形の向こう側にあるもの/年末年始と1月の営業予定

 

 

目次

「形」とは何か?
形態と形成
形態は過去のもの
形の背後にあるカラクリ
形を見ることから抜け出す
「形成」を捉える
今、ここにある。
年末年始と1月の営業予定

 

 

「形」とは何か?

 

私達はなぜ、

「形」を持っているのか。

 

これは私にとっては

長い間の疑問になっていて、

今も答えを探しながらいます。

 

物理的な身体を持っていることの

理由についてもですが、

 

例えば一つ一つの臓器は

なぜあのような姿形をしているのか、

なぜあの形でなくてはいけなかったのか、

と言った点にも興味は尽きません。

 

なぜ、私たちは

形や形態を持っているのか。

これは正面から取り扱うにはまだ難しい題目ですが、

 

形とは一体何なのか、

形は私たちに

何をもたらしているのかについて、

今回はお話してみたいと思います。

 

 

 

形態と形成

 

「ゲシュタルト」と言う言葉があります。

 

ゲーテによれば、

「形態」を表すゲシュタルトという言葉は

何らかの姿形を伴って現れるあらゆる存在を

まとめて指し示すものなのですが、

 

彼はこの言葉に

ある問題が含まれていることを

指摘しています。

 

それは、

この言葉を用いることによって

生動し変化するものが捨象

される点です。

 

つまり、

あらゆる存在が持っている

生き生きとした活動性を、

この言葉は切り捨ててしまう、

というわけです。

 

彼はまたこの言葉によって

相互に作用しあって

全体を形成するそれぞれが固定され、

他とのつながりを断って

一定の性格を示すことになる

とも説明しています。

(註:「」内の太字はゲーテの表現。)

 

本来は、

すべての存在は「全体」の中にあり、

豊かな関係性やつながりの中で

互いに影響を与えたり受け取ったりしています。

 

例えば、対話している相手によって

自分の異なる面が出ることを

誰しも体験したことがあると思いますが、

 

「私」が示している姿も、

その時々の状況や関係性の中で

豊かに自由に変化しているわけです。

 

ところが、ひとたび

「ゲシュタルト/形態」という

表現を用いると、

 

豊かな「全体」の中から

特定の瞬間や部分が

バラバラに切り取られます。

 

そして、それ単独で示す姿を

固定的に捉えることになる、

というわけです。

 

たまたまムスッと機嫌の悪い時に

ぱちりと写真を撮られて、

「あなたって本当に愛想ないわよね~!」

と決めつけられてしまう感じ、

と言ったら良いでしょうか。

 

 

もし、

私たちが直観的に理解しているような

自然のありのままの姿に近づこうとするなら、

形態ではなく「形成」を大切にする必要がある、

とゲーテは続けます。

 

例えば肉体について考えてみると、

肉体は一瞬たりとも

静止したり固定化することはないので、

本質的には「形態」ではありません。

 

仮に意識的にすべての動きを止めても、

呼吸や心臓の拍動によって

身体の活動は維持され、

全身の細胞は振動し続けます。

 

目で見て分からなくても、

そうした運動によって私たちの姿形は

毎瞬ごとに様相を変え続けているわけです。

 

このように、変化し続けて

運動してやむことがない」ものに対して、

ドイツ語ではゲシュタルトという表現と分けて

形成(ビルドゥング)と呼ぶことを、

ゲーテは理に適っていると考えていました。

(参照:潮出版社『ゲーテ全集14/自然科学論』p.43~44)

 

 

 

形態は過去のもの

 

「形態」と「形成」と言う言葉に対する

ゲーテのこうした考え方に触れた時、

 

彼の頭の中にあった理解は、

量子力学でいうところの粒子と波動に

とても近かったのではないかと感じました。

 

量子は、粒子と波動の両方の性質を

同時に持ちます。

 

波動は、

粒子が常に運動し続けている状態であり、

その運動全体が波動です。

 

波動は動き続けているので、

それがある特定の時に

空間のどの位置を占めるかは不確定です。

 

すなわち、

時空間の中で明確な座標を示すことができない

という特徴を持ちます。

 

一方の粒子は、

時空間の中で静止している点なので、

座標を持ちます。

 

 

 

波動を粒子に変え

粒子を波動に変えるのは、

観察者の存在です。

 

外側から私たちが「見る」と、

その見られた瞬間において、

波動であった量子は

時空間の特定の位置に貼り付けられ、

固定されて粒子となります。

 

 

 

観察者の目が離れると、

粒子は波動に戻ります。

 

 

 

形を生み出し、さらに

変化していく過程である「形成」は、

固定することのできない波動と同じです。

 

一方、形成の中から

一瞬間を切り出したものが

「形態」ですから、

これは粒子と同じです。

 

そして形態は、

切り出した瞬間に過去になります。

形成は一瞬も止まることなく、

常に前へと進んでいるからです。

 

そうだとすると、

形や形態を見ながら生活している時、

私達は「今ここ」ではなく、

過去を生きていることに

なるのかも知れません。

 

 

 

 

形の背後にあるカラクリ

 

こんなことに思いを巡らした数日後、

近所の丘陵公園へと散歩に行きました。

 

この日はとても陽の光が美しく、

木々は紅葉していて、

全てが本当に美しい日でした。

 

リラックスした気持ちで森の中を歩き、

ちょっと知らない小道に入ってみたり…。

 

そんなことをしながら歩いている時に、

ふと頭に浮かびました。

 

今まで私は植物を見る時に、

「形」で捉えようとしていたのだと。

 

そして、

形態で見ているということは

定義づけをしているということであり、

ジャッジでもあるのだと。

 

 

 

普段何気なく使っている

自分のものの見方は、

物事を流動して変化していく

ありのままの姿を捉えるものではなく、

 

それをある特定の視点で切り取り、

そこで「これはこういうものだ」と

定義を決定づけしようとするものだ、

と気づいたのです。

 

そしてまた、

その一瞬間の印象によって

存在を固定されてしまう側からすると、

これはジャッジに他なりません。

 

「形態を見る」ことの

背後にあるカラクリが、

不意に見えた気がしました。

 

 

 

形を見ることから抜け出す

 

形から物事を捉える目を持って、

私達は生きています。

 

と言うことは、

あらゆる瞬間において、

変化し続ける周囲の情景や環境から

ある一面を選択して切り取り、

それを「形態」として認識し続けている、

ということになります。

 

これは例えるなら、

身体と言う全体性を把握するために

まずはバラバラに細部を切り出して、

部分の描写をしていく、

そんな解剖学的な作業と

似ているかも知れません。

 

分解された身体は、

精巧に組み立て直しても

生きた身体には戻らないように、

 

切り出した「形態」を

どれだけ積み重ねてみても、

自分を取り巻く環境や状況の

本質に辿り着くことは難しそうです。

 

形を見るというのは、

私たちが生まれてから

ずっと使い続けて来た、

現実を把握する方法です。

 

そこから抜け出すには、

どうしたら良いのでしょうか。

 

 

 

「形成」を捉える

 

ゲーテは

自然の生きた直観に到達しようとすれば、

われわれ自身が、この生きた自然の示す

実例そのままに形成を行えるような、

 

動的で伸びやかな状態に

身を置いていなければならない。

と言っていました。

 

それなら、

「形成する力」につながろう。

 

シンプル過ぎる試みのようですが、

私たちの意識の力は現実に働きかけ、

変化を生み出します。

 

意図を定め、信頼し、

改めて葉っぱを眺めました。

 

まもなく

自分の内的な感覚に

かすかな動きが生じ、

葉っぱの中のエネルギーの流れと

自分の感覚がつながった、

と感じました。

 

自分の視野に意識を向けると、

目が捉える景色も

少し変わっています。

 

今までは、例えば植物なら

葉っぱの形や幹の形と言う具合に

植物の部分部分が目に入りがちでした。

 

それが、木全体であったり

山の中でその植物が

どう在るかと言うような、

「全体性」がおのずと映り込んできます。

 

 

また、それまでは

観察する私と観察される植物の間には

「あなたと私」という

越えられない壁がありました。

 

それが今は、

植物の中のエネルギーが

自分を通り抜けて行きます。

 

自分もここの一部なのだ、

一体だという実感がありました。

 

歩き進むと、

森が力を与えてくれるのを

感じます。

 

森の中をそよぎ渡るように

大きな生命力が動いています。

 

その中を歩いて行くと、

歩く毎にその生命力が

流れ込んで来る、

そんな感覚でした。

 

 

 

今、ここにある。

 

もしかすると

森の精霊たちの力だったのしょうか、

大切な体験をさせてもらえたことに

感謝をしながら、

帰路に着きました。

 

途中、

橋に差し掛かった時に、

立ち止まって川を眺めました。

 

少し前に台風があったので、

川はとても澄んでいます。

 

川は台風によって

浄化されていました。

 

青色を湛えた美しい水面を見ている内に、

自分の内側を川が通り過ぎていくように

感じました。

 

川の上に立っていることで、

私も川と一緒に浄化されているのだ、

と分かりました。

 

 

 

きっとこういうことが、

「つながっている」

と言うことなのかも知れない。

 

形の奥にある流れと繋がった時、

そこには観察者も

観察されるものもなく、

すべてが共に変化して行くものの

一部としてあり、同時に全体としてある。

 

…そんなことを思っていると、

小さな川が注ぎ込んでいる合流地点に

アオサギが佇んでいるのが

目に入りました。

 

合流地点に重なるように

鎮座している大きな石の上に、

長い首をスッと伸ばして

微動だにせず立っています。

 

 

静かな、大きな存在感。

 

このアオサギは今、

居るべき場所にいるのだと

感じました。

 

そしてその姿は、

私が理解したことは合っている、

というサインのように思えました。

 

そう感じた瞬間、私の胸の中心から

大きな空間がふわ~っと

広がり始めました。

 

その大きく寛いだ感覚は、

深い安堵感と穏やかさに

変わって行きます。

 

身体のあらゆる感覚が

軽やかになると、

私は自分が子供の様に

自由になったのを感じました。

 

 

 

年末年始と1月の営業予定

 

ここのところ、朝晩の冷え込みも厳しさを増してきて、寒い日が続いていますが、みなさんお元気でいらっしゃいますか~?

 

本当に寒いですけれど、その一方で、今年は例年になく青空も陽の光も美しい日が多いように感じます。空気も澄んでいますよね。

 

…なんて、季節の移ろいを見守りながら楽しんでいる内に、年末が目前!

年末年始の営業予定のお知らせがすっかり遅くなってしまいましたが、お伝えさせて下さいね!

 

年末は29日までの営業で、年始は1月7日(通常は定休日の日曜日に当たっていますが、営業を予定しています。)から開始致します。

 

年内はご予約をお受けすることの出来る空枠がございませんので、これからご予約をお考えの方は、新年に入ってからのお日にちでご検討頂けましたら幸いです。

 

1月は、臨時でのお休みの予定はありません。

 

定休日は毎週水・日曜日となります。

リピートで来て下さっているお客様に限ってのお話ではありますが、ご事情があって水曜日や日曜日でとお考えの場合には承ることも可能ですので、その際にはどうぞご相談下さい。

 

営業時間は11時から20時まで、最終の受付時間は16時となります。

 

ご予約のない日は、急遽休みとさせて頂くことがあります。また、当日のご連絡ですと施術のための準備が間に合わないこともありますので、ご予約の際には前日までにご連絡を下さいますよう、ご理解とご協力をお願い致します。

 

 

少し早いご挨拶ではありますが、今年も一年間ネムノキを応援して下さった皆様に、心より御礼を申し上げます。皆様にとって、来年が今年よりもさらに豊かな一年となりますように。

 

それでは!

どうぞ良いお年をお迎え下さいね~!!

嵐のあとで~新生する自然 / 11月の営業予定

** 台風の被害に遭われ、復興の途上にある地域の皆様が、一日も早く日常に戻ることが出来ますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

目次

 

 

自然の驚異的な力

 

10月下旬、大きな台風が関東を直撃しました。

 

数日間続いた大雨がようやくあがり、

久しぶりにお日様の出た朝。

いつも散歩に行く浅川へと、足を向けました。

 

浅川は陣馬山を源流とする川で、

市街地では川幅が100m以上あります。

日野市と国立市の境に近いあたりで

多摩川に合流しています。

 

川の両岸には堤防を利用した遊歩道があり、

穏やかな川面や多摩丘陵を眺めながら

のんびり歩くには最高の場所です。

 

川には所々に大きな中洲があって、

季節になると美しい菜の花畑になったり

名前は分からないけれど

可愛らしい紫の小花を沢山咲かせたり、

 

折々で表情を豊かに変えて、

私たちの目を楽しませてくれていました。

 

 

この日の浅川は、

今まで見たことがないほどの水量。

水の流れの勢いも音も、迫力が違います。

 

私の住んでいる辺りは

台風らしい大雨はほんの一時でしたが、

上流の地域では随分と

雨が降ったのでしょう。

 

それにしても、

何だか川の様子が違います。

意識して川を見てみると…。

 

あれ!?

川の形が違う!

 

中洲がごっそり

無くなってる!

 

わずかに川面から

土が顔を出しているところも

あるにはありますが、

中洲が元々あった位置とは違います。

 

ついこの間まで

あんなに繁茂していた植物も、

中洲と共に流れ去ったのでしょう。

影も形もありません。

 

川の淵の一番深かったところも、

以前は川幅の真ん中辺りだったはず。

それが、向こう岸になっています。

 

 

 

今までにも雨量が多くて

増水したことはありましたが、

川の形がはっきり分かるほどの変化は

初めて見ました。

 

例年なら

10月の1か月分に当たる量の雨が、

この時の台風で降ったそうです。

 

雨の降り方はモザイク式で、

降りが強いところもあれば

弱いところもあったりしましたが、

 

この川の上流域は、局地的に

雨量の多い所だったのかも知れません。

 

しかも短時間の内に、

一気に降ったのではないでしょうか。

 

大量の水流が一気呵成に下って来なければ、

川の様相があれほど変化したりは

しないはずです。

 

大きな中洲一面に菜の花が広がる

あの見事な景色は、

もう見られないんだな~。

 

失った美しい景色。

寂しさがよぎりました。

 

 

 

新生する大地

 

川の様子を近くでよく見ようと、

川岸に降りていきました。

 

水辺には階段が5段あったのですが、

下3段は土砂で埋まっています。

 

菜の花の咲く中洲は

向こう岸にあったのですが、

今やこちら側が中洲になりつつあるようです。

 

押し流されて来た土砂が堆積して

にわかに出来た浅瀬。

そのきれいに洗われた砂利の上を

清らかな水が流れていきます。

 

 

 

初めて見る景色。

 

慣れ親しんだ川なのに、

初めて見る景色。

 

初めてなのだけれど、

やっぱり見慣れた川。

 

日常の中に

異世界の入り口が開いたような、

何とも言えない不思議な感覚です。

 

 

中洲になりつつある砂地の、

かろうじて乾いている所に

腰を下ろしました。

 

近くに転がっているのは

ザリガニの殻のようです。

激しい水流に呑まれて

砕けてしまったのかも知れません。

 

ちぎれた根っこや、

掘り返されて

どこからか流れ着いた球根も

転がっています。

 

一見、

傷だらけの痛々しい残骸

のようにも見えましたが、

それとは異なる印象が

ふと脳裏に浮かびました。

 

あぁ、そうか!

 

こうして流されてきた根や球根が、

今度は根付いて

新しい野を形成していくんだ。

 

大地も川も、こうやって

新陳代謝をしているのか!と。

 

エジプトはナイルの賜物、

という言葉も浮かんで来ました。

 

ナイルの氾濫によって

土壌は地力を回復し、

それがエジプトに恵みをもたらす。

 

それを今、

目の当たりにしているのだと

思いました。

 

 

現実は意識の鏡

 

そう気づくと、

失った景色への悲しさは溶け、

 

新しく生まれ変わった川が

これからどんな美しい景色を

作り出していくのか、

そちらの方が楽しみに思えてきました。

 

そしてそんな風に目線が変わると、

新生した川の美しさが

どんどん意識の中に流れ込んで来ました。

 

川の水は台風前よりも澄んでいて、

以前あった川特有の不快な匂いも

すっかり消えています。

 

不思議なことに、

これだけ激しい流れでありながら

濁流にもなっていません。

 

深い淵では青味を湛えて流れる、

その様子は

厳かでさえあります。

 

都下とは言え、

人口の多い東京の

市街地を流れる浅川。

 

その浅川が

澄んだ青味を帯びているのは、

初めて見ました。

 

空気も水も、

清々しく澄んでいる。

 

この川はきっと、

浄化されたに違いありません。

 

 

「クプクプクプ」

 

浅瀬を流れていく水が、

小気味よい音を立てています。

 

今、川自身は

どんなことを感じているんだろう?

 

音に意識を向けながら

軽く目を閉じ、

流れていく水に

意識をつなげました。

 

 

ごくわずかに、

音の響き方が

変化して行きます。

 

クプクプなんだけど、

コロコロと転がるような…。

 

あぁ、笑ってるんだ。

 

彼らが立てていたのは

笑い声でした。

 

クスクスと軽やかな

笑い声をあげながら、

彼らは嬉しそうに

通り過ぎて行きました。

 

 

 

11月の営業予定

 

もう11月!

