身体の錬金術 ~ neMu no ki 10年目に寄せて/6月までの営業予定

 

目次

私たちは「身体」ではない
意識の働きである「私」
自己変容の夢
2つの原体験~弓と馬
逆転した的と矢
馬の気持ちに寄り添う
信頼がもたらした奇跡の調和
体験の意味を求めて
中心軸を乱す力
筋膜的な感覚の世界
身体のブループリント
6月末までの営業予定

 

 

桜の時期があっという間に終わり、

気が付けば花粉症も終盤となって、

すっかり辺りは新緑の季節!

 

…すでに新緑も深まって来てるかな?

 

大変お久しぶりの記事となりました!

皆さん、お元気に過ごされているでしょうか?

ブログをアップしようしようと思いつつ…。

 

花粉症に関連した記事を書いていたのですが、

季節に追い越されてしまいました(;^ω^)

 

そうこうしている内に、4月下旬。

 

実は、neMu no ki は

4月の中旬に誕生しました。

 

2009年のことでしたので、

今年で丸9年。

10年目に突入、という計算になります。

 

ここまでの道のり、

ずっと前を見ながら歩み、

少しずつでも確実に成長して来れたなぁと、

自分のことながら感じています。

 

初期の頃から変わらずに

来院して下さっているお客様もおり、

 

お客様に育てて頂きながら

ここまで来られたことに、

深い感慨と感謝を覚えています。

 

皆さん、本当にありがとうございます。

そして、

本当によく頑張って来たなぁ~。

 

 

…と言うわけでして、予定変更。

 

今回のテーマは10周年に寄せて、

改めて「身体」というものと

私自身との関わりについて、

自由に書いてみようと思います。

 

 

 

私たちは「身体」ではない

 

先日のこと。

 

施術が終わった後、

クライアントさんに身体の説明をしていました。

 

何か日常的に気を付けることはありますか?

と聞かれたので、

 

意識的にやるべきことは特にありません。

ただひたすら、

身体がどの様に変化するかを見守り、

観察してあげて下さい。

と答えました。

 

クライアントさんは笑いながら、

「まるで身体が

自分と一体じゃないみたいですね。」

と言いました。

 

その通りです。

私たちは身体そのものではありません。

 

自分の中では

当然のことになっていましたが、

クライアントさんの意外そうな声を聞いて、

「私たちが身体そのものではない」

と言う事柄について

改めて考えてみたくなりました。

 

 

 

意識の働きである「私」

 

「自分」が身体と一致していない、

自分と身体は別物だと感じたのは、

幼稚園の頃だったでしょうか。

 

家のすぐ近くには公園があって、

そこへは坂道を下って行きます。

 

車の滑り止めなのでしょう、

坂道には大きなドーナツ型の凹みが

幾つもあり、

 

公園に向かって

駆け出そうとすると、

必ずと言って良いほど

足を取られました。

 

自分で思っている程、

足が上がっていなかったのでしょう。

 

バターンと派手に転倒すると

膝小僧には大きな擦り傷が出来、

 

ジクジクする痛みと

思うように遊べないもどかしさで、

悲しい気持ちになりました。

 

 

 

小さい頃、

歌を歌うことも好きでした。

 

小学校に入る前から

ピアノを習っていたので、

音程はちゃんと取ることが出来ました。

 

でも、ある一定の高音域になると、

頭の中では音をイメージ出来ているのに、

声は上がらなくなります。

 

理由はわからないけれど、

喉が締め付けられる感じがして、

潰れた声になるのです。

 

 

 

こうした体験を通して、

 

身体は自分の思い通りにならない、

身体は私を裏切っている。

 

そんな風に思うようになっていました。

 

やりたいことを妨げ、

自分を裏切っている身体は、

自分と異なる異質なもの。

 

身体なんていらない。

心だけで良いのに。

 

今となっては懐かしいです。

当時はそんな捉え方をしていました。

 

 

 

この頃は、

「自分は身体そのものではない」

という表現にはなりませんでしたが、

 

「自分」は心や意識と言う

目に見えない「働き」であって、

 

目には見えなくても、

「私」という意識として

存在している「自分」は、

物質的な身体とは別物だ。

 

ということを、

体験的に知っていたと思います。

 

そして、

小学校の中学年か

高学年の頃になると、

 

体育の時間、

思ったように逆上がりが

出来ない自分を前にして、

こんな考えが浮かびました。

 

今でもよく覚えています。

 

同じように手足を持ち、

同じように全てに

神経が通っているのに、

 

運動が得意の人もいれば、

自分のように苦手な人もいる。

 

身体を作っているものに

差があるわけではない。

私も健全な身体を持っている。

 

それならこの能力の差は、

一体どこから生まれるんだろう?

と。

 

今にして思えば、

これが「身体」と言うものへの

私なりの探求の入口に

なっていたのだなと思います。

 

 

 

 

自己変容の夢

 

大学生の時、

「錬金術」という言葉と出会いました。

 

選択必修科目に

比較宗教学という授業があり、

そこで初めて

神秘主義的な世界を知りました。

 

中でも「錬金術」は

特に興味を惹かれるものでしたが、

 

それは

卑金属が貴金属に変わる

疑似科学としてではなく、

 

純粋に形而上学的なものとして

魅力を感じました。

 

二つの極にあるものを統合し、

それによって

「高く純粋なエッセンス」が

物質の中に現れ出ると、

 

鉛のように卑しい性質のものですら、

金のように貴いものへと変容する。

 

 

ただ、それには大前提があって、

それが可能となるのは、

術者自身の変容が伴った時である。

 

錬金術は、

私の中にそう響きました。

 

 

 

当時の私にとって

卑しくて不要なものと言えば、

何といっても「身体」でした。

 

10代の多感な時代、

体験していた心理的な困難さも

すべて含めて、

 

あらゆる苦しみの原因は

身体や姿形を持っていることにある、

と考えるようになっていました。

 

自分の一部でありながら、

嫌い疎んじていた身体ですが、

 

その中からもし

「高く純粋なエッセンス」を

引き出すことが本当に出来れば、

 

身体は尊いものへと変わり、

自分という存在そのものが

大きく変化するに違いない。

 

 

錬金術と出会ったことで、

 

自分でありながら

コントロールの利かない身体と、

自分自身とが変容する可能性を、

見つめるようになりました。

 

 

 

2つの原体験 ~ 弓と馬がくれた贈り物

 

錬金術と出会った前後の時期、

2つの不思議な体験がありました。

 

 

 

一つ目は、弓道場での出来事でした。

 

当時、弓道は習い始めてから

1年経ったかどうかの初心者でしたが、

私には一つのこだわりがありました。

 

それは、

的を射ようと意図しないこと。

 

 

 

和弓には、

動作の「型」があります。

 

「型」に即して的確に身体を使うと、

弓は驚くほど軽やかに、大きく開きます。

 

弓が楽に大きく開けば開くほど、

矢は勢いよく真っすぐ

ブレることなく飛んで行きます。

 

矢が的を射抜くかどうかは、

弓を引く姿勢と動作の中に

どれだけ調和と秩序を体現できたか、

その結果でしかありません。

 

まず的を射ようと思わなければ

的に矢は当たらないよ、と

アドバイスをくれる方もいましたが、

 

的を射るために弓を引くつもりはない

という気持ちは、

どんな言葉にも勝りました。

 

 

 

逆転した的と矢

 

ある日、

弓を引き分け始めると、

 

自分の身体の軸が

真っすぐに立ち上がり、

右半身と左半身のバランスが

それまでになく整っているのを

感じました。

 

弓の張力も

驚くほど軽く感じ、

簡単に大きく広がります。

 

弓を最後まで引き分けると、

矢は口の横にピタリと添い、

スッと静止しました。

 

全てが収まるべきところにある。

そんな感覚を感じながら、

 

的を狙うでもなく

息を詰めるのでもなく、

 

ただ身体のバランスに

確かな秩序があるのを感じながら、

なおも弓を引き続けました。

 

 

 

矢は、

弓から離れた瞬間に

的に当たると分かりました。

 

矢はすぐに一つの点となり、

進んでいるのか静止しているのか

判別できませんでしたが、

 

今は点となった矢に、

的が近づいてくるのが見えました。

 

的は次第に大きくなると、

自らの中心に寸分の狂いもなく

矢を真っ直ぐ受け止めました。

 

 

全ては滞りなく、

当然のように流れて行きました。

 

全てはゆっくりと見え、

一部始終がはっきりとしていました。

 

 

 

馬の気持ちに寄り添う

 

二つ目は、馬場での出来事でした。

 

大学の馬術部は夏休みの間、

暑さを苦手とする馬達を連れて

長野で合宿をするのが、

恒例となっていました。

 

その年、

合宿先の馬場は改築して、

屋根付きの覆い馬場となっていました。

 

 

 

普段乗せてもらっていた馬は

チャウと呼ばれる雌馬で、

落ち着いた大人しい性格でした。

 

合宿所に着くと、先発組の先輩が

チャウに騎乗しているのが見えました。

 

…あれ?

 

馬場の中にいるチャウは

落ち着かない様子です。

 

 

 

乗り手の言うことが

まるで耳に入らないようで、

神経質に足踏みをし続けています。

 

何かがすごく気になって

この場から逃げ出したい、

とでもいう様な動き。

 

そんなチャウを見ていて、

ふと気付きました。

 

そうか、屋根が付いたことで

知らない場所に来たと思って、

不安に感じているんだ。

 

ゆっくり歩かせれば

きっと落ち着くのに、と。

 

 

 

鞍上にいた先輩はこちらに気付くと、

不意に乗り替わるように言いました。

 

当時の私はほぼド素人でしたから、

通常ならあり得ない危険な提案です。

 

でも、私には確信がありました。

 

上手く御すことは

そもそも出来ないんだから、

とにかくチャウを落ち着かせよう。

きっと出来る。

 

 

 

信頼がもたらした奇跡の調和

 

チャウの背中からは、

状況が呑み込めない事への

不安が伝わってきました。

 

彼女の焦りに

巻き込まれないように、

自分の意識と呼吸を鎮めます。

 

やるべきことが

はっきり分かりました。

 

3~4歩進んだら、

ゆっくり止まる。

 

再び歩き出す時には

出来る限りそっと指示を出して、

チャウが安定した気持ちのまま

ゆっくり歩き出せるようにする。

 

これを、

落ち着いたと感じるまで

ひたすら繰り返そう。

 

 

 

馬場を半周する頃、

チャウの歩様がゆっくりになり、

動きが自覚的になりました。

 

もう大丈夫。

 

自分の置かれている状況が

理解できたようです。

 

それなら

今度は少し速歩(はやあし)をしよう。

更に環境に慣れるように。

 

そう考えて、

先ほどより少し素早く

脚で指示を出しました。

すると、

 

ふわっ…

 

チャウが足を前に踏み出すと、

まるで雲に乗っているような

浮遊感を感じました。

 

 

馬の速歩は上下動が大きく、

リズムに合わせて乗るのは

いつも一苦労だったのに。

 

今は馬の方が

こちらの動きに合わせてくれているのは、

明らかでした。

 

寸分違わぬ完全なタイミングで、

チャウがリズムを支えてくれています。

 

言葉では表現し尽くせない

心地良く軽やかな乗り心地、

そして一体感。

 

馬に乗ることが、こんなに気持ちよく

楽しいことだったなんて!

 

 

 

運動をしている間、

私の手と馬の口とを繋ぐ手綱も、

ロックされているかのように

同じ長さに保たれていました。

 

いつも手綱がすぐに緩むので、

「ちゃんと握れ!」って

怒られてばかりだったのに。

 

その手綱の張力を使って、

チャウはきれいに首を丸めています。

 

まるで、それが彼女にとって

最も自然で楽な姿勢であるかのように、

自ら屈撓していました。

 

チャウの信頼が伝わって来ます。

 

 

 

私の手が

手綱を引いているのでもなく、

チャウの口が

手綱を引っ張っているのでもなく。

 

どこからか「調和」が

降って来たかのように、

 

私たちの間には

完全に釣り合いの取れた

「拮抗」が存在していました。

 

 

 

体験の意味を求めて

 

これら2つの体験は、

互いによく似ていました。

 

今思えば、あれは

「高く純粋なエッセンス」が

何なのかを知りたいという、

私の願いに対する答えだったと分かります。

 

でも当時は、

そこに通底しているものが何なのか、

幾ら考えても分かりませんでした。

 

 

 

錬金術では、

実践的・実験的であることが

大切にされていましたから、

 

錬金術的な世界観に

大いに影響されていた私は、

あの体験の意味を理解するために

何か行動をする必要があると

考えました。

 

そこで選んだのが、

流鏑馬をやっている牧場で働くこと。

 

弓と馬という

2つの原体験のど真ん中に、

飛び込むことに決めたのでした。

 

 

 

中心軸を乱す力の発見

 

馬たちとの生活の中で

何よりも大きく変化したのは、

身体感覚の感受性でした。

 

馬たちの身体は、

全身センサーとでも言えるような

敏感さと繊細さを持っています。

 

彼らと肌を接して触れ合う内に、

彼らが肉体を通して感じ取っていることを、

共振的に感じるようになって行きました。

 

 

 

そうした彼らにとって

騎乗されることがストレスとならないよう、

 

毎日の乗り運動においては

自分のバランスに細心の注意を払いました。

 

左右のバランスが崩れて

馬の身体に歪みが生じないよう、

自分の中心軸を通すことだけに

意識を注ぎました。

 

中心軸に意識を合わせ続けている内に、

身体の中にその軸を乱そうとする

無駄な力が働いていることに

気付き始めました。

 

例えば、一部の筋肉は

意識が通いにくくなっていて、

それが「思った通りに身体が動かない」

という状況を作り出していたり、

 

またその逆に、

使わない様に意識をしても

勝手に作動してしまう箇所もあって、

 

それが本来働くべき筋肉を制して

先んじて動いてしまうことで、

 

動きののびやかさや美しさが

阻害される、ということが生じていました。

 

~同じ仕組みの身体なのに、

なぜ能力に違いが生まれるのか?~

 

幼い頃に抱いた問いへの糸口が、

見つかったと感じました。

 

 

 

筋膜的な感覚の世界

 

様々な施術方法を学び始めて1年を経た頃、

「筋膜」という組織を扱う施術に

出会いました。

 

筋膜には、

身体の各部で生じている

歪みや緊張がつぶさに投射されると知り、

 

ここに求めている答えがある、

と思いました。

 

とは言え、

目には見えない体内の組織です。

 

実際に自分の手が触れているのが

筋膜であることを信じながら、

 

毎日、暇さえあれば

筋膜を意識しながら身体に触れて

手の感覚を育て、

 

また、筋膜の中に

歪みや緊張の兆候を探しては

それを整え直して、

施術の練習を重ねました。

 

電車の中でも

テレビを観ている時でも、

とにかく四六時中でした。

 

 

 

そうした中で、

 

筋膜に生じている歪みの感覚は、

ストッキングを捻じれて履いた時の

何とも収まりの悪い気持ち悪さに似ている、

と感じることが幾度か重なりました。

 

そして、たまたま目にした

ロルフィングのwebサイトで、

「筋膜はストッキングのようなもの」

という記述を見つけます。

 

感じていたことは

合っていた。

 

感じ取っていたのは

確かに筋膜の感覚だと

思わぬ形で太鼓判をもらい、

 

自信を持って進みなさいと

言われたような気がしました。

 

それ以降、

筋膜に映し出される

緊張や歪みの情報を

正確に拾うことと、

 

それらの背後には

どのような姿勢や動きの

影響があったのかを

丁寧に分析・洞察することに、

一層力を注ぎました。

 

 

 

身体のブループリント

 

筋膜を通して身体と繋がり、

身体が伝えてくれる感覚への

信頼が深まると、

 

身体は多くのことを

教えてくれるようになりました。

 

感覚と感情は実は同じものであって、

それを異なる入口から

取り出しているだけであることや、

 

身体は自分が本来あるべき姿形を

知っており、

いつでもそこに向かって

戻って行こうとしていること…。

 

そうなのです。

 

つまり身体は、

本来のあるべき姿のイメージを

自分の内側に青写真もしくは鋳型として

持ち続けています。

 

筋膜に生じている

歪みや緊張が解けると、

身体は秩序と調和のとれた形へと

自ずと戻って行きます。

 

無理に力を加えたりしなくても、

身体自身の中で

変化して行くべき方向性を

ちゃんと知っており、

それを私たちに示すことも出来るのです。

 

身体の中に知性があると知った時、

身体への敬意が生まれました。

 

そして、施術が

施術者の判断によるのではなく、

 

身体自身の意思と判断を尊重し、

そこに純粋に寄り添うものになれたなら、

 

身体にとっての

「高く純粋なエッセンス」に他ならない

身体本来の姿=ブループリントが、

現実の身体として体現されるだろう。

 

そう思うようになりました。

 

 

 

6月末までの営業予定

 

最後になりましたが、

ここから6月末までの営業予定をお知らせ致します!

 

臨時でお休みとなる日は、

5月21日(月)、6月18日(月)となります。

(もし他にもお休みとなる日が出て来た場合には、ここに随時追加して行きますので、ご確認下さい。)

 

ゴールデンウイーク中も、通常通りの営業を致します。

祝祭日に関わりなく、毎週水・日曜が定休日となります。

営業は11時から20時まで、最終の施術受付時間は15時半とさせて頂いております。

 

リピートで来て下さっているお客様は、

ご事情がおありの場合は定休日でもご予約を承ることが可能ですので、

必要な場合には遠慮なくお問合せ下さいませ。

 

それでは、皆様のお越しを心よりお待ちしています。

今後とも、neMu no ki をどうぞよろしくお願い申し上げます!

