説明して来ましたが、
当時はこんな風には理解できていませんでした。

ですが、強烈に体感したものと言うのは、
記憶の中で色褪せることがないのですね。

それを、 今現在の思考や
理解力によって解釈し直してみると、
その体験にどのような意味や重要性があったのかが
広がりのある視野の中で初めて見えてきます。

牡馬を扱う

馬によって鍛えられて、
安全に落馬する技術もさることながら、

根性と勇気(無謀さとも言う…σ(^_^;))も合わせ持つ
立派な落馬のプロになった頃、
満2才の木曽馬のオスの調教を任されました。

オス馬(おすうま/牡馬)と呼ぶのは、
去勢していない種牡馬のことです。
去勢したものはセン馬(せんば)と呼びます。

オスは力が強くて気が荒い傾向があるし、
何かのきっかけで急に
人間を振り切って逃げ出したりするゾとか、

メスを見ると二本足で立って追いかけるから
(そういうのも実際にいたそうなんですねσ(^_^;) )
絶対に放馬だけはするなヨ!とか、

その扱いについては
周りの人からだいぶ脅かされました。

私の担当した牡馬は、蘭丸と言いました。
彼には恐れていた様な荒々しさはなく、

むしろ一生懸命に
人の言っている事に耳を傾けようとするような
愚直なまでの真面目さがありました。

とは言え、一度だけ、
急に何かに驚いて駆け出した蘭丸に、
長い距離を引きずられたことがありましたっけ~(;^ω^)

いえね、
蘭丸的にはイタズラをしてやろうとか言う意図ではなく、
ただただビックリして、必死だっただけなんですよネ。

途中で大きな石でも出てきたら
頭を打って死ぬかもなんて思いつつ、
引きずられた距離は50メートル位だったでしょうか。

絶対放馬しちゃいかん~!と引き綱にしがみつき…。
私も蘭丸に負けず劣らず、生真面目だったんですね。
この時に地面に擦って出来た傷痕は、今も
手首に勲章のように残っています。

ちなみに、少し離れたところには
その様子を見ていた人たちが結構沢山いました。

どうして馬を止めてくれなかったのかと聞いたところ、
「だって、鞍を引きずってるんだと思って~。
あんな距離だもん、まさか人間だと思わなかったよ!
夕方で暗かったし、ごめ~ん(笑)」とのこと。

…こら~、笑い事じゃな~い!(T_T)

人はつくづく当てにできんなと、
この時強く思ったのでした(^▽^;)

さて、くだんの蘭丸。
穏やかな性質の反面、
多少ヘタレな所もありましたが、

(後年、牝馬からとてもモテた蘭丸ですが、
必ず尻の下に敷かれていたのは
この性質のせいではないかな~。)

なによりも理解力が高く、
集中力や注意力も高い馬だということが
次第に分かってきました。

この様子なら、
少し難しい運動も出来るのではないか
と思うようになりました。

木曽馬をはじめとする和種馬は、
日本原産の馬です。

日本と言う風土の持つ力の作用なのでしょう、
和種馬も日本人と同じように
どちらかと言うと小さくてがっちりまとまった、
いわゆる胴長で短足の傾向がある、
親近感の湧く(;^ω^)体型です。