11月になると、急に「年末」と言う感じが出て来ますね~。

 

今年の秋は台風も多いですが、比較的過ごしやすい気温で、青空の美しい日も多いような気がします。いつもの年に増して、自然の中を歩きに行きたい!と感じることが多いです。

 

最後になりましたが、11月の営業予定をお伝え致しますね。

 

臨時でお休みとなるのは、16日(木)です。それ以外の日は、通常通り営業致します。

 

定休日は毎週水・日曜日、営業時間は11時~20時、施術の最終受付は17時(予約は前日までにお願い致します。)となります。

 

また、従来は男性のお客様は女性のお客様のご紹介がある方のみとさせて頂いていましたが、当院でご提供する施術の繊細さをご理解下さる方でしたら、男性の方でもご予約をお受けさせて頂く運びとなりましたことを、ここでお伝えさせて下さい。

 

 

 

すでに忙しい時期に入っている方もいらっしゃると思いますが、師走に入る前にご自身のメンテナンスの機会を持たれてはいかがでしょうか?

 

皆様のご来院を心よりお待ちしています!

 

自然界が教えてくれる「自然体」でいることの大切さ /9・10月の営業のお知らせ

 

** 台風で被害に遭われた地域の皆様が一日も早く日常に戻ることが出来ますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

 

目次

 

 

ここ数年、長くて厳しい残暑が9月まで続いていて、秋らしい秋を体験していないのを寂しく思っていたのですが、今年は8月の末頃から急に冷え込むと、足早に秋がやって来ました。

 

少し前から、風に乗ってかすかに金木犀の香りが漂う日もありますね!

 

香りを辿って行くと、まだ少数だけれど、金木犀の小さな花が咲き始めています。本当にちっちゃな花なのに、随分遠くまで香りが届くんですよね。

 

そうか。
開花し始めの頃は、余計に芳香が強いのかも知れません。「これからいよいよ出番だわ~!」っていう勢いがあって。

 

 

 

幸せな自然体

 

9月の初め。

 

抜けるような青空の下、涼しく爽やかな風の吹く秋らしい日がありました。

 

風に誘われるまま川沿いに散歩に出かけると、そこかしこにレースのような花が咲いていました。辺り一面に、香水のような品のある良い香りも漂っています。

 

 

あ~、秋だなぁ~。
なんて空気が美味しいんだろう。

 

ミツバチとカナブンの一種かな?
その香りで呼ばれたんでしょうね。可愛らしい仙人草の中に首をつっこんで、花粉まみれです。

 

 

正しく自然と一体。粉にまみれてても(まみれてるからこそ!?)、その姿はとっても幸せそう。

 

思わず仙人草の前にしゃがみこむと、しばらく彼らの幸せな様子を観察。私も童心に帰ったみたい。妙に楽しいなぁ~。

 

 

 

それからしばらく日を経て、通勤中のこと。頭上でガサガサと大きな音がしました。

 

何だろうと思って見上げてみると、その先にいたのは一羽のカラス。電線の上に止まっているんですが、落ち着かない様子で姿勢をこっちに向けたりあっちに向けたりしています。

 

何をしたいんだろう?と思って改めて見てみると、カラスのいる電線に向けて枝を伸ばしていた柿の木に、葉に紛れるようにして青い実が生っています。

 

カラスはその実をつつきたくて、安定して姿勢を保てるポジションを探していたのでした。

 

しばらくの間、ああでもないこうでもないと姿勢を変えた末に、最後は電線からエイッと思い切って飛び降りました!

 

…と。
思い切った感じの大きな身振りだった割にはごくごく近くにあった枝に止まると、無事に実をつつき始めました。

 

なんだぁ。そんなに近くを狙ってたの?だったら、あんなに電線の上で迷う必要なかっただろうに。
思わず苦笑い。

 

でも、食べたい!っていう自分の欲求に、素直に一生懸命になっていたせいなのかな。迷ってた姿も何だか軽やかで楽しそうで、思わず私もウフフッて笑っちゃいました。

 

 

 

そして、先日のこと。

 

用水路わきの道を散策していたら、水路の中にプカプカ浮いているカモを発見しました。

 

黒と黄色のくちばしに、美しく青い翼鏡(よくきょう)。カルガモです。全部で5羽。狭い水路なので、すごい人(鳥)口密度!(笑)

 

ここは良く散歩で通りますが、カルガモを見かけたのは初めて。しかもこんなに沢山。

 

あ~、カメラを持って来れば良かった!

 

それにしても…。
みんな成鳥だし、普通に大きさがあるのに、5羽が一カ所に密集してる。仲が良いんだなぁ~。しかも身体の向きが揃ってて、シンクロみたい!

 

5羽描くのは大変なので、1羽だけ…。

 

少し先に行けば大きな川もあるのに、幅1mちょっとのところに何でわざわざ?他に競合する鳥がいない水辺で、のんびり過ごしたかったのかな。自分たちだけの空間を楽しみたかったとか?

 

よく見ると、カルガモのいる辺りは植物が茂っていて、周囲よりも特に涼しそうです。

 

 

カルガモとの間は、かなりの至近距離。そのまま歩いて行くと水面から飛び立って逃げそうだったので、カルガモから視線を外して目線を地面に落としながら、用水路とは反対側の端っこに沿って側道を進みました。

 

カルガモたちは止まってるかな?
チラッと横目で見てみると、彼らもこちらへ向かって移動して来ており、私とすれ違う姿がより間近く見えました。

 

あれれ?
逃げるでも止まるでもなく、逆に近づいて来てたんだ。変なの~。こちらの気遣いを分かってくれたのかな?面白いな。それだったら嬉しいな。

 

少し先の方に行くと、5羽そろって仲良く止まりました。やっぱり涼しそうな日陰の場所。「気持ち良いね~!」なんて話していたりするのかしらん。

 

カルガモたちにとっては、みんなで心地よい時間と空間を共有することが幸せの形みたいです。

 

 

どの生き物も、日常的な些細な風景の中で出会ったのだけれど、その姿はどの瞬間を切り取っても本当に自然体。(当たり前なんだけれど!)

 

だから、見ているこちら側もほのぼのした気持ちになって、あ~幸せ、楽しいなぁって、彼らと一緒になって感じるんですよね、きっと。

 

 

 

自然体を妨げるジャッジの意識

 

そう言えば、馬の仕事をしていた20代の頃に、こんなことを考えたことがありました。

 

人間は顔だちや性質が可愛いとか可愛くないとかで優劣を付けてしまうことがある。でも、馬はどんな個体でもみんなどこかしら可愛いって思える。それはどうしてだろう?と。

 

例えば馬と言ったって、顔立ちが美しく整っていることもあれば、ちょっと面白い愛嬌のある顔のこともあります。

 

目が離れていたり、反っ歯だったり、額に大きくへの字の模様があるから「へーちゃん」なんて呼ばれていたり。いやいや、冗談じゃなくて。

 

それに、みんなが競走馬のようにスラっとしていて格好良いわけではありません。中には頭が大きくて首の太い子もいるし、太っちょでお尻の大きいのや、胴体が太くて丸太みたいだから乗り手が足で挟めない、なんていう子もいます。

 

みんな色々です。

 

性格だって、明るいのもいれば、もしも人間だったら自閉症か鬱って診断されるかも知れない、そうでなくても、付き合いにくいって嫌厭されちゃうかもなぁ、と言うような陰の気が強い子もいる…。

 

でも、それはそれ。
不思議と、それぞれみんな可愛いんです。

 

ウマが合う合わないって言うのは(馬だけに…)もちろんあるけれど、どんな姿でもどんな性質でも、例え言うことを全く聞いてくれなくたって(←コラーとかコノヤローとは思いますが。)、そのせいで嫌いになったりなんて無いんです。

 

これは私だけではなくて、世話をしたり、馬と触れあっている馬好きな人たちの表情や態度を見れば、みんなもそんな風に感じているだろうなと分かりました。

 

で、それは何でだろう?と思ったのです。

 

人間同士だと、あの人は言うことを聞いてくれないとか、性格が暗いから、という要素が好き嫌いにつながったり、顔立ちで優劣のジャッジが下ることがあるのに、どうして相手が動物だとそういうことが起こらないのだろう?と。

 

当時考えた答えは、動物には自意識がないから、でした。

 

私は美しいとか、私は可愛くないというような、自分が他者からどんな風に見られるか?と気にするような意識を動物たちは持っていない。だから、いつも自然体でいられる。

 

そうやって自然体であることが、可愛さを感じさせるんじゃないか、という理解です。

 

今なら、これをもう一歩踏み込んだ表現に変えます。彼らが優劣や好き嫌いと言った、言わば価値判断=「ジャッジ」に関わる意識を全く持っていないから、と。

 

ジャッジの意識がなければ、他者を優劣や上下で価値づけることもなければ、自分自身に価値づけをして、自ら卑下するようなことも起こりません。

 

 

 

自分を偽らない素直な表現

 

馬たちと寝起きを共にしていた期間は6年半。今思い返すと、本当に本当に貴重な時間だったなぁと思います。

 

観光客や、普段は馬場の中で練習している乗馬クラブの会員さんなんかがやって来る馬専門の牧場で、その人たちを連れて外乗に行くのが主な仕事でした。

 

富士山が近い土地柄だったこともあり、秋や春などの観光シーズンは忙しく、馬の仕事量も多くなります。

 

忙しい日がしばらく続いたある朝、「仕事だよ~」と小屋に迎えに行くと、中にはこちらにお尻を向けて微動だにしない馬もいます。あらら、普段はちゃんとこっちを向いてくれるんですけどねぇ。

 

つまりこれ、出勤拒否の意思表示なんです(;^ω^)

 

もしこれが人間だったら、仕事が嫌いになって、もう無理!もう辞める!って怒り出しそうなところですけれど、彼らの場合は違います。辛いから怒るって言うことはなくて、辛いから「辛い」って意思表示をしている、という感じなんです。

 

ストレートに自分の感じていることを出して来るけれど、そこには辛い仕事をさせる人間への憤りはありません。「こいつらのせいで自分は辛いんだ!」なんて考えはないんですね。ただ、自分が身体で感じたことを素直に表現しているだけ。

 

(このセリフ、ジャッジの意識の一例です。この言葉の裏側には、例えば「相手がもっと配慮のある人なら…」というような形で、相手を他の存在と比較し、その価値を値踏みする意識が隠れています。そしてこの例からも分かるように、ジャッジの意識は被害者意識と表裏一体でもあります。)

 

こうした表現は、相手を傷つけることがありません。それに、馬自身も自分が表現したいことを抑えてはいないので、とても素直で分かりやすく、付き合い易いんです。そして、このような存在は一緒にいるだけでこちらの心も落ち着き、癒されて行きます。

 

馬たちのこうした姿を見ながら、私も彼らと同じような素直さを持ちたいと無意識の内に感じていた様に思います。

 

私は当時、人の感情に敏感なために気を遣いすぎたり、人の感情が自分に向けられた刃のように感じたりと、人の感情に巻き込まれがちな傾向があったために、人間が苦手でした。

 

そんな中、馬たちの腹蔵ないコミュニケーションに触れたことで、私は初めて気を遣うことなく他者と関わり、その中で安らぎと信頼を感じる経験を持つことが出来ました。馬たちは、私にとって最善のセラピストだったのです。

 

相手に自分の感情を投げ付けることなく、自分の感じたことを、ただ感じたままに素直に表現できる存在であること。そして相手の言葉にも、ジャッジすることなく耳を傾けられること。

 

自分がどんな人間になりたいのか、その理想とする姿も馬たちが教えてくれたと思います。馬たちと過ごした日々からずっと、これは私の中の大切なテーマであり続けています。

 

 

 

9・10月の営業予定

 

9月も半ばを過ぎてしまいましたが(^_^;)、確認のためにブログを見て下さっている方もいると思いますので、営業の日程をお知らせ致しますね!

 

9月は22日(金)、23日(土)29日(金)、10月は14日(土)、26日(木)が臨時でお休みとなります。

 

それ以外は、通常通り11時~20時の間でご予約をお受けしています。(最終受付時間は、17時です。)

 

以前に比べてフレキシブルにご予約をお受けしていますので、定休日となっている水日に関しましても、もしご希望がありましたらまずはご連絡下さいませ。

 

それでは!
皆様からのご連絡をお待ちしています!(*’▽’)
気持ちの良い秋をお過ごし下さいね~!

 

自然の中で、童心に返る時間。/4~5月の営業予定

 

 

 

今年の桜は、

入学式にちょうど合わせた様に

ゆっくり咲き始めました。

 

すぐに散るかな?と思いきや、

強烈な雨風に幾度も見舞われつつ

のんびり咲き続けていた気がします。

 

4月7日の時点で

こんな感じ。

 

 

 

いつになく

長い桜の時期が終わると、

今度はあっと思う暇もなく初夏!

 

春と夏って、

こんなに近接していたかなぁ?

 

 

 

窓を開けていると、

強い日差しの中で

柔らかな新緑が輝き、

 

心地よく熱を含んだ風が、

葉の間をサワサワと

通り過ぎていきます。

 

明るく朗らかで豊かな季節。

外の空気を吸うたびに、

自然の中に飛び出したくて

ウズウズして来ます。

 

 

 

気持ち良く晴れた

先々週の日曜日のこと。

 

この時期は、

夕暮れ時もまた格別

美しいんですよね。

 

母と美しい時間帯の景色を

一緒に楽しみたいなと、

散策に出かけることにしました。

 

 

 

人を結びつける自然の力

 

私の自宅の近所には

自然公園があります。

 

公園とは言っても、

丘陵の一部をそのまま

公園にしているので、

散策路はいっぱしの山道です。

 

ちょっとした沢のある個所や、

木の根に頼りながら

急勾配をのぼるところなど、

規模は小さいながらも

山歩きの楽しさを十分味わえます。

 

私にとっては、

ここでの山歩きは

自然との繋がりを体感し、

新鮮な活力を充電するための

大切な時間になっています。

 

 

意識や心を開放する時間でもあるためか、

時には面白い出会いも起こります。

 

先日は、

お花にとても詳しい方に

途中で出会い、

しばらくご一緒しました。

 

色んな花の写真を撮っては

一覧表にして配っているそうで、

自作の資料を見せてくれました。

 

聞けば、

保育園の先生をしていて、

自然に興味を持ってもらえるように

子供達に配るのだと、

楽しそうに話してくれました。

 

人生の楽しみ方を

教えてくれる存在が身近にいるのは、

子供にとって貴重なことだと思います。

 

今すぐには芽が出なくても、

心に何かは必ず

残ると思いますから。

 

 

 

その日の帰りがけ、

公園のふもとにある

竹藪を抜けると、

お寺の境内に満開の枝垂れ桜。

 

「わ~…」

 

母にもぜひ

見せてあげたいなぁ。

そう思いながら帰途につきました。

 

 

 

痛みによって強まった、身体への信頼

 

母は73歳。

昨年、ぎっくり腰になりました。

 

その通院の中で、

知らぬ間に胸椎も

圧迫骨折していたことが

判明しました。

 

当初は痛みも強く、

背中や腰を伸ばすのは

かなり大変だったようです。

 

しばらくして受けた

健康診断の際には、

身長も縮んでしまったと

ガックリ。

 

でも、定期的に施術を

受けに来ることもあって、

1年以上経過した今では

背中が次第に伸びて来ています。

 

年齢には関係なく

身体はちゃんと変わるんだと、

母も自分の身体に

信頼を感じるようになったみたいです。

 

以前に比べると、

身体と相談しながら

無理せずに楽しく過ごしている、

そんな感じに見えます。

 

その様子を見るたびに、

ギックリも圧迫骨折も

決して無駄ではなかったのだな

と思います。

 

 

 

とは言え、長い距離を

楽しく歩けるようになるまでは、

まだ少し時間が必要そうです。

 

公園までは徒歩30分。

距離があるため、

車で向かいました。

 

 

 

駐車場に車を停めると、

お寺の境内に立ち並ぶお墓に

「お邪魔します」と断りしつつ、

枝垂れ桜のもとへ。

 

すでに散り始めてはいるものの、

濃いピンクの色味が美しく、

枝ぶりにも華やぎがあります。

 

 

しばらくすると、

母は下草を観察し始めました。

 

植物好きな人間にとっては

下草だって同じように魅力的で、

桜とも優劣はなさそうです。

 

沢山のスギナが生え、

風でフサフサと

柔らかく涼しげな葉が

豊かに揺れています。

 

その合間から、

沢山のツクシも

顔を出していました。

 

「あ~、つくし!」

 

 

 

近年はツクシを見かけることが

少なくなりました。

 

どこかで見つけたら教えてねと、

春の始めに母が言っていました。

 

それが、

こんな所に生えてた!

しかも沢山!