 

 

循環する波としての呼吸~呼吸の持つ力 /7~8月の営業予定

 

 

ここのところ、

東京でもやっと

まとまった雨が降り出しました。

 

今年は5月頃から

はやばやと気温が上がり、

 

梅雨に入ってからも、

暑さは湿度を伴って増す一方。

 

各地で豪雨などの

気象による被害が出る中、

東京の水源では渇水。

 

毎年、異常異常って言ってるけど、

これほど異常な暑さの年は

なかったわよね!?と、

クライアントさんに会う度に

言っていた気がします。

 

 

梅雨も終わるかな~という

今頃になって、ようやく

まともな雨が降り始めた感じで、

 

雨が運んで来る

涼しく心地よい空気には、

心底ほっとします。

DSC_0002_24

 

 

6月の梅雨入りの時期に

初めて山口を訪れまして、

夏みかんの香り漂う萩の町について

今回お話ししたいと思っていました。

 

萩と言う土地に触れてみて、

彼の地の持つ性質自体が

どうもそこで展開された歴史と

深いつながりがある様に思えて、

とても面白いなぁと思ったんです。

IMG_3426 松陰誕生の地より萩を眺望 (2)

吉田松陰の誕生の地より、萩城下町を望む。

 

でも、萩の歴史は

幕末・維新に関わっていて、

専門で研究している人も

いるだろうと思うと、

あまり適当なことを

書くわけにも行きません。

 

史実も少し調べて

検証を加えて…

などとやっている内に、

これは簡単にまとめられる

代物ではないということを

ヒシヒシと感じて来まして、

 

ハテどうしたものかと

思案に暮れていました。

 

 

そんなこんなで、

ブログをアップしないまま

7月もついに半ばまで

来てしまったワケなのですが、

(いつもながらの言い訳ですが~。)

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先日、頭を落ち着けようと

瞑想をしていたところ、

ちょっと面白い発見がありました。

 

萩と幕末・維新からは

まったくズレちゃうんですけれど、

それもまぁヨシでしょう!ヽ(^。^)ノ

 

と言うのも、発見があったのは

呼吸に関する事だったので、

興味を持ってくださる方も

多いのではないかなぁと思うので。

 

 

7月・8月の営業のお知らせも

いい加減にしなくては

いけないのですが(^▽^;)、

まずは先に、呼吸のお話から。

 

 

 

呼吸法はつらいよ。

 

世の中には

様々な呼吸法がありますが、

よく耳にする手法として

 

ゆっくり息を吸い、

吸い切ったらしばらく止め、

今度は細くゆっくり息を吐き、

吐き切ったらしばらく止め…

というように、

 

(吐くのが先だと言う方も

いらっしゃるかも知れませんが、

ひとまずそれは置いておいて。)

 

インターバルで

「停止」を入れるものがあります。

 

吸気、停止、呼気、停止。

各パートの長さは

吸気と呼気は10秒とか15秒、

停止は4秒とか5秒とか、

設定は色々のようですが、

 

忠実に秒数を数えながら

やろうとすると、

まぁぁ~、苦しいのなんの。

 

 

人によっては、

吸気の方が苦しいと

感じる方もいるかも知れませんが、

 

私の場合は、

吸気は比較的容易なのですが、

呼気はとてもじゃないけれど

10秒もかけちゃいられません。

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ゆっくり静かに

細い息を吐いて行くと、

 

ほどなくして、

気管分岐部の辺りで

ぎゅ~っと絞るような力が

勝手に入り始めます。

 

こうなった時には

実際に気道が緊張して

その内径が狭くなるらしく、

力づくで吐かない限り

息は出て来なくなります。

 

仕方がないので、

 

腹筋と横隔膜を強く緊張させて、

身体の奥底から絞り出すように

はぁぁぁぁ~っと

息を吐き出します。

 

これは相当に

苦しい状態です。

 

この後に呼吸の「停止」を

差し挟む余裕なんて、

これっぽっちも残りません。

 

吐き切った直後に

危機的な勢いで、

息をめいっぱい

吸い込む羽目になります。

 

こんなやり方では

かえって呼吸は乱れるため、

 

心身のバランスを整えたり

気持ちを鎮静させるなどの、

呼吸法が持つとされる効果は

引き出しようもありません。

 

それどころか、

呼吸法を練習する前段階で

つまづいている状態です。

 

 

 

人それぞれの、息の仕方

 

このように、

呼吸に関連する器官の

どこかに緊張が生じると、

 

上述したような手法に限らず、

呼吸法の練習はたちどころに

苦行へと様変わりします。

 

 

鼻、のど、気管、肺、

横隔膜、心臓、胸郭、腹筋…。

 

呼吸に関与している器官、あるいは

呼吸の動作に関わる器官は

多岐に渡ります。

 

図引用:ITHB_029『Inside The Human Body』The Pepin Press

図引用:ITHB_029『Inside The Human Body』The Pepin Press

 

普通に呼吸する際、

私たちは呼吸器のどこかしらを

息を吐き吸いするための

モーターのように使っています。

 

それは鼻孔かも知れませんし、

人によっては

ノドで息を吸っているかも知れません。

空気の出入口からは離れた

胸の辺りの場合もあるでしょう。

 

それぞれの人によって、

呼吸の仕方には

独自の癖があるはずです。

 

たとえば、

意識的にゆっくり深呼吸して

苦しくなり易いところは、

普段から呼吸をする際に

緊張させて使っている所だと考えられます。

 

呼吸をし始めると

勝手に力が入ってしまうのも、

そうしたパターンが

すでに身体の中に

出来あがっているからだと考えれば、

納得が行きます。

 

 

では、こうして

自動的に緊張してしまう部位を

リラックスさせて呼吸を行うには、

一体どうしたら良いのでしょうか?

 

 

 

息の「通り道」と、呼吸の深さ

 

通常の呼吸では

呼吸器のどこかを緊張させ、

その力をモーターのように用いて

息を吐き吸いしています。

 

「緊張」を利用して行う呼吸では、

息が通り抜けて行く「道」は

身体の表層近くになり易いようです。

 

普通の呼吸をしながら、

空気の通って行く道筋を

感じてみて下さい。

 

空気の通り道もまた

人によって細部に

違いがあるかも知れませんが、

 

たとえば私の場合は、

鼻孔から入った空気は

鼻孔の底の方を通って、

口蓋の奥に流れて行きます。

 

口蓋の奥では

軽い乱気流が起きますが、

鼻孔の上の方や奥の方へは、

気流はほとんど届きません。

(意識すれば、簡単に行きますが。)

 

口蓋の奥から気管、肺へと

空気は流れて行きますが、

 

ここで気流は

気管の前半分、すなわち

体表側を通り抜けると、

 

今度は肺の中と言うよりは

心臓の表面を下っていく様に

感じられます。

 

 

「呼吸が浅い」と言う表現は

よく耳にしますが、

 

これは、肺全体を十分に

伸展・収縮させることなく、

ごく軽い動きでこなす、

気流も気量も少ない呼吸のことを

一般的には指すと思います。

 

ですがこの場合には、

実際に息が通る道も

体表の浅い所を通っており、

幾重の意味でも「浅い息」に

なっているようなのです。

 

 

呼吸は、身体が生み出す

力強い「波」です。

 

その波のリズムが、

呼吸が身体や心をリラックスさせる

大きな要素の一つになっています。

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ところが

浅い道筋を通る息では、

リズムは身体全体に届きません。

 

さらに、波の流れも

途切れがちな為、

(詳細は後述します。)

 

自分の呼吸のせいで

かえって焦りを感じやすくなったり、

何かに追われている気持ちになる

というようなことも、

可能性としてありそうです。

 

 

 

深い息は、身体の軸も整える

 

浅い息の話をしたからには、

当然、深い道を通る

息もあります。

 

ちなみに、

瞑想中に気付いたのは

このことでした。

 

 

横隔膜の中心を起点として

身体が主体的に呼吸を行う場合、

(これも、詳細は後述します。)

息の通り道は深くなり、

 

背骨の前をしずかに

息がのぼったり下りたりする

感覚が生じます。

 

息が抜けて行く先は

鼻腔や鼻孔ではなく、

鼻腔の後ろを通り過ぎて

脳の方まで辿り着きます。

 

この流れを感じている内に

脊柱の緊張は自然とほぐれて、

身体の軸も通って行くように

感じられます。

 

 

 

呼吸の生み出す、大きな波

 

通常の浅い息では、

吐く息と吸う息は

それぞれ別の波を描きます。

 

吸気ならすぅぅっと

空気を吸い込んだ後、

その勢いは尻すぼみになります。

 

吸う流れの収束を待って、

呼気が始まります。

 

呼気の場合も、

ふぅぅっと吐いた息は

やはり尻すぼみになり、

空気の流れは一旦

収束に向かいます。

 

こうして、一呼吸する間に

二つの波が生じますが、

互いの間には断絶があって

別々の波になっています。

 

 

深い息の場合には

一呼吸の間に一つ、

大きな波が生まれます。

 

この大きな波は

一呼吸で一巡すると、

途切れることなく

次へと繋がって行き、

 

やがて、

脊柱の前側を這うように

ゆったり往復し始めます。

 

 

深いところを上下に伝う

大きな波のリズムは、

 

脊柱の中を上下する、

髄液のゆったりしたリズムと

互いに干渉し合って、

さらに大きな波を生んだり、

 

心臓の鼓動が速まるのを抑えて

気持ちを落ち着かせたりする

力を持ち、

 

私たちが身体の奥深くから

リラックスを感じることや、

 

自分で自分を

深いリラックスに導くことを

可能にしてくれるように思えます。

 

そして何よりも、

その循環する性質によって、

 

私たちが必要とするエネルギーを

呼吸を通して身体に十分に蓄えることを

可能にしてくれるようです。

 

 

 

練習に当たって注意すること

 

さてさて。

 

ここからはいよいよ、

呼吸器を緊張させずに、

深い息をする方法を

説明して行きますよ!ヽ(^。^)ノ

 

でもその前に、

注意事項があります。

 

ここまで、

深い呼吸をすると

こう感じるだろうという、

想定される感覚について

書いて来ましたが、

 

ここから先は

それをすべて忘れて下さい。

 

結果として現れるであろう感覚を

最初から味わおうとして練習すると、

どうしても力んでしまいます。

 

それでは全く

意味がありません。

 

また現れる結果や感覚も、

人によって異なります。

 

上述して来た事は

あくまで一つの参考例と捉えて、

 

練習してみた結果

自分の場合はどんなことを

感じ取れるのか、

それを楽しみにしながら

取り組んで頂けたらと思います。

 

 

姿勢は座位が好ましいですが、

無理に背中を真っ直ぐに

保とうとする必要はありません。

 

呼吸に合わせて

背中が丸まってしまっても、

最初の内はそれで

良い事にしてあげて下さい。

 

そして、決してムリはしないこと。

頭が痛くなって来たり

胸が苦しくなったりするようなら、

どこかが力んでいる証拠です。

 

思っている以上に、呼吸は難しいものです。

何事も最初からすべては

上手く行かないものだと考えて、

一つ一つの工程を一歩ずつ

丁寧に進めて行ってみて下さいね(*^^)v

 

 

 

主体的な呼吸

 

少し前の段落で、

「横隔膜の中心を起点として

身体が主体的に呼吸を行う場合、

息の通り道は深くなり…」

と書きました。

 

ここで言う「主体的な呼吸」とは、

横隔膜を意図的に動かすことを

指しているわけではありません。

 

この言葉が

伝えようとしているのは、

呼吸そのものに対する

認識の在り方です。

 

私たちは呼吸を、

外側にある空気が

体内に入って来るという、

受動的なイメージで

捉えていると思いますが、

 

ここでは呼吸を、

身体の内側から起きる風、

と言う様な能動的なイメージで

捉え直してみてください。

 

息をするとは、

「生きる」ことそのものです。

 

呼吸は、生きる意思を

反映するものとも言えます。

 

私たちは、空気があるから

呼吸をしているのではなく、

身体があるから

呼吸をしているのです。

 

 

 

イメージを用いた練習

 

呼吸を練習する上で重要なのは、

とにもかくにも、出来る限り

どこにも緊張を生じさせない事。

この一点に尽きます。

 

そこで、「イメージ」を

上手く使って行います。

 

横隔膜の中心を貫くように、

小指くらいの太さのストローや

管が通っているのを

イメージして下さい。

 

管の長さは、

ほんの5センチほどと

短くて構いません。

 

イメージの世界ですから、

水晶のように

透明できれいな材質のものが

心地良いかも知れません。

 

それは固すぎて嫌だわ

と言う場合には、

シャボン玉の膜でも構いません。

でも、イメージの中で

割れてしまわないように、

しっかりした強度にして下さいね。

 

 

横隔膜は、強い弾力を持ち、

程よい厚みのある

天然ゴムのようなイメージです。

 

ゴムに管を挿すと、

管のまわりには

ゴムが吸い付きます。

 

その状態で管を上げ下げすると、

ゴム=横隔膜もその動きに

一緒に付いてきます。

 

 

 

横隔膜の中心から呼吸する

 

イメージの中で

管を上に移動すると、

横隔膜もその中心部分から

上に持ち上がります。

 

 

この時、肺の空間は狭まり、

空気は外へ逃げます。

つまり、呼気となります。

横隔膜から生じる呼気

 

管を下に下げて

横隔膜も下に下がると、

 

今度は肺の空間は広がって

空気はおのずと

外から流れ込んで来ます。

これが、吸気になります。

横隔膜から生じる吸気

 

 

 

練習の重要なポイント

 

実際に鼻から空気を

吸ったり吐いたりする前に、

まずイメージの中で

横隔膜の中心に据えた管を

上げ下げします。

 

移動する距離は、

横隔膜の中心が水平位よりも

わずかに上下すれば十分です。

 

そしてここが重要なのですが、

管を上下し終わってから、

管の中から気流が生まれることを

イメージします。

 

たとえば

息を吐く場合には、

 

①    管を上に少し移動する。

②    管の移動を止める。

③    胸やノドの空間を開き、緊張が無いことを確認。

④    管の中心から、上向きの気流が生まれるのをイメージ

 

管から気流が生まれるのと同時に、

鼻から空気が抜けて行きます。

(下図の①-①’)

横隔膜からの呼気(番号入り)

 

呼気を続けている間、

意識は管の中から生まれる

気流にフォーカスし続けます。

 

もしこの時、

気管を遡って行く流れの方に

思わず意識を合わせてしまうと、

呼吸器に緊張が生じて

苦しくなります。

 

どうしても苦しくなるなぁ

と言う方は、

 

自分の意識の焦点が無意識に

管から移動してしまっていないか、

何度も確認しながら

焦らずに試してみて下さいね。

 

 

管は細いですから、

中を流れる気流の勢いは

さほど速くはないはずです。

 

管をイメージする事で

呼吸は自然に細くゆったりになり、

落ち着いて安定したものになります。

 

この呼吸を練習する内に、

細く長い息を続けて

息を吐き切った状態で

停止するという、

呼吸法のやり方に

自然と近づくことが出来ます。

 

 

吸気の場合も

先ほどと手順は同じです。

 

①    管を下に少し移動する。

②    管の移動を止める。

③    胸やノドを開き、緊張が無いことを確認。

④    管の中心から、下向きの気流が生まれるのをイメージ

 

管の中で気流が生じるのと共に、

鼻からも空気が入って来ます。

(下図の①-①’)

横隔膜からの吸気(番号入り)

 

意識のフォーカスは、

常に管の中の気流に

置いておきます。

 

 

 

練習で難しさを感じたら

 

管の中を、

ゆっくり細い流れが通ります。

 

最初の内は、

呼気も吸気もそんなに長くは

持たないと思うので、

短い間隔で切り替えても

良いと思います。

 

各器官に緊張が生じないように、

体内の状態を感じとりながら

地道に丁寧に繰り返していく内に、

 

少しずつ、吐く量も吸う量も

増えて行きます。

 

 

呼吸が生まれるのは

横隔膜の中心ですから、

そこから生じる気流は、

脊柱の前面に沿って

上下することになります。

 

もし、脊柱に沿って

呼吸が通って行かない場合には、

 

横隔膜に挿した管の

軸が斜めになっていないか、

自分の中で浮かべたイメージを

確認してみて下さい。

 

管は軸を保った状態で、

きれいに垂直方向に動かします。

 

上下に移動している間に

軸が斜めにブレたり

捻れてしまった時には、

気流もまっすぐ通れません。

 

 

横隔膜はどうでしょうか?

 

水平を保ったまま

整然と上下しているでしょうか?

