ハートの中心に居る感覚 / 9月までの営業予定

 

目次


9月までの営業予定

意識の在り処
聖なるハートの中心
中心に居ることの難しさ
現実世界の体験を変える体内感覚
自他の境界を見失わせる「前のめり」
「受け取る」ことを阻む体内感覚
中心からズラす力の正体

 

 

9月までの営業予定

 

またまた、ブログをアップするのに

時間が掛かってしまいました!

 

あまりにも間が開くと

「営業してるの?」なんて

密かに心配されている方も

いらっしゃるかも知れませんが、

 

大丈夫です!

neMu no ki は猛暑に負けず

元気に営業しておりますよ~!

 

 

今回は、まずはじめに

今後の営業予定について

お知らせさせて頂きますね。

 

neMu no ki は

9月の3日から1週間、

営業をお休み致します。

 

定期的に通って下さっている方には

早めにお伝えしていましたので、

8月はほぼご予約がいっぱいです。

 

残すところ25日(土)の

一枠のみとなっています。

 

また、同じ理由により、

9月も中旬までいっぱいです。

 

施術をご希望される方は、

出来るだけお早めにお問合せ下さいね!

 

 

 

意識の在り処

 

さて。

今回の記事の本題です。

 

あなたの意識は

どこにいますか?

 

そう聞かれた時に、

すんなり自分の内側に

意識を向けられる人もいれば、

ちょっと戸惑う人もいると思います。

 

意識は、私たちの身体の中に

力が集中しているような、

「焦点化」している感覚を

生み出します。

 

先を読み進める前に、

少し自分の身体の内側に

意識を向けてみて下さい。

 

あなたの意識はどこにいますか?

頭の中でしょうか、

胸の辺りでしょうか?

 

頭と感じた人は、

その焦点を一旦

胸へ下ろしてみて下さい。

 

そして、胸の中心へと

その力の焦点を移してみて下さい。

 

頭の中に居た時と

胸に移ってみた後では、

感覚は変わりますか?

 

胸の中心ではどうでしょう。

 

自分の中の静けさや

寛ぎの感覚などには、

違いを感じられるでしょうか?

 

 

 

聖なるハートの中心

 

少し前の、まだ涼やかだった

初夏の頃のこと。

 

私には、

お気に入りの散歩道が

幾つかあります。

 

その中の一つ、

緑濃く繁るアカシヤや

豊かに実をつけた桑の木が

爽やかな風にそよぐ堤防沿いを

のんびり歩いていた時に、

 

「ハートの中心に戻る」

体験をしました。

 

自分がハートの中心にスポンと

はまったのを体感しました。

 

 

この日は、

ハートの中心の感覚を捉えようと

意識しながら歩いていました。

 

ここで言うハートとは

エネルギーセンターとしての

ハートチャクラです。

 

心臓が正中よりも

少し左寄りであるのに対して、

ハートは正中に位置します。

 

つまり、ハートチャクラは

胸のど真ん中にあります。

 

そして更にその中心には、

聖なるハートの空間

もしくは聖心と呼ばれる「場」があり、

 

私たちはここを通じて、

自分という存在の根源と

他のすべての生命の中心とも

繋がっているそうです。

 

 

この日は、周囲の光景も

ひときわ心地よく、

美しく感じました。

 

「きれいだな~。

気持ち良いな~!」

 

自然の美しさに感激しながら

歩いていたことで、

普段より呼吸も

深くなっていた気がします。

 

ふと、

心臓の周囲の緊張が

解け始めたのを感じました。

 

心臓の外壁がふわ~っと緩み、

それに伴って内部の空間も

大きく広がって行きます。

 

心臓の中で空間が広がる感覚は、

私たちが安心や寛ぎを感じる時の感覚と

とても良く似ています。

同じものと言って良いと思います。

 

 

 

まもなくして、

先程の広がって行く動きとは逆に、

今度はハートの中心に向けて

何かがひゅ~っと集まり始める

感覚が生じました。

 

流れは勢いよく中心に集まると、

最後にスポンという感覚と共に

ハートの中央部で留まりました。

 

 

 

その中央部には、

まるで小さな球形の鋳型が

密かに設置されていたかのようで、

 

流れは球の天辺から流れ込むと

鋳型の内部に満ちて行きました。

 

ちなみに、

球形(もしくは宝珠型)と感じたのは

流れが鋳型を満たし切った時でした。

 

