胎児は、理解する。

 

 

施術を行っていると、人間と言う存在の不思議さや神秘性を

まざまざと感じさせられる体験をすることがあります。

 

筋膜という、私達の身体の構造を支える組織を扱う施術は、

連続的で精妙な変化を構造に引き起こして行きます。

 

例えば、右の親指の付け根を施術していたら、右肩の巻き肩が戻り、

心臓の裏あたりでズレていた胸椎もまっすぐに戻った、

と言うように。

 

このような構造の変化の過程を観察していると、

それが何の関わりから生じていたのか、その因果関係も見えて来ます。

それゆえに、不思議さや神秘性に気付かせてもらえる事も多いのかも知れません。

 

今回は、そうした体験の中でも、

とりわけて印象に残っている臨床について話して行きます。

胎児には物事を理解する力があることを、分かりやすく教えてくれた体験です。

 

 

出産を1か月後に控えて

 

Yさんが初めて当院にいらしたのは、

初めての出産をほぼ1か月後に控えた時期でした。

 

Yさんは普段からよく内省をし、

ご自分の心の動きや身体の状態などを

つぶさに把握されています。

 

妊娠してからも、自分の身体や感情を観察しながら、

体調や感情のバランスを維持して来ていたそうです。

 

出産まで残すところ1か月ほどとなり、

増々大きくなるお腹に身体のきつさも増してきました。

 

どうしても呼吸が浅くなるので、気持ちがウツウツして来て…。

ここに至って、自分の取り組みだけでは難しいと感じるようになったそうです。

 

身体が大変なのは仕方がないとして、何よりも

心の状態に影響が生じていることを辛く感じるとの事でした。

 

身体に歪みや癖があると身体の負担は大きくなるのでは、

と普段から思っていたこともあり、

身体の状態が改善できれば気持ちも楽になるかも知れないと考えて、

ご来院されたのでした。

 

小柄で華奢な体型のYさん、

腰をかがめて玄関の靴をそろえるなどの中腰の作業は

まだこの時点では無理なく出来ている様子でしたが、

お腹は重たそうに見えました。

 

 

問題は、胸郭の狭さにあった

 

施術は、

右乳房を中心とした右胸郭へのアプローチになりました。

 

乳房が左右同じ大きさで、

同じ位置にきれいにそろっている事が意外に少ないという事は、

女性ならば気付かれている方が多いかも知れません。

 

これは、一般的には筋肉の発達の違いと理解されている様ですが、

筋膜的な見方からは違った理由が考えられます。

一つには胸郭の歪みの影響が考えられ、胸郭の変化に伴って改善する可能性を持ちます。

 

Yさんの場合は、右の乳房の下部と外側はしこりのようにカチコチに固まっており、

その為に左よりも乳房が大きく見えます。

また、乳房とお腹がピタッとくっついていてスキマがありません。

左側では、ちゃんとスキマがあります。

 

乳房とお腹がくっついてしまっているということは、

右側では胸郭の下部の空間が圧縮されていることになります。

肝臓や肺、横隔膜が配置された重要な空間です。

 

空間が狭くなれば、圧力も高まります。

大切な臓器も、圧されて緊張が高まっているかも知れません。

 

すぐに症状が出る程の強い影響ではないかも知れませんが、

圧迫されたり、緊張が高くなったりしていると、

それぞれの器官は持てる力を十分に発揮するのが難しくなり、パフォーマンスが下がります。

 

例えば肝臓なら、身体の疲れやすさとして影響が出るかも知れません。

肺や横隔膜ならば、呼吸を浅く感じ、

疲れやすかったり頭がはっきりしないという出方かも知れません。

 

 

乳房の硬さは、胸郭を歪める

 

Yさんの右乳房の下で胸郭が狭くなっていたのは、

他ならぬ乳房の影響でした。

 

乳房の周囲にあったしこりは、組織が緊張によって凝縮し、

その場に膠着したものです。

 

乳房で生じた膠着は、その奥にある肋骨にも影響を与えます。

膠着によって肋骨は互いにくっつき合い、

今度はそれが胸郭全体を下へ押し下げます。※1

 

※1 胸郭は、吸気では肋骨同士が開きながら上に上がり、
呼気では閉じながら下に下がります。

 

施術では、この乳房のしこりを解くことに時間を費やすこととなりました。

 

乳頭のまわりを中心として※2、

乳房に網の目のように張り巡らされた細かい緊張※3を辿って行くうちに、

まず右乳房の下部にあった膠着が解けて柔らかくなり始めました。

 

それと共に、右肩にも変化が起きました。

肩は自ずと、外へ広がって行きます。

 

※2 乳房や恥骨などの繊細な部位への施術の際には、事前にクライアントさんの承諾を頂いています。

※3 筋膜上には、緊張の痕跡が線状で形成されます。
詳しくは、こちら(http://inemurino-ki.com/fascial-traces/)へ。

 

 

 

膠着と言うと、無機的に固まっているイメージがあると思いますが、

生体内ではそうではありません。

 

膠着した箇所では、筋膜の凝縮が生じています。

ここは「凝縮する力」を帯びつづけ、他の箇所へも作用を及ぼします。

 

乳房のしこりが弛むことで肩が広がったという一連の変化から、

乳房に生じていた膠着によって肩が内側に引き寄せられ、

胸部の狭く息苦しい状態を助長していたのが分かりました。

 

変化はさらに続き、身体構造が

力学的な作用によってどの様に繋がり合っているのかを示してくれます。

 

右側の乳房と肩が変化すると、今度は

下に押しつけられて閉じていた胸郭で、

体内の空間がふわっとゆるんで広がる気配がしました。

 