何だか嬉しいね~。

 

 

そんなことを話しながら

お寺の階段を下ってくると、

 

「ツクシだったら、

うちの竹藪にいっぱいあるけど、

採っていく?」

 

通りかかったおばちゃんが

ふいに声を掛けてくれました。

 

あまりに思いがけない事に

母と顔を見合わせていると、

 

「すごく沢山生えてるんだよ。

どうせ刈らなきゃいけないからさ。」

 

「ツクシを摘むのはともかく、

どんなに沢山生えてるか、

見てみたい!」

 

 

 

おばちゃんが向かった先は、

公園のふもとにある竹藪でした。

 

竹藪はかなり奥行きがあるのですが、

一番手前のお寺寄りのスペースは

下草の茂る野原になっています。

 

その一面を覆いつくす勢いで、

ツクシとヨモギが生えていました。

(写真を撮り忘れましたが~。)

 

ツクシの穂が

半分開いているものを摘んで

頭をちょんと突くと、

ふわ~っと霧のようになって

胞子が飛び出しました。

 

「ほら見て!ふふふ」

 

こんな些細なことで、

思わず童心に返ります。

 

豊かな実りのある土地があるって

良いなぁ~と思っていると、

 

「ここは、どうせ

刈ってもらわなきゃいけないんだ。

お金を払って

手入れしてもらわなきゃいけないから、

こういうのがあるってのも大変なものでね。」

 

なるほど。

じゃあ、遠慮なく

摘ませてもらっちゃいます!

おばちゃん、ヨモギも欲しいなぁ。

摘ませてください!

 

 

 

ツクシとヨモギだと、

今晩は天ぷらかな~。

 

十分に摘ませてもらって、

おばちゃんにお礼を言って

別れました。

 

おばちゃん家の夜の食卓には、

きっと「甘草」が出たはずです。

 

その日の昼間、

お寺の横の土手で

甘草を摘んでいた人達がいて、

食べ方を教わったのだそうです。

 

おばちゃんはきっと、

公園に遊びにくる人達と話すのを

楽しみにしているのでしょうね。

 

 

 

時の止まった路地

 

お寺から少し歩くと、

公園のふもとに沿って

不揃いな石畳が続く

小道への入り口があります。

 

左側の土手には、

夕日に映える赤紫のヤブケマン。

右側には古い農家。

 

 

懐かしい空気の漂う

この路地に来ると、

タイムスリップした気分になります。

 

入り口が狭く分かり難いこともあり、

元気で活動的だった頃に

この近辺は何度も歩いている母でさえ

この道は初めて来たとのこと。

 

初めてなのに

懐かしい空気の場所。

 

何だかお母さん、嬉しそう。

 

美しい紅梅のある家や、

花が咲いているアケビを見ながら、

夕日に向かってゆっくり歩きます。

 

 

この路地の終端には、

レンゲの花が咲く

田んぼがあります。

その向こうは、神社。

 

お寺から始まって

神社に続く道のり。

 

この日の最終目的は、

母にこのレンゲを見てもらうことでした。

 

 

 

田んぼ~童心を蘇らせる心象風景

 

私が小さかった頃、

自宅から少し離れた所には

田んぼの残る地域がありました。

 

稲を刈った後の田んぼでは、

地力を回復する為に

レンゲ草の種を撒いたのだそうです。

 

植物の中でも、

マメ科は栄養価があります。

 

馬の仕事をしていた時も、

馬達を放牧しておくと大抵は

マメ科かイネ科の植物を

好んで食んでいたのを思い出します。

 

休耕田にレンゲ。

きっとこの風景を見たら、

母も懐かしくて

喜ぶだろうなぁと

思っていました。

 

 

 

案の定。

 

レンゲを片手に、

顔がニヤけてますよ。

お母さん!

 

 

…ね!

子供みたいな良い表情!

 

 

 

今度は、

隣の田んぼにあぜ道を発見。

 

足元は大丈夫?

滑って落ちたら水の中だよ?

 

なんていう私の心配をよそに、

スタスタと慣れた足取りで

あぜ道を歩いて行く母。

 

 

 

あれれ、

コンクリの上よりも速いみたい。

 

キョロキョロと植物を見ながら、

あっという間に行っちゃった。

楽しそうだなぁ。

 

農家育ちですもの、

こういう道の方が

実は慣れているんだよね。

 

 

 

ほら!ここ、

こんなにクレソンあるよ!

 

 

 

うふふ、良かった。

去年は痛みとの闘いで、

花見も出来なかったんだものね。

 

一年間、

思ったように動けずに

元気のない様子をしていたけれど、

 

復活したら

以前よりももっと柔軟で、

自由に日々を楽しむことを

し始めた様な気がします。

 

健康でいる自分を、

心から楽しんでいるのだろうと

思います。

 

 

 

今日、誕生日を迎えた母に、

感謝の気持ちを添えて

この記事を贈ります。

 

 

 

4~5月の営業のお知らせ

 

最後になりましたが、

まもなくやってくる

ゴールデンウィークと

5月の営業のお知らせです。

 

それにしても、

ついこの間お正月だった

みたいな気がしているのですが、

もうゴールデンウイーク!

季節は本当に足早ですね~!

 

 

 

4月中の臨時休業はありませんが、

5月は5日(金)・6日(土)が

臨時でお休みとなります。

 

定休日は毎週水・日曜日です。

 

それ以外は、祝祭日に関わりなく

営業を予定しています。

 

 

 

以前施術を受けて下さった方が、

施術の終了後、

「新車になったみたい!」

と仰っていたことがありました。

 

身体がピカピカの

新品になったような感じがした、

と言うことだったようです。

 

普段は自分のケアに

ちゃんと時間を割く余裕がない!

という方にこそ、

 

連休などの機会を使って、

オーバーホールをするつもりで

全身の調整を受けて頂けたら良いな

と思います。

 

皆さんからのご連絡を、

心よりお待ちしています!

 

 

お節介な鳥と、いたずらな馬~12月と年末年始の営業予定

 

12月もすでに下旬!

 

年末年始の営業のお知らせを

早くしないと~!と思いつつ、

 

一緒にアップしようとしていた

記事がなかなか完成せずに、

今に至ってしまいました~( ;∀;)

 

今年はどうやら

人間に関する臨床例は

上手くまとめられない頭に

なっているみたいです。

 

最後こそはと

思っていたんだけどなぁ。

 

年の瀬も迫って来たので

抵抗するのはやめにして、

ここから年始にかけての

営業のお知らせと、

 

クスッとしたくなる

生き物の可愛らしいお話で

皆さんに和んでいただいて、

今年の締めにしたいと思います(^^♪

 

 

 

年末年始の営業の予定

 

年末までもう少しですが、

ここから先の12月の営業予定を

念のためにお知らせしますね。

 

23日(金・祝)、26日(月)

はお休みとなります。

 

代替として、

25日(日)、28日(水)

は営業致します。

 

年末は12月29日(木)まで、

年始は1月6日(金)からの

営業となります。

 

 

 

ご希望日の当日に

ご予約のご連絡を

頂くことがあるのですが、

 

長丁場の施術で

事前の準備なども必要ですので、

当日のご予約は

お受け出来ない場合が多いことを

ご理解頂けますと幸いです。

 

ご予約の際にはできるだけ

お早めにご連絡を下さいます様に、

ご協力のほどお願い申し上げます(^人^)

 

 

 

世話焼きのジョウビタキ

 

縁側に座り込んで

暖かな日差しの中で

歯磨きをしていた時のこと。

 

3メートルほど先の木の枝に

きれいなオレンジ色の胸をした

ジョウビタキが一羽、止まりました。

 

こちらの目と向こうの目が

正面からバッチリ合いました。

 

お、目が合った。

しかも、両目とも合ってるぞ。

こりゃ~逃げるだろうな。

 

ところが、

歯磨きをしている人間は

攻撃して来ないだろうと

見切ったのかどうかは

分からないけれど、

意外にもジョウビタキは逃げません。

 

むしろ、より近くの木に

飛び移ってきました。

 

 

 

冬のこの時期になると、

庭では椿が咲き始め、

 

南天や百両、

ピラカンサスなどの

様々な赤い実が生り、

 

初春の開花に向けて

ロウバイが蕾をつけ始めます。

 

赤い実もロウバイの蕾も、

鳥たちにとっては

恰好のエサとなります。

 

ジョウビタキは

ピラカンサスの実を

狙っていたようです。

 

ピラカンサスの向こうにある

椿の幹の前を通り、

私の視線から隠れるように

ピラカンサスの葉の茂みの

向こう側に止まりました。

 

人間と目が合っても

動じなかったのに、

椿の幹の前を通る時には

なぜかワタワタ慌て気味。

 

人目を感じたままなので

さすがに焦ったのか、

それともただ単に

不器用だったのか( ^ω^ )

 

何となく人間ぽくって

面白いやつだな~と気になって、

しばらく観察することに。

 

 

 

ジョウビタキの仲裁

 

庭には、他に

2羽のムクドリも来ていました。

 

ほどなくして、2羽は

ギャーギャーと争い始めました。

 

俺のいる枝に来るな、

お前こそあっちに行け、

…的なケンカのようです。

 

なかなか止む気配がないので、

途中で柏手を勢いよく

「パン!」と打ってみましたが、

 

足元で昼寝をしていた柴犬が

半ばビックリ顔で

「お仕事ですか!?」

と起き上がっただけで、

争いに夢中の当事者たちは

気づく様子もなし。

 

「困ったもんだね~。」

と犬と顔を見合わせていると、

 

先ほどのジョウビタキが

地面すれすれに飛んで、

2羽のいる木の下の方へと

移動して行くのが見えました。

 

2羽の方へ視線を上げると、

「チョ、チョ、チョ、チョ。」

と小さく鳴き始めました。

 

(「地鳴き」の中の、

低い音だけを出していたようです。

BIRDER.jp のサイトで鳴き声が紹介されています。↓

http://www.birder.jp/featureprograms/2015-01/2015-01-2.htm

 

何やってんの~、

ちょっと止めなよ~、

…的な感じ。

 

ムクドリと言えば

ジョウビタキの倍はあろうかと言う

身体の大きさ。

 

もし2羽のケンカに

巻き添えでも食ったら…

なんてことは、

ジョウビタキは考えていないようです。

 

勇敢と言うか

正義感が強いと言うか

向こう見ずのお節介と言うか(^▽^;)

 

関係のないことなのに、

わざわざ近づいて行ってまで

首を突っ込むとは。

 

でも、

小さく低い声で鳴いて

穏やかに話しかけるなんて、

気遣いも感じられます。

 

しばらくの間、

彼は小さく鳴き続けながら

2羽の仲裁を試みていましたよ。

 

平和や調和を

愛する鳥なんじゃないかなぁ、

きっと。

 

…さてさて。

いい加減に歯磨き粉も

流しに行かなくちゃ!(^▽^;)

 

 

 

ニワトリと馬の心理ゲーム

 

ジョウビタキの

思いやり溢れる場面を見ていて、

ふと昔見た光景を思い出しました。

 

まだ馬専門の牧場に

勤めていた頃のこと。

 

当時牧場にいた馬たちは

いずれ劣らぬ個性派ぞろいで、

 

丸太の様な胴体を

左右に揺らしてのっしのっし歩く

食いしん坊のおばちゃん馬とか、

 

狭いところが怖いのに、

超がつくほど真面目過ぎて

拒否することも出来ず、

鼻をフーフー言わせながら

一生懸命に狭いところを

通る馬とか、

 

とにかく色んな

面白くて可愛らしさのある

「濃ゆい」馬たちがいました。

 

 

 

源太は、馬のくせに

サラリーマンっぽい、

と言われていました。

 

どういう事かと言うと、

 

翌日も仕事があるから

目いっぱいやらない、

と言うことを

モットーにしている感じです。

 

重種の血が混ざる彼の馬格は

大きくてしっかりしていて、

与えられたお仕事は

真面目にやっているんだけれど、

 

いつもどこか余力を残していて、

お~い、一生懸命やってる!?

とついツッコミたくなる…(;・∀・)

そんなところのある馬でした。

 

 

 

ある日、

源太の小屋の窓枠に

ニワトリが止まっているのが

目に入りました。

 

何となく気になって

見ていると、

 

小屋の中にいる源太が

ニワトリの正面に立って、

 

ニワトリを鼻で

ツンと突つきました。

 

ニワトリは正面から押されて

バランスを崩し、

オトトトト…と

羽をバタつかせます。

 

のけぞった姿勢から

何とか立ち直ると、

まっすぐ止まり直しました。

 

それをじ~っと見ながら

待っていた源太は、

起き上がったニワトリを

再びツン。

 

オトトトト…。

 

 

 

羽をバタバタしながら

再び体勢を立て直し、

起き上がるニワトリ。

 

…源太はと言えば、

またもやツン。

 

オトトトト…。

 

ツン。

 

オトトトト…。

 

以下、繰り返し。

 

 

 

思いがけない場面を

目撃した私は、目がテン。

 

作業の途中だったので、

このやり取りの結末は

残念ながら見届けることが

出来なかったのですが、

 

目撃していた間だけでも

かなりの回数、

この起き上がりコボシ運動は

繰り返されていました。

 

 

 

小屋の窓枠の下には

飼桶が下がっていましたから、

 

ニワトリは

源太のご飯の残りを

漁りに来たのだろうと思います。

最初は。

 

それが

どういう風の吹き回しか…。

 

 

 

押されて嫌なら

ニワトリは逃げれば良いですし、

 

食事を狙われて嫌なら、

ニワトリが体勢を戻す前に

源太は何度だって

ツンと突っつく余裕がありました。

 

それに、突き方そのものを

もっと強くすれば、

ニワトリは簡単に

地面に落ちたでしょう。

 

あれは、源太に

知性と優しさがなければ

出来ないことだったと思います。

 

そして、お互いに

結構楽しんでいたんだと

思うんです。

今考えても。

 

 

 

ニワトリが

落ちるか落ちないか、

そのギリギリの力で押す。

 

押されたニワトリも、

懸命に戻ってくる。

 

ここで起きていたことは

傍から見れば

源太のいたずらなんだけど、

 

彼らの間には、

思いやりとか楽しさの共有

みたいなものがあったからこそ、

飽きもせずに何度も何度も

繰り返していたんじゃないかな

と思うんです。

 

ニワトリは後ろ姿だったから

表情は見えなかったけれど、

彼が起き上がって来るのを

見守る源太の目には、

 

「あ、戻って来た」

…的な感じで、

普段のサラリーマン源太にはない

楽しそうな色が

浮かんでいましたもの。

 

 

 

むすびに代えて

 

今年は年明けから

動物と関わることが

多い一年でした。

 

子供たちと交流する

お仕事をしているポニー達の

メンテナンスをさせて頂く

機会に恵まれたり、

 

足が変形して

跛行していた老齢馬に

定期的な施術をしたり、

 

チビ助の頃から知っていた

知人の猫が旅立ちの時を迎え、

その最期の3日間、

ヒーリングをさせて頂く

機会を頂いたり。

 

 

 

施術を受けている彼らが

時には寝落ちして、

行儀よく揃えて伸ばした前足に

きっちり乗せていたはずの小さな頭が

不覚にもカクッと横に滑り落ちたり、

 

鼻面を下げた状態で

ウットリと寝入ってしまって、

気づいたら長い鼻先が

すっかり地面にくっついていたりと、

 

心から施術を楽しんで

リラックスしてくれている

彼らの姿を目にして、

 

施術をすることの喜びと意味を

私も改めて感じた一年でした。

 

あ。

言葉を超えたところで

動物と交流していたせいで、

人間の臨床について

思考がまとまらなくなってたのかも~(^▽^;)

 

と言うのは半分本気ですが、

臨床で私自身が体験し、

目撃する「奇跡」を、

来年はもっともっと

表現していけたら良いなと思います。

 

 

 

それでは。

みなさんもどうぞ、

良き新年をお迎えくださいね。

 

今年も最後まで

お付き合い下さいまして、

ありがとうございました(#^.^#)

 

 

 

自然に倣って、草花を活ける~9月の営業予定

 

長く暑い夏を

ふぅふぅ言いながら過ごして来て、

やっと9月!

でも、まだまだ暑さは続きますね~。

 

すっかりブログの更新が伸びてしまい、

ほぼ2か月ぶりと

大変お待たせ致しました!