鋳型が満ちた瞬間に

スポッとハマった感覚が生じ、

 

それと共に、

流れによって満たされた空間の形が

分かったのでした。

 

 

 

スポンと

ハマるべきところに

ハマった感覚を感じた時に、

 

自分の意識が

「自分」という存在の中心に

ピタリと収まったのだと分かりました。

 

 

中心に居ることの難しさ

 

こうして、

自分の中心と一致している状態と

そこから来る絶対的な安心感は、

しばらくの間続きました。

 

でも、一度体験したことが

そのまま定着するという具合には

なかなか行かないのですね。

 

やがて、

一体化していた中心から

意識が離れて行こうとして、

身動きし始めました。

 

 

 

意識は中心から前へと

ズレて行こうとします。

 

それを引き戻して、

中心に収め直します。

 

それでもやはり

落ち着かない様子で

また勝手に前に動くので、

また引き戻します。

 

身体の中で

こんなやり取りを

繰り返している内に、

気付きました。

 

前にズレて行くと、

心臓の前面にモヤモヤ

ビリビリするような

苦しく不快な感覚が現れます。

 

中心に戻ると、

寛いだ感覚がふわ~っと全身に広がり

心だけでなく思考も落ち着きます。

 

ハートの中心が

自分の意識にとって

本来居るべき場所であるのは、

こうした感覚からも

確かなようです。

 

それにもかかわらず、

放っておくと意識は中心から離れて

勝手に前にズレて行こうとします。

 

一体何が、

起きているのでしょうか?

 

 

 

現実世界の体験を変える体内感覚

 

前にいる感覚と

中心に居る感覚とを

交互に体感している内に、

 

それぞれの感覚の違いが

こんなことを教えてくれました。

 

自分の意識が

ハートの中心よりも前にいる時は、

 

本来の自分の在り方よりも

前のめりになっている状態であること、

 

そして、本来の自分の前に

自分で立ちはだがっているような

状態でもあること。

 

 

 

身体の中で生じ、

私たちが意識的・無意識的に

味わっている体内感覚は、

単なる感覚というだけの

ものではありません。

 

実はこうした体内感覚は、

自分の外側に見ている現実世界を

どのようなものとして体験するか、

それを左右します。

 

(より正確に言うなら、

私たちが外側の世界を

どのような現実として体験しているか、

体内感覚はそれを映し出す

鏡でしかありません。

 

ですが、この鏡が一たび

固定的な形で据えられると、

自分で作り出したこの鏡に

今度は私たち自身が

左右されるようになり、

 

外側の世界を

パターン化した形で

体験し続けることになります。)

 

例えば、

今まで見て来たように、

 

ハートの中心に居る時は

安定感や確実性、

居るべき場所に居ると言った、

肯定的な感覚・感情と共に

私たちはいます。

 

こうした感覚・感情にある時、

普段なら腹が立つ様な事も

大して気にならず、

「あら、そう?」と言うように

サラッと受け流すことが出来るなど、

 

外側の世界の中に見出す刺激にも

容易に左右されることはありません。

 

では、もう一方の

ハートの中心から前にズレた

前のめりの体内感覚の時には、

私たちは外側の世界をどんな風に

体験するのでしょうか?

 

 

 

自他の境界を見失わせる「前のめり」

 

前のめりは、

何かあった時にはいつでも

すぐに現場に駆けつけて対応しようと、

アクセルをふかしている状態と言えます。

 

この時、

私たちは自分と他者の間の

境界を飛び越えて、

相手の領域へ踏み込みがちになります。

 

前のめりであるがゆえに、

互いの境界がどこにあるのかを

見失いやすいのです。

 

また、これは相手の領域に

自分から寄って行っている状態でもあるため、

 

相手の領域で起きている事柄でも、

まるで自分の身に起きていることの様に

はっきりした体内感覚を伴って

体験し易くなります。

 

その結果として、

必要以上に他者の問題に

首を突っ込んでしまったり、

 

相手の気持ちを確かめずに

自分の勝手な判断で

(と言う意識は本人にはないのですが)

相手の領域の問題を結論付けてしまう、

というようなことが起き易くなります。

 

 

 

「受け取る」ことを阻む体内感覚

 

更にもう一つ、

ハートの中心から前にズレて

自分で自分の前に

立ちはだかっている時には、

 

他者が与えてくれるものを

無意識に弾き返し、

自分が受け取ることを

自分で阻止し易くなります。

 