胸郭の状態は、肺の状態に直結しています。

胸郭が締まっていれば、肺も締め付けられています。

胸郭がゆるんで柔軟になれば、肺と横隔膜の緊張も一緒にゆるみます。

(肺の緊張で胸郭が締まっていることもありますが、それはまた別の機会に。)

 

 

それまで静かだったお腹の赤ちゃんがモゾモゾと動きだしたのは、

この時でした。

 

赤ちゃんの動きは活発です。

何をしたいのかは分かりませんが、動きには迷いがありません。

 

しばらく見守っていると、

それまでいびつだったYさんのお腹が

左右対称になったことに気付きました。

 

 

胎児は、「心地よさ」を自分で探す

 

Yさんの赤ちゃんは、いつも

右の足の付け根(鼡径)のところに頭を収めています。

これは担当の産科医も言っていたそうで、その位置にいるのが習慣でした。

 

母体の鼡径部の辺りに頭を収めると、

赤ちゃんのお尻や背中は右の脇腹の方へ寄りかかることになります。

Yさんのお腹に最初に触れた際に、左右で全く違う形に感じたのはこの為でした。

 

やがて、赤ちゃんの動きが止まりました。

お腹に触れて確認してみると、やはり左右対称になっています。

正面は、きれいな丸みを描いています。

 

ははぁ~…!なるほど~!

正しい姿勢に戻ろうとしてたのか!

赤ちゃんは自分から動いて、

お母さんの骨盤の中に頭を戻そうとしてたんだ。

 

しばらくすると、なだらかに丸くなったお腹の真ん中の辺りが

規則正しい大きなリズムで動き始めました。

赤ちゃんが、すやすや眠り始めたようです。

 

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赤ちゃんがモゾモゾと動き出したのは、

胸郭が広がるのと同時でした。

 

右側の胸郭で生じていた空間の圧縮は肺や横隔膜だけでなく、

赤ちゃんの居心地にも影響を与えていたことが、この反応から分かります。

 

胎児は胎内の空間の心地よさを、どうやら思った以上の敏感さで感じ取り、

それに対して自分なりに反応をしていると言えるのではないでしょうか。

 

母体の体腔(お腹や胸郭、骨盤などの体内の空間)に左右差や歪みがある時には、

胎児も自分なりの工夫によって、

安定して落ち着いていられる位置や状態を探すのかも知れません。

 

 

母体への呼応

 

右乳房へのアプローチには、かなり長い時間が掛かりました。

長年の蓄積で出来たと思われる、頑固で広範なしこりだったためです。

 

しこりが解け、膠着を形成していた組織が伸び広がりながら元の位置へと戻り始めると、

乳房全体に柔らかさが戻り、左右差もなくなって来ました。

 

次に向かったのは、空間の狭くなっていた肋骨下部でした。※4

 

※4  施術では線状に現れる緊張の痕跡を辿ります。施術者の判断ではなく、
身体が体表に現すサインに従って、アプローチをする部位が移り変わります。

 

 

肋骨下部を構成する第8~9肋間は、

胸郭の中でも肋骨が変形を示しやすい所の一つです。

 

外側の構造は内側の状態に影響を与えると共に、

内側の臓器の状態を反映します。

 

第8~9肋骨で変形が生じている事が多いのは、

肋骨の内壁に付着している横隔膜が、この高さの辺りで

腱中心へ向かって走行の方向性を変えるからかも知れません。

 

ここへのアプローチでは、肋骨下部の内腔で変化が起きました。

肋骨下部と言えば、ちょうど肝臓があります。

 

その内腔を圧縮していた力が解け、空間が上下に広がって行きます。

肝臓が少し上に上がり、お腹の天井が上に広がったようです。

 

構造の変化の様子が、手の感触を通して伝わって来ます。

 

 

トントン…。

肝臓の底面の辺り、ちょうど空間が広がったばかりの所から

今度はお腹を蹴る気配がしました。

 

その蹴り方はまるで、

空間が本当に広がったのかを確かめているような、

空間が広がって行くのを手伝っているような…。

 

測ったようなタイミングの良さで起きた、赤ちゃんの2回の反応。

1回なら偶然かも知れません。2回以上は、偶然とは言えません。

これは明らかに、母体の変化に呼応しています。

 

 

お腹の形と重心の変化

 

施術はその後、第8~9肋間と乳房とを

何度か行ったり来たりしました。

 

長い年月に渡って緊張を蓄積している所では、

緊張が飽和すると他の箇所へ力を分散させ、そこが飽和するとまた他の所や元の場所へ…と

力の再分散・再分配を行っていると思われます。

 

そうして、互いに緊張を行ったり来たりさせている内に、

様々な場所が緊張によって結びつきあう、と言う事が起きている様なのです。

 

そのため、同じ所を行ったり来たりしながら繰り返しアプローチする、

ということが筋膜の施術では頻繁に起こります。

 

乳房と第8~9肋間とを繰り返しアプローチする内に、

肋骨下部の内腔は更に広がって、乳房の高さも左右で揃ってきました。

 

腹部にも変化が起きていました。

 

乳房と胸郭の緊張に押されていたお腹は、

最初はその最大径がお腹の真ん中より下にありました。

 

 

腹囲の頂点が下の方にあるとお腹は重く見えますし、実際に重く感じます。

お腹の重心が、中心よりも前下方に傾くためです。

 

 

腹壁の強度と胎児の安定性

 

施術後、最大径が上に持ち上がったYさんのお腹は、

最初よりも曲線がなだらかで、重心が後ろに下がりました。

お腹だけでなく、腰にかかる負担も軽そうです。

 

胎内の赤ちゃんにとってはどうでしょうか?