 

中には、neMu no ki は

活動しているんだろうか?と

心配して下さっていた方も

いらっしゃるかも知れませんが(^人^)

 

 

 

その人の歴史に触れる臨床

 

今年は年明けから、

ブログではなく施術のレポートとして

文章を綴って来ました。

 

今年は人だけでなく、

動物に施術をさせてもらう機会にも

何度か恵まれたのですが、

 

人にしても動物にしても、

一回一回の施術で触れるのは、

その存在の生きて来た

「蓄積された時間」そのものであり、

言わばその個人や個体の歴史です。

 

それはいわば一回一回の施術が、

それぞれ異なる存在を対象とした

フィールドワークになっている様な

感じでもあります。

 

そうした

重みと深みを持つ臨床を通して、

感じたり理解した体験の

できるだけ全ての側面を

言葉にしようと試みました。

 

それは、私自身が臨床を経験する中で、

「身体」は単なる物質ではなく、

私たちという存在の表現そのものであり、

身体が示す現象や事柄はすべて

私たちそのものである、ということを

理解するに至った為です。

 

だから、出来るだけ

その理解が生じた現場を

その時のままの形で

皆さんと共有できたらと、

そんな風に思いう内に、

レポートとしてのボリュームを持った

文章になって行きました。

 

 

臨床の一部始終を

筋道の通った文章として

再編成し直すのは、

予想以上に骨の折れる作業でした。

 

この作業に何度か挑戦した後、

文章を書く気力をすっかり

使い果たしたのでしょう、

 

ぷっつりと、書こうとする意欲が

途絶えてしまいました(^▽^;)

 

 

感覚や観察を通じて

感じ取ったり理解した事柄と言うのは

さながらプリズムのようなもので、

 

それは、文章にしたり

言葉に置き直そうとした時の

自分の意識の在り方や、

自分の意識の成長の度合いに応じて、

当初とは全く異なった意味合いを

持つものに見えて来たりもするものです。

 

その為、その体験を振り返る度に

それまでとは違う

解釈や気付きが出て来たりもします。

 

一つの体験が与えてくれる

様々な方向におよぶ豊かな気づきは、

体験した本人にとっては

どれ一つとっても重要です。

 

一つの骨子に沿って文章を書く時、

様々な方向に伸びた体験の枝葉は、

打ち落として行かなくてはいけません。

 

それはあたかも、自分の内側の世界で

バサリバサリと刀を振るって、

切った張ったの騒ぎを

やっているようなもので、

 

自分自身の内なる豊かさを

自ら削いでいく作業でもありました。

 

「言葉」はある意味、

本当に刃物なんですよね。

 

だからこそ、思った以上に

エネルギーを消耗したのだと思います。

 

 

こうして、

書くことに向かえなくなった自分を

見守りながらいる内に、

7月は書ける題材が浮かんで来ました。

でも8月は、復活ならず。

 

一旦頑張り過ぎてしまうと、

復活には時間がかかるものです。

 

9月に入ってから

ここ数日でやっと、

書こうかなという気持ちが

少し戻って来た様に感じます。

 

と言う訳で、性懲りもなく

臨床に関する話を少し

書き始めたのですが、

まとまるにはもう少し

時間が必要そうです。

 

もうすでに

9月は始まっているので、

今回のブログではまず

営業日のお知らせをしなくては。

それと、

 

neMu no ki の院内には、

いつも小さな活け花が二つ

飾ってあるのですが、

 

「どうしたら、

こういう風に活けられるの?」

とご質問下さるクライアントさんが

嬉しい事に結構たくさんいらっしゃいますので、

 

今回は、

野の小さな花を可愛く

バランスよく活けるコツについて、

写真を使いながらご紹介して行こうと思います。

(沢山の蚊に追い掛けまわされながら、

必死に撮影して来ましたヨ~!( ;∀;) )

 

 

 

9月の営業予定

 

9月は、10日と24日の土曜日、

27日の火曜日とが、

臨時でお休みとなります。

 

その代替日として、

ご要望に応じる形で

18日(日)と21日(水)は

営業を予定しています。

 

それ以外は、通常通りの営業です。

定休日は毎週水・日曜日、

祝祭日も、水・日以外は営業致します。

 

営業時間は11時~20時、

施術の最終受付は17時となります。

 

(集合住宅の一室ですので、

まわりへの影響を考慮して

最終受付は早めとなっています。

 

17時ではどうしても難しいという

ご事情がある場合には、

遠慮なくその旨をご相談ください。)

 

 

 

自然の中に在るが如く

 

花は、野にあるが如く。

 

これは、
茶花を活ける時の心得だそうで、

 

花を活けるコツと言えば

究極的にはこの一語に尽きるだろうと

まずは念頭に置いて頂いて(#^.^#)

 

今は、野辺や山道だけでなく、

住宅街の公園などでも

咲いている草花を摘むことは

禁止されている所が

多いかも知れませんが、

 

シチュエーションはともかくとして、

何種類かの花が咲いていて、

その中から花材を選んで

活ける場合を想定して

説明をして行きますね。

 

 

 

花は、生命力に余裕のあるものを選ぶ

 

まず一輪、

メインになりそうな顔をしていたり、

メインにしたいなぁと思える花を

選びます。

 

秋なので、

ホトトギスを選んでみました。

ホトトギス(地植え)

 

 

選ぶ際には、花弁の開き具合や

枝と花の角度などをよく観察します。

 

枝が曲がっていたりすると

後で他の花と合わせにくく、

活ける際の難易度が上がります。

 

花弁は、出来るだけ

きれいなものを選びます。

 

開き切っているものよりは、

まだ完全なる開花に

余裕を残しているものの方が

望ましいです。

 

開き切っている花は

花の持ちが悪いことが

多い為なのですが、

 

観る人にとっても、

生命力に余裕のある花の方が

観ていて元気になる感じがしたり、

ほっとする感じがあります。

 

「その花を目にする事で

自分はどんな感覚を感じるか」

ということを

意識的に認識しておくことは、

花を活ける上ではとても

重要になって来ます。

 

ちなみにホトトギスは、

私の個人的な印象ではありますが、

ひっそりと木陰に咲くけれども

凛として一本芯の通っている様な、

強く可憐な雰囲気の花に見えます。

 

それは、

ホトトギスの生えている場所から、

花の形や色味であったり、

枝のすーっと真っ直ぐ伸びている様子、

植物を構成している組織の強さまで、

 

ホトトギスの様々な特徴が

感覚的にまとまった形で受け止められる事で、

おのずとそうした印象に

見える様になるのだろうと思います。

 

メインの植物は、

葉の存在も大切です。

 

形の良い、合わせやすい葉を選び、

花の長さに合わせて添えます。

 

左手の中で、

花と葉のバランスを決めます。

ホトトギスの花と葉を、左手の中で合わせる

 

自然に咲いている状態で見ると、

ホトトギスの花の位置は

葉よりも高いというだけでなく、

うっそうと茂る葉群(はむら)から

伸びあがる様にして咲いています。

ホトトギスの枝ぶり

 

そのニュアンスを

殺さない様にして葉を添えると、

しっくり感じられるバランスを

見つけ易いのではと思います。

 

 

 

異なる花を合わせる:「空間」の中の関係性

 

ホトトギス一輪でも

十分に素敵なのですが、

もう少し賑やかにして行ってみます。

 

花を取り合わせる時に

「難しい~」と感じる方は、

「まとまり」のあるバランスを見つける事に

難しさを感じているのではないかと思います。

 

枝の伸び方や

花の付いている角度など、

同じものは一つとしてありませんよね。

 

それぞれ個性を持っている植物を

上手く合わせるには、

 

植物が「空間」をどの様に使っているか

と言う視点でもって、

メインの植物をよく観察してみます。

 

「空間」が把握出来たら、

その中でそれぞれの植物が

居心地の良い配置を見つけるようにすると、

植物同士の関係性には自ずと秩序が現れ、

調和して見える様になります。

 

 

具体的にやっていってみますね。

 

まず、ホトトギスの形を確認します。

 

茎から花にかけてのラインは

右に弧を描いており、

右下に空間があります。

 

ホトトギスをメインにするなら、

ホトトギスよりも前に配置するのは

ホトトギスよりも小さい植物、

 

ホトトギスよりも大きいものは、

後ろに配置します。

 

小さい植物は

ホトトギスの懐に入れる様なイメージで、

右下に開いた空間に配置します。

花のバランスをみる

 

ふたたび自然の状態を考えると、

隣り合って生息している植物は、

互いに枝葉を伸ばす領域を

調節し合っています。

 

中には精力が強いのでしょう、

他の植物のスペースをすっかり

侵食してしまうものもいますが(^▽^;)

 

長年、同じ場で

他の植物たちと共生しているもの達は、

 

枝葉が擦れて傷つくことのないよう、

相手が伸ばしている所は避けたり、

互いに伸ばし方を加減しながら、

上手く生きる術を知っている様です。

 

他の花を合わせる時には、

メインの植物が

空間を解放している部分を見つけ、

そこに配置してあげるようにすると、

植物は互いのスペースを邪魔することなく、

一緒に、心地よくいられるようになります。

 

 

 

加えたい要素を見つける

 

下の空間に配置する植物を、

ひとまず2種類選んでみました。

合わせる花のバランスを見る

 

ラベンダーに似ている花は、

ブルーサルビアの、まだ蕾です。

 

枝の枝垂れている濃い紫の花は、

デュランタ。

宝塚と言う品種名がついています。

 

花の大きさや量、

枝垂れの強度などによって、

どちらの植物も

華やかさが変わります。

 

地味目のホトトギスと比べて

目立ちすぎない様に、

適度なものを選びます。

 

 

う~ん。

紫だらけダ~!(^▽^)

 

3種類ともどちらかと言うと

シュッとした姿の細身の植物ですし、

何となく少なくて、寂しい気がします。

 

と言う事は。

色味に幅を持たせて、

全体的にボリュームが増すと、

雰囲気がだいぶ変わりそうです。

賑やかになって楽しそう!

 

 

ボリューム感があって、

賑やかな色の植物…

(と唱えつつ、庭の花を物色。)

 

あった!

オミナエシ。

オミナエシ

 

ちょっとくさいのが

玉にキズなんですけどね、

秋らしさもありつつ、

華やかで可愛い花です。

 

オミナエシは本当は

ホトトギスよりも背丈の

高い植物なのですが、

 

これだけのボリュームだと

ただでさえ目立ってしまうので、

一番下の方へ配置します。

 

足元の方に

ボリュームのある花を持ってくると、

花器の中にいれたオアシスも

上手く隠すことが出来るので、

一石二鳥です。

花器とオアシス

 

ちなみに、この写真の

注ぎ口のある小さな器は、

元々食器として作ったものを

花器として使っています。

 

中に入っている

緑のスポンジ様の物体がオアシス。

 

ダイソーなどの100均に行くと、

ガーデニング用品の売り場に

置かれています。

 

小さい花を活けるのに適した

丁度良い花器というのは

なかなか見かけないかも知れませんが、

 

例えば

小さな香炉と小皿を合わせるなど、

アイデア次第で使えるものが

きっとお家の中にあると思います。

花器の一例

 

月見ウサギの小皿の

真ん中にあるのは、

ウサギの香炉。

 

重さのある植物を立てると

倒れてしまうのですが、

ささやかに活けても十分、

存在感があります。

ほら、ね!

ウサギ香炉を使ったミニ活け花

 

 

 

仕上げ:「あそび」を持たせる

 

花の取り合わせは、大体これで

ヨシとして。

 

でもね、何となくこれだと

アソビが足りない感じがするんですよね。

 

ちゃんとした顔の植物ばかりで、

風が吹いて来ても

そよとも揺れなそうな…。

 

そう考えると、

そよっとそよぐものは

決して花じゃないんですよね。

葉っぱの方です。

 

葉っぱも観察すると、

色んな印象のものがあって、

しかも活け花全体の雰囲気を

かなり変えてくれます。

 

丸い葉っぱは全体の雰囲気に

柔和さや可愛らしさを与えてくれるので、

個人的には好きでよく使います。

 

ここでは、

風の軽やかなニュアンスを

上手く表現してくれる葉っぱが

あると良いなぁ。

姫ススキ

 

これは、姫ススキ。

細くて強い葉っぱで、

先端まできれいに伸びています。

 

先端の方が枯れて来ているものは、

そこだけくるんと

美しい弧を描いていて、

「あそび」の感覚を与えてくれます。

姫ススキノ葉を添えて、ニュアンスを出す

 

 

姫ススキはシューっと立ち上がってるから、

風と戯れると言うよりも

凛と自立している感じカモ(^▽^;)

まぁ、それもヨシです!

 

少し客観的にバランスを観てみて…。

ふむ。

花が右に偏っているかな。

もう少し緑が多い方が

「自然」の感じに近いかも。

 

今度こそ、軽やかになったかな?

もみじを選びましたヨ。

モミジと姫ススキを添えて

 

ここまでバランスが決まったら、

これを仕上がりのイメージとして

覚えておきます。

 

あとは花器の大きさに合わせて

茎の長さを切り、

イメージに則して

オアシスに挿して行きます。

 

花を挿す際には

花を選んだ時と同じ順番で行うと、

イメージ通りのバランスを

保ちやすくなると思います。

ホトトギスにオミナエシ

 

 

もし花瓶に生ける場合は、

花瓶の口が大きすぎると

せっかく決めたバランスが

崩れてしまうので、

 

花瓶に生ける前に

花の根元を針金でまとめます。

これも、100均で

園芸用の緑の針金を入手できますよ~!

 

 

 

見えないものを見る訓練

 

自己流ながらも

お店の花を活け始めておよそ8年。

 

花を活けることって、

植物同士を取り合わせて

その中に自分なりの「調和」を

再現する事なんだと思うんです。

 

そして、花を活けることって、

実は人間を視ることと

同じじゃないのかなぁって思います。

 

「関係性」は目には見えませんが、

 

お互いのほんのわずかな距離感や

ほんのちょっとした言葉掛けや、

一見些細に思えることが

見えない関係性を作るうえでは

すごく重要な要素になっていたりします。

 

それを、植物の間にも

感じ取ることが出来るか。

 

花を活けることが、

実は施術者としての自分にとって

感覚を育てるための大切なトレーニングに

なっているなと思うんです。

 

 

秋は沢山の花が咲く季節。

「この花は可愛いなぁ~。」と

思わず目を惹かれた時には、

ぜひ時間を作って

植物と向き合ってみて下さいね!

nemu-ウキウキ

 

 

 

 

循環する波としての呼吸~呼吸の持つ力 /7~8月の営業予定

 

 

ここのところ、

東京でもやっと

まとまった雨が降り出しました。

 

今年は5月頃から

はやばやと気温が上がり、

 

梅雨に入ってからも、

暑さは湿度を伴って増す一方。

 

各地で豪雨などの

気象による被害が出る中、

東京の水源では渇水。

 

毎年、異常異常って言ってるけど、

これほど異常な暑さの年は

なかったわよね!?と、

クライアントさんに会う度に

言っていた気がします。

 

 

梅雨も終わるかな~という

今頃になって、ようやく

まともな雨が降り始めた感じで、

 

雨が運んで来る

涼しく心地よい空気には、

心底ほっとします。

DSC_0002_24

 

 

6月の梅雨入りの時期に

初めて山口を訪れまして、

夏みかんの香り漂う萩の町について

今回お話ししたいと思っていました。

 

萩と言う土地に触れてみて、

彼の地の持つ性質自体が

どうもそこで展開された歴史と

深いつながりがある様に思えて、

とても面白いなぁと思ったんです。

IMG_3426 松陰誕生の地より萩を眺望 (2)

吉田松陰の誕生の地より、萩城下町を望む。

 

でも、萩の歴史は

幕末・維新に関わっていて、

専門で研究している人も

いるだろうと思うと、

あまり適当なことを

書くわけにも行きません。

 

史実も少し調べて

検証を加えて…

などとやっている内に、

これは簡単にまとめられる

代物ではないということを

ヒシヒシと感じて来まして、

 

ハテどうしたものかと

思案に暮れていました。

 

 

そんなこんなで、

ブログをアップしないまま

7月もついに半ばまで

来てしまったワケなのですが、

(いつもながらの言い訳ですが~。)

DSC_0002_25

 

先日、頭を落ち着けようと

瞑想をしていたところ、

ちょっと面白い発見がありました。

 

萩と幕末・維新からは

まったくズレちゃうんですけれど、

それもまぁヨシでしょう!ヽ(^。^)ノ

 

と言うのも、発見があったのは

呼吸に関する事だったので、

興味を持ってくださる方も

多いのではないかなぁと思うので。

 

 

7月・8月の営業のお知らせも

いい加減にしなくては

いけないのですが(^▽^;)、

まずは先に、呼吸のお話から。

 

 

 

呼吸法はつらいよ。

 

世の中には

様々な呼吸法がありますが、

よく耳にする手法として

 

ゆっくり息を吸い、

吸い切ったらしばらく止め、

今度は細くゆっくり息を吐き、

吐き切ったらしばらく止め…

というように、

 

(吐くのが先だと言う方も

いらっしゃるかも知れませんが、

ひとまずそれは置いておいて。)

 

インターバルで

「停止」を入れるものがあります。

 

吸気、停止、呼気、停止。

各パートの長さは

吸気と呼気は10秒とか15秒、

停止は4秒とか5秒とか、

設定は色々のようですが、

 

忠実に秒数を数えながら

やろうとすると、

まぁぁ~、苦しいのなんの。

 

 

人によっては、

吸気の方が苦しいと

感じる方もいるかも知れませんが、

 

私の場合は、

吸気は比較的容易なのですが、

呼気はとてもじゃないけれど

10秒もかけちゃいられません。

DSC_0002_3

 

ゆっくり静かに

細い息を吐いて行くと、

 

ほどなくして、

気管分岐部の辺りで

ぎゅ~っと絞るような力が

勝手に入り始めます。

 

こうなった時には

実際に気道が緊張して

その内径が狭くなるらしく、

力づくで吐かない限り

息は出て来なくなります。

 

仕方がないので、

 

腹筋と横隔膜を強く緊張させて、

身体の奥底から絞り出すように

はぁぁぁぁ~っと

息を吐き出します。

 

これは相当に

苦しい状態です。

 

この後に呼吸の「停止」を

差し挟む余裕なんて、

これっぽっちも残りません。

 

吐き切った直後に

危機的な勢いで、

息をめいっぱい

吸い込む羽目になります。

 

こんなやり方では

かえって呼吸は乱れるため、

 

心身のバランスを整えたり

気持ちを鎮静させるなどの、

呼吸法が持つとされる効果は

引き出しようもありません。

 

それどころか、

呼吸法を練習する前段階で

つまづいている状態です。

 

 

 

人それぞれの、息の仕方

 

このように、

呼吸に関連する器官の

どこかに緊張が生じると、

 

上述したような手法に限らず、

呼吸法の練習はたちどころに

苦行へと様変わりします。

 

 

鼻、のど、気管、肺、

横隔膜、心臓、胸郭、腹筋…。

 

呼吸に関与している器官、あるいは

呼吸の動作に関わる器官は

多岐に渡ります。

 

図引用:ITHB_029『Inside The Human Body』The Pepin Press

図引用:ITHB_029『Inside The Human Body』The Pepin Press

 

普通に呼吸する際、

私たちは呼吸器のどこかしらを

息を吐き吸いするための

モーターのように使っています。

 

それは鼻孔かも知れませんし、

人によっては

ノドで息を吸っているかも知れません。

空気の出入口からは離れた

胸の辺りの場合もあるでしょう。

 

それぞれの人によって、

呼吸の仕方には

独自の癖があるはずです。

 

たとえば、

意識的にゆっくり深呼吸して

苦しくなり易いところは、

普段から呼吸をする際に

緊張させて使っている所だと考えられます。

 

呼吸をし始めると

勝手に力が入ってしまうのも、

そうしたパターンが

すでに身体の中に

出来あがっているからだと考えれば、

納得が行きます。

 

 

では、こうして

自動的に緊張してしまう部位を

リラックスさせて呼吸を行うには、

一体どうしたら良いのでしょうか?