 

こちらも確認してみて下さいね(^▽^)

 

 

 

循環する波

 

インターバルの「停止」については、

あえて入れる必要はありません。

 

横隔膜の中心の管を

上下させる時に、

自然と「停止」が入っています。

 

 

ちょっと説明が重複しますが、

息を吐き切ったなら、

まず管を下に動かします。

 

管の位置が決まったところで、

その中から生じる

下向きの気流を感じます。

 

これを別の角度から見ると、

息を吐き切った状態を保ったまま

身体は次の吸気の準備に入っている、

と捉えることが出来ます。

 

 

通常の無意識な呼吸では

呼気も吸気もそれぞれが

独立した小さな波を描きましたが、

 

最大限に息を吸った状態から

息を吐くことが始まり、

最大限に息を吐いた状態から

息を吸うことが始まる

意識的な深い呼吸では、

 

波は大きく循環するものへと

その性質を変えるのです。

 

 

 

深い呼吸の、さらなる可能性

 

実際にこの呼吸を行ったことで、

思わぬ変化を感じたことがありました。

 

まずは、ジョギングです。

 

先日、走っている間に

横隔膜を意識してみたら、

呼吸と横隔膜の動きが

逆になっていたことに気付き、

 

呼吸の仕方を

修正しながら走っていたら、

心臓の下の力が

ふ~っと抜けました。

 

呼吸が生み出す「ゆらぎ」で、

心臓の緊張が解けた感じでした。

 

そう言えば今まで

長めの距離を走ると、

心臓の下あたりを中心に

膠着感が起きていました。

 

横隔膜の上下動が

呼吸と逆になっていたことで

横隔膜は緊張が高まりやすく、

 

その緊張感の影響を受けて、

横隔膜の上に乗っている心臓も

負担を感じ易かったのだろうと思います。

 

 

もう一つ興味深かったのが、

施術中の感覚の変化です。

 

浅い息と深い息とを

切り替えながら試してみると、

こんな違いがありました。

 

深い息:

今取り組んでいる事を

冷静に俯瞰している感覚。

思考によるやかましい分析が静まる。

 

浅い息:

深い息の時に比べると

思考で物事を把握しようとしがち。

今取り組んでいる事にも、

頭からのめり込みがちな感覚がある。

 

 

浅い息は

身体の表側を通るので、

頭部では前頭葉に

刺激が行きやすいのかも知れません。

 

頭からのめり込む感覚は、

思考をつかさどる前頭葉が、

対象と一体化しているような時に

生じるのかも知れませんね。

 

 

深い息は身体の中心軸を通るので、

辿り着くのは頭頂です。

 

奇しくも、頭頂にあるのは

運動野と体性感覚野。

 

動きや感覚と言ったものは

包括的な情報です。

 

たとえば、自分の

外側の動きと内側の感覚を

同時に感じ取って、

 

そこに分析や分解を加えずに

全体的な情報として捉えることを

得意とする部位とも言えます。

 

のめり込むことがなく、

落ち着いた俯瞰の感覚になることと

合致しているように思えます。

 

う~ん、実に

面白いですねぇぇ~(#^.^#)

 

 

 

日頃、

無意識に行う事の多い

呼吸。

 

自分の為に時間を割いて、

呼吸を改めて

ゆっくり丁寧に

観察してみると、

 

自分の身体を

再発見するための糸口を、

きっと与えてくれると思いますよ!

DSC_0002_30

 

 

7月後半・8月の営業予定

 

最後になりました!

7月後半と8月の営業のお知らせです。

 

この期間、

臨時でお休みとなるのは

8月19日(金)のみで

それ以外の日は通常通りとなります。

 

営業時間は11時~20時、

施術の最終受付は

17時とさせて頂いています。

 

(集合住宅の一室ですので、

まわりの方への影響を考慮して

最終受付は早めとなっています。

 

17時ではどうしても難しい

ご事情がある場合には、

17時半でご予約を承ることも

ございますので、

その旨ご相談ください。)

 

定休日は毎週水・日曜日、

祝祭日も、水・日以外であれば

営業致します。

 

皆様のお越しを、

心よりお待ちしています!

DSC_0002_27

 

 

感覚を通して、自己の内なる変化を読み解く 。〜思考する感覚

 

ここのところ、
春のように温かい日が続いていますね~!

DSC_0002_18

 

肌で感じる季節感が乏しいせいか、
年末という実感がなかなか湧かず。

 

とは言え、
もうすぐそこまで
新年が来ているんですよね~!(^▽^;)

 

 

今回は、2015年度最後のブログです。
一年の総まとめを…と思ったのですが、
そんなに簡単にまとまらないので(;^ω^)

 

最後の2か月、
11月~12月に私自身が体験した
ちょっと面白い出来事をお話したいと思います。

 

この2か月間、なぜだか
物事を深く考えることが出来ませんでした。

 

普段、当たり前の様に出来ていた「思考」。
それが出来なくなったことで、
「思考する」とはどういう事かを、
思いがけない視点から見つめ直すことになりました。

 

 

思考する時に、
私たちにはどんな感覚が生じているのでしょうか?
今回はそんなお話を軸に、

 

思考に頼るのではなく、
感覚を通して理解することの面白さを
お伝え出来たら良いなと思います。

 

 

思考は、外からやってくる

 

この2か月の間、ほぼずっと
思考が止まっているなぁ~、
考える事に頭を使いたくないんだな、
と感じていました。

 

それが特に顕著に感じられるのは、
困ったことに施術中です。

 

当院の施術では、
クライアントさんの身体の状態を
全体的に把握する事が必要になります。
自分で言うのも何なんですが(;^ω^) 、
かなり思考力を使います。

 

ところが、頭を使いたくても
頭の方が考えるのを拒否すると来ているので、
他の方法で補うしかありません。

 

今までよりも意識的に、
かつ見落としが無いように、
身体を細かく観察しながら施術を行い、

 

そこから得た情報を元に
頭の中の計算機で一生懸命演算をして、
クライアントさんの身体に何が起きているか、
その答えを弾き出します。

 

我ながら、ガンバッタナァァ〜( ;∀;)

 

それに比べると、
頭がしっかり巡っていた時には、

 

身体の色んな部位で生じている
緊張や歪み、クセや症状が、
互いにどんな風につながりあっているかを
自ずと把握している実感がありました。

 

「自ずと把握している」
と感じられるのは、

 

自分の身体を通して
相手の身体の状態を感覚的に理解していて、
それが思考による理解と自然に合致する時です。

 

そうした状態にある時には、
施術を行っている最中にピカッと
閃きのように理解が生じることが多く、
無理に考えて答えを捻り出す必要は
ありませんでした。

 

…こうやって書いてみて気付くのは、
思考できないと感じていた時でも、
情報を集め、それをまとめることは出来た、
と言う事です。
本を読んだりするのも、
読むだけなら苦痛ではありませんでした。

 

一方で、思考出来ていた時に
「思考」だと感じていたものは、
集めた情報を一段違ったものへと展開させるような、
一種の「飛躍」を含んだものだと言えそうです。

 

 

 

 

少し話は変わりますが、
「思考場」という概念を
聞いたことがあるでしょうか?

 

そう質問している私も、
どこで学んだ言葉だか忘れてしまったので、
ウロ覚え、かつ自分なりの理解ですけれど…(;^ω^)

 

誰かとコミュニケーションをする際、
私とあなたの思考の間には、
共有する「場」が生じます。

 

その共有する場の中から、
私たちは無意識かつ自動的に
お互いの情報を得て、対話を行う。
そういう情報の保存された場を、
思考場と表現するようです。

 

例えば、
この人と話をしていると
すごくスムーズに話が出来るとか、
いつもより思考のまとまりが良い!
と言う事や

 

逆に、 この人の時にはどうも、
考えがごちゃごちゃして言葉が出にくくなったり、
自分でも何を言っているかわからなくなるなぁ~、
なんて感じること、ないでしょうか?

 

これは、私たちの意識していない所で
お互いがお互いの思考の場にアクセスして、
場の力を借りながら話している為だと考えると、
あ~なるほど~、と
すんなり理解できるのではないでしょうか。

 

 

 

思考が回転しない状態を、
意識的に体感したのは
初めてのことでした。

 

どんな体感だったかを 表現すると、

 

思考が巡っている通常の状態から
自分が抜け落ちた、と言う感じであり、

 

それこそ、いつも居た思考の場から
何らかの理由で意識が離脱してしまって、
そこへ自力で戻れない、
と言う感覚でもありました。

 

 

 

今までは、理解する事や考える事は
自力でやっていると思っていました。

 

視野が広がって、 徐々に多くのものを
理解できるようになることも、
自分の努力によるものだと。

 

それが、この時の感覚からすると、
考えることは自力ではないのかも知れない
と思えました。

 

思考の場の様な所に
無意識の内にアクセスしていることで、
思考の方が私たちの中に
生起してくるのではないか、と。

 

そう考えると、
思考力や理解力を磨く努力は
考える力を生み出すためではなく、

 

自分の求める情報が存在している「場」に、
的確にアクセスする道を
自分で少しずつ切り拓いて行く、
そんな作業なのかも知れませんね。

 

 

思考する感覚

 

またある時には、
こんな面白い感覚を経験しました。

 

物事を考え始めると、
頭の中の一点に向けて
何かが集まって来る気配が生じるのです。

 

ところが、
もう少しでそれが一点に凝集する
その肝心な瞬間の手前まで来て、
気配はしゅんと煙のように消えてしまいました。
考えていた事も、一緒に散ってしまいました。

 

考えるためには、脳の機能が
考えるテーマに向かって焦点化すると共に、
脳自体にも物理的な力の凝集が生じることが
必要なんですね。

 

一生懸命に何かを考えようとする時、
ついつい眉間に縦ジワを寄せたり、
頭を前に少し傾けて額に重さを集めたり、
その額を指で支えたりすることが
あると思います。

 

あれは、脳の中で
一点への集中が滞りなく生じるように、
身体が手助けをしてくれているのかも知れません。

 

 

 

思考停止の背後で。

 

それにしても、一体どんな理由で
今までの様に考えることが
難しくなっているのだろう?

DSC_0002_26

 

自分の身に起きた異変は、
身体や心、意識の仕組みを知るには
またとない機会。
自分に何が起きているのか、
色んな方面から見直してみました。

 

すると、この期間、
暇さえあれば熱中して
やっている事があると気付きました。
縫い物です。

 

まずは、
作ったものをお披露目~(#^.^#)

 

これは、
施術衣として使うブラウス。

hand made blouse

 

こちらは、
裏地を付けはじめたものの、
難しさに嫌気がさして
去年から作業を中断していたコート。

hand made coat-1

 

2年越しで、やっとのこと
完成を迎えようとしています~!
…ボタンホールを作る、
手強い作業が残ってマスガ(^▽^;)

 

 

 

縫い物は、一枚の布から
形あるものを作って行きます。
二次元的なものから、
三次元のものを作り出します。

 

また、同じ型紙を使っても、
使用する布の風合いや
縫う作業の丁寧さによって、
出来上がりの印象が変わります。

 

手縫いだけでなく
ミシンという器械を使っても、
針目には今の自分の状態が映し出されます。

 

縫い上がったものは
自分の在り方を表現した作品とも言え、
様々な意味で創造力を必要とする作業です。

 

 

 

縫い物→創造性と来て 、
次に連想したのは
「第1チャクラ」です。

 

チャクラとは、
身体に7つ存在する
エネルギーの中枢とされますが、
単に概念だけのものではありません。

Sapta_Chakra,_1899 PublicDomain-1

 

各チャクラには、
脊髄神経の神経叢や
内分泌腺との対応関係があり、

 

人によっては
チャクラが位置するとされる場所に
螺旋の流れを体感する事もある、
エネルギー的な構造体です。

 

第1チャクラは
生殖腺と対応しています。
女性なら、子宮と卵巣です。
7つのチャクラの中では最も下に位置し、
私たちの生命力を支える土台でもあります。

 

生殖器は、
新しい生命を生み出す力を持ちます。
第1チャクラが帯びる力は、
新しいものを創出する創造力です。

 

 

 

あ~、そう言えば…。
11月に、腹腔と子宮の状態に
大きな変化があったんだった。
やっと思い出した~!

 

それがきっと、
思考が停止したことと
何か関係しているに違いない!

DSC_0002_10

 

 

幼少時からの歪みが…?

 

私は普段、
クライアントさんに行う施術を用いて、
自分にもメンテナンスをしています。

 

11月の初め頃、
そのメンテナンスの最中に
腹腔内が大きく変化しました。

 

腹腔には、腹膜腔後壁、
もしくは後腹壁と呼ばれ、
お腹の中の空間を前後に隔てている
膜があります。

 

この膜が非常に重要なので、
少し詳しく説明しますね。

 

後腹壁には、
大腸や小腸が緩やかながら
固定されています。
どのような構造かと言うと…

 

まず、一枚の布に、
ひだのたっぷりあるドレープを
縫い付けてあるとします。
そのドレープの端には縁取りがしてあります。

 

布が後腹壁、ドレープが腸間膜、
縁取りは、小腸や結腸(大腸)の管です。
ドレープを縫い付けてある部分は、
下図の中で 「腸間膜(根)」と
記載されている所です。

後腹壁ープロメテウス-4

 

布を縦に広げると、
縁取りしたドレープの重さで布は引っ張られ、
よじれが生じます。
ひだは潰れてしまいます。

 

この時、布の張りが
ドレープの重さに耐えられる位強ければ、
ドレープは美しく整い、かつ
ふんわりと余裕のある形状になります。

 

これは、後腹壁や腸に置き換えても、
同じ事が言えます。

 

小腸の長さは、弛緩時で
(解剖下で計測して)6~7メートル、
生体内で筋肉が活動している時でも、
2~3メートルあります。

 

これだけの長い物体がお互いにからまらず、
ある程度安定して納まっていられるのは、
後腹壁によるしっかりとした裏支えがある為
と言えます。

 

後腹壁はまた、その最下部では
子宮と直腸・肛門とを隔てています。
先ほどの図では「直腸膀胱窩」と書いてありますが、
女性の場合は「直腸子宮窩」と呼ばれます。

 

これもまた、子宮や直腸にとっては
後腹壁が位置の安定性を与えてくれる
支えの一つとして機能していることを
示しています。

 

身体構造にとって、
後腹壁がとても重要な役割を
担っている事が分かります。

 

 

 

メンテナンスの中で起きた変化とは、
その後腹壁の右側半分で
すぅ~っと膜が上下に伸び広がり、
それが同時に引き締まって強さを回復して行く、
というものでした。

 

例えるなら、
たるんでいた船の帆が、
ぴんと張り直された様な感じです。

 

後腹壁だと判断したのは、
変化する感覚が生じた位置と(深さ)と
広がりの大きさ、
腹腔内の冠状面で生じている
という特徴からでした。

冠状面 矢状面  Human_anatomy_planes-JA CC3_0

 

少し前の所で、
一枚の布とドレープを例に説明しましたが、

 

私のお腹の中でも、
今までは後腹壁がたるんでおり、
腸が腹腔内で潰れている
とまではいかないまでも、
腸にとって快適な状態ではなかったことが
想像できます。

 

また、後腹壁が
上下に伸び広がるように変化した点から、
今まで腹腔の右側には、
上下方向から圧縮が加わったように
ぎゅっと詰まった状態があったことも 分かります。

 

小さい頃、
私は大型の遊具から落ちて
背部を地面に打ちつけたことがありました。

 

その時に取っていた
右足を胸に軽く引き寄せ、
上半身を右に捻った姿勢が、
腹腔の右側に圧縮を作った
原因として思い当たります。

 

 

 

後腹壁の変化が、
次の変化への準備となったのでしょう。
翌日のメンテナンスでは
子宮と卵巣に変化が生じました。

 

まず子宮の右壁から右の卵巣にかけて
緊張が緩み始め、
しばらくして何かがす~っと
下に下がるような感覚が生じました。

 

この感覚から、今までは
子宮の右壁から右卵巣にかけて、
それらを上に引き上げるような
緊張があったことが分かりました。

 

子宮や右卵巣にしてみれば、
これまでずっと
引きつれた様な感覚の中にいたのを
想像することが出来ます。

 

でもこれで本当に、
子宮は、引きつれた不快感から
解放されたのでしょうか?