 

重心が前方に傾いたお腹の場合には、

腹壁を内側から支える腹膜※5は伸びてしまい、その強い支持力を失います。

内側から腹壁を押すと、十分な抵抗感が得られない状態です。

 

一方、お腹の重心が真ん中に近い状態では、

腹膜によって裏打ちされた腹壁は適度な強さを持つと考えられます。

 

本来なら、赤ちゃんが内側から寄りかかっても

その体重を十分にホールド出来る支持力を持っていることは、

Yさんの姿から見て取ることが出来ました。

 

※5 腹膜も筋膜と同じ結合組織の一つであり、構造を支える役割を持ちます。

 

 

Yさんの赤ちゃんには、お腹の右側に身を寄せる習慣がありました。

右側は、緊張によって空間が狭くなっていた側です。

なぜ、わざわざ狭苦しい所へ納まることを選んだのでしょう?

 

答えは、左右の腹壁の強度の違いだったのではないでしょうか。

身体を寄せていた右側は、緊張の為に腹壁の抵抗力が高くなっていたと考えられます。

 

広々として、でも支えの弱い左側より、

狭いけれどもしっかり身体を支えてくれる右側の方が、

安心感があったのだろうと思います。

 

 

胎児も一緒に施術を受けている

 

施術は、肺門のある右第3肋骨の上縁を通って

最後に胸の中央にある壇中という経穴(ツボ)に辿り着きました。

 

壇中に触れていると、胸郭の中で動きが生じてきます。

胸全体と胸肋関節が弛み、胸骨の内側で空間が広がって行きます。

 

体内の空間が広がる変化は、

内腔にかかっていた圧力が抜ける様な感触として、

体表から感じ取ることが出来るものです。

 

Yさんの閉じていた胸がす~っと開いて、

施術は終わりとなりました。

 

お腹の赤ちゃんは、

トントン足蹴をした後からは

身動き一つせずにおとなしく眠っていたようでした。

 

 

この時の施術は、私の中に不思議な感覚を残しました。

 

最初の内は、間違いなくYさんとの施術でした。

母体の変化に胎児がはっきりと反応を示してからは、

施術はYさんに対して行っているのか、

はたまた赤ちゃんに対して行っているのか、区別がつかなくなりました。

 

赤ちゃんが示した2回の反応については、この時点では、

胎内の変化を物理的な刺激として感じ取って、

条件反射的に反応をしたのだろう、と考えていました。

 

 

胎児の理解力と、思いやり

 

少し日を置いて、

体調はどうかを訊ねる主旨でYさんにご連絡をしました。

 

返信には、こんなことが書かれていました。

 

『歩いているとき、

足の付け根がしびれた感じがすると少し立ち止まって休むのですが、

 

今までと違うところは、

赤ちゃんが自分で居場所を移ってくれるようになりました。

 

しびれないような場所に移ってくれるので、また歩きはじめます。

不思議です。』※6

※6 感想やメール内容の掲載は、ご本人のご了承の上で行っています。

 

 

皆さんなら、これを読んでどう思われるでしょうか?

一読して、私は感動と共に、衝撃を覚えました。

 

右足の付け根はのしびれは、Yさんの主訴の一つでした。

その一因が、胸郭や腹部の構造の歪みと

胎児がそこに頭の重さを乗せる事にあることを、

施術を通してYさんも理解されていました。

 

その赤ちゃんが、

Yさんが右足にしびれを感じた時に

体勢を変えてくれたのです。

 

母親の心理的な動きが胎児に伝わっているのは、

今では誰でも当たり前に理解している所です。

 

赤ちゃんが、Yさんが辛いと思ったことに反応したのか、

Yさんの身体が発する痛みの信号に反応したのかは分かりません。

 

ですが、

Yさんの状態と自分の姿勢に関係性があることを赤ちゃんが理解した。

そしてYさんの為に動いてくれた。

このメールからはそう読み取れました。

 

 

施術の時には、腹部の空間が整ったのをきっかけに

自発的な移動が起こりました。

正常な姿勢に戻った方がより快適だった為に、移動したのだと思われます。

 

今回は状況が違います。

動いて居場所を変えたのは、

赤ちゃん自身の快適さの為とは考えにくいのです。

 

施術の中では、母体の構造の変化によって体腔が緩やかに広がって、

母親はリラックスした深い呼吸をする様になりました。

 

これは、Yさんだけの体験ではなかったのでしょう。

赤ちゃんにとっても明らかな体感を伴った変化であり、

母親と自分の状態の関わりを理解するきっかけになったのかも知れません。

 

Yさんが伝えてくれたこの後日談は、

赤ちゃんには母親に思い遣りを示すような思考力がある、

そんな可能性を教えてくれている様に思うのです。

 

 

 

関連記事:Yさんから頂いた感想

 

 

心のパターンと姿勢の関係性

 

 

今日は、心と身体がどんな風につながっているかについて、

分かりやすい表現をしてくれた二人のクライアントさんのお話を

書いてみたいと思います。

 

 

膝関節の複層化した捻じれ

 

Mさんは、身体に鮮明な捻じれの感覚を持ちます。

 

最近の施術の時に、左膝にあった捻じれが

施術すべきポイント*1として出てきました。

 

(*1施術ポイントは施術者が決めるのではなく、

身体全体の状態を細かく読み解き、整理して行く過程で、

身体の側から自ずと提示されます。)

 

施術を通して、捻じれは幾重にも複層化しているのが分かりました。

 

また、施術者の加える刺激に対しての筋膜組織の反応・変化が

他の部位に比べると非常にゆっくりで、

 

渋々動いているような、

動きたいけど重たいものを引きずっていて動けないような、

そんな感触が含まれていました。

 

最終的に、膝の関節を形成している脛骨が

外側にズレ、更に軽く内旋を起こしながら固まっていたのが分かりました。

 

筋膜の反応が進んで膠着が解けるにしたがって、

それらの癖は解除されていきました。

 

 

膝に捻じれの現れた理由とは?