 

 

 

息の「通り道」と、呼吸の深さ

 

通常の呼吸では

呼吸器のどこかを緊張させ、

その力をモーターのように用いて

息を吐き吸いしています。

 

「緊張」を利用して行う呼吸では、

息が通り抜けて行く「道」は

身体の表層近くになり易いようです。

 

普通の呼吸をしながら、

空気の通って行く道筋を

感じてみて下さい。

 

空気の通り道もまた

人によって細部に

違いがあるかも知れませんが、

 

たとえば私の場合は、

鼻孔から入った空気は

鼻孔の底の方を通って、

口蓋の奥に流れて行きます。

 

口蓋の奥では

軽い乱気流が起きますが、

鼻孔の上の方や奥の方へは、

気流はほとんど届きません。

(意識すれば、簡単に行きますが。)

 

口蓋の奥から気管、肺へと

空気は流れて行きますが、

 

ここで気流は

気管の前半分、すなわち

体表側を通り抜けると、

 

今度は肺の中と言うよりは

心臓の表面を下っていく様に

感じられます。

 

 

「呼吸が浅い」と言う表現は

よく耳にしますが、

 

これは、肺全体を十分に

伸展・収縮させることなく、

ごく軽い動きでこなす、

気流も気量も少ない呼吸のことを

一般的には指すと思います。

 

ですがこの場合には、

実際に息が通る道も

体表の浅い所を通っており、

幾重の意味でも「浅い息」に

なっているようなのです。

 

 

呼吸は、身体が生み出す

力強い「波」です。

 

その波のリズムが、

呼吸が身体や心をリラックスさせる

大きな要素の一つになっています。

am500_sc020

 

ところが

浅い道筋を通る息では、

リズムは身体全体に届きません。

 

さらに、波の流れも

途切れがちな為、

(詳細は後述します。)

 

自分の呼吸のせいで

かえって焦りを感じやすくなったり、

何かに追われている気持ちになる

というようなことも、

可能性としてありそうです。

 

 

 

深い息は、身体の軸も整える

 

浅い息の話をしたからには、

当然、深い道を通る

息もあります。

 

ちなみに、

瞑想中に気付いたのは

このことでした。

 

 

横隔膜の中心を起点として

身体が主体的に呼吸を行う場合、

(これも、詳細は後述します。)

息の通り道は深くなり、

 

背骨の前をしずかに

息がのぼったり下りたりする

感覚が生じます。

 

息が抜けて行く先は

鼻腔や鼻孔ではなく、

鼻腔の後ろを通り過ぎて

脳の方まで辿り着きます。

 

この流れを感じている内に

脊柱の緊張は自然とほぐれて、

身体の軸も通って行くように

感じられます。

 

 

 

呼吸の生み出す、大きな波

 

通常の浅い息では、

吐く息と吸う息は

それぞれ別の波を描きます。

 

吸気ならすぅぅっと

空気を吸い込んだ後、

その勢いは尻すぼみになります。

 

吸う流れの収束を待って、

呼気が始まります。

 

呼気の場合も、

ふぅぅっと吐いた息は

やはり尻すぼみになり、

空気の流れは一旦

収束に向かいます。

 

こうして、一呼吸する間に

二つの波が生じますが、

互いの間には断絶があって

別々の波になっています。

 

 

深い息の場合には

一呼吸の間に一つ、

大きな波が生まれます。

 

この大きな波は

一呼吸で一巡すると、

途切れることなく

次へと繋がって行き、

 

やがて、

脊柱の前側を這うように

ゆったり往復し始めます。

 

 

深いところを上下に伝う

大きな波のリズムは、

 

脊柱の中を上下する、

髄液のゆったりしたリズムと

互いに干渉し合って、

さらに大きな波を生んだり、

 

心臓の鼓動が速まるのを抑えて

気持ちを落ち着かせたりする

力を持ち、

 

私たちが身体の奥深くから

リラックスを感じることや、

 

自分で自分を

深いリラックスに導くことを

可能にしてくれるように思えます。

 

そして何よりも、

その循環する性質によって、

 

私たちが必要とするエネルギーを

呼吸を通して身体に十分に蓄えることを

可能にしてくれるようです。

 

 

 

練習に当たって注意すること

 

さてさて。

 

ここからはいよいよ、

呼吸器を緊張させずに、

深い息をする方法を

説明して行きますよ!ヽ(^。^)ノ

 

でもその前に、

注意事項があります。

 

ここまで、

深い呼吸をすると

こう感じるだろうという、

想定される感覚について

書いて来ましたが、

 

ここから先は

それをすべて忘れて下さい。

 

結果として現れるであろう感覚を

最初から味わおうとして練習すると、

どうしても力んでしまいます。

 

それでは全く

意味がありません。

 

また現れる結果や感覚も、

人によって異なります。

 

上述して来た事は

あくまで一つの参考例と捉えて、

 

練習してみた結果

自分の場合はどんなことを

感じ取れるのか、

それを楽しみにしながら

取り組んで頂けたらと思います。

 

 

姿勢は座位が好ましいですが、

無理に背中を真っ直ぐに

保とうとする必要はありません。

 

呼吸に合わせて

背中が丸まってしまっても、

最初の内はそれで

良い事にしてあげて下さい。

 

そして、決してムリはしないこと。

頭が痛くなって来たり

胸が苦しくなったりするようなら、

どこかが力んでいる証拠です。

 

思っている以上に、呼吸は難しいものです。

何事も最初からすべては

上手く行かないものだと考えて、

一つ一つの工程を一歩ずつ

丁寧に進めて行ってみて下さいね(*^^)v

 

 

 

主体的な呼吸

 

少し前の段落で、

「横隔膜の中心を起点として

身体が主体的に呼吸を行う場合、

息の通り道は深くなり…」

と書きました。

 

ここで言う「主体的な呼吸」とは、

横隔膜を意図的に動かすことを

指しているわけではありません。

 

この言葉が

伝えようとしているのは、

呼吸そのものに対する

認識の在り方です。

 

私たちは呼吸を、

外側にある空気が

体内に入って来るという、

受動的なイメージで

捉えていると思いますが、

 

ここでは呼吸を、

身体の内側から起きる風、

と言う様な能動的なイメージで

捉え直してみてください。

 

息をするとは、

「生きる」ことそのものです。

 

呼吸は、生きる意思を

反映するものとも言えます。

 

私たちは、空気があるから

呼吸をしているのではなく、

身体があるから

呼吸をしているのです。

 

 

 

イメージを用いた練習

 

呼吸を練習する上で重要なのは、

とにもかくにも、出来る限り

どこにも緊張を生じさせない事。

この一点に尽きます。

 

そこで、「イメージ」を

上手く使って行います。

 

横隔膜の中心を貫くように、

小指くらいの太さのストローや

管が通っているのを

イメージして下さい。

 

管の長さは、

ほんの5センチほどと

短くて構いません。

 

イメージの世界ですから、

水晶のように

透明できれいな材質のものが

心地良いかも知れません。

 

それは固すぎて嫌だわ

と言う場合には、

シャボン玉の膜でも構いません。

でも、イメージの中で

割れてしまわないように、

しっかりした強度にして下さいね。

 

 

横隔膜は、強い弾力を持ち、

程よい厚みのある

天然ゴムのようなイメージです。

 

ゴムに管を挿すと、

管のまわりには

ゴムが吸い付きます。

 

その状態で管を上げ下げすると、

ゴム=横隔膜もその動きに

一緒に付いてきます。

 

 

 

横隔膜の中心から呼吸する

 

イメージの中で

管を上に移動すると、

横隔膜もその中心部分から

上に持ち上がります。

 

 

この時、肺の空間は狭まり、

空気は外へ逃げます。

つまり、呼気となります。

横隔膜から生じる呼気

 

管を下に下げて

横隔膜も下に下がると、

 

今度は肺の空間は広がって

空気はおのずと

外から流れ込んで来ます。

これが、吸気になります。

横隔膜から生じる吸気

 

 

 

練習の重要なポイント

 

実際に鼻から空気を

吸ったり吐いたりする前に、

まずイメージの中で

横隔膜の中心に据えた管を

上げ下げします。

 

移動する距離は、

横隔膜の中心が水平位よりも

わずかに上下すれば十分です。

 

そしてここが重要なのですが、

管を上下し終わってから、

管の中から気流が生まれることを

イメージします。

 

たとえば

息を吐く場合には、

 

①    管を上に少し移動する。

②    管の移動を止める。

③    胸やノドの空間を開き、緊張が無いことを確認。

④    管の中心から、上向きの気流が生まれるのをイメージ

 

管から気流が生まれるのと同時に、

鼻から空気が抜けて行きます。

(下図の①-①’)

横隔膜からの呼気(番号入り)

 

呼気を続けている間、

意識は管の中から生まれる

気流にフォーカスし続けます。

 

もしこの時、

気管を遡って行く流れの方に

思わず意識を合わせてしまうと、

呼吸器に緊張が生じて

苦しくなります。

 

どうしても苦しくなるなぁ

と言う方は、

 

自分の意識の焦点が無意識に

管から移動してしまっていないか、

何度も確認しながら

焦らずに試してみて下さいね。

 

 

管は細いですから、

中を流れる気流の勢いは

さほど速くはないはずです。

 

管をイメージする事で

呼吸は自然に細くゆったりになり、

落ち着いて安定したものになります。

 

この呼吸を練習する内に、

細く長い息を続けて

息を吐き切った状態で

停止するという、

呼吸法のやり方に

自然と近づくことが出来ます。

 

 

吸気の場合も

先ほどと手順は同じです。

 

①    管を下に少し移動する。

②    管の移動を止める。

③    胸やノドを開き、緊張が無いことを確認。

④    管の中心から、下向きの気流が生まれるのをイメージ

 

管の中で気流が生じるのと共に、

鼻からも空気が入って来ます。

(下図の①-①’)

横隔膜からの吸気(番号入り)

 

意識のフォーカスは、

常に管の中の気流に

置いておきます。

 

 

 

練習で難しさを感じたら

 

管の中を、

ゆっくり細い流れが通ります。

 

最初の内は、

呼気も吸気もそんなに長くは

持たないと思うので、

短い間隔で切り替えても

良いと思います。

 

各器官に緊張が生じないように、

体内の状態を感じとりながら

地道に丁寧に繰り返していく内に、

 

少しずつ、吐く量も吸う量も

増えて行きます。

 

 

呼吸が生まれるのは

横隔膜の中心ですから、

そこから生じる気流は、

脊柱の前面に沿って

上下することになります。

 

もし、脊柱に沿って

呼吸が通って行かない場合には、

 

横隔膜に挿した管の

軸が斜めになっていないか、

自分の中で浮かべたイメージを

確認してみて下さい。

 

管は軸を保った状態で、

きれいに垂直方向に動かします。

 

上下に移動している間に

軸が斜めにブレたり

捻れてしまった時には、

気流もまっすぐ通れません。

 

 

横隔膜はどうでしょうか?

 

水平を保ったまま

整然と上下しているでしょうか?

 

こちらも確認してみて下さいね(^▽^)

 

 

 

循環する波

 

インターバルの「停止」については、

あえて入れる必要はありません。

 

横隔膜の中心の管を

上下させる時に、

自然と「停止」が入っています。

 

 

ちょっと説明が重複しますが、

息を吐き切ったなら、

まず管を下に動かします。

 

管の位置が決まったところで、

その中から生じる

下向きの気流を感じます。

 

これを別の角度から見ると、

息を吐き切った状態を保ったまま

身体は次の吸気の準備に入っている、

と捉えることが出来ます。

 

 

通常の無意識な呼吸では

呼気も吸気もそれぞれが

独立した小さな波を描きましたが、

 

最大限に息を吸った状態から

息を吐くことが始まり、

最大限に息を吐いた状態から

息を吸うことが始まる

意識的な深い呼吸では、

 

波は大きく循環するものへと

その性質を変えるのです。

 

 

 

深い呼吸の、さらなる可能性

 

実際にこの呼吸を行ったことで、

思わぬ変化を感じたことがありました。

 

まずは、ジョギングです。

 

先日、走っている間に

横隔膜を意識してみたら、

呼吸と横隔膜の動きが

逆になっていたことに気付き、

 

呼吸の仕方を

修正しながら走っていたら、

心臓の下の力が

ふ~っと抜けました。

 

呼吸が生み出す「ゆらぎ」で、

心臓の緊張が解けた感じでした。

 

そう言えば今まで

長めの距離を走ると、

心臓の下あたりを中心に

膠着感が起きていました。

 

横隔膜の上下動が

呼吸と逆になっていたことで

横隔膜は緊張が高まりやすく、

 

その緊張感の影響を受けて、

横隔膜の上に乗っている心臓も

負担を感じ易かったのだろうと思います。

 

 

もう一つ興味深かったのが、

施術中の感覚の変化です。

 

浅い息と深い息とを

切り替えながら試してみると、

こんな違いがありました。

 

深い息:

今取り組んでいる事を

冷静に俯瞰している感覚。

思考によるやかましい分析が静まる。

 

浅い息:

深い息の時に比べると

思考で物事を把握しようとしがち。

今取り組んでいる事にも、

頭からのめり込みがちな感覚がある。

 

 

浅い息は

身体の表側を通るので、

頭部では前頭葉に

刺激が行きやすいのかも知れません。

 

頭からのめり込む感覚は、

思考をつかさどる前頭葉が、

対象と一体化しているような時に

生じるのかも知れませんね。

 

 

深い息は身体の中心軸を通るので、

辿り着くのは頭頂です。

 

奇しくも、頭頂にあるのは

運動野と体性感覚野。

 

動きや感覚と言ったものは

包括的な情報です。

 

たとえば、自分の

外側の動きと内側の感覚を

同時に感じ取って、

 

そこに分析や分解を加えずに

全体的な情報として捉えることを

得意とする部位とも言えます。

 

のめり込むことがなく、

落ち着いた俯瞰の感覚になることと

合致しているように思えます。

 

う~ん、実に

面白いですねぇぇ~(#^.^#)

 

 

 

日頃、

無意識に行う事の多い

呼吸。

 

自分の為に時間を割いて、

呼吸を改めて

ゆっくり丁寧に

観察してみると、

 

自分の身体を

再発見するための糸口を、

きっと与えてくれると思いますよ!

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7月後半・8月の営業予定

 

最後になりました!

7月後半と8月の営業のお知らせです。

 

この期間、

臨時でお休みとなるのは

8月19日(金)のみで

それ以外の日は通常通りとなります。

 

営業時間は11時~20時、

施術の最終受付は

17時とさせて頂いています。

 

(集合住宅の一室ですので、

まわりの方への影響を考慮して

最終受付は早めとなっています。

 

17時ではどうしても難しい

ご事情がある場合には、

17時半でご予約を承ることも

ございますので、

その旨ご相談ください。)

 

定休日は毎週水・日曜日、

祝祭日も、水・日以外であれば

営業致します。

 

皆様のお越しを、

心よりお待ちしています!

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「形態」と「性質」~ドクダミの個性 /6月の営業予定

 

みなさん、お元気にされていますか~?