と言うのも、

本来の自分の前に

自分で立ち塞がっている状態とは、

 

外から来る刺激に対して

自己防衛をする構えであり、

すぐに応戦するための

臨戦姿勢であるからです。

 

そのため、

外側からやって来るものは、

 

それが情報であれ

他者の思いやりであれ、

自分に有益なものであれ

そうでないものであれ、

 

その種類や性質を

見極める暇もなく、

反射的に打ち返す反応が

自動的に起きてしまうわけです。

 

 

 

と言うことは、

 

自分が思ったように

他者から認められていないと

感じたり、

 

自分が与えている程には

他者や社会から多くのものを

与えてもらえていないと

感じるような場合も、

 

それは

外側の世界のせいではなく、

 

自分の体内感覚の不安定さから

現実をそのように

感じているだけなのかも知れません。

 

 

 

中心からズラす力の正体

 

散歩の時のお話に

少し戻ります。

 

前にズレると、心臓の前面に

モヤモヤ・ビリビリするような

苦しく不快な感覚が現れたと、

前述しました。

 

この不快感は、

自分を中心からズラそうとする力の

性質を物語っていました。

 

それは、

不安や焦り、恐れや疑いと言った

否定的な思考や感情です。

 

 

否定的な感情や思考を抱く時、

私たちの中には必ず

何らかの緊張が生じています。

 

この緊張は概念的なものではなく、

物理的なレベル、つまり肉体に生じます。

 

どの感情・思考に対して

どこにどの様に緊張が現れるかは、

 

私たちがそれぞれ経て来た

体験や経験によって

少しずつ異なります。

 

ですが、例えば

人との関わりの中で

痛みを感じる体験をすると、

 

愛情のやり取りを司る

ハートチャクラの表面には、

自分を守るための防壁が築かれます。

 

エネルギーの動きが凝集し、

硬い殻のように固まっているのを

イメージしてもらえば良いと思います。

 

外側からの様々な刺激を

その殻によって遮断して、

対処しようとするわけです。

 

エネルギーにこうした変化が

生じるのと同様に、

 

心臓そのものの表面にも、

緊張によって組織を固めたり

厚みを持たせることで、

外の世界から自分を守るために

変化が生じます。

 

 

 

こうして形成された複層的な防壁は、

「凝集」や「緊張」という

活動的な力を帯びた、

言わば生きている能動的な盾です。

 

そして厄介なことに、

私たちを守っているこの忠実な力と、

私たちは多くの場合「一体化」しています。

 

そのため、

私たちが本来の自分に戻ろう、

ハートの中心に戻ろうとした時に、

 

この生きている盾は

私たちが多くの恐れや不安を

抱えていたことを思い出させ、

 

ハートの中心から

防衛のための前線へと、

私たちを引き戻す力として

作用することになります。

 

 

 

本来の自分に還るために

根本から変化しようとする時、

 

それは肉体の変化だけでも

心理・思考面の変化だけでも

為すことは出来ません。

 

肉体の変化は、

パターン化した体内感覚から

抜け出すことで、

現実をより歪みのない形で

体験することを助けてくれます。

 

そうした肉体の変化に加えて、

 

これまで自分自身が

同一化して来た「盾」を、

自分から良い意味で分離して行く

必要があります。

 

盾を形成していた感情や思考は

どのようなものか、

それを一つ一つ意識的に見つけ直し、

それら全てを手放す作業を行います。

 

自分を防衛へと引き戻す

感情や思考のパターンから、

自分自身の力によって

自分を解き放って行くことが、

とても大切になるのです。

 

 

(感情や思考のパターンを手放す方法について知りたい方は、

当サイト内のブログ記事より

『天使に願いを~ネガティブな思考や感情を楽しんで手放す方法』

をご参照ください。)

 

 

胎児は、理解する。

 

 

施術を行っていると、人間と言う存在の不思議さや神秘性を

まざまざと感じさせられる体験をすることがあります。

 

筋膜という、私達の身体の構造を支える組織を扱う施術は、

連続的で精妙な変化を構造に引き起こして行きます。

 

例えば、右の親指の付け根を施術していたら、右肩の巻き肩が戻り、

心臓の裏あたりでズレていた胸椎もまっすぐに戻った、

と言うように。

 

このような構造の変化の過程を観察していると、

それが何の関わりから生じていたのか、その因果関係も見えて来ます。

それゆえに、不思議さや神秘性に気付かせてもらえる事も多いのかも知れません。

 