 

施術後、なぜ膝関節にしつこい捻じれが形成されたのか、

原因について考えたことを、Mさんと話し合いました。

 

施術中、私は膝の捻じれが変化していくのを見守りながら、

この捻じれの感覚はどんな「感情」や「気持ち」に置き換えられるかについて

感じ取ろうとしていました。

 

 

身体の形は、

世の中に対するその人の構えであり、向き合い方そのものです。

 

ここは、大切なポイントです。

心理的な要素が身体に反映されると考えるのが昨今では主流ですが、実際には

身体の形・構造が、コミュニケーションにおける心理パターンを作っている

と言っても過言ではないと、私は考えています。

 

この考えは経験から出て来たものですが、

先日初めていらしたクライアントさんが同じ考えを持っていた事で、

私の個人的な発想にはとどまらないことが分かりました。

 

 

身体の状態が、心の状態を引き戻す

 

このクライアントさんは、心を扱うセラピストでした。

耳にした音に色や形が伴う様な共感覚も持っています。

これは、生得的に持っている性質の様です。

 

その繊細な感受性ゆえに、幼少の頃から様々な問題を抱え込んでいたと言うRさん。

それらをクリアしないと、と言う意識はかなり早い段階から持っていたそうです。

 

心理面での問題に本格的に取り組み始めて20年ほど、

一つ一つクリアして来て、今は隠す必要のあるものはないと言います。

 

初回の施術が終了した時、

彼女はこんな感想を伝えてくれました。

 

「今日施術でたどった所は、

自分が一つ一つバラバラにクリアして来た所が(心理的な問題)

こんな風に繋がっていたんだ、という事を見せてくれました。

 

心理的なものは自分で解決出来たけど、

それと関連して身体に残っているものがあって、

何かの時には、決定的じゃないけど、それに引き戻される感じがありました。

それが消えないと、本当にクリアにはならないと感じていたので。

 

左の肋骨の下は、自尊心と関係してるんです。」

 

…今日の施術で、重点的にアプローチした所の一つでしたね。

 

「そう。私、前は自尊心が低かったんですよ。

その痕跡が、あそこに残ってたんだなって。」

 

Rさんが左肋骨弓と自尊心との繋がりに気付いていたように、

身体の部位を様々な感情との対応関係の中で理解する方法もあります。

 

彼女の場合は共感覚を持っているので、

その関係性についてははっきりした実感を伴って理解していると思われます。

 

 

姿勢と感情の関係性

 

私の場合は、

姿勢と感情を対応させて考えます。

 

これは、筋膜を通して自分自身のメンテナンスをする内に、

身体の形の変化に伴って姿勢が変化すると

外の世界に対する自分の気持ちの構え、向き合い方も変化することを何度なく体感したためです。

 

①ちぢこまる胸

 

分かりやすい例で言えば、

胸が縮こまっている状態は、自分の心臓を守る形です。

 

同時に、背中を伸ばしにくくなり、目線は下に下がります。

心臓=自分の本質を隠し、相手よりも下に構える姿勢になる為、

どうしても他者に対して遠慮しがちになります。

 

②太腿の盛り上がりと強く締まった下腹部

 

また、クライアントさんの中で比較的多い例として、

下腹部が強く締まって、大腿部が前に盛り上がっている状態があります。

 

下腹部をぎゅっと締めるためには、

上半身を強く起こさなくてはならなくなります。

 

腹に溜めることと言えば、本音です。

本音を隠して、上半身を大きく見せようと構えている事から、

他者に影響されまいとする警戒心や、弱さを見せまいとする強がりなどを

対応する気持ちとして考えることが出来ます。

 

 

膝の捻じれは、自分らしくいる事を難しくする

 

さて、Mさんの膝へと話を戻しましょう。

Mさんの左膝についても、同じように姿勢と感情の対比で捉えました。

 

膝と言っても、左右どちらへのアプローチかによって意味合いが変わる部分もありますが、

ここでは置いておきます。

 

膝は捻じれて、膝から下が外側に彎曲した様になっています。

これでは、膝から上の重さを支えることが困難です。

上半身がまっすぐに立つことを、膝で拒否していることになります。

 

まっすぐに立つというのは、自分が自分らしく存在しており、

それに満足している感覚を生みます。

 

膝が外側にズレている時の身体の感覚は、

自分を外の世界に見せる事から避けているような、

自分らしくいる事から逃げているような、

そんな気持ちの時に感じている内的感覚に近いと思うのです。

 

 

ドンピシャではないかも知れないけど、

そんな感じに近いのではないかと思うとお話しすると、

Mさんは「ドンピシャです~」と。

 

自分のすべてのストレスの元は家族なのだと話し出しました。

 

家族の中で一番年下のMさんは親兄弟の不満を蓄積した形で受けており、

今までかなり気を使ってあっちこっちと調整していた事に

最近気付いたのだそうです。

 

 

膝が伸びた際に、Mさんはこんな事を言いました。

 

「膝の関節がすり潰されるみたいな感じがあったんです。

 

骨はちゃんと伸びて成長したいのに、

まわりの筋肉とか筋膜とかが一緒に成長しなくて邪魔してるような感じで。」

 

(Mさんは、自分の違和感の原因を考えて調べる内に、

もしかすると筋膜ではないかと気づかれて当院にいらっしゃいました。)

 

これは、先ほどの家庭での状況と合致していることにお気付きでしょうか?