DSC_0002_27

5月で真夏日があったかと思えば、

6月に入ってからは一転、

朝晩が肌寒く感じる様な天候が

続いていますね~。

 

ピカピカに笑うお日様の

顔を見ることもなく、

いつのまにか本格的に

梅雨入りしてしまったそうでして、

ちょっと寂しいなぁ( ;∀;)

 

6月に入ってすでに1週間。

営業予定をお知らせするのが

またしても

遅くなってしまいましたが、

DSC_0002_25

その前に、少し

この時期の植物のお話を。

 

 

 

「光」を体現する植物

 

梅雨の季節と言えば、

何と言っても

紫陽花にカタツムリ。

 

一昨年のこの時期は、

紫陽花の「色」について

ちいさなお話を書きました。

http://inemurino-ki.com/2014/07/28/colour-hydrangea/

 

紫陽花の花の色は、実は

モザイク状に様々な色が

点々と混ざり合うことで

構成されているそうなんです。

玉あじさいー3-1

 

これってちょうど、

スーラを代表とする

新印象派が描いた様な

点描画の仕組みと

同じなんですよね。

 

Georges_Seurat_-_Un_dimanche_après-midi_à_l'Île_de_la_Grande_Jatte-PublicDomain

ジョルジュ・スーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』 (図引用:Wikimedia Commons “File:A Sunday on La Grande Jatte, Georges Seurat, 1884.jpg” / パブリックドメイン)

 

物体そのものではなく、

そこに降り注ぐ「光」を描き、

それによって

光が物体に与える躍動性を

描き出す事を可能にした

点描の手法が、

 

実はすでに自然界の中に

紫陽花という形を取って

実体化していたなんて。

 

自然が凄いというべきか、

画家たちが天才だと言うべきか。

 

ちなみに、新印象派の

点描の理論的土台となっていたのは

ゲーテの色彩論だったそうです。

(参照:Wikipedia『新印象派』

 

現象を詳細に観察する事で、

恐らくは直観的に

自然界の仕組みを

深く理解していたゲーテは、

だからこそ天才なのでしょうねぇ。

 

それにしても、

お日様の力が不安定になる

この梅雨の時期に、

 

光の仕組みを体現する

紫陽花が盛りを迎えるというのも、

 

何だか深淵なる意味が

あるような気がします。

 

 

 

「形態」から知る、植物の個性

 

でもって、

今年の梅雨は何を書こう?

 

そんなことをぼんやりと

考えながらいたら、ふっと

ドクダミが浮かびました。

 

どこにでも生えていて、

気付くと増えている、

アレであります(^▽^;)

 

紫陽花だけでなく、

ドクダミにとっても

今は盛りの時期。

 

匂いが独特だからなのか、

地味な姿だからなのか、

どうも大事に扱ってもらえない

日陰の存在ですが。

 

ドクダミ的には

半日陰の環境が好みの様なので、

実は日陰の存在で

願ったり叶ったり…

だったりして。

 

 

でも、個人的には

結構好きなんですよね、

ドクダミ。

ドクダミ―1

 

引っこ抜いても引っこ抜いても、

ちぎれた部分からでも

蘇生して行くという

ゾンビ顔負けの逞しい生命力や、

(褒めてますとも。)

 

地下茎でどこまでも伸びて

思い掛けぬところから顔を出す、

その根回し力と神出鬼没さ。

(くどいですが、褒めてますヨ。(^▽^;))

 

力まずに着々と

自分の足場を固めて行く辺りは、

生き方として大いに

見習うべきものがあります。

 

 

通常のドクダミは、

花弁に見える

4枚の白い総苞そうほうと、

中央に黄色い芯を

持ちます。

 

中には、総苞部分が

幾層にも重なった形の、

いわゆる八重咲きのものもあって、

 

こちらは

ドクダミと言うのは

もったいない程、

可憐な姿なんですよ~!

八重咲きドクダミ-2 (2)

 

総苞は苞葉とも呼ばれ、

元々はつぼみを包んでいた葉です。

 

正真正銘の「花」は、

実は中央の黄色い芯の部分。

花穂かすいと言って、

小さな花が寄り集まっています。

 

サトイモ科の

ミズバショウや

ザゼンソウなんかも

似たような構造をしています。

 

ひょっとして

サトイモ科と近いの?

 

調べてみたら、

全然違ってました~(;^ω^)

 

でも、ドクダミ科は

モクレン類のコショウ目で、

コショウとは近い間柄。

へぇ~、何だか意外!

(参照:Wikipedia『ドクダミ科』

 

ちなみに、

コショウには総苞はなく、

細長く垂れ下がる

花穂だけなんですね。

 

下の図の中では、

白いヒゲのように

ヒョロンと伸びています。

 

図中の一番左下に、

花を拡大したものが描かれています。

(図引用:Wikimedia Commons "File:Piper nigrum drawing 1832.jpg" /パブリックドメイン)

(図引用:Wikimedia Commons “File:Piper nigrum drawing 1832.jpg” /パブリックドメイン)

 

「花」にも、

実に多種多様な形態が

あるんですよねぇ。

 

小さく密集して咲くと言う事は、

ターゲットにしている虫が

小さいと言う事でも

あるのでしょうね。

 

環境と、他者との関係性に応じて

自己の在り方を選択して行くのは、

どの種類の生き物にとっても

同じことなんですよね。

 

 

ドクダミは、

つぼみを守っていた葉を

総苞と言う形で大きく広げて、

目を惹くような十字形と純白へと

変化させて行くのですから、

 

半日陰が好きと言っても

決して控えめではなくて、

しっかり自己主張する

植物でもあるわけです。

 

それに加えて

花は花穂として

小さく密集させていますから、

守りも手堅い。

 

ふぅ~む。

いかに、生命力と共に

サバイバル力にも

長けているか、ですよねぇ。

ドクダミ

 

 

施術を通して

クライアントさん達の

身体を視ていると、

 

身体の「形態」と言うのは

その人の存在の在り方

そのものなのだなぁと

つくづく思います。

 

これはきっと、

植物でも動物でも

同じことだと思います。

 

決して科学的なアプローチでは

ありませんけれど、

 

姿かたち、「形態」から

受け取った印象と言うのは、

 

その存在の性質について

かなり正確な理解を

与えてくれると思うのです。

 

それに、印象は

直観的なものですから、

思っている以上に

正確で統合的な理解へ

導いてくれるのだと思います。

 

 

 

ドクダミの原産地は

日本を含めた東アジアで、

 

日本の書物の中では

平安時代から

ドクダミに関する記載が

あるそうです。

 

この頃には

蕺あるいは之布岐と書いて

シブキと呼ばれており、

 

現在のような

ドクダミという名称は、

江戸中~後期ごろからと

考えられている様です。

(参照:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1067471095

 

この名前の由来には

幾つか説がある様ですが、

 

一番信憑性がありそうだなと

個人的に感じたのは、

「毒矯み」説。

(参照:Wikipedia『ドクダミ』

 

矯めるとは

矯正するということで、

毒の効力を弱める

という意味になります。

 

生薬や漢方薬としては、

解毒はもちろんのこと、

整腸、利尿、緩下の作用を

発揮します。

(参照:http://www.yanagidou.co.jp/syouyaku-yakusou-jyuuyaku.html

 

これらは全て、体内から

排毒を促す作用なわけです。

(漢方では、魚腥草、

生薬としては十薬と呼ばれます。)

 

 

ちなみにドクダミの

学名はと言うと、

Houttuynia cordata。

 

Houttuynia は、

18世紀のオランダの

医師兼植物学者の名前だそうですが、

(参照:http://www.hana300.com/dokuda.html

 

cordataは、心臓型の、

という意味だそうです。

 

ドクダミの葉は、

まさしく心臓の形。

 

奇しくも

ドクダミに含まれている

化学成分の作用を見ると、

血管強化や血管の弾力性を

保つ効果があったり、

 

ドクダミ自体の効能としても、

動脈硬化の防止や

高血圧の予防などが挙げられ、

(参照:http://www.yanagidou.co.jp/syouyaku-yakusou-jyuuyaku.html

 

循環器系、つまり

心臓とはかなり

関連が深いのが分かります。

 

 

形態は、性質を現す。

 

いやむしろ、

性質が形態に

現れ出てくるのんじゃ

ないのかなぁ。

 

 

 

6月の営業予定

 

ではでは!

最後になりましたが、

営業日のお知らせです。

 

もうすぐの事なのですが、

6月は9日(木)~11日(土)の間

臨時でお休みなります。

 

実はですね、

山口県を訪れて参ります!(#^.^#)

 

今回は研修などではなくて、

自分のルーツを知る為の

純粋なる旅行です。

 

山口は、私の家系を構成する

土地の一つなんです。

 

とは言え、山陰地方に

足を踏み入れること自体、

まるっきり初めて。

 

きっと関東とは

流れている時間の速さや

空気の穏やかさなどが、

違うんじゃないかなぁ。

 

検索してみると、

高杉晋作ばっかり

出て来るんですけどね(^▽^;)

 

自分の身体の中に

どんな性質を持つ

エネルギーが流れているのか、

 

その一端を

感じ取って来れたら

良いなぁと思っています。

 

 

それ以外の日程については、

いつも通りの営業となります。

 

定休日:毎週水曜日・日曜日

営業時間:11時~20時

(最終の予約受付は、17時とさせて頂いております。)

 

臨時のお休みの分、

定休日でもご希望がありましたら

開院しようと考えています。

 

ご要望がある方は、

どうぞお声を掛けてみて下さいね!

 

DSC_0002_20

 

 

姿勢は、心の状態を左右する ~馬の臨床②:ジャック編

 

穏やかな青空に恵まれた

年の始め。

 

この日、

暖かな陽差しの中を

ポニー達のいる「馬飼舎」へと

向かいました。

 

(くにたち馬飼舎:

http://hatakenbo.org/jackdandy

 

場所は、

neMu no ki と同じ国立市内。

歩くと30分くらいかかります。

 

周囲には田畑があり、

その間を細い用水路が流れ、

 

時期によっては、

ザリガニを探す子供たちの

声が響いていたり、

 

それを見守る

お母さんたちの姿がある、

懐かしい匂いのする場所です。

 

この日は三が日とあって、

あたりは静かな気配。

心なしか、時の流れも

ゆっくりしているようでした。

 

 

到着すると、

日当たりの良い馬場の

柵の上から、

黒い顔がひょっこりと

外を覗いていました。

 

ジャックです。

 

ジャックは、

細く柔らかな手触りをした

真っ黒い毛並みのポニー。

 

のんびりしている様子に釣られて、

挨拶をしようと

ジャックの方へ近づきました。

 

 

この日はこれから、

2頭に施術を行う予定でした。

 

施術するのはこんな人間ですよと、

認識しておいてもらおう。

 

彼らには

何度か会っていますが、

まともに触れ合うのは

初めてのこと。

 

とりわけジャックは、

いつももう1頭のポニー:

白毛のダンディの

後ろにいる印象があり、

 

直接触る機会は、これまで

あまりありませんでした。

20140102_024044085_iOS-1

 

ジャックにしても、

私のことは恐らく

大勢の中の一人と言った程度で、

個体識別はできていないでしょう。

 

 

手のひらを軽く開いて

手の力を抜き、

ジャックの鼻の下に

そっと近づけます。

 

ジャックも

自分から鼻先を近づけると、

手の匂いを確認します。

 

これが馬同士なら、

お互いの鼻孔を近づけて、

呼気の匂いを嗅ぎ合って

相手を認知するところです。

 

 

ジャック的には、

「…ふ~ん。」

という感じ?(^▽^;)

 

受け入れてくれた

かどうかはともかく、

認識はしたみたい。

 

今度は、ジャックの

頬の辺りに触れようと、

手を少し上へ移動します。

 

その途端、ジャックは

顔を素早くそらすと、

手の甲の皮膚を軽くつまむように

歯でキュッと噛みました。

 

 

…おぉ( ゚Д゚)

そう来るか~。

 

気易く触られるのは、

嫌なのかしらん。

 

ツレないなぁ~(;・∀・)

 

 

 

ジャックが抱える、コミュニケーションの問題

 

ポニー達への施術は、

飼育員さんからの依頼でした。

 

彼らの身体のバランスを

みてもらいたい

という主旨でしたが、

 

特に施術を必要としているのは

ダンディの方とのことでした。

 

ダンディは、昨年の年末に

落ち着かない行動を見せる様になり、

 

飼育員さん達の感覚では、

それはどうも

特定の理由によるものではなく、

全体的なバランスの状態から

来ているように感じられたので、

 

整体を受けさせたいと

思ってくださったとのことでした。

 

(ダンディの施術については、以下の記事をご覧ください。

http://inemurino-ki.com/2016/02/28/therapy-for-a-riding-horse/

 

施術のメインはダンディだと

ちゃんと聞いていたはずなのに、

 

お話を受けてから

この日までずっと、

私の頭の中に浮かんでいたのは

ジャックでした。

 

それは、彼らと会った際に

こんな光景を何度か

目にしている気がして、

ジャックが気になっていた為でした。

 

 

ジャックが人間の近くにいると、

ダンディはススっと寄って来て

間に割って入ります。

 

除け者にされた感じが

するのでしょうか、

ジャックは頭を上下に振って

納得が行かない様子を示します。

 

この様子がユーモラスで、

可愛かったりもするのですが(*^.^*)

 

またある時には、

 

のんびりしているダンディに

ジャックはちょっかいを出し、

ダンディに威嚇されます。

 

ダンディは嫌がって

怒っているのですが、

ジャックはちょっかいを

繰り返します。

 

 

施術前にお話をした際、

彼らの様子については

飼育員さん達もかなり

気掛かりに思っていた事が

分かりました。

 

2頭は元々

仲が良いはずなのですが、

ジャックとダンディ、食事中.

 

ここのところどういう訳か

こうした小競り合いが

パターン化したように

なっており、

 

小屋や馬場という

安心できるはずの

日常空間の中に居ても

どちらもなかなか

寛いだ状態に

なれずにいることや、

 

ダンディがイライラしていると、

ジャックもそれに合わせる形で

緊張感が高まっていくこと、

 

ジャックはダンディの

八つ当たりのはけ口に

なっている様に思えること、

 

…などと言った

状況があることも、

分かりました。

 

 

ジャックにはもう一つ、

気になるところが

ありました。

 

それは、人間に対して

心理的にどことなく

距離があるように

思えることでした。

 

これはあくまで

私見ではありますが、

 

もし、この距離感が

ジャックの元々の性質に

適っている場合には、

「クールな馬なのね」

と思うだけだと思うのです。

 

観ているこちら側が

そこに違和感を感じて

気になると言う事は、

 

本来の状態から何かが

ズレている為ではないか

と思うのです。

 

 

ジャックの関心が

ダンディに集中していると

考えられることや、

 

ペットではなく

仕事仲間として、

 

ポニー達とは適切な距離を保ち、

風通しの良い関係性であることを

大切にしているという、

 

飼育員さん達の思慮ある姿勢を

加味して考えても、

 

10年以上もの長い間

人間と密接に関わりを

持ち続けているのに、

人間との間に何となく

隔たりがある様に見えるのは、

 

もしかしたら

ジャックが本来の性質を

何らかの理由があって

発揮しにくい状態に

いるためなのではないか、

と言う気がしていました。

 

 

 

問題を、「身体」の次元に落とし込む

 

問題行動の原因を探るという

目的のあったダンディと異なり、

 

ジャックの施術は

目的がはっきりして

いませんでしたが、

 

飼育員さん達にとっても

私にとっても気掛かりだった、

コミュニケーションや

他者との距離感といった事柄が、

その目的に関連しているのだろう

と思われました。

 

 

問題が現れたのが

行動面であれ心理面であれ、

 

それに対応する現象は

何らかの形で

物理的な身体にも生じています。

 

実例を挙げて話そうと思うと、

それだけで一つの記事になる程

長い話になってしまうので、

ここでは割愛しますが、

 

今までの施術経験を通して、

心・身体・精神は

異なる次元の機能でありながら

常に互いに同期し合っており、

 

それぞれの現れ方は違っても、

実は同じ意味内容のことが

各次元で生じていると言う事を、

身体から教わって来ました。

 

 

ジャックの場合もおそらく、

コミュニケーションや距離感という

心理面で生じている問題は、

ジャックの「身体構造」に

何らかの形跡を残しているはずです。

 

施術を通して、

それがどんな現象として

立ち現われているのかを

発見し、理解できることは

施術の醍醐味であり、

 

施術者にとってはもちろん、

施術を受けて下さる方や

施術に立ち会う方にとっても、

興味の尽きない豊かな体験を

与えてくれます。

 

 

 

信頼を得るには、信頼すること。

 

ジャックの施術を行う上で

まず問題なのは、

 

ジャックとの間に

どうやって信頼関係を築くか?