 

 

子宮の変化

 

まもなくして生理がやって来ると、
確かに子宮に変化が起きていたことが
分かりました。

 

前の月までは、経血は
暗赤色をした何かの残渣物といった感じで、
生命感が乏しい状態でした。
それが今は驚くほど鮮やかな赤色で、
水のようにサラッとしています。

 

そうか、経血は血液なんだ~!と
この歳になって恥ずかしながら…、
初めて実感!ヽ(^。^)ノ

 

私は小さい頃からお腹が弱く、
経血にも比較的早い内から
半流動的な塊が混ざっていたように
記憶しています。

 

今考えれば、恐らくは
背中を強打した影響によって、
後腹壁がよれ、
腹腔内の臓器が不安定な状態を
小さい頃から抱えていたのだと思います。

 

それがウン十年経って
急に健康な経血に変化したのですから、
おぉ~っ!?凄い!
となりますよね(^o^)

 

この変化は、私だけでなく
身体自体にとっても驚きだったはずです。

 

子宮にしてみれば、 今までは
持ってる力の3割ほどしか使えず、
常に徐行運転でいたのが、
急に全力を使えるようになったから、
高速走行しましょう!と
ムチャ振りをされた様な感じかも知れません 。

 

子宮は第1チャクラと繋がっていますから、
生命力そのものでもあります。

 

子宮が元気を回復したなら、
身体全体で使えるエネルギーの量も、
以前より大きくなると思われます。

 

でも、慣れていない力と言うのは、
扱うのが難しいものです。
身体もそれに慣れるためには
時間が必要になります。

 

しかも、生命力を支える
根本的な部分の変化であれば、
身体全体のエネルギーバランスを
足元から組み直す必要があります。

 

身体の中では、思っている以上に
時間のかかる大変な作業が
進行していたのではないか。
それは、実感としてもそう思います。

 

第1チャクラは、創造力の源でもあります。
活動力の増した子宮=第1チャクラに
まずは慣れるために、
縫い物で試運転をしていたのではないか、
と思うのです。

 

子宮は、ゆっくりとした
自然のリズムの中にあって、
「今」という時と共にいます。

 

一方の脳は、
過去へも未来へも自在で行くことが出来、
早い流れの中にあります。 そしてまた、
エネルギーの消費量も大きい…。

 

自然としての身体にとっては、
身体を再編成する間は
自分たちのペースを守ることが必要です。

 

その間、かしましやの脳には
ちょっと(いや、強制的に)
活動を控えてもらう…。
と言う様なことが 起きていたのかも知れません。

 

 

 

私たちは時に、自分が
自分でもよくわからない状況に陥っている
と気づくことがあります。

 

自分でも理由は分からないけど、
妙に何かが気になってそこに囚われたり、
あるいは熱中してしまったり、

 

逆に、いつも出来ていたのに
やりたくないと感じる様な事は、
きっと誰にでもあると思います。

 

そうした、自然発生的に生じる状態は、
意識下からの身体の働きかけによるものであり、
その背後にはそれが生じる理由や意味があります。

 

身体は、いつでも私たちの味方です。
私たちの知らない所で、
良い方向へ変化して行けるように、
自分への理解を深められる様にと、
いつも協力してくれています。

 

時にはそれが、思考停止や痛みなどの
嬉しくない現れ方をするので、
協力してくれている事に
私たちが気付かない場合も多いのですが(^▽^;) 、
そこには必ず、それが生じる意味があるのです。

 

 

結びにかえて~感覚との付き合い方

 

ここまで読んで頂いて、もしかすると
感覚ってそんなに信頼できるものなの?
と思われた方もいるかも知れないなぁ、
と思います。

 

感覚は、必然性を持って
自分の内側に生起してくるものです。
自分の意識によって、
恣意的に作り出しているものとは違います。

 

感覚的な情報を扱う上で
問題が生じるとすれば、それは、
感覚に対して解釈を加える際に起こります。

 

私たちは、自分が普段見ているものや
既に知っているものの中に、
起きてきた感覚を当てはめて
理解しようとしがちです。

 

感覚はおのずと生じるものです。
外部からの刺激や、内部での何らかの変化が、
感覚と言う形で意識にのぼって来ます。

 

感覚が何を表しているのか、
私たちに何を伝えようとしているのか。

 

それは、既存の、
形の決まっている考えに
力づくで当てはめようとすると、
その途端に見えなくなってしまうものです。

 

感覚を通して立ち現れてくるものを、
内側から自由に羽ばたかせる事、
その内なる意味が自ずと形を成すのを、
じっと見守ること。

 

これが感覚と付き合う上で
とても大切な姿勢だと、
私は考えています。

 

 

 

年末の慌ただしさを越えると、
新しい年は ゆったり流れる
穏やかな空気で始まります。

 

そんなゆっくりした時間の中で、
身体に静かに意識を向けると言う時間を、
ぜひ持って頂けたらいいなぁと思います。

 

整体院に足を運んで下さっている
クライアントの皆さん、
文章の長さにめげずに
ここまでブログを読んで下さった皆さん、

 

今年も一年、
心から ありがとうございました。
そしてどうぞ、
良いお年をお迎えくださいね~!

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症状には、隠された繋がりがある。〜喉頭と心臓の症例から

 

 

身体に現れる症状は、恐らくは全て、
お互いにつながりを持っています。

 

身体は、重要な問題を奥へ奥へと
隠す傾向があります。

 

これは、私たちの活動を支える為に
身体が均衡と秩序を維持しようとする、
涙ぐましい努力であり、工夫です。

 

ですが、その工夫によって、
症状同士のつながりは複雑化し、
関係性が見えにくくなります。これは時に、
症状の治癒を難しくさせるものにもなります。

 

今回は症例を紐解きながら、
施術を通して身体の情報を整理する事で、
症状のつながりも整理されていく様子を
お話してみたいと思います。

 

 

死の危険を持つノドの痛み

 

先日、Mさんが
4か月ぶりに施術にいらっしゃいました。

 

この夏はただでさえ酷い暑さで大変でしたが、
その真っ只中の8月に
家のリフォームをしていたそうです。
まぁ~…とにもかくにも大変だったようです。

 

9月に入ってまもなく、
Mさんは食事中に、
急な喉の痛みを感じました。
ものを飲み込むと痛みが起き、
おさまる様子はありません。

 

医者に行くと風邪と言われましたが、
出された薬では
痛みは治まりませんでした。

 

翌日は違う病院に行くと、
今度は「喉頭浮腫」と診断されたそうです。

 

喉頭浮腫では、
のどぼとけの辺りで粘膜が腫れます。
その為、ひどい場合には
窒息することもあるそうです。

Gray954-気管 

Gray954-気管(Public Domain)

 

気道を塞いでしまう程の大きさになる前に
早い段階で腫れを見つけて
処置出来る事がとても重要なんですね。

 

Mさんは自分で「おかしい」と気づいて、
すぐに診察を受けるという行動に移したことで
大事に至らずに済みました。

 

それでも、医者の診断が下るとすぐに、
1週間ほど入院することになったのだそうです。

 

 

どんな症状でも、全身を整える。

 

neMu no ki に来院された時には、
喉頭浮腫についてはすでに治まっていました。

 

退院してから1か月ほど経過していましたが、
この間に、実に様々な形で体調が崩れたそうです。
左の臀部には、治りかけの帯状疱疹もありました。

 

 

身体は、複雑な状況にありそうです。
ですがどんな症状が出ていたとしても、
施術では全身のバランスを整えて行きます。

 

バランスを整える事は、ある意味
身体に蓄積されて複雑化してしまった情報を
整理することでもあります。

 

施術は便宜的に、
背面の下半身から始めて行きます。

 

まず、骨格や筋肉の状態を細かく調べ、
構造の安定性を乱すポイントを特定して行きます。

 

背面の下半身では、
ポイントは左臀部の上の方にありました。
ここは、治りかけの帯状疱疹の場所とほぼ同じです。

 

帯状疱疹のところから出発して、
アプローチ箇所は徐々に移動して行きます。

 

移動しながら、
左坐骨と尾骨の隙間に生じていた緊張や、
仙骨稜の奥の方にある
塊のような感触のものを解いて行きます。

 

腰椎3番と尾骨へアプローチした時には、
この2点間の奥の方で、上下に伸びる感触が生じました。
伸びたのは、腰椎から仙骨の内側面に張っている
筋肉を包む膜だっただろうと思います。

 

これに伴って、
後方に張り出していた仙骨が少し平らになり、
仙骨に反比例して強く反っていた腰椎もまた
少し平らになりました。

 

つまり、強い曲線を描いていた
腰~仙骨・尾骨にかけてのアウトラインが
なだらかになったわけです。

 

これは、脊椎に常時かかっていた物理的な負荷が
軽減したことを示します。
その証拠に、強く丸みを帯びていた背部も、
力が抜けて楽になったように見えました。

 

この様な具合に、
背面の下半身の他に

 

背面上半身と頭部、
前面の頭部と頚部、
前面の体幹と上下肢

 

という3つのパートについても
それぞれ丁寧に調べて、施術して行きます。

 

でもデスネ~…(;・∀・)
施術の全てを詳細に書いていると
えらく長い文章になるので
(書いている私も辛い~( ;∀;))
中間部分については手短かにしますね!

 

背面の上半身では、
後頚部~両肩にかけての領域が
アプローチの中心でした。

 

結論だけを言うと、
左側頚部を上下に引き伸ばすような変化が生じて
頚~肩にあった左右差が軽減しました。

 

前面での頭部・ノドの領域では、
主に左右の眉と、
右目頭、左瞳孔へのアプローチでした。

 

右眉根に形成されていたしこりを解き、
微妙に右に寄っていた鼻根が
中央に戻る変化が生じました。

 

 

身体に蓄積した、要らない情報の整理

 

一度の施術で直接アプローチするのは、
最大で4か所です。

 

全身をみる際の効率的な理由から、
身体を4つの領域に分け、それぞれの中で
構造の調和を崩す力を生み出している所へと
アプローチする為です。

 

1回の施術の中でアプローチする部位は、
互いに関連し合っています。

 

身体が今手放したいと望んでいる
歪みや緊張を実際に開放するためには、
段階を追って身体の側の準備を
進めていく必要があったりします。

 

4か所へアプローチして行く間に、
身体の中では蓄積していた緊張が解けて行きます。

 

緊張とは、いわば
「力の網」の様になものです。

 

日常生活の中で出来た緊張や
捻挫でケガした時の緊張や…。
様々なものが網の目で結びつき、
複雑に入り組み合って行きます。

 

施術は、そうして複雑に絡まりながら
知らぬ間に身体に蓄積した情報を
整理して行くものです。

 

解放されていく緊張は、
かつては必要だったけれど、
今のその身体にとっては不要な情報と言えます。

 

不要な情報が整理されると、
その奥からは本当に改善すべき事柄が見えてきます。
症状の奥にあったものは本当は何だったのか、
それが見え易くなります。

 

 

目に見える現象から、原因を読み解く。

 

Mさんの施術で最後にアプローチしたのは、
心臓でした。

 

アプローチを開始した地点は左肺の先端近く、
東洋医学の概念を借りるなら
経穴で言う中府の辺りです。

 

 

十四経発揮図譜~肺経-4

 

Mさんはかなり厚みのある胸郭をしています。
胸郭と言う容れ物だけが
膨らんでしまっている印象を受けます。

 

また、胸郭の下縁にあたる肋骨弓も、
とても高い位置にあります。

 

つまり、横隔膜が常に上の位置にあり、
肺もまた呼気の時のように
常に収縮した状態にあることが想像できます。

 

胸郭内の圧力の高さが、
胸郭という容れ物全体を内側から強く押し、
前後に膨らませているのでしょう。

 

こんな風に予測を立ててみましたが、
本当は違うかも知れません。

 

実際はどうなのでしょう?
今現在の呼吸の様子を
丁寧に観察します。

 

鼻での呼吸のタイミングと、
横隔膜、右肺の動きは合っています。

 

左肺はと言うと、
タイミングが遅れています。

 

息を吸うと、
横隔膜の方から肺の上の方へ
波のような動きが生じます。

 

波が左肺の中央付近に来ると、
少しもたつくように見えます。
息を吐き出す時も、同じように遅れます。

 

中府から始まったアプローチは、
左の縦隔(肺の内縁)を辿り、
左の横隔膜へ向かいました。
横隔膜に沿うようにアプローチが続きます。

 

横隔膜が弛んで来たのでしょう、
タイミングの遅かった左肺の動きが、
右肺と揃い始めました。

 

今度は、胸骨の下部にアプローチが集中し始めました。
横隔膜の中央部と胃に当たる部位で、
経穴では中庭、鳩尾(みぞおち)です。

 

十四経発揮図譜~任脈-3

 

Mさんの呼吸は深くなり、吸気の際に
胃の辺りも膨らむようになりました。
横隔膜がしっかり下まで
下がる様になった証拠です。

 

Mさんの呼吸に合わせて、
胸郭全体が同期するように
大きく動き始めました。

 

 

重要な問題は、奥に隠されている。

 

施術のアプローチは、
胃の方から心臓の上の方へと
移動します。
経穴で言うと、玉堂。

 

ぐっすり眠っているMさんの呼吸を
更に見守りながらいると、
おかしな現象が起き始めました。

 

呼吸の途中で一旦胸郭の動きが止まり、
それに伴っていびきの様な音が
一回だけ起きます。

 

よくよく観察してみると、
4~5回ほど呼吸を行う内に
心臓を起点にして肺の動きが止まります。

 

心臓が肺の動きについていけなくなる様で、
途中でリズムが逆になるような印象です。

 

それに伴って肺の動きが乱れ出し、
ついには胸郭全体の動きが
ピタッと止まりました。

 

止まったのは一瞬のことでした。
呼吸が止まった苦しさからでしょう、
すぐに大きないびきの様な音と共に
ごおっと空気が一気に吸い込まれ、
再び正常なリズムで呼吸が始まりました。

 

4~5回の呼吸を経ると、
やはり同じように停止→いびきとなります。
規則的なサイクルを持って
生じている現象だということが分かりました。

 

アプローチは
玉堂から鳩尾(みぞおち)へ向かいます。
心臓の表面を伸ばして行くような動きです。
そこから左中府(肺の先端)へ。
これは、心臓を左上の方へ引き上げるような動き。

 

再び玉堂へ戻り、しばらく待っていると、
その奥の方で
心臓の緊張がフッと抜ける感触が生じました。

 

呼吸を観察すると、
心臓が途中でぎゅっとなって
呼吸が止まる現象がおさまった様でした。

 

玉堂の位置からして、
緊張が生じていたのはもしかしたら
心臓の弁だったのかも知れません。

 

吸気の際には、
胸郭の陰圧が増します。
この時、肺に流入する空気量が
増えるのはもちろんですが、
心臓内に流入する血流量も増えるそうなんですね。

 

つまり、吸気の時には
心拍数も少し上がることになります。

 

リズムの変動について行くには、
器官の機能の柔軟性が必要です。

 

心臓の弁とは限らずとも、
心臓のどこかに緊張があると、
そうした柔軟な変化に対応するのは
難しいだろうな…と
想像がつきませんか?

 

 

施術で生じた変化によって、すぐに、
Mさんの心臓の状態が
日常においても安定的になる訳では
ないかも知れません。

 

ですが、Mさんの身体の中で
何かが良い方向に動き始めたのは、
確かだろうと思います。

 

 

気遣いが裏目に…Mさんの意外な事情

 

私の感覚では、 今回
施術でアプローチしたのは心臓だと感じました。
ですがこれまで、Mさんから
心臓に対する不安を聞いたことはありませんでした。

 

本当に心臓だったのでしょうか?
Mさんに施術の詳細を説明する前に、
尋ねてみました。

 

「心臓は、普段
何か気になる様な事はありますか?」

 

Mさんは、
こんな風に話してくれました。

 

以前から、寝ている時に
心臓がぎゅ~っとなって、
苦しくて目が覚める事がありました。

 

病院で調べても、検査では
それらしいものは何も出なかったので、
特に治療などはしませんでした。

 

心電図には、一定の間隔で
ちょっと不整脈があったみたいなんですけど、
規則的だから問題ないですよと言われました。

 

医師からは、
痛みがひどい時には飲むようにと
念の為にニトロを渡されました。

 

実際に痛みが生じた時に飲んだんですけど、
全く効かなかったんです。
氷水をきゅ~っと飲むと、治まるんですよね。

 

 

…おそらくは、心臓の抱えていた緊張の影響で、
寝ている間に呼吸が乱れる傾向があった事を説明すると、

 

規則的な不整脈は、
このせいだったんですねぇ~。

 

今は、そう言えばいつもこの辺り
(心臓の左側を押さえて)にあった
違和感が消えて、
すっきりした感じがします。

 

そう言えば…。
8月のすごく暑い時に、
リフォームで家に作業の人が来てたんです。

 

外で作業してる人がいるのに
自分がクーラーに当たっているのは
申し訳ないって思って、
私も暑い中にいたんですよ。

 

今思うと、何も気にする必要なかったのに。
おかしいですよね~。

 

 

どうやら、アプローチしていたのは
心臓で間違いなさそうでした。

 

Mさんが喉頭浮腫で入院したのは、
9月に入ってまもなくです。

 

8月の中旬頃は、猛暑のピーク。
それからすぐの8月の末には、
急な冷え込みを体験しました。

 

クーラーをつけずに
猛暑の中にほぼ1週間、そこですでに
元々緊張を抱えていたMさんの心臓には、
強いストレスが掛かっていたことでしょう。

 

Mさんは、
自分でそれが気遣いだとも思わずに
普段から細やかな気遣いをされる方です。

 

ですが今回に限っては、それが裏目に出たと
言えるかも知れません。

 

猛暑から一転、気温の急激な低下が起きた事で、
心臓の疲労は更に強くなったことでしょう。
身体の循環機能が下がれば、抵抗力も落ちます。

 

 

喉頭浮腫と心臓の関係性(試論)

 

施術の流れをもう一度見てみると、
右肺や横隔膜から動きの遅れていた左肺が
そのリズムの調和を取り戻した後で、
心臓のリズムが狂う現象が表面化しています。

 

裏を返せば、それまでは
左肺の変調した動きによって、
心臓が持っていた緊張状態が
隠されていたと言う事です。

 

もう少し突っ込んで言えば、
左肺はもしかすると、

 

緊張を抱えた心臓の負担を軽くする為に、
心臓の許容範囲に合わせて、
ゆっくりした動きあるいは小さな動きを
していたのかも知れません。

 

喉は、囲心腔という空間で
心臓と同居しています。

 

また、脈管のつながりも
非常に近接しています。

 

Mさんの喉頭浮腫の症状は最初、
食べ物を呑み込むと
甲状軟骨の左奥の辺りに痛みが生じる
という状態から始まっています。

 

ここからは、あくまで
私の推察ではありますが。

 

心臓を(たぶん)庇って
ゆっくりになっていた左肺と、
免疫力低下で
腫れあがってしまった喉頭の左側と。

 

いずれも左側です。
何らかの相関関係があるだろうと
想像が働きます。

 

心臓に緊張があったなら、
おそらくはノドの血管にも
緊張は伝わっていたはずです。

 

緊張下の組織は、
炎症を起こしやすい状態でもあります。

 

Mさんの心臓には以前から変調があり、
それは左肺の動きを遅くさせることで
何とか弱さをカバーできていたけれど、

 

夏場の無理によって、その影響は
同じ空間を共有するノドの方へ広がり、
炎症性の腫れものとして姿を現した。

 

ノドの症状は唐突に現れたように見えますが、
おそらくは、長い時間の経過と
その間に身体に蓄積された緊張によって、
奥深くで 徐々に
その形が作られていったのではないでしょうか。

 

 

自己再生する身体



目次
1.治癒の前段階としての「組織の溶解」
2.トカゲの尻尾に負けない!? 驚きの指の再生劇!
3.思い込みを手放し、真摯に現象と向き合う

 

治癒の前段階としての「組織の溶解」

 

湿潤治療、という傷の手当法を

聞いたことがありますか?