 

骨とは自分という存在を支える軸であり、自分そのものです。

一方の筋肉や筋膜は、外の刺激に柔軟に対応し影響を受けながら、折り合いを付けます。

 

骨と筋・筋膜の捻れた関係性は、自分自身の在り方を大切にしたいのに、

家族との関係性の中で在り方が左右され、

思った様な自分でいられない状態と相似形なのです。

 

 

捻じれも、自分を守るための工夫として生じた

 

ですが、骨と筋・筋膜との間にずっと捻れを感じ続けて来た事で、

Mさんは自分の中心軸まで影響されない様に、

しっかり自分を守って来たのだとも考えられます。

 

捻れなどの違和感を長い年月の間ずっと感じ続けるのは、

想像以上に大変なことです。

通常は、無視している内に感覚がマヒし、忘れて行きます。

忘れても捻れの存在は消えませんが。

 

その違和感から逃げ出さずに、捻れの感覚を直視し続けて来たMさんは、

外のどんな力にも屈することのない、非常に芯の強い人なのかも知れません。

 

実はすんごい頑固者だったりして~

 

そうお伝えすると、Mさんは、多分そうだと、楽しそうに笑いました。

 

 

身体の変化を求める際に、大切なこと

 

MさんとRさんの事例から、

身体の形は心理的パターンと対応しており、身体が整うことで

思いや考え方の癖も変化すると考えられます。

筋膜は、身体のペースに合わせながら、その変化を着実にサポートします。

 

ですがそれには、まずご自身で準備して頂くべきことがあるのも、

事例から汲み取ることが出来ます。それは、

 

自分を変えよう、成長しようとする意識を持つことと、

 

変化・成長とは、今までの自分の在り方を手放して行く、

決して楽とは言えない道のりだと理解すること、

 

そして、その道のりの中にあっても諦めず、

自分で自分を鼓舞し続ける強さを持つことです。

 

この準備が出来ていればこそ、身体の変化を、

身体だけにとどまらない深い体験として受け取ることが出来るのだろうと思うのです。

 

 

 

 

 

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死の淵に立つ馬④ ~勝利と歓喜

前回からの続き

 

岳が歩き始めるのと入れ違いに、
大きな注射を手に獣医が現れた。

 

馬の様子を 遠目に見ながら言う。
殺すことはいつでも出来る。
ここまで来たら、トコトン付き合おう。

 

他にも、患畜はいる。
牧場も、明日は連休の初日、来客がある。
いつまでも待っている余裕はない。

 

待つと決めるのは、リスクを負うこと。
覚悟がいる。

 

岳と一緒に歩いていた場長が、戻って来た。

 

動き出してる様な気がするんだよなぁ。(腸が。)

 

彼は、希望的観測ではものを言わない。
だから、言葉に信頼性がある。
みんなの気持ちが、すっかり明るくなっている。

 

止まると、また腹痛が来るかも知れない。
ひたすら、歩かせ続ける。

 

「生き物の世話って、
愚直じゃなきゃ出来ないよね。ふふふ。」

 

「あははは、そうそう!
アホになんないと出来ないよね~!」

 

いつ動き出すとも知れない馬の腸を思いながら、
スタッフが馬場の中を歩かせ続ける。
その横に立って、 岳の腰に手を当てながら一緒に歩く。

 

腰仙関節から エネルギーを通すことで、
少しでも腸が動いてくれれば。

 

岳の腰の高さは自分の肩よりも少し高い。
腕は疲れて来るが、
あれだけの岳の頑張りを見たらこちらだって頑張ろうと思う。

 

場長もスタッフも、昨日から
ほとんど寝ていないと言う。

 

岳には、縁の深い家族もいる。
そこの娘さんも、横に並んで一緒に歩き続ける。

 

歩きながら、思い出話に花が咲く。
岳が大好きだった雌馬の福ちゃん。
彼女が先に逝ってしまった後、岳は抜け殻みたいになっていたこと。

 

若いメスが牧場にやって来たら、
たちまちに元気を取り戻してお尻を追い掛けまわしていたこと。

 

ボロを溜めておく深い穴にハマり込み、
抜け出せなくて、死にかけたこと。

 

助け出す為に救助隊まで来たのに、
牧場スタッフが置いた板を渡って、結局最後は自力で脱出したこと。

 

「いつだって、人には頼らずに
自力で何とかして来たんだよね、岳は。
誇り高い馬だよねぇ。」

 

「岳って、馬主がいたことあるの?」

 

「なかったと思いますよ~。
それに岳は、誰の馬にもならないですよね。ふふ」

 

「あはは、それもそうね!
誰も自分の馬には出来ないわね。」

 

岳の為に集まったのは、全部で9人。

 

人間の言う事は聞かないどころか、むしろ分かってて裏をかいて来る。
仕事だとあからさまに仮病を使うし、いい加減に自由気まま。

 

木曽馬の名誉のために言うなら、
彼らの多くは、真面目な性格。

 

岳は破格に、天真爛漫で、
縛る事の出来ない自由な魂なのだと思う。

 

だから、みんな時間を割いて、
一頭の馬の為にこうして集まっている。
いや、むしろ…

 

珍しく早めに帰宅する予定だった私の他に、
腰痛でたまたま仕事を休んでいた者、
雨天で仕事が流れて身体が急に空いた者。

 

偶然は、2つ重なると偶然ではないという。
こうなると、時間を作れるタイミングで集められたという気がして来る。

 

「俺が辛い思いしてるのに、
耳の傍でうるせえなぁって、
きっと今思ってるんだろうね~、ふふふ。」

 

岳の足取りは、少し落ちて来る。
でも、思ったほど重くはない。

 

大丈夫かも知れない。
でも、どうするかは 岳自身が決める事。

 

やれることはやった。
これで永の別れになっても、悔いはないだろう。

 

家へと戻る電車の中、メールが入った。

 

難産の末、
疝痛の原因と思しきものが除去された、と。

 

ここ最近で、こんなに心の底から
喜びを感じた事があっただろうか。
心臓からワクワクした感覚が上がってくる。

 

岳は、本当に生き返った。
…私達は、勝ったんだ。

 

闘っていた相手は、死ではなく
自分たちの中の都合や諦め。

 

もう終わりにしようと、
状況を明け渡したくなる誘惑。

 

…難産って、もしやほじくり出した?