ということでした。

 

 

彼は、人との間に

心理的な距離感を

持っているように

見えるだけでなく、

 

人に触られることも

嫌がっていました。

 

これでは、

施術をすればかえって

心身の緊張感が増すだけで、

良い形で手助けをするのが

難しそうです。

 

そこで最初に行ったのは、

人間に触られる事が

心地良いと知ってもらう事でした。

 

 

 

ここで用いたのは、

ダンディの施術でもご紹介した

「キコウ」です。

 

キコウは

梁構造を持つ馬の脊柱の中で

最も高い位置にあり、

頸椎と胸椎の境目に当たります。

馬のキコウの位置

 

キコウへのマッサージは、

馬達にとっては

手の届かぬ痒い所を

掻いてもらっている感覚に

かなり近いようで、

 

馬の中には

ヨダレを垂らさんばかりの

悦楽の表情になる馬も

いる程です(^▽^;)

 

やり方は単純明快。

痒い所を掻くように

指の腹でキコウを

さするだけ。

 

さする際には、

骨格のアウトラインを

掘り起こしていくような

イメージで行うと、

より効果的です。

 

 

ジャックは最初こそ

面食らっていた様でしたが、

 

次第に気持ち良くて

我慢できない様子になり、

 

首をぐ~っと伸ばして

キコウをこちらに

差し出すようにすると、

 

鼻先をぎゅうっと尖らせ、

口をはむはむと

活発に動かし始めました。

グルーミング時に、鼻先を尖らせる馬

 

鼻先に力を入れて尖らせるのは、

自分も相手の痒い所を

掻いてあげるためです。

 

その鼻先と歯を上手に使って、

馬達はグルーミングを行います。

 

思っていたよりもずっと早く、

「僕もグルーミングやってあげるよ!」

とジャックは意思表示をしてくれました。

 

 

次に、胸の方へと

手を移動しました。

 

胸に手が触れた途端、

ジャックはくるりと

後ろを振り返ります。

 

わざわざ

目で見て確かめる

その仕草には、

 

何をされているのか

すごく気になっている、

 

もしくは、

そこを触られるのは嫌だ、

という意思が表れていました。

 

 

その気持ちを尊重して、

反射的にスッと

手を引きました。

 

手が離れたのを確認すると、

ジャックは前に向き直ります。

 

視線が逸れたので、

ふたたびそっと

手をジャックの胸に

当てがいました。

 

また嫌がったら、

同じ様に繰り返すつもりでしたが、

 

今度はジャックは

わずかに耳を動かしただけで、

後ろは振り向きませんでした。

 

ジャックの身体からは

警戒と緊張感も

消えたように感じられ、

 

人間に触られることを

受け入れたのだと、

分かりました。

 

 

「いつも、お腹なんて

嫌がって触らせないんですよ~!」

 

と、飼育員の緑川さんは

驚いた声を挙げました。

 

同じく飼育員の平島さんは、

この時のやり取りから

深い意味を感じ取ってくださったそうで、

 

馬の顔色なんか見なくても良い

と教えてくれた人がいて、

そうなのだろうと思っていました。

 

でもジャックは、

顔色を見て欲しい馬

だったんですね。

 

自分の出したサインを

ちゃんとキャッチしてくれたと

あの瞬間に感じたことで、

ジャックは飯島さん(:私です)を

信頼したのだと思いました。

 

そして、人間とも

コミュニケーションが出来るのだと、

理解した様に見えました。

 

後日、こんな風に

話してくれました。

 

 

ジャックとのやり取りは、

わずかな時間の間に起きた

ささやかなものでした。

 

それを細かく観察し、

そこから深い気付きへと

理解が繋がって行ったのは、

 

平島さん達が日頃から

ポニー達の一挙手一投足に

意味があることを感じ取り、

 

 

それを理解しようと

努力する姿勢を、

持ち続けているからこそ

だったのだろうと思います。

ジャックと平島さん

遺跡の調査員だった平島さんの観察眼は、どんな細かい差異も見逃さない、鋭さと確かさを持ちます。

 

 

ジャックが早い段階で

信頼を示してくれた理由は、

 

今になって考えると、

平島さんが言及して下さった

ジャック自身に生じた理解の他に、

3つの要素があったと思います。

 

一つは、

最初に触れたキコウが

実はジャックにとっては

鍵になる重要な部位だった点。

 

これについては、

施術の過程を記述する中で

触れます。

 

二つ目は、私自身の

馬に対する信頼、

 

三つ目は、場の設定です。

 

 

 

信頼は、心地よい「間」を生む

 

私は20代の頃、

日本固有種の馬達と

仕事も寝食も

共にしていました。

 

6年半の間、馬達と

どんな風に向き合っていたか、

それはまたの機会に

お話出来たらと思いますが、

 

その年月の中で、

私は馬達、とりわけ

和種馬やポニーなどの

目線の近い馬達に

強い親近感を持ち、

深く信頼を感じる様に

なって行きました。

 

ジャックと向き合った時、

私の中にはこうした馬達への

無条件の信頼がありました。

 

そして、それは

彼らなら必ず「理解」しようと

耳を傾けてくれる、

という信頼でした。

 

 

 

もし、人間が

馬を信頼していないと、

 

人間は自分の意図に

従わせようと焦り、

力んで力づくになります。

 

逆に、馬には

人間が言わんとすることを

理解しようとする意識と

能力があると信頼していれば、

 

馬の反応の仕方が

自分の思ったような

現れ方ではなかったとしても、

 

その馬が彼なりの応答を

能動的にしてくれるまで、

見守り、待つことが出来ます。

 

待った上で、やっぱりまだ

理解できていないと分かったなら、

 

その時は伝え方を

もっとシンプルにして、

馬の理解しやすい形に

変えて行けば良いのです。

 

 

待つことは、

やり取りにちょっとした

「間」を生み出します。

 

その「間」から、

馬は考える余裕と

判断する自由があるのを

感じ取ります。

 

人間が馬を

信頼しているかどうかも、

こうしたわずかな「間」によって

馬には伝わるものだと思います。

 

 

 

変容の場としての施術

 

三つ目の要素として挙げた

「場の設定」は、

施術を行う上で

とても重要な要素です。

 

施術は、

施術を受ける人や動物にとって

「変容」の場です。

 

変容の過程は、言わば

従来の自己がまとっていた

様々な意味での「形」を

脱ぐことですから、

無防備な状態でもあります。

 

その状態にあって

変容が滞りなく進むためには、

蝶にとっての蛹や繭のように、

守られた安全な場、

空間が必要です。

 

特にジャックのように

繊細な性質の場合には、

周囲の環境に影響を受けやすい為、

意識的に場を選ぶ必要がありました。

 

 

ジャックを繋留するのは、

飼育員さんの提案に従って、

馬場の入口にしました。

 

馬飼舎では、馬場は

馬小屋と一体になっていて、

 

馬場の奥に馬小屋があり、

馬小屋の入口は

馬場の方を向いています。

 

つまり、ポニーを

馬場の出入口につなぎ、

顔が馬場の中へ

向くようにさせると、

 

そのポニーの目には、

馬場の向こう側に

大きく戸を開いた我が家と、

 

その中でのんびりくつろぎ、

時折うつらうつら居眠りする

もう一頭のポニーの姿が

映ります。

 

目の前には、安全な小屋と

のどかな情景。

 

ポニー達の心は

安心と余裕を

感じられるはずです。

 

 

それに、

この日は三が日で、

 

馬飼舎の周辺は

落ち着いた空気に

包まれていました。

 

この場にいる人間は、

ジャックが良く知っている

飼育員さん達と、

施術者の3人だけ。

 

馬場から見える道路も

ほとんど人の気配がなく、

風も穏やか。

 

何かが視野をかすめたり

怪しい物音がしたりして、

ジャックが驚くことも

ありませんでした。

 

ジャックが安心して

リラックスできる環境、

安全を感じられる

空間であったことで、

 

ジャックの意識はおのずと

自分がされている事に集中し、

 

施術に対して受け身ではなく、

能動的に参加する姿勢に

なっていたのだと思います。

 

 

 

ジャックの本質

 

キコウのマッサージに対する

ジャックの反応は、

 

ジャックが身体的な感覚を

素直に表現する性質であり、

 

内側で感じたことを

隠しておけない、

 

よく言えば

オープンで明るく、

 

場合によっては

直情的になりやすい傾向性を

表していました。

 

 

ジャックの性質が

はっきり見えて来ると、

今までの状況も

整理し易くなります。

 

たとえば、

ダンディがイライラしている時に

一緒にイライラしていた状態は、

 

ダンディに負けまいと

我を張るような

積極的な反応とも思えますが、

 

繊細な性質のせいで

ダンディのイライラに

無自覚に心理的な侵食を受け、

 

本来は自分のものではない

そのイライラと

一体化してしまい、

 

それが無意識的に

ジャックの行動となって現れた、

と受け止めることも出来ます。

 

言うなれば、ジャックは

外部からの影響に

大きく揺さぶられ、

 

実は自分の意思とは

関わりの無い所で

行動させられていたのかも

知れません。

 

 

もしここで、ジャックの肉体や

エネルギーフィールドが

十分に安定した状態であれば、

外界にはそれほど強く

影響されずに済むはずです。

 

(安定したエネルギーフィールドは卵形で、

安定した身体の細胞は

球形であると言われています。

 

卵も球も、外からの刺激に対して

物理的かつ構造的に

強い抵抗力を発揮する形であり、

 

エネルギーや身体の安定性は、

外部からの影響の受け止め方、

すなわち外部との関わり方に

直結している事が分かります。)

 

ジャックは、どこかに

外界からの干渉を許す、

弱く感応しやすい部分を

持っている可能性が強そうです。

 

だとしたら、

それは身体のどの辺りに

潜んでいる可能性が

高いのでしょうか?

 

範囲を絞り込むために、

ジャックの日頃の体調について

平島さんにお聞きしました。

 

 

ジャックは

細くて柔らかい毛並みのせいか、

寒さが苦手です。

 

(細くて柔らかい毛の馬は

皮膚も薄めで発汗しやすく、

暑い気候に適応します。)

 

身体を温める為なのか、

寒い時期にはよく跳ねます。

 

寒い日の朝は、

朝から怒っていたりもします。

 

 

…やっぱり、

気持ちが身体に出ちゃう

タイプなんですね(^▽^;)

 

 

水はいつも沢山飲んで、

おしっこはほぼ無色のものを

沢山します。

 

ボロ(糞)は、表面がまるで

コーティングされている様に

コロコロで、形がしっかりしています。

 

 

おぉ!

なんたる快便!ヽ(^。^)ノ

 

消化器系、泌尿器系は、

共に良好に機能しているようです。

 

それならば、

これらの臓器が

納まっている腹腔も、

安定した状態にある

と考えられそうです。

 

(腹腔や胸郭などの

臓器を納めている「器」の状態は、

臓器の状態と直結しています。

 

例えば胸郭の厚みが

薄くなっているような場合は、

肺も上手く膨らみませんし、

心臓は狭苦しさを感じたりします。

 

そして、

心臓が感じている狭苦しさを、

私たちは不安や焦燥感のような

心理的な感覚として、

共有していたりもします。)

 

腹腔に問題を抱えていた

ダンディと違って、

 

ジャックは仕事の中で

子供たちを乗せる事がなく、

 

日常的に、

背中や腰にかかる荷重を

耐える必要がないため、

腹腔の安定性と健全さが

保たれやすいのかも知れません。

 

少なくとも、

弱さを抱えているのが

腹腔である可能性は、

低そうです。

 

 

 

姿勢と心のつながり

 

いよいよ、

ジャックの身体に

どんな現象が生じているかが、

明らかになって行きます。

 

 

始めに、

身体に生じている

歪みや緊張を

細かく調べて行きます。

 

お尻→背中→頭部を結ぶ

体幹の背側面を調べ、

 

次はお腹→胸へと

体幹の底面を視ました。

 

背側面では、

皮膚や筋肉、筋膜などの

ジャックの体壁を形成する組織は、

後ろから前への方向性を持って

ゆるみを生じていました。

ジャック-背側のゆるみ

 

底面(腹面)では、組織は

前から後ろへ動きます。

ジャック-腹側のゆるみ

 

体組織の各部に現れる

方向性を持った緩みは、

 

身体に生じている歪みや

姿勢の偏りの現状を、

忠実に反映しています。

 

すなわち、背側では

組織は頭の方へ向かっており、

 

これはジャックの姿勢が

前のめりになりがちなことを、

 

腹側で見られた

鼻先からお腹へ向かう

後ろ向きの方向性は、

 

鼻面をお腹に

近づけるようなイメージで

身体を丸める体勢を取っている事を、

 

それぞれ示唆しています。

 

つまりこれらは、

胸をすぼめながら

背中を丸める姿勢を示しており、

ジャック-上下両側のゆるみの方向性

 

ジャックが意図していなくても、

外から身を守ろうとするような

防衛的な構えに、身体が

自ずとなってしまっていることを

示しています。

 

 

今度は、体幹の

捻れの状態を調べます。

 

体幹の上半分(背中の方)は

全体的に左へ回転します。

ジャック-背側の捻れ

 

体幹の下半分(お腹の方)は、

胸郭部分では左への回転。

腹部は、右へ回転しています。

ジャック-腹側の捻れ

 

これらを整理すると、

 

体幹の前半分では、

胸郭の左側面に向かって

上下両方から

力が集まっている状態を

示しており、

 

体重を左の前脚だけに

負荷させている様子です。

ジャック-体幹全体の捻れ

 

他方、体幹の後ろ半分は

反時計回りにぐるりと

一回転しており、

 

後肢には体重を乗せず、

力を受け流して

いるかのような印象です。

 

 

骨盤は、

全体的に組織が

後ろの方へ向かっており、

 

頭の方へ向かっていた脊柱とは、

背骨と骨盤の境目:腰仙関節で

前後に引っ張り合っている状態です。

ジャック-背部と骨盤のゆるみの方向性

 

これは、背を丸めて

胸をすぼめる姿勢とも、

つじつまが合います

 

この姿勢を取るには、

馬の場合には骨盤を幾分か

下へ落とす必要がある為です。

 

 

最後は、

4本の肢(あし)の状態です。

 

前肢体(肩甲骨と前肢)では、

組織は下から上へ向かいます。

 

後肢も同じように、

下から上へ向かっています。

ジャック-四肢のゆるみの方向性

 

四肢のすべてが

上へ向かう力を

帯びていると言うことは、

 

ジャックの肢は

大地との接触が

希薄になっており、

 

グラウンディングしたくても

できない状態だったと

想像する事が出来ます。

 

こうした

足元の不安定さは、

不安や緊張を感じやすい

ジャックの心理状態と

合致しているように思えます。

 

 

このようにして、

身体構造の主要な部分における

組織の歪みを調べ、

 

今度はそれらを全て

比較して行くと、

 

全身の歪みの原因が

どこにあるのかを、

絞り込むことが出来ます。

 

 

ジャックの場合は、

全身の歪みの原因は

左の肘関節に特定されました。

 

より詳しく言うと、

肘関節の内側のくぼみで、

人間で言うなら

腋窩に似た構造の所です。

 

人間の腋窩は

肩関節の内側ですが、

 

四足動物の場合は

肩関節は胸郭にぺったりと

張り付いた構造になっており、

 

腋窩のような窪みがあるのは、

肘関節の内側です。

 

これを腋窩と呼べるか

分からないので、

ここでは便宜的に

肘の内側窩と呼びます。

馬の肘関節の内側窩

 

ジャックの

左肘の内側窩では、

組織があまって

たるんでいました。

 

それに伴って

左胸の幅も広がり、

左右の胸幅が

不揃いになっていました。

 

緑川さんにも、

他の部分の組織と

手触りが違うことを、

触って確認してもらいました。

ジャックと緑川さん

動物看護士でもある緑川さんは、感覚と感性の人。 体組織の感触を触り分けるのには、訓練やセンスが必要だったりします。

 

 

 

ジャックの自己防衛

 

施術の相手は

小さいポニーなため、

作業中はどうしても、

中腰になります。

 

身体の軸を安定させるために、

左手はごく軽く

キコウに乗せていました。

 

その状態のまま、

左肘の内側窩への

アプローチを開始します。

 

 

左肘の内側窩の中央には、

最も組織がゆるんでいる

一点がありました。

 

そこを指先で触った瞬間、

左手を乗せていたキコウが、

フゥッと下にさがりました。

 

そんなこと、あるの!?

と思われる方も

いるかも知れませんが、

あるんですよ~(*^^)

 

これは何が起きたかと

言いますと、

 

原因部に触れたことで、

キコウの緊張が瞬間的に解け、

構造的な変化が生じたわけです。

 

この際に触れた

最もゆるんでいた一点は、

身体からしてみれば

「待ってました!

そうなの、そこなのよ~」

と言うポイントだったのでしょう。

 

ジャックの身体は、

反応する機会をずっと

待っていたのだと思います。

 

キコウが下に降りたのに伴って、

胸郭内にもふわ~っと

寛ぎが広がって行きます。

 

これはもう本当に、

ふわ~っと言う感じが

手を通して伝わって来ました。

 

 

キコウの変化の仕方から、

今までジャックのキコウは

持ち上がり気味だったことも

分かりました。

 

キコウが緊張して

うわずっている状態は、

人間に置き換えれば

いかり肩に近いでしょうか。

 

肩を怒らせると

周囲に対して自分を

大きく見せる事ができ、

 

あるいは、自分自身が

大きくなったような感覚を

持つことが出来ます。

 

キコウの緊張は、

ジャックの防衛姿勢を支える

力の一つだったのでしょう。

 

一体ジャックは何に対して

自己防衛をする必要が

あったのでしょうか?

 

自分を除け者にすることのある

ダンディに対してでしょうか?