 

従来の傷の手当では、

まず傷口の細菌の増殖を防ぐために乾燥させ、

傷口を消毒するのが定番でしたよね。

 

これは、傷口を治す為と言うよりは、

傷口からの細菌感染を防ぐための治療だったのだそうです。

 

傷そのものを癒すわけではないのに、

これをなぜ「治療」と呼んで来たのかは、

今となっては理解に苦しむところです。

 

一方、傷口から出る漿液に注目し、

そこに含まれる細胞の再生を促す物質の力を上手く生かすことで、

「傷そのものを治す」ための治療法として考え出されたのが

湿潤治療です。

 

私の場合はクレラップを使うという手前療法なのですが、

傷の手当てはいつも湿潤治療を念頭において行っていますので、

その実力の凄さはわが身を持って実感している所です。

 

先日も、石につまづいて転んだ際に手指を石の角で打ち、

小さい範囲ではありますが肉がえぐれてしまいました。

出血も大げさにありました。

 

傷口には小粒の石が入っていましたが、

無理に取ると痛そうなのでそれはそのまま、

流水で汚れを流しました。

 

精油や植物性油脂を混合したクリームをクレラップに塗り、

クレラップごと傷口にペタリ。

様子を見ながら必要に応じて張替えをします。

 

翌日にはすぐに、傷口周辺の組織が

十分な湿り気によってぐちゃぐちゃになりました。

 

出血は止まっています。

傷口の小さな石も自ずと浮き出て、取れました。

 

ぐちゃぐちゃと書くとあまり良い印象ではありませんが、

実はこれは変化として悪いものではないのです。

 

細胞や組織には、今まで整然と配置されていた

その配置の構造があります。

 

この変化は、一旦その枠組みを解き、

必要な所へ組織や細胞を再配するための

準備だと受け取ることが出来ます。

 

翌々日あたりには、

裂けてしまった皮膚の間に早くも肉が盛り上がり始め、

早くもえぐれていたのが分からなくなりました。

 

…と、この様な感じで、

非常に治癒の過程が早く進み、

しかも傷口そのものもかなりきれいに解消されます。

 

トカゲの尻尾に負けない!? 驚きの指の再生劇!

 

12月11日、

たまたま目にした「ニュースの巨人」に、

湿潤療法の提唱者である夏井睦(まこと)氏が出演されていました。

 

番組の中では、

事故で親指の先を無くしてしまった人が、

湿潤療法で指を取り戻した症例を紹介していました。

 

写真でケガの回復状況を記録していて、

それを何枚か見せてくれたのですが、

最初の状態は、見るも無残です。

 

爪根を残してはいるものの、

親指の第1関節のほぼ半分から上が飛び、

ギザギザの痛々しい切り口が真っ赤に染まっています。

 

それが60日程の間に、

爪と共に指の肉が隆起し、

見事に指として復活して行くのがはっきりと見て取れます。

 

155日後には、

指先が無かったなんてイメージも浮かばないくらい、

普通の指です。

 

これを学会などで見せると、

会場にどよめきが起こると夏井氏は話していました。

 

夏井氏は講演会などで用いるためのスライドを

公開していらっしゃいますので、

そこから当該症例の写真を引用させて頂きますと…。

 

湿潤療法①

なかなかの凄まじさを見せる怪我ですが、確かに

へぇぇ~、こうもきれいに再生するの~!?

と誰しもが驚くべき、見事な治癒過程を示しています。

 

(当初、参考映像として

沖縄徳洲会病院での夏井氏の講演会のYoutube動画

【https://www.youtube.com/watch?v=0WtEpFnuj84】

をリンクしていましたが、

上記のリンク先が削除されたため画像のリンクはしていません。

 

ご興味のある方は、

Youtubeに夏井氏のお話が沢山アップされているようですので、

探してみて下さい。)

 

 

この映像を見た時には、

すごい!という興奮と共に、

やっぱり~、そうだと思った~!

と言う思いが浮かびました。

 

身体の能力は私たちが知っている程度のものじゃない、

果てしない可能性を持っているものだ、

と自分の中では確信していたものを、

やっぱりそうなんだと強く再確認させてもらった感じがしました。

 

人間の身体は

トカゲの様に再生する事はない、

そう私たちは教えられてきました。

 

でも実際には、

身体の力を本当に上手に引き出して

身体の意図に沿ってその力を用いることが出来れば、

ちゃんと再生だってするんですね。

 

思い込みを手放し、真摯に現象と向き合う

 

ちなみに先ほど参考として挙げたURLの映像には、

一旦は黒く壊死する所まで行ってしまった大きな傷が、

湿潤療法で復活する症例もあります。

 

ソバ打ち機に手を挟んで指先が飛んだ症例です。

縫合して縫い合わせたものの、

縫い合わせた指先が乾燥して黒く壊死した状態でした。

 

縫合部分には感染が起き、

それが骨髄に達する恐れがあるため

指を根元から切断しなくてはいけない、とまで言われたそうです。

 

切断を回避できる方法を探して、

湿潤療法を始めたのは受傷から11日後。

 

それだけ時間が経っていたら

ダメだろうと諦めてしまいそうですが、

そこから黒色壊死が溶解して白い壊死に変わり(!)、

指が再生して行きます。

 

壊死した指先に付いていた爪も新生します。

 

えぐいのは苦手…と言う方もいらっしゃいますよね。

ごめんなさい。

でも、こちらの症例の画像もありましたので、

引用させて頂きますと…。

 

湿潤療法②

こうなると、「壊死」などの言葉自体にも

問題がある気がして来ます。

 

「死」と言われてしまうと、もう再生する見込みのないもの、

と断定されているように感じてしまいますから。

 

私たちは、

普段何気なく使い、耳にしている言葉や表現によっても、

かなり認識を左右されている事が分かります。

 

そして、それは必ずしも真実でないばかりか、

むしろ異なる可能性を探すための

思考の柔軟性を削ぐ危険性のあるものだという事に

気付く必要がありそうです。

 

自然の中で生じる現象には、

どんな小さな事柄にも必ず意味があります。

…と、これは私が馬と仕事をしていた時に、

馬から教わったことの一つなのですが。

 

例えば今回の話の中で考えるなら

傷口にジュクジュクと出て来る漿液ですね。

 

ジュクジュクとして汚く感じたりするからなのでしょうか、

私たちはそこに大きな意味がある事を

今まで見落として来たわけです。

 

こうした見過ごしは、多分

数えきれない程あるのだろうと思います。

 

目の前にある小さな現象や事物をよく観察して、

その背後にある意味や理由を理解する。

自分の都合や脈絡で考えるのではなく、

自然の摂理に即して、です。

 

それを本当に丁寧に行っていくことが出来れば、

今までの私たちの視野の中では見えなかった

自然や身体の驚くべき大きな可能性に

出会うことが出来るのだろうと思います。

 

そうやって気付いたことが、今度は

私達一人一人が本来の自然や身体の在り方と繋がり直すことを

可能にしてくれるのだろうと思うのです。

 

 

臓器の状態は、どのように体表に現れるか。

 

おそらく私達が予想している以上に、

身体の表面には

体内の状況がつぶさに映し出されている様です。

 

今回は、

内臓の状態は体表にどのように表されるのか、

それを分かりやすく示してくれた症例を元にして

記述してみたいと思います。

 

 

 

今までにも何度も説明しているので

耳タコの方もいらっしゃるかも知れませんが^^;

はじめに、neMu no ki で行う施術について概説しますね。

 

施術では、

まず筋肉・骨格の状態をつぶさに調べ、その時の身体の中で

もっともバランスを崩す原因になっている箇所を選定します。

 

特定された原因部は、奥に筋膜の変性を抱えています。

施術の最終目的は、この原因部の変性を解消する事です。

 

 

 

原因部の筋膜の変性については、

少し詳しい説明が必要だろうと思います。

 

たとえば、

足首の捻挫をした場合を例に取ると、

私たちの身体は受傷の瞬間に強い衝撃を経験します。

 

その衝撃は、物理的な力の波として

捻った足首から隣接する部位へ伝わって行きます。

 

 

 

筋膜上には、

こうして伝播して行った衝撃=力の痕跡が刻まれる様です。

(これは、筋膜が衝撃によって加わった力を分散する役割を担っている為に、

その分散の結果生じるのではないかと思われます。)

 

力の痕跡を現実的な現象として考えるなら、

それは組織という微小なレベルに生じる緊張、あるいは膠着に置き換えられます。

こうした痕跡は他の部位と異なる感触を持つため、

体表から実際に確認する事が可能です。

 

力の痕跡は、

時には大小・形も様々なしこりを形成したり、

あるいは足首のまわりをぐるぐる周回するように残存したりします。

 

面白い事に、

足首のまわりを周回する痕跡を解除して行くと、

その足の捻挫癖が改善したりします。

 

つまり、

捻挫をした際に捻って外側に倒れた足首の形が、

その時に筋膜上に刻まれた力の痕跡と共に

身体の癖として保存されていたことになります。

 

 

 

施術者や、身体に深く興味を持っている方も

読んでくださっているかも知れないので、

より具体的に説明してみます。

 

足首をひねると、

距骨や踵骨と言った足関節や踵を形成している骨が

外側にズレたり、外側に倒れたりします。

 

これらの骨の変位がある程度の所で止まるのは、

筋膜が衝撃の瞬間に緊張や膠着を起こし、

骨の位置を固定するためです。

 

捻挫が治ったはずなのに古傷として痛みが再発するのは、

こうした骨の変位が温存されている為です。

筋膜の痕跡を解くと、骨の位置は元に戻ります。

 

 

 

では、話を元に戻します。

 

場合によっては、足首を周回した痕跡は、

親指へ繋がって行ったりします。

これは、足を捻った際に足首を少しでも庇おうとして

その瞬間に無意識的に親指を踏んばったことを物語っていたりします。

 

(※施術者に向けて…

こうした症例の場合には、足首への施術だけでは捻挫癖はなかなか改善しない様です。
母趾の緊張があることで、足首の緊張も解け切ることが出来ない為です。
また捻った瞬間に距舟関節に圧縮が加わっている場合には、
そちらへのアプローチも合わせて行う事が必要の様です。)

 

力の痕跡を解除して行くと、筋膜の変性は解消されます。

それに伴って

そこに封じ込められていた身体の癖も同時に変化する為、

身体の構造的なバランスが整っていく、という寸法です。

 

 

 

Aさんは、neMu no ki が開院した頃から

いらして下さっているクライアントさんです。

 

ここ1~2年は、頭を酷使しながらPCに向き合う時間が長くなり、

思考や気持ちを切り替えたい時に施術を受けにいらっしゃいます。

 

この日は大きな仕事を終える直前で、

極限まで自分を追い込んだ後の様でした。

 

自分ではどこが悪いかも分からない、

人間じゃないみたいな感じがする、との言葉から、

人間らしい感覚がなくなる程、一生懸命だったことが感じられます。

 

 

施術は、

まず身体を4つのパートに区切って、

それぞれのパートで一番バランスを崩す原因になっている箇所を選定します。

その4つの原因部の中で一番影響力の強い箇所を

全身のバランスに最も影響を与えている原因部として、

一番深くまでアプローチして行きます。

 

 

Aさんのこの日の最大の原因部は、

剣状突起でした。

 

胸骨の下端に位置する剣状突起から、

筋膜上に記された痕跡を追いかけて行きます。

 

剣状突起から、隣接する右肋軟骨へ。

第6肋軟骨の内縁にアプローチしていると、

胸腔で変化が生じて行きます。

 

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手の感触を介して、

反応の起きている箇所の深さや構造を感じとります。

 

この辺りにある臓器と言えば、

横隔膜、肺、縦隔、心臓です。

 

― 横隔膜じゃないな、肺も違う。

 

 

胸骨や肋軟骨の奥には、胸部の空間を3つに区切る縦隔があります。

その縦隔と、左右の縦隔ではさまれた心臓の辺りで

広範囲に反応が起きている様です。

 

心臓が少し前に出て来た感じがあり、

それに伴って胸郭が内側から押し広げられたのでしょうか、

Aさんの胸が広がった感じがします。

 

体表で触れているのは、

右第5~6肋軟骨から胸肋関節の辺りです。

その周辺を細かく細かく移動して、

ポイントがわずかづつ変わって行きます。

 

心臓を中心として

広範囲で生じている様に感じていた反応は、

次第に的を絞って行く様に変化して行きます。

手の感触の中に現れたのは、心臓の右壁の様でした。

 

実際に触れている第5~6胸肋関節の付近には、

ちょうど指先と同じくらいの面積のわずかな凹みがありました。

この凹みへのアプローチは、

反応が起きていると分かる様になるまで

長い沈黙の時間がありました。

 

今まで心臓は

通常よりも少し強く右側に傾斜していたのでしょうか、

沈黙の末に、心臓の右壁の上部が左へ動きました。

 

壁が動いたのに伴って、

心臓全体の輪郭を感じ取りやすくなりました。

心臓が立ち上がり、先ほどよりも安定したために、

その存在を感じ取りやすくなったのかも知れません。

 

心臓が右に傾く、と言うほどではないかも知れませんが、

今までは少し

右にもたれている様な感じだったのかも知れません。

 

大きな反応が生じたのをきっかけに、

接触ポイントも移動しました。

右第5~6肋軟骨から胸骨を横切り、

左の第4胸肋関節の少し内側へ。

 

左の第4胸肋関節も、微かな凹みのようになっています。

 

 

― 先ほどの凹みと言い、

凹みそのものに集中してアプローチしている所からすると、

心臓の弁かも知れない。

 

 

凹みが次第に平らになると共に、

心臓の表面が一つに繋がったような感じを受け取り、

施術が終了となりました。

 

 

 

終了後、Aさんに

心臓は何か心当たりはありますか?

とお聞きしました。

 

開院当初から来て頂いているので、

もう5年以上のお付き合いになります。

今まで、Aさんが心臓について不調を抱えている話は

聞いたことがありませんでした。

 

「心臓は、不整脈があるんです。

15~6年前くらいかな、普通よりも心臓が小さいとも言われました。」

 

― そうでしたか。

今日の施術は、どうも

心臓の弁の辺りへのアプローチなのかな、

という感じだったので。

 

 

「あ!正しく!

僧帽弁のせいで不整脈が出るって言われました。

 

弁の中で中に引き込まれるようになる部分があるらしくて。

そのせいで、不整脈もヒクっと(息をヒッと呑み込んで、感覚を実演しながら)

なるような感じで起きるんです。

 

最近は起きてなかったんですけど、

今日は施術の間に一度ヒクっとなったので、

何だろう?って思ったんです。」

 

 

最後にアプローチした左第4胸肋関節は、

Aさんの言葉と符合するように、

通常ならばちょうど僧帽弁が位置する所です。

 

心臓弁

 

このポイントへのアプローチは

右第5~6肋軟骨から胸骨を横切って行われましたが、

それは心臓が右に傾いていた事を示していたのか…。どうでしょうか?

 

これはあくまで個人的な思考遊びと思って頂ければ幸いですが、

 

もし心臓の上部が通常よりも右傾していたとして、

その心臓のズレによる歪力が

どこに一番大きく負荷されるかと言うと、

 

構造的に最も弱い弁の部分ではないのか。

それが僧帽弁の一部が引きつれる様な現象を

引き起こしたのかも知れないなぁ、なんていう

思い付きも浮かびました。

 

 

 

Aさんの言葉を聞いて、

他にも合点が行った事がありました。

 

Aさんの胸骨下部から左肋骨の下部の一帯には、

初めて施術を行った当初から

妙に平らで静かで、どちらかと言うと

覇気が足りない感じありました。

ここは、心臓の表面に当たります。

 

いつ変化するかな?何が原因になっているのかな?

と思って見守っていたのですが、

 

奥に納まっている心臓が小さいのであれば

表面の骨格としては中の充実感が足りない訳です。

当然、起こり得る変調だったことが分かります。

 

心臓が大きさを取り戻したかは分かりませんが、

施術後に確認した際には

心臓表面一帯の骨格の平板さは軽減し、

外からの力に対する抵抗力と強さを

取り戻した様に感じられました。

 

 

 

この症例は、

医師から言われてから相当な年月が経過しており、

またその間に、問題となるような

大きな症状の無かった臓器の変調です。

いわば、未病の状態と言えるかも知れません。

 

実際にはそうしたものも、

症状が無いからと言って治癒しているわけではなく、

構造的な変調として体内に温存されている事が分かります。

そして、身体はそれを把握しています。

 

重大ではないけれど、小さな症状をサインとして出したり、

あるいは体表にごく小さな形の変化として現すことで、

 

そこに意識を向けてもらう必要がある事を、

身体は私たちに懸命に

伝えようとしてくれているのだろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

症状の必然性~円形脱毛症の事例より

 

目次

症状には必然性がある
円形脱毛症と、様々な対処法
その① 精油の実力
その② 驚きの原油療法
原因解明へ~筋膜的手法を用いて
頭蓋骨は動く
円形脱毛症の背後で、何が起きていたか。

症状には必然性がある

 

「ニキビやシワは、いつも同じ所に出来るでしょ。

そこじゃなきゃいけない理由があるから、そこに出来るんですよ。」

 

まだ整体の学院に通っていた頃、

筋膜療法を教えてくれた師がこんなことを言いました。

 

思えば高校生の頃、

右の頬っぺたにしつこく現れるニキビに悩まされていた私は、

なぜ決まってそこなのかと不思議に思っていました。

 

頬のニキビであれ、頬齢線であれ、額のシワであれ、

みんなに同じように出るわけではありません。

でも、「私」に現れるのはいつも同じ。

 

何故かパターン化して現れるこうした身体症状には、

実はちゃんと理由がある、という訳です。

 

それは、

口の周りのニキビは胃腸の不調のサインだと考える様な、

因果関係がはっきりと分かりにくい理由付けではなく、

その症状を必然的に起こさせる、物理的で特定的で、個人的な原因です。

 

師の言葉のニュアンスからそう理解した私は、

症状の背後には必ずそれに見合った身体の物理的な変調・変化があるはずだ、

というのを半ば信念として施術を行う様になりました。

 

とは言え、最初の内は「恐らくはそのはず…。」でした。

やがて臨床でのクライアントさんの身体の観察を重ねるうちに、

それは「確かにそうだ。」に変わって行きました。

 

症状の背後にある物理的な原因。

それは、実際にはどんなものとして現れるのでしょうか?