 

そう、獣医さんが直腸からね!
30分格闘したのよ~!

 

みんなが帰途についた後、
岳の容態は一度急変したそうだ。

 

馬の心拍は、通常30~45と低い。
岳はずっと90で持ち堪えていた。
通常の倍。

 

120になると助からない。
一時、危険水域の100を上回った。

 

みんなの様子が明るかったから
獣医も迷いが出たんだろう。

 

全てが終わったのちに、
場長は振り返ってそう言った。

 

これで最後だから、
薬殺の前に腸の詰まりの除去を試みよう。

 

実力行使をすれば、腸壁を傷付ける。

 

そこが取り除けても、腸全体が
活動を取り戻す保証もない。

 

獣医が勝算を見ていたのか
一か八かだったのか、
それは分からない。けれど

 

最後は、プロの意地
だったのではないかと思う。

 

その後、朝までに
自力での排便が2回あった。
もう、本当に大丈夫だ。

 

ボロには最初、血が混ざったという。
岳と獣医の、奮闘の証。

 

これだから、
獣医は辞められないんだよなぁ。

 

そう言って、岳が助かったのを
一番喜んでいたのは獣医だった、と場長。

 

獣医は、
命を奪う行為の実行を許されている。
生殺与奪の責任を負う。

 

一方の牧場長は、
最終的に生殺与奪の決断をする。
その実行のタイミングを決めるのは、彼の責任。

 

思えば、姿の見えない時間が結構あった。
出来る限りタイミングを 引き延ばそうと、
獣医から離れていたらしい。

 

岳の様な厳しい状態から
復活する馬もいるには居る。
けれど、数は少ない。
獣医は、現実を見据えながら
現実的な判断をする。

 

場長は、馬をよく知り、
その個体の可能性を見ている。

 

どちらも、正しい。
立場と判断基準が違うだけだ。

 

最後の最後は、岳の底力。
でも、全てのタイミングが
噛み合わなければ、こういう
結末にはならなかったかも知れない。

 

横隔膜へのアプローチで、
少し腸が動き出したこと。

 

岳が倒れた時に強く腹を押して、
物理的に腸内のボロを
出口へ送ろうとしたこと。

 

獣医の手の届く範囲にボロがあって、
最終的に掻き出せたこと。

 

そして、みんなが岳に
気持ちを寄せ続けたこと。

 

「俺ってこんなに
人気あるんだって思って、
張り切っちゃったのかもね(笑)」

 

それぞれが持てる力を出し合えば、
状況は変えられる。
予想を覆すことだって出来る。

 

この経験は、私達を
一回り大きくしてくれた。
そう思う。

 

貴重な体験を与えてくれた岳に、
心から感謝を捧げよう。
そんな殊勝なことを言ったら、
きっとあの馬は
ニヤリと笑うだろうけれど。

 

 

終わり

 

 

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死の淵に立つ馬③ ~岳の生還

前回からの続き

 

岳に会いに来ていた人たちが、首元に集まって岳に触れる。
寂しい思いをさせずに、苦しませずに逝かせてあげたい。

 

荒い呼吸の鼻先に、
精油を塗った手のひらを差し出す。
少しでも、痛みの意識が緩和できれば。

 

獣医が、そろそろかなと
ゆっくりした足取りで車へ向かう。

 

生殺与奪の権利は、
いつだって行使するときには
迷いが生じるものなのだろう。

 

本当に、あそこで逝かせて良かったのだろうかと。

 

その判断に
唯一人で責任を負う存在だから、
あの背中は寡黙なのだろうか。

 

スタッフの腹を押す手は緩まない。
岳は白目を剥いたまま、次第に
全ての動きが収束していく。

 

しばらくの空白。
首元のまわりにいた者は、覚悟を決めた。
腹を押す場長たちは、手を止めない。

 

…獣医はまだだろうか?
…と、

 

ガバッ!!

 

岳が急に意識を取り戻した。
それと同時に、凄い勢いで起き上がった。

 

と言っても、後足が弱まり、
体重を支えられない。

 

頭を高く上げて
よろけながら踏んばる岳を、
場長が叱咤する。
立ち上がる気持ちが途切れないように。

 

木曽馬は、体重が300キロ以上ある。
横に倒れたままでは
自重で肺がダメになるらしい。

 

4時間が限度。それ以上は肺に水が溜まって来る。
そう、獣医が教えてくれる。

 

末梢循環も低下しやすい。
寝たままだと、 褥瘡も起きやすいと言う。

 

同じ重力下でも、
人間と馬の受けている引力の強さは
違うのかも知れない。ふと思う。

 

人間は立位だから、
重力の掛かる水平面の面積が狭い。
馬は、広い背中で重力を受け止める。

 

馬は、大地と共にあり、
大地の力の中で生きる生命なのだと
改めて思う。

 

かろうじて起き上った岳は、
四肢すべてがちゃんと地面についた途端、
急に足早に歩き出した。

 

しっかりした足取り。
今まで、じっとしていたのが
まるで冗談のよう。

 