 

 

 

守りたかった、自尊心

 

2頭は以前、日野市の

河川敷近くの公園で

暮らしていました。

 

お隣のくにたちに

引っ越して来たのは

一昨年前のこと。

 

沢山の人達の尽力によって、

機能的で素敵な馬小屋が

農地の一角に用意されました。

 

小屋は馬場と一続きなので、

ポニー達は好きな時に

馬場に出たり小屋に戻ったり

自由に過ごせます。

 

それに、小屋の中には

ロフトがあって、

子供たちが泊まることも

出来るのです。

 

 

でも、

実際に生活して行く内に、

飼育員さん達には少し

気になる事も見えて来ました。

 

河川敷にいた時より、

全体のスペースは小振りです。

 

以前に比べると、

2頭が近くに

居すぎるのではないか、

 

そんな風に

感じる事がありました。

 

 

社会性が高いとはいっても、

馬同士の関係性は通常、

個人主義の傾向を

色濃く持っているように思えます。

 

一緒にいるけれど、

互いの領分は

ちゃんと守っている、

と言う節度ある関係です。

 

領分を守る為には、

心理学で言うところの

パーソナルスペースを、

お互いに守れるだけの

空間的な余裕も必要でしょう。

 

そう考えると、

ジャックとダンディにとっては

その余裕は不足気味なのかも

知れません。

 

互いの距離が近すぎると、

そのしわ寄せは

立場の弱い方へやって来ます。

 

ジャックが自己防衛を

せざるを得なかったのは、

ダンディとの間でストレス を

感じていたからかも知れません。

 

 

キコウの緊張が解けたことで、

ジャックのリラックスは

さらに深まりました。

 

身体の緊張がゆるみ、

体内の空間が広がると、

 

それは身体全体に

深い安堵感をもたらします。

 

今や、ジャックの目は

ウットリと眠たそうで、

なかば閉じかけています。

 

「こんなジャック、

今まで見た事がない!」

 

ふたたび、緑川さんから

驚きの声が挙がりました。

 

 

原因部の左肘内側窩へ触れると、

進むべき道順を示すように

次なるサインが現れました。

 

次のサインに触れると、

また次が現れます。

それを丁寧に

追いかけて行きます。

 

次々現れるサインの正体は

一体何なのかと言うと、

 

身体構造の中に

幾層にも重なり

隠されている緊張や歪みが、

 

どのように形成されて来たかを

示す情報であり、

 

臓器と体壁とを

一つに結び合わせている

筋膜によって

 

身体構造の奥から体表へと

伝達される情報なのだろうと、

私自身は理解しています。

 

 

次々と移動するサインを

追い掛けて行くと、

 

辿った道筋はやがて、

今まで見えていなかった

不思議な地図を、

身体の表面に描き出します。

 

ジャックの左肘内側窩から

肘関節の後ろ側へまわり込み、

 

今度は少し上へ上がって、

肩関節へ出ます。

 

肩関節の接合面に沿って

関節の後ろから前へ移動すると、

 

ふたたび上へ上がり始めます。

肩甲骨の前縁に沿って、

進んで行きます。

 

肩甲骨前縁の上端に来ると、

前方へ曲がって頚部へ。

 

頚部後方の

広い三角形になっている

部位に辿り着くと、

そこには不自然な

深い凹みがありました。

 

サインの移動は、

ここで止まりました。

 

 

しばらく待っていると、

体内で波のように

変化が広がり始めます。

 

この凹みのすぐ上には

タテガミがあり、

 

本来は上に弧を

描くはずのタテガミも、

そこでは凹んでいましたが、

 

体内で波のように

変化が広がって行くのと共に、

凹んでいたタテガミのラインも

上向きの弧へと戻り始めました。

ジャック-過程①

 

上向きの弧を描くタテガミは、

自信と尊厳をイメージさせます。

 

その回復を待っていたかのように、

サインが再び動き始めました。

 

次は、

キコウへ向かって行きます。

ジャック-過程②

 

キコウへ到着すると、

ふたたび

動きは止まりました。

 

しばらくして

今度は胸郭が上へと

持ち上がりはじめると、

 

それに伴って

胸郭内の大きな空間が

軽やかさを取り戻して行きます。

 

それは、

今まで中身が詰まり、

張りつめていた胸郭から、

密度や圧力が抜けて

軽くなって行く感触でした。

 

 

身体は

変化を十分に起こす為に

止まって時間をかける事を、

時折、必要とする様でした。

 

胸郭に変化が生じると、

今度はキコウから真っ直ぐ

下へと下り、

 

肩甲骨の中心を通って

肩関節の真ん中へ出ました。

 

そこから

関節に沿うような形で

後ろへ進むと、

 

肘関節の後端まで来て停止。

これで3度目の停止です。

ジャック-過程③

 

ここではまず、

肩甲骨に変化が現れました。

 

 

本来なら、

馬の肩甲骨と上腕骨は

胸郭に寄り添うような

構造になっています。

 

ジャックの場合は、

左肩甲骨の下部から

肩関節にかけて

胸郭から浮き上がり、

隙間が生じていました。

 

その隙間が、今は

閉じて行きつつあります。

 

まるで肩甲骨と上腕骨が

自分から胸郭に

吸い付いて行くかのような

迷いのない能動的な動きです。

 

 

肩甲骨と上腕骨が

浮いていた代わりに、

肘の後端では

胸郭に向かって

閉じた状態でしたが、

 

肩甲骨と上腕骨が

閉じて来たのに伴って、

肘の方では逆に

外へ開いて行く変化が起き、

 

肘をしっかりと

外へ張ることができる様に

形が回復して行きます。

 

 

この変化を受けて、

今度は上腕骨が

上下に伸び始めました。

 

今まで上腕骨には

上下から圧縮が加わっている様な

状態だったようで、

 

その外側からの圧縮力が

解けるにつれて、

上腕骨にはググッと

内側から力が入って行き、

 

体幹をしっかりと

支え上げる力強さを

取り戻して行きます。

 

横で観ていた平島さんも、

肩から腕にかけて

変化が生じたことに気付き、

目顔でうなずきました。

 

 

圧縮の生じていた上腕骨は、

歪みの検査の際に

ジャックが最も敏感に

嫌がったところでしたが、

 

普段からそこを触られるのを

一番嫌がっていたのは、

そういう事だったんですねと、

 

緑川さんも合点が行った様子で

教えてくれました。

 

 

 

上腕骨が圧縮されていると、

身体の重さを前肢で

効率的に支える事が出来ません。

 

そのため、

ジャックは肘を胸郭に引きつけ、

肘でロックするようにして

体幹を支え上げていたのでしょう。

 

肘が内側に寄った為に、

肩の関節は胸郭から離れ、

浮き上がった状態に

なっていたようです。

 

胸郭そのものが

下に沈みこんでいたことや、

タテガミ:首の根元が

下向きの弧を描いていたことも、

 

上腕骨の支え上げる力が

弱っていたことによって、

一緒に引き起こされていた

現象だったと分かりました。

 

首の根元と胸郭が共に

沈み込んでいた状態は、

 

ジャックにしてみれば、

首根っこをグッと下に

押さえ付けられている様な感覚として、

経験されていたのではないかと思います。

 

これは

何かに屈している姿勢であり、

 

この姿勢を持っている事で、

自尊心が傷つきやすくなることが

想像できます。

 

 

周囲が沈み込んでいる中で、

梁構造を持つ背骨の

頂点に位置していて

最も支持力の強いキコウだけが、

緊張を帯びて持ち上がっていた理由は、

 

一つには、

沈み込んだ体幹前方部を

何とか持ち上げようとして、

ジャックの身体自身が

工夫を行った為と考えられます。

 

そしてもう一つ、

キコウを高い位置に

保つことで、

 

首根っこを押さえられて

自尊心が傷つきがちだった

ジャックの気持ちも、

支えられていたのでは

ないでしょうか。

 

 

ジャックの身体は、

窮屈さの中に在りました。

 

そして、この

体内に生じている窮屈さが、

 

ダンディとの関係性を、

より窮屈なものに

感じさせていたのかも知れません。

 

 

肘の後端で停止していた動きは、

肘内側窩の中央:

始まりの地点に戻って来ました。

 

左肘の内側窩で

たるみんでいた組織は、

張りを取り戻し、

 

左だけ広かった胸の幅も、

左右が揃いました。

 

施術は終了しました。

 

ジャックと視線を合わせると、

ジャックは目を

キラキラと輝かせていました。

 

 

 

取り戻した自信

 

上の画像は施術前、

下は施術後の様子です。

ジャック 施術前

ジャック 施術後

 

施術前も、

良い姿勢を撮ろうと思って、

待っていたんですケドネ(;^ω^)

 

でも、しばらく待っても

ジャックは休めのまま。

仕方がないので、その状態をパチリ。

 

それが施術後には自然と、

ちゃんとした立ち姿を

見せてくれています。

 

 

全体の印象の違いとして、

施術後には力強さが出ているのを

見て取れるかと思います。

 

力強さは、どこから

来ているかと言うと、

 

まず、

左右の前肢のひづめが

施術後にはきっちり揃っていて、

胸郭を両肢でしっかりと

支えています。

 

そのため、

胸の前のラインもスッキリと

きれいに上に向かって

立ち上がっています。

 

 

背中のラインは、

間延びしているように

長く見えていたのが、

 

立体的でコンパクトになり、

輪郭がはっきりして

滑らかな弧に変化しています。

 

これは力強い曲線なので、

背中に掛かる重さを

しっかり支えられるでしょう。

 

また、

施術前には浮き上がり

緊張がある事を示している尾は、

施術後には根元から

すとんと閉じ、

 

後肢もどっしりと

グラウンディングしています。

 

 

前後肢がしっかりと

体重を支えられる様になり、

背中の曲線にも

力強さが戻ったことで、

 

胸、首、頭の位置もおのずと、

高く持ち上がっています。

 

そして今は自発的に、

人間の方へ視線を向けています。

 

顔を挙げた

ジャックの姿勢からは、

自信のようなものが

感じられると思いませんか?

 

 

施術が終わり、

ジャックは平島さんに誘導されて

小屋の中へと帰って行きました。

 

その時の姿はまるで

平島さんにピッタリと

付き従っている様で、

 

人間と一緒に居て

落ち着いた気持ちでいるのが

歩き方からも分かります。

 

小屋の中では

ダンディが待っていましたが、

ちょっかいを出すどころか、

ダンディを気にして

視線を送ることもありませんでした。

 

ジャックは自分の小屋の

窓際に立つと、

実に穏やかに

うっとりと目をつぶり、

 

窓から差し込む陽を

頬に受けながら、

内側の感覚をゆったりと

味わっているように見えました。

 

 

 

グリーンフィンガーの庭 ~4月と5月の営業予定

 

 

4月も早々と3分の1が過ぎて、

桜の時期もすっかり終わりを迎えましたね~。

 

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桜散る、くにたち大学通り

 

今月は記事の投稿が遅くなりましたが、

みなさま、お元気ですか~?(^o^)

 

前回、前々回と

馬に関する記事を書いて来まして、

今回も残すところあと1頭、

ポニーの施術についての記事を

ご紹介する予定でいました。

 

無理をせずに、

文章が浮かんだら書く、

書きたいという意欲が湧いた時に書く。

 

訳あって、そんなことを

意図的にしていたんですが、

そうしたら、1ヵ月では

書き終わりませんでした(^▽^;)

 

なので、今回はちょっと横道。

これまた1年ぶりになるのですが、

植物についての記事と

今月と来月の営業予定について

ひとまずアップ致します!

 

 

4月と5月の予定

 

早くも、4月の末からは

ゴールデンウイークが

始まるんですね!

 

neMu no ki は、

世間の祝祭日に関わりなく

定休日の水・日以外は

営業する予定です。

 

とは言え、

きれいに青空が広がる予報で

しかも予約が入っていない!

なんて日があったりすると、

 

お店を飛び出して

自然の中に充電しに行く可能性も

十分に考えられます(#^.^#)

 

ご予約の際には

店主の身柄をつかまえられる内に(^▽^;)

なるべくお早めに

ご連絡くださいませ~!

 

 

4月は、11日以降は

臨時休業の予定はありません。

5月は、21日(土)が

臨時休業になります。

 

 

 

グリーンフィンガーの庭

 

【丹葉桜/ニワザクラ】中国より江戸時代に渡来したと考えられているバラ科の植物。(参照:http://www5e.biglobe.ne.jp/~lycoris/niwano-hana-april.html)

【丹葉桜/ニワザクラ】中国より江戸時代に渡来したと考えられているバラ科の植物。(参照:http://www5e.biglobe.ne.jp/~lycoris/niwano-hana-april.html)

 

店主の母親は

植物とお話が出来る人でして、

 

(本人が、大真面目に

そう言うておりまして。

 

わたくしめも、

そりゃそうだろうねと

これまた大真面目に

思っておる次第です(*^^) )

 

消え入らんばかりに

元気をなくしている植物でも、

 

その個体に合う適所を

探し出して植え付けると、

 

3年も5年も気長に待ちながら

見事に花をつけるまでに

回復・成長をさせてしまいます。

 

植物と仲の良い

そうした人のことを、

グリーンフィンガーと呼ぶのだと

教えてくれたクライアントさんが

いましたっけ。

 

今や、母親が管理する

店主の自宅の庭には、

200種類以上の植物が

それぞれに環境に適応しつつ

のどかに生息しています。

 

【デショウジョウ/出猩々】

【デショウジョウ/出猩々】 新芽~若葉が美しい赤色のもみじ。名称は、能の演目「猩々」に由来。めでたい演目で、赤髪に赤衣の猩々が酒を飲み、舞いを舞う。猩々は中国を起源とする精霊のような獣のようなものらしく、七福神に加えられていた時代もあったという。 (参照:①http://komorebit.exblog.jp/9635293/ ②http://www.kyosei-tairyu.jp/shichifukujinn/donnna/14.html)

 

 

neMu no ki に毎日活けている

小さな花々は、

そうして育ってきた

植物たちです。

 

わが母親から

丁寧に見守られ、

 

おのおのの物語が

母の中でいきいきと

生き続けているからなのでしょう、

 

彼らは一つ一つ、

はっきりとした存在感を

持っているように感じます。

 

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【白梅の実】 年始に花をつけていた白梅が、春と共に実をつけ始めました。 この樹は、店主よりもこの家に居る年数がほんのわずかに長く、今年で齢42。おばあちゃんが駅前で1800円で買って来たのよ~、と母。よく覚えてるなぁ(^▽^;)

 

 

neMu no ki の空気を作り出す花たち

 

花を摘む時には、

彼らの生命力の結晶を

頂いている気持ちになるので、

出来る限りの注意と敬意を払います。

 

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【白雪芥子/シラユキゲシ】薄暗い木の陰にひっそりと佇んでいるのに、思わず目を惹かれる可憐な姿。でも、日影が大好き。ケシ科の植物で、別名スノーポピー。水分の多い細い茎を折ると、明るいオレンジ色の液が出て来る。中国では血水草と呼ばれ、全草を乾燥させたものは生薬として黄水草と呼ばれる。(参照:https://minhana.net/wiki/シラユキゲシ(スノーポピー) )

 

まずは植物全体の

バランスを観てみて、

 

摘むことでかえって、

 

全体の形のバランスや

その形の中を流れる

エネルギーの循環が、

より良くなりそうな所に

咲いている花であることや、

 

また、その花の枝ぶりや

咲いている姿そのものに

風情があることなどを基準にして、

花や枝を選びます。

 

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【白花万作/シロバナマンサク】 洋名をフォッサギラ・マヨールと言い、アメリカ南東部(アラバマ州の辺り)に生息する落葉小低木。花弁に見える白いブラシ状の部分は雄蕊が密に生えたもので、花弁は持たない。(参照:http://hanazukan.hanashirabe.com/xs.php?fid=c0690)

 

選びながら、

「摘ませてもらっても良いですか?」

と、花に問いかけます。

 

その時に、何となく

視線の合わない感じのする花は、

摘むのを止めます。

 

【ツルニチニチソウ】俗にツルキキョウと呼ばれるが、同名の別の植物がキキョウ科にあり、2センチの小さな花を付ける。写真の花は6~7センチあり、本来の名はツルニチニチソウ。同じ種族のほとんどが毒を持つというキョウチクトウの仲間で、こちらのお方にも、アルカロイド系の毒があるそうな…。(参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/ツルニチニチソウ)

 

正面を向いて、こちらに

まっすぐに視線を返してくれたり、

時にはニコニコと笑ってくれる花に、

「ありがとうねぇ。」とお礼を言って

摘ませてもらいます。

 

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釣り鐘型をした薄い緑の花は、バイモ属(貝母)のアミガサユリ。貝母とは、玉ねぎのように層状の根(鱗茎)を地下に二片持ち、それらが互いに貝のように接していることに由来する名。黄色い花は、ウンナンオウバイ(雲南黄梅)。モクセイ科ソケイ属と言って、ジャスミンと同じ種族。紫の玉っころが寄り集まっている花は、ムスカリ。元々の原種にはムスクのような香りがあったことから、この名があるそう。(参照:ウィキペディア内の各植物名)

 

そうやってneMu no ki に

来ることを承諾してくれた花たちが、

 

今度はここで、

クライアントさん達を快く

お出迎えしてくれています。