今回はそれを教えてくれた臨床について、お話してみたいと思います。

 

 

 

円形脱毛と、様々な対処法

 

今回の臨床例は、私の母です。

身内と言えど実名で明文化するのですから、

ちゃんと事前に承諾はもらいました^^

 

彼女の後頭部には、昨年の年末辺りから

毛髪が大きく抜けている箇所が見られる様になりました。

 

場所は後頭部のほぼ中央。

中央から少しだけ左上に寄っています。

 

10円玉とか500円玉なんて可愛いものではなく、

直径6センチほどの円形です。

上から髪が被さっていた為に気付くのが遅かったのか、

発見した時にはすでにこの大きさに成長していました。

円形脱毛症ー1

1月8日の頭皮の状態

 

大きく地肌が見える頭皮。

表面はパラフィンを塗布した様にテカテカで、奇妙な硬さがあります。

まばらに残った髪は、すべて白髪になっています。

 

齢70、

「もうこの歳だから仕方ないわね~。全然大丈夫、気にしてないから。」

と口では言いつつも、内心は気になって仕方ない様子。

 

事あるごとに頭の後ろを鏡に写し、

よせばいいのに家族に写メを撮ってもらい確認。

「あら~ひどいわねぇ…。帽子を被らないと歩けないわ~。」

…意気消沈。

 

あの~、全然気にしてないって、

誰の言葉でしたっけ?^^;

背中がガックリしてますよ~。

 

内心傷ついている様子を見るのは

家族としても施術者としても忍びないものです。

 

病院に言ったら?と言う声も家族からは上がりましたが、

先に円形脱毛症を経験した友達から

「髪のない所に直接、注射を打つの。髪は生えて来るけど、痛いのよ~!」

と聞いて来た母。

 

病院に一旦は行き、診断を受けて来ましたが、

薬も治療も自分から断って来ました。

 

何らかの症状を体験するのは、とても貴重なことです。

せっかくなのですから、どんな療法に効果があるか試してみよう!

と言う事で、手近な方法を幾つか試すことにしました。

 

本人にしてみれば、症状は辛いかも知れません。

ですが、起きている症状にはちゃんと意味があるはずです。

それを知って欲しいから、何とかして欲しいから、

身体は文字通り「身を呈して」、

何かが起きている事を私たちに伝えようとしてくれているのですから。

 

 

 

円形脱毛症は、いまだ原因の特定や治療法の確立が出来ていない

難治性の皮膚疾患という厳しい側面を持ちます。

実際に経験している方にとっては治癒までの道のりが見えず、

大きな苦しみを伴う可能性があるものなのです。

 

とりわけ、人との違いを厭う傾向性の強い日本社会にあっては、

ことさら人の目を厳しく感じ、精神的に辛い思いをする方も多いのかも知れません。

(参考: 日本円形脱毛症コミュニケーション

 

症状の出ている際の、患部の組織学的な特徴としては、

毛包内にリンパ球の浸潤が見られる、と言う事が挙げられるようです。

 

浸潤したリンパ球によって誤って毛根が攻撃される、

いわば自己免疫疾患ではないかと考えられており、

医療機関ではその認識に基づいて投薬などの治療が行われるようです。

(参照:円形脱毛症/Wikipedia)

 

患者さんに、もしかしたらこの記事を目にされる方もいるかも知れません。

少しでも役に立てばと思うので、

どんなことを試したのかを少し詳しく書いてみますね。

(頭部の症状に対しての試みですので、全身性の場合には当てはまらないかも知れません。)

 

 

 

まず、筋膜での施術。術者は私です。

頭皮は柔らかくなるものの

完全に頭皮の状態が良好になるところまでは回数が必要そうです。

髪の毛がすぐに回復するのを期待するのは、難しい所です。

 

 

 

その① 精油の実力

 

次は、薬理作用を期待して、精油を用いてみました。

頭皮の固さと血流の悪さを緩和できたら良いのではと、

ラベンダーを使用してみました。

 

ラベンダーは本人が最も好んでいる香りと言う事もあり、

感情的に落ち着く効果も考え合わせて選びました。

 

皮膚は柔らかくなり、赤味も引きます。

ですが、皮膚は表面だけが柔らかくなり、ブヨブヨしている感じがあります。

ブヨブヨの状態では血管にも緊張感がなくなり、かえって流れが悪くなります。

 

奥の方には硬さが残り、問題はこちらにあるように感じられます。

表皮には作用したと言えると思いますが、

毛髪が回復する直接の助けにはならないと判断し、他の方法を探しました。

 

たまたまその頃、とある精油のセミナーに出席しました。

講演者だったアメリカ人の医師に相談してみた所、

私の手に触れて、「お母さんと似ているか?」と聞きます。

私の手は乾燥気味で、その時には冷えていたのを記憶しています。

 

その手の感触から、甲状腺の病気をやったことがあるなら、

年齢から考えて甲状腺機能の影響かも知れないよ、と説明してくれました。

母には若い頃、甲状腺機能低下を示す橋本病の疑いがありました。

 

女性の毛髪だと女性ホルモンの影響も考えられそうですが、

それはないだろうとの答えでした。

すでに閉経してから何年も経っており、

ホルモンバランスの急激な変化が原因である可能性は低い、

という見立てなのだろうと思います。

 

医師がその時に薦めてくれたのは、

針葉樹(コニファー類)のブルースプルースという精油でした。

 

ちなみにスプルースとは、トウヒ(唐檜)やエゾマツのことです。

クリスマスツリーはモミノキが有名ですが、元々はスプルースを用いていたそうです。

 

幾つかあるスプルースの中で、ブルースプルースは

ロッキー山脈原産の Picea pungens のことを指します。

ブルースプルース 1280px-Picea_pungens_'Glauca_globosa'_in_Autumnーcc BY-SA 3.0

ブルースプルース (Wikimedia Commonsより/ Picea pungens ‘Glauca globosa’ in AutumnーCC BY-SA 3.0)

ブルースプルースの若い松毬 640px-Picea_Pungens_Young_Cones-cc BY-SA 3.0

ブルースプルースの若い松毬 (Wikimedia Commonsより/ Picea Pungens Young Cones- CC BY-SA 3.0)

 

甲状腺に働きかける事を目的として使うので、

精油は血流に浸透させる必要があります。

 

その為には、肘の内側などの

血管が表皮の近くにあるところへ塗布をするのが良いとのことでした。

(精油は薬理作用を持つもので、皮膚や神経などへの毒性を示す場合もあります。ですので、日本においてはアロマテラピーに関連する協会団体などでは、原則として原液での使用は禁止しています。ラベンダーは一般的に安全な精油と認識されていますが、スプルースは作用の強い精油で、使用にあたっては注意を要することもあります。この場合には医師の指示を仰いでいる事と、自己責任において使用していることをご理解下さい。)

 

母に試してもらうと、

髪の毛はともかくとして目がシャキッとして元気とやる気が出るとの事で、

甲状腺、あるいは頭部の血流に対して何らかのポジティブな作用を与えていたのではないかと思います。

 

 

 

その② 驚きの原油療法

 

またこの時期、これもたまたま行ったのですが、

ケイシー療法に関する講演会に行きました。

 

この講演会では、これもまた たまたま、お土産を頂きました。

それが何と、円形脱毛症や若白髪に有効というシャンプーでした。

 

ケイシー療法ケイシーその人について話し出すと長くなってしまうので、

興味のある方は各自で調べて頂くとして…。

 

ケイシー療法の中では、頭皮の問題には

原油で頭を洗う原油療法を薦めています。

1024px-Korňanský_ropný_prameň CC BY 3.0 (Natural petroleum spring in Korňa, Slovakia)

地表に染みだした天然の原油(Wikimedia Commonsより/Korňanský ropný prameň ー CC BY 3.0)

 

なぜ原油が頭皮に効くのか、

その機序については調べていないので私には分かりません。

 

ただ、元は生物だったものが長い年月をかけて

大地の中で変性したものが原油だと言われています。

(これも、実は諸説あるようです!生物由来説が一応主流のようですが~。

確実に分かっていることなど実はこの世に一つもないのでは…何ていう気もして来ますね~^^; )

 

シャンプーの名前は奇しくも「大地の力シャンプー」でした。

確かに、原油は大地のエネルギーを凝縮したものと言えるでしょう。

 

髪が植物だとすると、頭皮は大地です。

頭皮に不足しているエネルギーを、原油を介して大地そのものから受け取る、

そんなイメージなのかも知れません。

しかも大地の奥深くで生まれる原油ですから、

頭皮の奥にいる毛根に働きかけてくれそうです。

 

 

 

で、効果のほどやいかに。

 

はい、変化ありましたヨ。

わずかに3~4回程度シャンプーを使った後だと思います。

「見て見て!

白かった額の生え際が、黒くなってきた気がするのよ!」と。
(使用効果は人によって差があると思いますので、あくまでご参考まで。)

 

毛髪の抜けた所も確認してみると、

白髪ではあるけれども、剥き出しだった頭皮の周りに髪が増えている気がします。

発見から4か月経過した頃でした。

 

8か月以上経た最近では、

地肌が剥き出しで見える状態は、ほぼ解消したと言えると思います。

 

ちなみに…

あれほど小まめに撮っていた写真は、その都度消していたそうです。

確かに、何度も繰り返し見たい写真ではありませんものね。

私としては全ての過程は大切な記録。残したかったなぁ…なんちゃって^^;

円形脱毛症ー3

8月18日の頭皮の状態

 

原因解明へ~筋膜的手法を用いて

 

母が抜け毛に悩んでいた事が

すでに家族の意識から消え去りかけている昨今になって、

一体なぜ後頭部に円形脱毛が生じたのか、

その原因がやっと分かりました。

 

寝ている時に頭をゴリゴリしているからじゃないの?って思った方、いました?

いえいえ、違うんです。

 

ゴリゴリは抜け毛を助長したかも知れません。

ですが、原因そのものではないんです。

 

 

 

筋膜の施術は、前述したように

髪の毛をすぐに回復する手段としては適当ではありませんでした。

ですが、甦った髪の毛を長生きさせ、著しい抜け毛を再び起こさないように、

土台を整え直すことは出来ます。

 

ここで言う土台とは、

頭皮であり頭蓋骨です。

 

彼女の頭部の特徴を挙げると、

頭蓋の内圧が高く、頭蓋骨は外側に張り出すような形になっています。

元々の頭の形よりも、左右に幅が出ている状態です。

頭皮は張りつめて薄くなり、

頭頂にはまるで小さな角の様な、固いコブがありました。

 

血圧が高めだったこともあり、

以前から頭蓋の内圧の高さは気にかかっていました。

最初に症状の話を聞いた際には、すぐに

頭蓋の硬さと内圧の高さが関係しているだろうと思いました。

 

 

 

施術では、症状のことは念頭に留めながら、

全体のバランスを見て行きます。

症状の改善は全体のバランスの回復に伴って付随的に生じるので

時間がかかる場合もあります。

 

その代わり、全身のバランスの変化をつぶさに観察して行くので、

症状がどのような脈絡の中で生じたのかを把握することが出来ます。

 

例えば、円形脱毛症に頭蓋の内圧が関係していると気付いても、

それが実際にはどんな脈絡で起きているのかを

身体が分かりやすく示してくれるわけではありません。

 

母は、円形脱毛が生じてから5回、

施術を受けに来ました。

 

ある時は足根と首が中心の施術、

ある時は腰と顔、

又ある時は背中と坐骨。

 

頭とは直接関係のなさそうな所へアプローチを繰り返す内に

身体に蓄積していた歪みや緊張が徐々に剥がれ落ち、

やっと隠されていた原因が姿を現して見せてくれました。

それが、5回目の施術の時だったのです。

 

 

 

頭蓋骨は動く

 

原因は何だったのでしょうか?

一言で表現するなら、後頭骨の歪みです。

 

西洋医学の見地からすると、

頭蓋骨は動かないと考えられるのが一般的だと思います。

 

以前、頭蓋仙骨療法(CST)を学んだ際に、

頭蓋骨はわずかながらも動くものであり、さらに

頭蓋骨を構成している骨の一つ一つは異なる動きを持っている、という事を学びました。

 

これは、従来の医学の知識は思っていたほど「確実」なものではなく、

まだまだ疑問をはさむ余地があるという事に気付かせてくれました。

常識や通説とされるものを頭から信じ込むのではなく、

自分の体験や熟考によって評価し直す姿勢が必要なのだと感じさせられました。

 

一つの思考を学ぶと、

私たちはその見方に知らず知らずの内に囚われ、

異なる視点から物事を自由に見る事が出来なくなっています。

偏った狭い見方に囚われてはいないか、

それを自分自身で気づくには努力が必要です。

 

私の場合には、出来事や現象を

解釈を出来るだけ加えずにありのまま受け止める努力を繰り返し、

その繰り返しの中で蓄積される経験的情報の中から

脳が自ずと法則性や意味を発見するのに出来るだけ任せます。

 

そうした取り組みの中で、

頭蓋骨が動くことを私は経験的に知りました。

 

「頭蓋骨が動く」という表現を具体的に説明すると、

骨そのものが動いている場合と、骨の周囲の結合組織が移動することで

見かけ上、骨が移動している様に見える場合との、

2つの状況が考えられると思います。

 

母の場合は、この両方が重なって生じていました。

 

それでは、5回目の施術ではどんな変化が生じたのか、

それを以下に詳しく説明して行きます。

 

 

円形脱毛症の背後で、何が起きていたか。

 

この時の施術で重点的にアプローチすることになったのは、

患部である後頭部と、両足でした。

(施術する箇所は施術者の直感や恣意によって決めるのではなく、身体から物理的な現象として提示されるあるサインに従って決まります。その詳細や具体的な施術法については、ブログ記事「筋膜は、過去を記憶する。」をご参照下さい。)

 

母の足は、ふくらはぎの形が外側に彎曲していました。

この時の臨床では、その彎曲が軽減しました。

 

ふくらはぎの形状が変わると、

今までは踵の骨に対して斜めに乗っていた体重が、まっすぐになります。

 

無理な角度で体重を支える事から解放され、

踵を覆う硬い皮膚に、柔らかさが戻りました。

 

これは、ふくらはぎの変化に伴って、すぐに生じました。

一部分でもバランスが変わると、それは即、全体へ波及します。

 

足裏全体が、柔らかさを取り戻していきます。

これなら、今までよりも楽に安定して体重を支えられるはずです。

 

足元がぐらついている時には身体の軸が不安定になるため、

脊柱は何とか真直性を維持しようと緊張しがちになります。

足元の安定性が回復すると、脊柱のムダな緊張はおのずと解け、背筋は自然と伸びます。

(これは、人によって逆の場合もあります。その方がどんな身体の使い方をし、どのような歴史を身体に刻んでいるかによって、身体の連携のパターンが異なる為です。)

 

足元が安定し、脊柱の負荷が軽くなると、

首から下の安定性に支えられて頭部も変化しやすくなります。

つまり、頭部のバランスの回復には、脊柱や足元の安定が大切な要素になっています。

 

頭部へのアプローチは左耳から始まり、

一旦 乳様突起(耳の下・後方にある突起)へ下ってから後頭部へ移りました。※1

 

 

解説※1

耳や乳様突起などの出っ張ったり尖ったりしている所には、

筋膜が膠着したり、しこりが生じやすい傾向があります。

 

筋肉、筋膜、皮膚などの軟部組織が骨からずれた場合には、

こうした箇所で堰き止められることになります。

それが長い内に凝集を起こして、しこりを形成します。

 

筋膜での施術は、ずれた組織を元に戻すことで身体の構造を整えます。

膠着やしこりがあると元に戻るのを邪魔するため、

施術の際には先にそれを解く必要があります。

耳から乳様突起を経由して後頭骨へという回り道のような経路は、

そこにずれが生じていたことを教えてくれています。※

 

 

後頭部の中央付近へ辿り着くと、

しばらくしてその周囲の頭皮が緩み、さわさわと上へ移動して行きます。

頭皮が自ずから、上へ動いて行きます。

 

その反応が収まるのを待ち、今度は

後頭部と頸椎の境目のくぼみ(啞門穴)から後頭骨の下部周辺にアプローチします。

十四経発揮図譜~督脈~啞門

十四経発揮図譜より/啞門穴(督脈:背骨の真上を走る経絡)

 

少しずつ辺りの皮膚や筋肉が弛んで来ると、

後頭骨の下部の広い範囲に渡って、大きなしこりが現れました。※2

 