腹痛に波があるのは、
誰しも経験のあることだろう。
岳は白目を剥き
気絶をするほどの激痛の波に襲われ、
そこから戻ってきた。

 

まわりの人間は、
この時、覚悟を決めた。
もう逝くのだろう、と。

 

墓穴を掘る者、
阿弥陀経を唱える者。
送る準備が整いつつあった。

 

それを振り切って起き上った岳は、
意外なほどにピンピンして見えた。

 

私たちは、 しばし呆気に取られた。

 

死の淵から、岳が戻った。
みんなの緊張の糸が切れた。
空気が変わりつつある。

 

「もうダメだと思った!
すっかり覚悟を決めたのに~」

 

笑いながら言うと、
一気に場に笑いが弾けた。

 

人間が諦めの気持ちのままでは、
踏んばる岳の足を引っ張るだけだ。
それは、避けたい。

 

「きっと、あっち(彼岸)にいる福ちゃんに
蹴り返されたんだよ!」
応える声があった。

 

みんな、楽な気持ちで
岳を見守る姿勢へと切り替わった。

 

死を迎えようとする深刻でかび臭い場が、
明るく風通しの良い空気へと一変した。

 

岳の疝痛の原因は
いまだに腹の中に納まっている。
でもこれで 、流れの先は変わったのかも知れない。

 

 

 

…続く

 

 

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死の淵に立つ馬② ~それぞれの立場で出来る事。

前回のあらすじ~
2日間の疝痛の果てに、
 腸の動きが止まった木曽馬の岳風。
 見守る人間たちの、
 それぞれの立場での努力が始まった。

 

 

自分の手だけでは、
弱った馬の肉体に変化を促すには 心もとなく感じた。

 

獣医に断わって、
精油や音叉も使いながら 腹部を刺激してみる。

 

動物は、音叉には敏感だという。
腹に刺激が入って腸が動くことで痛みが生じるのだろうか。
後ずさりをする。

 

出来るだけ痛みが生じないよう、
身体にどんな変化が起きているかは
つぶさに把握しておきたい。

 

やはり自分の手で、
細胞と岳の息遣いを感じながら手当をしよう。

 

人間と同じ構造なら、
横隔膜から伸びた内側脚が腰椎に付着しているはず。

 

横隔膜の端と端を押さえるように、
腰仙関節とみぞおちにアプローチする。

 

2か所に精油を塗布し、同時に触れる。
精油が、エネルギーの伝導を助けてくれるだろう。

 

横隔膜の広がりを意識で捉えながら、
反応が起こるのをじっと待つ。

 

横隔膜全体が、
意識に入ってくるようになった。
これは、ひとまず横隔膜全体に
エネルギーが通ったという目安。

 

獣医が、心拍と腸の動きを聴きに来る。

 

今まで動いていなかったところが
動いてきているかも知れない、と。

 

ただ、40メートルの腸。
外側で聴診出来る範囲は動いても、
その奥がどうなっているかは分からない。

 

肌寒い早春の夜、
「冷たい」と言いつつ片腕を水で浸した獣医は、

 

おもむろに直腸検査を始めた。
肩まで、肛門の中へと消えていく。
ちなみに、獣医は女医さんだ。

 

生き物を扱う人の潔さは、独特だ。
それは、 生き死にと
当たり前の様に背中合わせでいる事から来る、
厳しさと覚悟と、そして
その底に大きな優しさがあるからなのだろうと思う。

 

肩まで入るほど
奥深くに腕を挿し込むと、

 

「ガチガチだと思ってたけど、少し凹むな」

 

思っていたよりボロの固さは
柔らかかったようだ。
少し、望みが強くなる。

 

直腸検査からしばらく経って、
痛さをおくびにも出さず
静かに我慢し続けていた岳が

 

腰から崩れるように
ゆっくりと倒れた。

 

張りすぎた腹が邪魔をして、
上側の足は浮いたまま。
目が力なく閉じ始める。

 

眠ってはマズいと自分で分かっているかのように、
必死に瞼をしばたたいて 目を開けようとしている。

 

やがて痙攣のような動きが起き、
目がグルグルと彷徨う。

 

これはマズいな。
白目を剥き始めた…。

 

足を大きくバタバタ動かしている。
苦しい腹を蹴ろうとしている様だ。

 

それを察した場長とスタッフが、
腹を強くたたき始めた。

 

人間が相手なら、
苦しんでいる所を強く叩いたり押したりするのは、
あり得ない。

 

心臓マッサージだって、
相手の意識がない状態で行う。

 

可哀想という言葉は
誰からも出なかった。重要なのは、
タイミングを外さぬこと。

 

今この瞬間にやるべきことを、
やれることをやるだけ。

 

馬がしようとしている事の
意を汲んで、 それを実行に繋げる
反射神経があるかどうか。

 

行動の表面がどんな形かに囚われず、
その意図が馬の意思を支えるものなら、
迷っているヒマはない。

 

場長は、空を蹴る岳の脚を見て
何が必要かを瞬間的に嗅ぎ分け、
行動した様に見えた。

 

 

…続く

 

 

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死の淵に立つ馬① ~馬への筋膜的アプローチ

「岳がひどい疝痛で
もうダメそうなんだ。
腸の動きも止まっていて。」

 

岳は、30歳になる高齢馬。
人間でいうと、90を超えているだろうか。

 

正式には岳風(たけかぜ)という。

 

風の強い日には、馬は走る。
その性質と、岳の持つ武骨さとを
よく表した名前だと思う。

 

2日前くらいからボロ(糞)がろくに出ず、
お腹がガスでパンパンに張ってしまっているらしい。
腸の動きが止まり、ひどく苦しい状態にあるという。

 