頭も西洋の馬に比べると大きく、
この重い頭と体型のせいで
優雅な動きや細かい足さばきは出来ないと
残念ながら決めつけられている節がありました。

私個人としては、理解力があって
そこそこバランスのとれた馬なら、種類に関わらず
ある程度の難しい動きだって出来るはずだと、
そう信じていました。

ましてや思考力が優れていれば、
もし体型によるペナルティがあったとしても
カバー出来るはずです。

調教

進む、止まる、走る。
これらの動きは馬が自然と行うものなので、
その初動が来る時の気配やタイミングを
乗りながら感覚的に把握して行きます。

そして、今度は
鞍への体重の掛け方や
身体のバランスを工夫しながら、
その初動が起きた時の体勢を乗り手が作り出し、

乗り手のバランスに馬が反応して
要求された動きを行う様に導いていきます。

訓練が目標とするのは、
心理的には興奮せずに、
身体的には無理のないスムーズな動きで、

指示に応じて前進の速度を
自在に変えられるようになることです。

蘭丸はまだ子供でしたから、
無理は禁物でした。

肩よりも先にお尻が成長して
身体の構造的な均衡がとれていない為、
無理の出来ない時期でもありました。

訓練は骨格の成長や筋肉の安定性を見ながら、
時間をかけて行います。

混乱するほど、考えて。

ここまで出来るようになったのを見届けて、
斜めに歩かせる動きを教え始めました。

馬は左右半身の片側で体重を荷重し、
浮いた半身の前後の脚を
荷重している脚の斜め前に進ませます。

前から見ていると、前後の脚で
同時にXを描くように動きます。

基本的には、馬は
同側の前後の脚がバラバラに動きます。
これを斜体歩(しゃたいほ)と呼びます。

同側の脚を同時に動かす斜め歩きは、
従来とは質の違う動きになります。
どうやって動いて良いのか、
蘭丸自身も分かっていませんでした。

最初はまず、反対脚の斜め前に
こちら側の脚を動かして出す、
と言う事を覚えさせるために、
試行錯誤しました。

まずは乗った状態で、
自分の身体の軸を微妙に傾けたり
馬の片腹を自分の膝下で押したりと、
乗り手の体勢で動きを伝えようとしました。

ある時、練習中に
自分の動きでよろめく程、
蘭丸が頭を左右にブンブンブンと、
大きく振りました。

この仕草にセリフを付けるとすれば、
「うわ〜ん、もぉぉぉ~~、どうすりゃいいのさ、
困ったよ〜!」です( ^ω^;)

蘭丸も、
必死にこちらの意図を汲み取ろうとして、
苦しんでいた事が分かりました。

この様子は何とも可愛くて
思わず笑ってしまいましたが、
それと同時に
「あぁ~、可哀想なことをしてしまった~。」
と思いました。

私自身も斜め歩きの正しい感覚が不確かだったため、
身体のバランスから正しい動きを汲み取るのが難しく、
混乱させてしまったようです。

「未知」の理解

そこで、今度は馬の横に立ち、
ハミ(馬の口に嵌める道具)と調鞭(長めの細い鞭)を用いて、
まず動くべき方向性だけを理解させる様にしました。

口があっちに押されて、
鞭がこっちのお腹に触れたら、

あっちのお腹に体重を移動しながら
こっちの脚を向こうに動かすんだよ~、
といった具合です。

馬は刺激から逃げようとするので、
行かせたい方向が馬にとって逃げ道になる様に計算して
刺激を加えます。

そして、こちらの加える刺激と
馬の動きとが結びつくようになるまで
地道に練習を繰り返します。

その内、動きの方向性に確実さが出て来ました。
蘭丸が理解し始めたと感じられたので、
乗馬しての練習に切り替えました。

背中に負荷がかかった状態になると
感覚そのものが全く変わる様で、
それまで出来ていた様にはなかなか出来ません。

何となく応えようとしてくれている気配は感じるものの、
実際の動きは伴わず…という期間がしばらくありました。

ある日、
何かのきっかけにふいっと、
蘭丸の腰が斜めに動きました。
たった一歩だけ。

でも、確実な斜め歩きでした。
思い切り、ほめちぎりました。

蘭丸の様子から、
要求されていた動きがこれだった!と
彼自身も理解したのは明らかでした。
まるで、配線がつながった、と言う感じでした。

重要だったのは足の運びではなく、腰を入れる動きだったのです。

その後は、指示に応じて迷いなく、
スムーズに斜めに動くようになりました。

この時、ふと
馬に教えたのは私ではない、と思いました。

馬は苦しみつつ自分で考えて、
理解するに至ったのです。

乗り手である人間が出来るのは、
学ぼうとする意識状態に
馬を上手に導くことだけでした。

実はこの時の気づきが、

施術者としての今現在のスタンスに

強く結びついています。

動きのイメージは私の中にありましたが、
どうするべきかの答えは、蘭丸の中にありました。

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