 

解説※2

組織は、何層にも重なった構造をしています。

そして層ごとに、様々な緊張や歪みの力を帯びています。

 

表面の組織が固まっている時には、物理的な組織の固さとそこに含まれる歪力の

両方の作用によってベールが掛かったようになっており、

奥の組織でどんな変調が起きているのかをきちんと把握することが出来ません。

 

表面を覆っていた層の固さと歪力が解けた時に初めて、

奥の状況が鮮明に見えるようになります。※

 

 

 

しこりはどんなに硬くても、正確に適正な接触をすれば

力を使うことなく弛み、ほどけます。

 

後頭下部のしこりが解け始めると、ここでもまた

解けて弛んだ組織は上へと移動して行きます。

 

その動きに伴って、

後頭骨自体が、反時計回りに回転し始めました。

 

後頭骨は本来の形と位置へ戻ろうとしているようです。

広がっていた頭部の幅は狭まり、前後に厚みが出てきました。

頭部は、より立体的な形へと変化して行きます。

後頭部でのしこりの移動

始めに確認した際、

母の頭蓋骨は内圧が高く、幅の広い形をしていました。

 

母に自分で触って確かめてもらったところ、

「え~!こんなに小さくなるの!?」

「頭が丸い~」と。

 

元々の母の頭の形は、

小さくて立体的で、スッキリとしていたのです。

後頭骨はこの状態を回復する為に反応し、能動的に動いたのだと思われます。

 

 

 

反応が収まった後に頭部をよく調べると、

後頭骨中央の少し左上の辺りに、

今まで無かったはずの隆起が現れていました。

 

ここは円形脱毛が生じた、まさにその位置です。

隆起の大きさも、髪の毛の抜けた領域とちょうど重なります。

 

 

 

施術は、身体に緊張や捻じれなどが蓄積された順番を逆から辿ります。

いわば、体内の時間をさかのぼって行くのだと言えるかも知れません。

 

最後に現れた後頭骨の左上の隆起は、

むしろ古くから体内にあったものだと考えられます。

 

隆起部分は、筋膜を中心とした組織が緊張などによって凝集・膠着したもので、

文中で「しこり」と表現しているものと同じ性質のものです。

 

ここは、いわば「緊張の塊」と言いかえられるかも知れません。

静的に固まっているのではなく、能動的な収縮する力を帯びています。

 

強い緊張や収縮は、身体にとっては負担です。

後頭骨が回転して歪んでいたのは、

隆起部分の強い緊張を分散する為だったのではないかと思います。

 

ですが、「緊張力」は分散できても、

物理的な隆起そのものは残ります。

隆起を形成する凝縮力は、非常に強いものだからです。

厄介な事には、後頭骨が回転したことで

見かけ上、頭部は平らになっていました。

本当は隆起するほどの緊張があることが、表面的には隠されてしまったわけです。

 

こうして、根深く居座った隆起の上には、

その力に引き込まれるように更なる緊張が堆積して行きます。

 

緊張のある個所では、

血流やエネルギーなどの様々な流れが低下します。

そこに毛根があれば、毛髪を育てるだけの十分な栄養が届かない事になります。

 

また、隆起した組織やしこり、膠着などは、

組織にずれがあることを示しています。

(皮膚・筋肉・筋膜という軟部組織間でのずれのこともあれば、骨と軟部組織とのずれのこともあります。これは、いわば地層がずれるのと同じ現象です。)

 

組織間のずれが毛根付近で起きた場合、

毛包はそれによって引っ張られたり縮められたりするはずです。

毛包が変形すれば、リンパ球が浸潤するスキマが出来るかも知れませんし、

毛根での細胞同士の連携が乱れ、新しい毛髪を形成しにくくなるかも知れません。

 

この隆起の出現によって、

円形脱毛の大きさに見合うだけの原因はちゃんと存在していたのだと、

母と共に納得したのでした。

 

 

 

 

 

胎児は、理解する。

 

 

施術を行っていると、人間と言う存在の不思議さや神秘性を

まざまざと感じさせられる体験をすることがあります。

 

筋膜という、私達の身体の構造を支える組織を扱う施術は、

連続的で精妙な変化を構造に引き起こして行きます。

 

例えば、右の親指の付け根を施術していたら、右肩の巻き肩が戻り、

心臓の裏あたりでズレていた胸椎もまっすぐに戻った、

と言うように。

 

このような構造の変化の過程を観察していると、

それが何の関わりから生じていたのか、その因果関係も見えて来ます。

それゆえに、不思議さや神秘性に気付かせてもらえる事も多いのかも知れません。

 

今回は、そうした体験の中でも、

とりわけて印象に残っている臨床について話して行きます。

胎児には物事を理解する力があることを、分かりやすく教えてくれた体験です。

 

 

出産を1か月後に控えて

 

Yさんが初めて当院にいらしたのは、

初めての出産をほぼ1か月後に控えた時期でした。

 

Yさんは普段からよく内省をし、

ご自分の心の動きや身体の状態などを

つぶさに把握されています。

 

妊娠してからも、自分の身体や感情を観察しながら、

体調や感情のバランスを維持して来ていたそうです。

 

出産まで残すところ1か月ほどとなり、

増々大きくなるお腹に身体のきつさも増してきました。

 

どうしても呼吸が浅くなるので、気持ちがウツウツして来て…。

ここに至って、自分の取り組みだけでは難しいと感じるようになったそうです。

 

身体が大変なのは仕方がないとして、何よりも

心の状態に影響が生じていることを辛く感じるとの事でした。

 

身体に歪みや癖があると身体の負担は大きくなるのでは、

と普段から思っていたこともあり、

身体の状態が改善できれば気持ちも楽になるかも知れないと考えて、

ご来院されたのでした。

 

小柄で華奢な体型のYさん、

腰をかがめて玄関の靴をそろえるなどの中腰の作業は

まだこの時点では無理なく出来ている様子でしたが、

お腹は重たそうに見えました。

 

 

問題は、胸郭の狭さにあった

 

施術は、

右乳房を中心とした右胸郭へのアプローチになりました。

 

乳房が左右同じ大きさで、

同じ位置にきれいにそろっている事が意外に少ないという事は、

女性ならば気付かれている方が多いかも知れません。

 

これは、一般的には筋肉の発達の違いと理解されている様ですが、

筋膜的な見方からは違った理由が考えられます。

一つには胸郭の歪みの影響が考えられ、胸郭の変化に伴って改善する可能性を持ちます。

 

Yさんの場合は、右の乳房の下部と外側はしこりのようにカチコチに固まっており、

その為に左よりも乳房が大きく見えます。

また、乳房とお腹がピタッとくっついていてスキマがありません。

左側では、ちゃんとスキマがあります。

 

乳房とお腹がくっついてしまっているということは、

右側では胸郭の下部の空間が圧縮されていることになります。

肝臓や肺、横隔膜が配置された重要な空間です。

 

空間が狭くなれば、圧力も高まります。

大切な臓器も、圧されて緊張が高まっているかも知れません。

 

すぐに症状が出る程の強い影響ではないかも知れませんが、

圧迫されたり、緊張が高くなったりしていると、

それぞれの器官は持てる力を十分に発揮するのが難しくなり、パフォーマンスが下がります。

 

例えば肝臓なら、身体の疲れやすさとして影響が出るかも知れません。

肺や横隔膜ならば、呼吸を浅く感じ、

疲れやすかったり頭がはっきりしないという出方かも知れません。

 

 

乳房の硬さは、胸郭を歪める

 

Yさんの右乳房の下で胸郭が狭くなっていたのは、

他ならぬ乳房の影響でした。

 

乳房の周囲にあったしこりは、組織が緊張によって凝縮し、

その場に膠着したものです。

 

乳房で生じた膠着は、その奥にある肋骨にも影響を与えます。

膠着によって肋骨は互いにくっつき合い、

今度はそれが胸郭全体を下へ押し下げます。※1

 

※1 胸郭は、吸気では肋骨同士が開きながら上に上がり、
呼気では閉じながら下に下がります。

 

施術では、この乳房のしこりを解くことに時間を費やすこととなりました。

 

乳頭のまわりを中心として※2、

乳房に網の目のように張り巡らされた細かい緊張※3を辿って行くうちに、

まず右乳房の下部にあった膠着が解けて柔らかくなり始めました。

 

それと共に、右肩にも変化が起きました。

肩は自ずと、外へ広がって行きます。

 

※2 乳房や恥骨などの繊細な部位への施術の際には、事前にクライアントさんの承諾を頂いています。

※3 筋膜上には、緊張の痕跡が線状で形成されます。
詳しくは、こちら(http://inemurino-ki.com/fascial-traces/)へ。

 

 

 

膠着と言うと、無機的に固まっているイメージがあると思いますが、

生体内ではそうではありません。

 

膠着した箇所では、筋膜の凝縮が生じています。

ここは「凝縮する力」を帯びつづけ、他の箇所へも作用を及ぼします。

 

乳房のしこりが弛むことで肩が広がったという一連の変化から、

乳房に生じていた膠着によって肩が内側に引き寄せられ、

胸部の狭く息苦しい状態を助長していたのが分かりました。

 

変化はさらに続き、身体構造が

力学的な作用によってどの様に繋がり合っているのかを示してくれます。

 

右側の乳房と肩が変化すると、今度は

下に押しつけられて閉じていた胸郭で、

体内の空間がふわっとゆるんで広がる気配がしました。

 

胸郭の状態は、肺の状態に直結しています。

胸郭が締まっていれば、肺も締め付けられています。

胸郭がゆるんで柔軟になれば、肺と横隔膜の緊張も一緒にゆるみます。

(肺の緊張で胸郭が締まっていることもありますが、それはまた別の機会に。)

 

 

それまで静かだったお腹の赤ちゃんがモゾモゾと動きだしたのは、

この時でした。

 

赤ちゃんの動きは活発です。

何をしたいのかは分かりませんが、動きには迷いがありません。

 

しばらく見守っていると、

それまでいびつだったYさんのお腹が

左右対称になったことに気付きました。

 

 

胎児は、「心地よさ」を自分で探す

 

Yさんの赤ちゃんは、いつも

右の足の付け根(鼡径)のところに頭を収めています。

これは担当の産科医も言っていたそうで、その位置にいるのが習慣でした。

 

母体の鼡径部の辺りに頭を収めると、

赤ちゃんのお尻や背中は右の脇腹の方へ寄りかかることになります。

Yさんのお腹に最初に触れた際に、左右で全く違う形に感じたのはこの為でした。

 

やがて、赤ちゃんの動きが止まりました。

お腹に触れて確認してみると、やはり左右対称になっています。

正面は、きれいな丸みを描いています。

 

ははぁ~…!なるほど~!

正しい姿勢に戻ろうとしてたのか!

赤ちゃんは自分から動いて、

お母さんの骨盤の中に頭を戻そうとしてたんだ。

 

しばらくすると、なだらかに丸くなったお腹の真ん中の辺りが

規則正しい大きなリズムで動き始めました。

赤ちゃんが、すやすや眠り始めたようです。

 

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赤ちゃんがモゾモゾと動き出したのは、

胸郭が広がるのと同時でした。

 

右側の胸郭で生じていた空間の圧縮は肺や横隔膜だけでなく、

赤ちゃんの居心地にも影響を与えていたことが、この反応から分かります。

 

胎児は胎内の空間の心地よさを、どうやら思った以上の敏感さで感じ取り、

それに対して自分なりに反応をしていると言えるのではないでしょうか。

 

母体の体腔(お腹や胸郭、骨盤などの体内の空間)に左右差や歪みがある時には、

胎児も自分なりの工夫によって、

安定して落ち着いていられる位置や状態を探すのかも知れません。

 

 

母体への呼応

 

右乳房へのアプローチには、かなり長い時間が掛かりました。

長年の蓄積で出来たと思われる、頑固で広範なしこりだったためです。

 

しこりが解け、膠着を形成していた組織が伸び広がりながら元の位置へと戻り始めると、

乳房全体に柔らかさが戻り、左右差もなくなって来ました。

 

次に向かったのは、空間の狭くなっていた肋骨下部でした。※4

 

※4  施術では線状に現れる緊張の痕跡を辿ります。施術者の判断ではなく、
身体が体表に現すサインに従って、アプローチをする部位が移り変わります。

 

 

肋骨下部を構成する第8~9肋間は、

胸郭の中でも肋骨が変形を示しやすい所の一つです。

 

外側の構造は内側の状態に影響を与えると共に、

内側の臓器の状態を反映します。

 

第8~9肋骨で変形が生じている事が多いのは、

肋骨の内壁に付着している横隔膜が、この高さの辺りで

腱中心へ向かって走行の方向性を変えるからかも知れません。

 

ここへのアプローチでは、肋骨下部の内腔で変化が起きました。

肋骨下部と言えば、ちょうど肝臓があります。

 

その内腔を圧縮していた力が解け、空間が上下に広がって行きます。

肝臓が少し上に上がり、お腹の天井が上に広がったようです。

 

構造の変化の様子が、手の感触を通して伝わって来ます。

 

 

トントン…。

肝臓の底面の辺り、ちょうど空間が広がったばかりの所から

今度はお腹を蹴る気配がしました。

 

その蹴り方はまるで、

空間が本当に広がったのかを確かめているような、

空間が広がって行くのを手伝っているような…。

 

測ったようなタイミングの良さで起きた、赤ちゃんの2回の反応。

1回なら偶然かも知れません。2回以上は、偶然とは言えません。

これは明らかに、母体の変化に呼応しています。

 

 

お腹の形と重心の変化

 

施術はその後、第8~9肋間と乳房とを

何度か行ったり来たりしました。

 

長い年月に渡って緊張を蓄積している所では、

緊張が飽和すると他の箇所へ力を分散させ、そこが飽和するとまた他の所や元の場所へ…と

力の再分散・再分配を行っていると思われます。

 

そうして、互いに緊張を行ったり来たりさせている内に、

様々な場所が緊張によって結びつきあう、と言う事が起きている様なのです。

 

そのため、同じ所を行ったり来たりしながら繰り返しアプローチする、

ということが筋膜の施術では頻繁に起こります。

 

乳房と第8~9肋間とを繰り返しアプローチする内に、

肋骨下部の内腔は更に広がって、乳房の高さも左右で揃ってきました。

 

腹部にも変化が起きていました。

 

乳房と胸郭の緊張に押されていたお腹は、

最初はその最大径がお腹の真ん中より下にありました。

 

 

腹囲の頂点が下の方にあるとお腹は重く見えますし、実際に重く感じます。

お腹の重心が、中心よりも前下方に傾くためです。

 

 

腹壁の強度と胎児の安定性

 

施術後、最大径が上に持ち上がったYさんのお腹は、

最初よりも曲線がなだらかで、重心が後ろに下がりました。

お腹だけでなく、腰にかかる負担も軽そうです。

 

胎内の赤ちゃんにとってはどうでしょうか?

 

重心が前方に傾いたお腹の場合には、

腹壁を内側から支える腹膜※5は伸びてしまい、その強い支持力を失います。

内側から腹壁を押すと、十分な抵抗感が得られない状態です。

 

一方、お腹の重心が真ん中に近い状態では、

腹膜によって裏打ちされた腹壁は適度な強さを持つと考えられます。

 

本来なら、赤ちゃんが内側から寄りかかっても

その体重を十分にホールド出来る支持力を持っていることは、

Yさんの姿から見て取ることが出来ました。

 

※5 腹膜も筋膜と同じ結合組織の一つであり、構造を支える役割を持ちます。

 

 

Yさんの赤ちゃんには、お腹の右側に身を寄せる習慣がありました。

右側は、緊張によって空間が狭くなっていた側です。

なぜ、わざわざ狭苦しい所へ納まることを選んだのでしょう?

 

答えは、左右の腹壁の強度の違いだったのではないでしょうか。

身体を寄せていた右側は、緊張の為に腹壁の抵抗力が高くなっていたと考えられます。

 

広々として、でも支えの弱い左側より、

狭いけれどもしっかり身体を支えてくれる右側の方が、

安心感があったのだろうと思います。

 

 

胎児も一緒に施術を受けている

 

施術は、肺門のある右第3肋骨の上縁を通って

最後に胸の中央にある壇中という経穴(ツボ)に辿り着きました。

 

壇中に触れていると、胸郭の中で動きが生じてきます。

胸全体と胸肋関節が弛み、胸骨の内側で空間が広がって行きます。

 

体内の空間が広がる変化は、

内腔にかかっていた圧力が抜ける様な感触として、

体表から感じ取ることが出来るものです。

 

Yさんの閉じていた胸がす~っと開いて、

施術は終わりとなりました。

 

お腹の赤ちゃんは、

トントン足蹴をした後からは

身動き一つせずにおとなしく眠っていたようでした。

 

 

この時の施術は、私の中に不思議な感覚を残しました。

 

最初の内は、間違いなくYさんとの施術でした。

母体の変化に胎児がはっきりと反応を示してからは、

施術はYさんに対して行っているのか、

はたまた赤ちゃんに対して行っているのか、区別がつかなくなりました。

 

赤ちゃんが示した2回の反応については、この時点では、

胎内の変化を物理的な刺激として感じ取って、

条件反射的に反応をしたのだろう、と考えていました。

 

 

胎児の理解力と、思いやり

 

少し日を置いて、

体調はどうかを訊ねる主旨でYさんにご連絡をしました。

 

返信には、こんなことが書かれていました。

 

『歩いているとき、

足の付け根がしびれた感じがすると少し立ち止まって休むのですが、

 

今までと違うところは、

赤ちゃんが自分で居場所を移ってくれるようになりました。

 

しびれないような場所に移ってくれるので、また歩きはじめます。

不思議です。』※6

※6 感想やメール内容の掲載は、ご本人のご了承の上で行っています。

 

 

皆さんなら、これを読んでどう思われるでしょうか?