今回は、そうした体験の中でも、

とりわけて印象に残っている臨床について話して行きます。

胎児には物事を理解する力があることを、分かりやすく教えてくれた体験です。

 

 

出産を1か月後に控えて

 

Yさんが初めて当院にいらしたのは、

初めての出産をほぼ1か月後に控えた時期でした。

 

Yさんは普段からよく内省をし、

ご自分の心の動きや身体の状態などを

つぶさに把握されています。

 

妊娠してからも、自分の身体や感情を観察しながら、

体調や感情のバランスを維持して来ていたそうです。

 

出産まで残すところ1か月ほどとなり、

増々大きくなるお腹に身体のきつさも増してきました。

 

どうしても呼吸が浅くなるので、気持ちがウツウツして来て…。

ここに至って、自分の取り組みだけでは難しいと感じるようになったそうです。

 

身体が大変なのは仕方がないとして、何よりも

心の状態に影響が生じていることを辛く感じるとの事でした。

 

身体に歪みや癖があると身体の負担は大きくなるのでは、

と普段から思っていたこともあり、

身体の状態が改善できれば気持ちも楽になるかも知れないと考えて、

ご来院されたのでした。

 

小柄で華奢な体型のYさん、

腰をかがめて玄関の靴をそろえるなどの中腰の作業は

まだこの時点では無理なく出来ている様子でしたが、

お腹は重たそうに見えました。

 

 

問題は、胸郭の狭さにあった

 

施術は、

右乳房を中心とした右胸郭へのアプローチになりました。

 

乳房が左右同じ大きさで、

同じ位置にきれいにそろっている事が意外に少ないという事は、

女性ならば気付かれている方が多いかも知れません。

 

これは、一般的には筋肉の発達の違いと理解されている様ですが、

筋膜的な見方からは違った理由が考えられます。

一つには胸郭の歪みの影響が考えられ、胸郭の変化に伴って改善する可能性を持ちます。

 

Yさんの場合は、右の乳房の下部と外側はしこりのようにカチコチに固まっており、

その為に左よりも乳房が大きく見えます。

また、乳房とお腹がピタッとくっついていてスキマがありません。

左側では、ちゃんとスキマがあります。

 

乳房とお腹がくっついてしまっているということは、

右側では胸郭の下部の空間が圧縮されていることになります。

肝臓や肺、横隔膜が配置された重要な空間です。

 

空間が狭くなれば、圧力も高まります。

大切な臓器も、圧されて緊張が高まっているかも知れません。

 

すぐに症状が出る程の強い影響ではないかも知れませんが、

圧迫されたり、緊張が高くなったりしていると、

それぞれの器官は持てる力を十分に発揮するのが難しくなり、パフォーマンスが下がります。

 

例えば肝臓なら、身体の疲れやすさとして影響が出るかも知れません。

肺や横隔膜ならば、呼吸を浅く感じ、

疲れやすかったり頭がはっきりしないという出方かも知れません。

 

 

乳房の硬さは、胸郭を歪める

 

Yさんの右乳房の下で胸郭が狭くなっていたのは、

他ならぬ乳房の影響でした。

 

乳房の周囲にあったしこりは、組織が緊張によって凝縮し、

その場に膠着したものです。

 

乳房で生じた膠着は、その奥にある肋骨にも影響を与えます。

膠着によって肋骨は互いにくっつき合い、

今度はそれが胸郭全体を下へ押し下げます。※1

 

※1 胸郭は、吸気では肋骨同士が開きながら上に上がり、
呼気では閉じながら下に下がります。

 

施術では、この乳房のしこりを解くことに時間を費やすこととなりました。

 

乳頭のまわりを中心として※2、

乳房に網の目のように張り巡らされた細かい緊張※3を辿って行くうちに、

まず右乳房の下部にあった膠着が解けて柔らかくなり始めました。

 

それと共に、右肩にも変化が起きました。

肩は自ずと、外へ広がって行きます。

 

※2 乳房や恥骨などの繊細な部位への施術の際には、事前にクライアントさんの承諾を頂いています。

※3 筋膜上には、緊張の痕跡が線状で形成されます。
詳しくは、こちら(http://inemurino-ki.com/fascial-traces/)へ。

 

 

 

膠着と言うと、無機的に固まっているイメージがあると思いますが、

生体内ではそうではありません。

 