痛みどめが切れる5~6時間後に、
あまりに苦しむようなら
薬殺せざるを得ないかも知れない、と。

 

連絡をくれたのは、
岳が身を寄せる牧場の場長。
私が馬の牧場で働いていた時の先輩でもある。

 

早く帰って家で仕事をするつもりだったこの日、
急遽、岳と先輩のいる埼玉県の東松山へと足を向けた。

 

岳は何度も死地を脱している
百戦錬磨の馬。

 

岐阜・長野地方を中心に
生育されて来た木曽馬の岳は、
狡知に長けて我慢強く、弱みは見せない。
野武士を思わせる粘り強さがある。

 

岳がそう簡単に死ぬわけはない。
私に出来ることは多くはないかも知れない。
でも、やれるだけの事はやって来よう。

 

筋膜の施術を始めて間もない頃、
まだ牧場で働きながら整体の学校に通っていたので、
馬にも施術の練習台になってもらっていた。

 

まだまだ自信を持てずにいた私にとって、
嫌なことは嫌だと素直に態度で表し、
それでいて腹を立てることのない馬の存在は
有り難かった。

 

人間よりも感覚が鋭く、変化も分かりやすかった。
施術をする内にびっこが緩和したり、
去勢してショゲていた馬が
雌馬のお尻を追いかけまわすようになったり。

 

肉体の元気さは、心も元気にする。
心と行動の直結してる馬だからこそ、
そんな当たり前の事を改めて現象として観察出来た。
教えてもらえることはいっぱいあった。

 

岳は、そんな馬達の精神的な要の存在。
馬のくせに、カリスマ性を感じさせられる大きな器でもある。
岳への手助けは、馬全体への恩返しになる。

 

自分の手と、精油と、音叉と。
身体を助ける力になりそうなものを集める。
これが今の私に出来る、精一杯の武装だ。

 

牧場に到着すると、
闇に包まれた馬場の入り口近くに
岳が佇んでいた。

 

神妙な面持ちで、覇気がない。
こんなに意気消沈している姿は
初めてみる。
思っていたよりも、
事態は深刻なようだ。

 

前日から、牧場のスタッフと獣医とが、
付きっきりで様子を見ているらしい。
岳だけじゃない、人間も相当すり切れて来ている様だ。

 

岳のお腹は、本当にパンパンだった。
妊娠していると、馬は横に腹が張り出す。
岳も、妊娠中と見まがうようだ。
腹部だけ横幅が1.5倍になっている。

 

触ると、ビクともしないくらい
ガチガチに固い。

 

獣医によれば、
左の結腸曲の辺りに ボロがかたまって詰まっていて、
更にその前方には どれだけ詰まっているか分からない。

 

仮にボロ自体の量はそれ程ではなくとも、
ガスが溜まって腹は膨らんでいく一方の様だ。

 

馬は、腸の中にものすごい種類と
量のバクテリアがおり、
馬自身の消化酵素で分解できない繊維質は
こうした微生物によって分解・消化される。
その過程で、ガスは発生する。

 

馬の腸は長い。
40メートルある。
それが狭い腹腔の中に
グルグルと収まっている。

 

どこかで管が詰まってパンパンになると、
その膨らみに押されて
折り重なっている腸管がつぶされ、
通りが悪くなる可能性も考えられる。

 

そうなると、原因が二重三重に重なって、
回復はとても難しいだろう。

 

お腹まわりは、左右側面も下面も、
どこもかしこも張りが強く、
全く皮膚に遊びがない。

 

これでは、筋肉・筋膜などの結合組織と
骨格とのズレを戻していく
筋膜のアプローチは難しい。
限界まで張りつめた組織を
無理に動かすのは、効率的ではないし、
大した変化は期待できない。

 

(※筋膜による整体は症状への治療を目的とするものではなく、
全身の構造的な整合性を回復することが目的の施術です。
症状の改善は、構造の変化・統合に付随して自ずと生じるものです。)

 

さて…。どうしたら腸が動くか。
少しでも可能性のある所はどこだろう。

 

最近の臨床の中で、
いくつかあった事例を思い出す。

 

横隔膜の緊張が抜けて動きの柔軟性を回復すると、
腸の動きも付随して良くなることがあった。
腹圧が腸に掛かりやすくなって、
排便を助けるのではないだろうか。

 

横隔膜、
試してみる価値はあるかも知れない。

 

岳の胸の辺りに触れてみる。
腹腔の内圧に押されて、
胸の辺りは前にせり出ているようだ。
横隔膜も固く縮んで感じられる。

 

胸骨と腹部の境目、
人間のみぞおちに当たる部分に
手を当てる。

 

反応は起きている。
胸の辺りに余っていた皮膚が伸び始め、
張っていた腹部の方へと移っていく。
腹の表層に、ほんのわずかだが
余裕が出てきた気がする。

 

岳が大好きだと言う近所の女性が、
ずっと頭の近くに寄り添って優しくなだめている。

 

獣医が来て、
腸の動きを聴診し始めた。

 

…前の方で、腸が動き出してるな。
触ってもらってるお陰かも知れない。

 

でも、後ろの方は固まったままだな。
少し動いても焼け石に水だなぁ。
なぁ岳よ、スポンと抜けてくれないかな?。

 

長い時間の看病は、
体力も気力も奪う。
昨日から睡眠もろくに取らず、
ずっと張り詰めたままなのが伝わる。

 

少しであっても、
変化が起きていることは分かった。
のれんに腕押しだろうが
焼け石に水だろうが、
出来ることはとにかくやってみよう。

 

岳はまだ諦めていない。
人間がそう簡単に
諦めるわけには行かない。

 

 

…続く

 

 

 

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