一読して、私は感動と共に、衝撃を覚えました。

 

右足の付け根はのしびれは、Yさんの主訴の一つでした。

その一因が、胸郭や腹部の構造の歪みと

胎児がそこに頭の重さを乗せる事にあることを、

施術を通してYさんも理解されていました。

 

その赤ちゃんが、

Yさんが右足にしびれを感じた時に

体勢を変えてくれたのです。

 

母親の心理的な動きが胎児に伝わっているのは、

今では誰でも当たり前に理解している所です。

 

赤ちゃんが、Yさんが辛いと思ったことに反応したのか、

Yさんの身体が発する痛みの信号に反応したのかは分かりません。

 

ですが、

Yさんの状態と自分の姿勢に関係性があることを赤ちゃんが理解した。

そしてYさんの為に動いてくれた。

このメールからはそう読み取れました。

 

 

施術の時には、腹部の空間が整ったのをきっかけに

自発的な移動が起こりました。

正常な姿勢に戻った方がより快適だった為に、移動したのだと思われます。

 

今回は状況が違います。

動いて居場所を変えたのは、

赤ちゃん自身の快適さの為とは考えにくいのです。

 

施術の中では、母体の構造の変化によって体腔が緩やかに広がって、

母親はリラックスした深い呼吸をする様になりました。

 

これは、Yさんだけの体験ではなかったのでしょう。

赤ちゃんにとっても明らかな体感を伴った変化であり、

母親と自分の状態の関わりを理解するきっかけになったのかも知れません。

 

Yさんが伝えてくれたこの後日談は、

赤ちゃんには母親に思い遣りを示すような思考力がある、

そんな可能性を教えてくれている様に思うのです。

 

 

 

関連記事:Yさんから頂いた感想

 

 

7月の営業日~気圧のつらさ

 

7月に入ったというのに、肌寒いような日が続いています。
皆さんは体調に変化はありませんか?

 

気圧の低さで元気が出なくて…と言う方も多いと思います。
neMu no ki の筋膜的な見方では、
気圧に影響を受けやすい方は、
体腔=体内の空間が圧力の影響を受けやすいと考えます。

 

体内の空間と言うと、大きなところでは
頭蓋、胸郭、腹腔、骨盤でしょうか。
こういう所に構造的な歪みがあったりすると、
空間を支える力が弱くなるので気圧に抵抗する力が弱まる…
と推察されます。

 

じゃぁ、どう対処すればよいのよ?
と疑問が出て来ますよね^^
構造の歪みを取ることが望ましいですが、
これは一朝一夕には出来ない事ですし、自力では困難です。
なので、一番の対処策としては寝る事になります。

 

寝ることは、重力の作用から身体を解放することです。
身体に歪みがあると、
重力を背負うだけでも実は結構エネルギーを使っています。
そこに気圧が相乗して来ると、身体は我慢の閾値を容易に超えてしまいます。

 

なので、出来る限りちゃんと寝て、
身体を十分に休めた!と思えるような時間を取ってあげてください。

 

圧力からの解放と考えると、
お風呂やプールで水圧を受ける事も有効かも知れません。
諸事情でそんなに寝る時間取れないよ~と言う方には、
少し長めに湯船に浸かる、というのはどうでしょうか。

 

浸かった時に、「はぁ~!」と、
気持ちの良い深い溜息を吐くのがポイント。
これをやるのとやらないのでは、リラックス度合いが全く違うそうです。
少し大げさに、ここはひとつオヤジになった気分で頭にタオルなぞを乗せて^^

 

さて!7月の営業のお知らせです。

 

7月は12日の土曜日が、臨時でのお休みになります。
それ以外は、通常通りの営業です。

 

営業時間は11:00~20:00まで、最終の受付は18時です。
定休日は祝祭日に関わりなく、毎週水・日曜日です。

 

ご予約は、メールでも電話でも
基本的には前日までにお願い致します。
一人で営業しておりますので、
当日の朝のご連絡ですとご返信や折り返しが間に合わない場合もございます。
ご理解とご協力のほど、よろしくお願い致します!DSC_0002_18

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筋膜は、過去を記憶する。

 

 

「筋膜などの結合組織には、記憶が保持されている可能性がある。」

 

そう述べているのは、

多くの公開実験を通して、オーラフィールドの構造や機能を

詳細に研究したロザリン・ブリエール氏。

 

彼女の実験の中には、筋膜を用いた施術として広く認知されている

ロルフィングの創始者・アイダ・ロルフ女史と共に行ったものもあり、

筋膜への理解の深さは実証的な裏付けのあるものと受け止められます。

 

今回は、ロザリン女史のこの言葉を追体験するような、

興味深い臨床についてお話をします。

 

 

筋膜の両義性

 

筋膜は身体の各器官を包み込み、つなぎ合わせています。

体熱の保存や、循環系や神経系の機能の状態とも深く関わっていますが、

何よりも、私たちの身体の形を今あるバランスに保っている点で

特殊な重要性を持つと言えます。

 

 

本題に入る前に、

筋膜の性質について少しお話したいと思います。

 

皆さんは、膜組織と聞くと

「柔らかいもの」だと連想しませんか?

 

…柔らかいものが身体を支えるなんてあるわけがない。

支えるなら、やっぱり骨のように固いものでなくては。

 

私達には、無意識の先入観があります。

それは、物理学や化学や、地球の上での約束事を教育の形で学ぶ中で、

自然と「当たり前」だと覚え込んでいる様な事柄だったりします。

 

筋膜の施術をする前は、私自身、膜組織で身体が支えられているなんて

想像もしていませんでした。

説明されたとしても、イメージすることが出来ませんでした。

 

筋膜は、強度や形状がいかようにも変化します。

時には、「あれ?こんなところに骨があったかな?」と、

軟骨と間違えるくらいの固さで凝縮することもあるようです。

 

鶏皮を剥がす際、薄く白い膜が身と皮をつないでいます。

あれは、筋膜の一つです。

薄いのに丈夫で、相当な力を加えてもなかなか剥がれません。

弾力性のある線維構造で筋肉を包み込み、

腱を介して骨へと接合し、骨格の位置関係を決定しています。

 

内臓を包んでいる腸間膜なども、

同じように内臓の位置を安定させる役割を持ちます。

 

柔らかい組織でありながら、身体を支える筋膜。

経年の身体の癖によって位置のズレた骨や筋肉を

筋膜が「能動的に」戻すことはありませんが、

それ以上のズレを生じないようにストッパーの役割は果たします。

 

ストッパーは多くの場合、

過緊張によって形成された筋膜上の局所的な拘縮やしこりが、

その役割を担います。

 

筋膜の緊張はバランスのストッパーであると同時に、

私達の動作の伸びやかさや軽やかさを始めとして、

様々な機能の自由度を削いでいくものでもあります。

 

一方では身体のバランスが崩れないように支えているものが、

一方では身体の機能を抑制する原因にもなっている。

 

筋膜は、両義的な性質を持っているとも言えるかも知れません。

 

 

筋膜への情報の保存

 

この様に逆説的な性質をはらむ筋膜ですが、

そこへの情報の保存は、一体どのような形で行われるのでしょうか。

 

結論から先に述べてしまいますと、

物理的な形状として刻まれます。

 

形式は一つだけではないかもしれませんが、

少なくとも臨床で生じた現象を見る限り、

形として刻まれることがあると言えます。

 

臨床で目にしたのは、本当に見事な形状記憶でした。

「うわ~、身体に出来事そのものが刻まれるのかぁ!」

と思わず唸ってしまったほどですから。

 

 

身体に刻まれる「体験」

 

Aさんは10年ほど前、

オイルヒーターの角でお尻を強打しました。

 

あまりの痛さで起きているのも辛い程でしたが、

海外旅行から帰国するための準備をしていた最中のこと。

そのまま帰りの飛行機には乗りましたが、

空いた席を借りて、横に寝た状態のまま戻ってきたのだそうです。

 

私もここ1年の間に尾骨を強打しましたが、

打ち方が悪いと尾骨は本当に辛いものです。

頭から一気に血の気が引いて急激な貧血状態になり、

しばらくは頭を上げられずにうずくまっていたのを思い出します。

 

Aさんには、今までに施術の中で何度か

尾骨のまわりにアプローチをしたことがありました。

 

(アプローチする箇所は、施術者が恣意的に決めることはありません。

身体が手放す準備の出来た所を示してくれるので、

それに従います。)

 

ですが、きれいに過去の傷跡が癒えた、という感覚はまだ得られておらず、

何か残っているんだなぁ、出るべきものが出てないなぁ

という感触が残っていました。

 

 

 

尾骨には、坐骨に向かって伸びる仙結節靭帯と、

坐骨棘へ向かって伸びる仙棘靭帯が付着しています。

靭帯もまた、筋膜と同じ線維構造の組織です。

 

二つの靭帯は、骨盤を構成している腸骨と仙骨を強力につなぎ、

互いの位置関係を安定させる役割をしています。

 

仙結節靭帯 仙棘靭帯3

 

Aさんへの施術では、

尾骨の、しかも右側一帯ばかりに

集中的にアプローチすることになりました。

 

施術が経過して行き、

通常ならあるはずのない「溝」が突如として現れたのは、

まさにここでした。

 

溝の形状はまるで、

薄い板状のものが深く入り込んだ痕跡の様でした。

 

そうです。

ちょうど、薄い金属の板であるオイルヒーターがお尻にぶつかり、

勢いをつけて深く食い込んだ瞬間についた様な形状です。

 

 

刻まれた痕跡を解く

 

施術の経過は、次のようなものでした。

ここからは少し専門的な説明になります。

 

施術は、まず骨格全体の安定性と歪みを検査しながら

骨と皮膚や筋膜などの結合組織との間の大まかなズレを修正して行きます。

 

その上で、今の身体の状態の中で

バランスを崩すもっとも大きな要因になっている箇所を特定し、

ポイントを絞ってアプローチします。

 

この時の施術では、

最終的に絞られたポイントは、腰仙関節(腰椎5番と仙骨の間の関節)でした。

 

最終的なポイントと表現しましたが、

それは「ここで終了」を意味するのではありません。

ここからいよいよ施術の最重要部へと入って行く、入り口です。

 

その最終ポイントとしてなぜ腰仙関節に行き着いたのか、

腰仙関節とAさんの症状全般や全身の状態とはどう関連しているのか。

 

本当の意味での根源的な原因を求めて、

筋膜上に記された痕跡を辿りながら

身体に刻み込まれた時間をさかのぼります

 

筋膜上の痕跡は腰仙関節から下に下り、

仙骨の中心線(仙骨稜)を辿って仙骨の先端(仙骨尖)の右側へと続いて行きます。

 

その周辺には前述のように、仙結節靭帯があります。

筋膜の痕跡はそこで進むのを止めると、

同じところをグルグルと巡り始めました。

 

仙結節靭帯の尾骨に近い辺りを行きつ戻りつ、

同じポイントに何度となく引き戻されながらいる内に、

「溝」は尾骨の右側に姿を現わしました。

尾骨を、右側からえぐるような角度で。

 

 

過去の体験が、体表に再現される

 

Aさんは、

左右のふくらはぎが外に開きやすく※

殿筋が上に上がりやすいという

身体の特徴をもっています。

仙骨も尾骨も、殿筋と共に上に上がっています。

 

※「深部の筋膜は両脚に特有な輪郭を与え、これを包み保護する」

~L.Chaitow 『軟部組織の診かたと治療』より~

この一説からも、筋膜によって身体の形状そのものが左右されていることが分かる。

 

仙結節靭帯の尾骨寄りの辺りを集中的に辿っている間に、

まず骨盤(腸骨)から足先にかけての身体のアウトラインが滑らかになり、

筋肉の感触も柔らかくなって来ました。

 

同じ所をグルグルと経巡ることからやっと抜け出すと、

少し下へ移動して行き、

坐骨と尾骨の間に位置する坐骨下枝にトンと触れました。

 

軽く触れた瞬間、

まるで合図を待っていたかのように右側の下肢のむくみがす~っと、

あっという間に抜けて行きました。

 

Aさんの下肢には以前からむくみが根強くあり、

十分な変化をなかなか示さない所でした。

 

周囲のむくみが抜けるに伴って、

トンと触れた辺りを中心にして

斜めに走る凹みが現れ始めました。

 

しばらくしてそれは、「溝」になりました。

通常は溝などあり得ない所です。

 

これは、あっと言う間の変化でした。

あまりにも唐突だったために、

傷跡らしきこの溝は、ひょっとしてパラレルワールドから現れたのでは…、

なんて考えも頭をかすめました。

 

この三次元世界と平行に存在している時空間、

そこに保管されていたAさんの傷跡が、

隠されていたスイッチを押したら飛び出て来たのかも…と。

 

身体が過去に経験したことが

そのまま立体的な記録として残され、

それが相当な時を経た後に現象として丸ごと再現されたのです。

 

 

出現した溝がAさんの過去の受傷に由来すると分かったのは、

身体が変化して行く過程で昔の傷跡や症状が一旦再現され、再体験するケースが、

今までにも何度もあった為です。

 

私自身も、小さい頃はよく坂道で転んでケガをしていたのですが、

よく傷を作っていた右膝が変化した際に、

皮膚表面にギザギザの傷跡が再現された体験がありました。

 

症状の再体験は辛いものであることもありますが、

潜在化してしまった原因を顕在化し、意識で捉え直すという大切な過程です。

それを経てこそ、身体に残され、隠されていた原因を、

身体自らが手放すことが可能になるようです。

 

 

身体の「今」と結びつく過去の体験

 

再現された「溝」を埋めるのには、かなりの時間が必要でした。

溝のある辺りを、グルグル、ウロウロ。

筋膜上の痕跡をひたすら辿ります。

 

溝の辺りは、体組織が緊張で締まって凹みを形成していました。

次第にそれがゆるみ、溝がだんだんと浅くなって行きます。

 

やっと溝から抜け出すと、

尾骨の先端を通り抜けて左の殿筋へ。

左側でも、アプローチをしたのは仙結節靭帯でした。

 

左仙結節靭帯に触れた瞬間、

今度は右のふくらはぎが変化をし始めました。

 

先ほども述べましたが、

Aさんのふくらはぎは両方とも、外側へ張り出す形をしていましたが、

左仙結節靭帯に触れると同時に

右ふくらはぎが内側にす~っと寄る様な動きを示しました。

腓腹の変化6

 

仙結節靭帯は、坐骨と仙骨・尾骨をつなぎます。

そして、坐骨においては大腿後面の筋肉の内、

大腿二頭筋と半腱様筋と直接接続しています。

 

大腿二頭筋は腓骨頭へ、

半腱様筋は脛骨の内側上部へ付着します。

つまり、靭帯・筋肉のつながりから見ても、

仙結節靭帯はふくらはぎと直接的につながっていると言えます。

 

しばらく、ふくらはぎの自発的な反応は続きました。

反応がひと段落した時には、ふくらはぎの輪郭はスッキリとして見えました。

 

 

筋膜の痕跡は再び移動を始め、

仙棘靭帯の付着する坐骨棘の辺りへと向かいます。

 

坐骨棘の辺りへアプローチし始めると、

今度は左の骨盤(腸骨)が閉じ始め、

しばらくして左ふくらはぎに変化が生じました。

 

先ほどの右ふくらはぎと同じように、

左ふくらはぎも形状が変わり、輪郭が整いました。

 

その後は、尾骨尖端へ移動。

尾骨尖端へのアプローチでは、

仙骨の内側面に付着する膜が下に引っ張られる様な反応を示しました。

 

Aさんの仙骨と尾骨には、

後ろへ飛び出る様な形の特徴がありました。

極端ではありませんが、出っ尻傾向と言えます。

 

尾骨尖端に向かって仙骨の内側の膜が下へ移動する感触と共に、

仙骨の内圧が抜けて来ました。

 

解剖学書を確認すると、

仙骨の内側面には実際に前縦靭帯が走っています。

脊椎の前面を走り、仙骨・尾骨まで続いています。

 

仙骨の内圧が抜ける感触と共に、

仙骨・尾骨が平らになって行きます。

通常よりも位置が上にあった尾骨も、

これに伴って下に戻って来ました。

 

こうして骨盤・下肢に変化が生じ、

骨盤全体の中にふ~っと緊張が緩む感覚が広がった所で、

施術は終了となりました。

 

 

「過去」は活きた力として身体に作用している

 

Aさんの症例から、過去の傷跡が身体に刻まれていただけでなく、

それが今現在の身体的な特徴とも結びついていたことが分かります。

 

過去の傷跡が変化したことで、

その特徴的な形に見えていた部分も変化することが出来ました。

 

その人を特徴づけている部位や形状は、

変わることのない固定的なものではないことが分かったのと共に、

身体が変化して行く為には、アプローチの順序があったことも分かります。

 

過去の記録は、身体の中で静的に眠っているわけではありません。

常に生きて、活動しています。

新しく身体に蓄積して行く記録と密に結びつき、その形成に影響を与えているのです。

 

記録同士の結びつきは、時に幾つも重なり合い、

複雑になります。

 

その為、

身体の構造的なバランスを根本的に整え、

根源的な意味での健康を回復しようとするなら、

 

身体の声に耳を澄ませ、身体が私達に示してくれる順序を

尊重する必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

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