膠着した箇所では、筋膜の凝縮が生じています。

ここは「凝縮する力」を帯びつづけ、他の箇所へも作用を及ぼします。

 

乳房のしこりが弛むことで肩が広がったという一連の変化から、

乳房に生じていた膠着によって肩が内側に引き寄せられ、

胸部の狭く息苦しい状態を助長していたのが分かりました。

 

変化はさらに続き、身体構造が

力学的な作用によってどの様に繋がり合っているのかを示してくれます。

 

右側の乳房と肩が変化すると、今度は

下に押しつけられて閉じていた胸郭で、

体内の空間がふわっとゆるんで広がる気配がしました。

 

胸郭の状態は、肺の状態に直結しています。

胸郭が締まっていれば、肺も締め付けられています。

胸郭がゆるんで柔軟になれば、肺と横隔膜の緊張も一緒にゆるみます。

(肺の緊張で胸郭が締まっていることもありますが、それはまた別の機会に。)

 

 

それまで静かだったお腹の赤ちゃんがモゾモゾと動きだしたのは、

この時でした。

 

赤ちゃんの動きは活発です。

何をしたいのかは分かりませんが、動きには迷いがありません。

 

しばらく見守っていると、

それまでいびつだったYさんのお腹が

左右対称になったことに気付きました。

 

 

胎児は、「心地よさ」を自分で探す

 

Yさんの赤ちゃんは、いつも

右の足の付け根(鼡径)のところに頭を収めています。

これは担当の産科医も言っていたそうで、その位置にいるのが習慣でした。

 

母体の鼡径部の辺りに頭を収めると、

赤ちゃんのお尻や背中は右の脇腹の方へ寄りかかることになります。

Yさんのお腹に最初に触れた際に、左右で全く違う形に感じたのはこの為でした。

 

やがて、赤ちゃんの動きが止まりました。

お腹に触れて確認してみると、やはり左右対称になっています。

正面は、きれいな丸みを描いています。

 

ははぁ~…!なるほど~!

正しい姿勢に戻ろうとしてたのか!

赤ちゃんは自分から動いて、

お母さんの骨盤の中に頭を戻そうとしてたんだ。

 

しばらくすると、なだらかに丸くなったお腹の真ん中の辺りが

規則正しい大きなリズムで動き始めました。

赤ちゃんが、すやすや眠り始めたようです。

 

Gray38(public domain)-胎児-2

 

 

赤ちゃんがモゾモゾと動き出したのは、

胸郭が広がるのと同時でした。

 

右側の胸郭で生じていた空間の圧縮は肺や横隔膜だけでなく、

赤ちゃんの居心地にも影響を与えていたことが、この反応から分かります。

 

胎児は胎内の空間の心地よさを、どうやら思った以上の敏感さで感じ取り、

それに対して自分なりに反応をしていると言えるのではないでしょうか。

 

母体の体腔(お腹や胸郭、骨盤などの体内の空間)に左右差や歪みがある時には、

胎児も自分なりの工夫によって、

安定して落ち着いていられる位置や状態を探すのかも知れません。

 

 

母体への呼応

 

右乳房へのアプローチには、かなり長い時間が掛かりました。

長年の蓄積で出来たと思われる、頑固で広範なしこりだったためです。

 

しこりが解け、膠着を形成していた組織が伸び広がりながら元の位置へと戻り始めると、

乳房全体に柔らかさが戻り、左右差もなくなって来ました。

 

次に向かったのは、空間の狭くなっていた肋骨下部でした。※4

 

※4  施術では線状に現れる緊張の痕跡を辿ります。施術者の判断ではなく、
身体が体表に現すサインに従って、アプローチをする部位が移り変わります。

 

 

肋骨下部を構成する第8~9肋間は、

胸郭の中でも肋骨が変形を示しやすい所の一つです。

 

外側の構造は内側の状態に影響を与えると共に、

内側の臓器の状態を反映します。

 

第8~9肋骨で変形が生じている事が多いのは、

肋骨の内壁に付着している横隔膜が、この高さの辺りで

腱中心へ向かって走行の方向性を変えるからかも知れません。

 

ここへのアプローチでは、肋骨下部の内腔で変化が起きました。

肋骨下部と言えば、ちょうど肝臓があります。

 

その内腔を圧縮していた力が解け、空間が上下に広がって行きます。

肝臓が少し上に上がり、お腹の天井が上に広がったようです。

 

構造の変化の様子が、手の感触を通して伝わって来ます。

 

 

トントン…。

肝臓の底面の辺り、ちょうど空間が広がったばかりの所から

今度はお腹を蹴る気配がしました。

 

その蹴り方はまるで、

空間が本当に広がったのかを確かめているような、

空間が広がって行くのを手伝っているような…。

 

測ったようなタイミングの良さで起きた、赤ちゃんの2回の反応。

1回なら偶然かも知れません。2回以上は、偶然とは言えません。

これは明らかに、母体の変化に呼応しています。

 

 

お腹の形と重心の変化

 

施術はその後、第8~9肋間と乳房とを

何度か行ったり来たりしました。

 

長い年月に渡って緊張を蓄積している所では、

緊張が飽和すると他の箇所へ力を分散させ、そこが飽和するとまた他の所や元の場所へ…と

力の再分散・再分配を行っていると思われます。

 

そうして、互いに緊張を行ったり来たりさせている内に、

様々な場所が緊張によって結びつきあう、と言う事が起きている様なのです。

 

そのため、同じ所を行ったり来たりしながら繰り返しアプローチする、

ということが筋膜の施術では頻繁に起こります。

 

乳房と第8~9肋間とを繰り返しアプローチする内に、

肋骨下部の内腔は更に広がって、乳房の高さも左右で揃ってきました。

 

腹部にも変化が起きていました。

 

乳房と胸郭の緊張に押されていたお腹は、

最初はその最大径がお腹の真ん中より下にありました。

 

 

腹囲の頂点が下の方にあるとお腹は重く見えますし、実際に重く感じます。

お腹の重心が、中心よりも前下方に傾くためです。

 

 

腹壁の強度と胎児の安定性

 

施術後、最大径が上に持ち上がったYさんのお腹は、

最初よりも曲線がなだらかで、重心が後ろに下がりました。

お腹だけでなく、腰にかかる負担も軽そうです。

 

胎内の赤ちゃんにとってはどうでしょうか?

 

重心が前方に傾いたお腹の場合には、

腹壁を内側から支える腹膜※5は伸びてしまい、その強い支持力を失います。

内側から腹壁を押すと、十分な抵抗感が得られない状態です。

 

一方、お腹の重心が真ん中に近い状態では、

腹膜によって裏打ちされた腹壁は適度な強さを持つと考えられます。

 

本来なら、赤ちゃんが内側から寄りかかっても

その体重を十分にホールド出来る支持力を持っていることは、

Yさんの姿から見て取ることが出来ました。

 

※5 腹膜も筋膜と同じ結合組織の一つであり、構造を支える役割を持ちます。

 

 

Yさんの赤ちゃんには、お腹の右側に身を寄せる習慣がありました。

右側は、緊張によって空間が狭くなっていた側です。

なぜ、わざわざ狭苦しい所へ納まることを選んだのでしょう?

 

答えは、左右の腹壁の強度の違いだったのではないでしょうか。

身体を寄せていた右側は、緊張の為に腹壁の抵抗力が高くなっていたと考えられます。

 

広々として、でも支えの弱い左側より、

狭いけれどもしっかり身体を支えてくれる右側の方が、

安心感があったのだろうと思います。

 

 

胎児も一緒に施術を受けている

 

施術は、肺門のある右第3肋骨の上縁を通って

最後に胸の中央にある壇中という経穴(ツボ)に辿り着きました。

 

壇中に触れていると、胸郭の中で動きが生じてきます。

胸全体と胸肋関節が弛み、胸骨の内側で空間が広がって行きます。

 

体内の空間が広がる変化は、

内腔にかかっていた圧力が抜ける様な感触として、

体表から感じ取ることが出来るものです。

 

Yさんの閉じていた胸がす~っと開いて、

施術は終わりとなりました。

 

お腹の赤ちゃんは、

トントン足蹴をした後からは

身動き一つせずにおとなしく眠っていたようでした。

 

 

この時の施術は、私の中に不思議な感覚を残しました。

 

最初の内は、間違いなくYさんとの施術でした。

母体の変化に胎児がはっきりと反応を示してからは、

施術はYさんに対して行っているのか、

はたまた赤ちゃんに対して行っているのか、区別がつかなくなりました。

 

赤ちゃんが示した2回の反応については、この時点では、

胎内の変化を物理的な刺激として感じ取って、

条件反射的に反応をしたのだろう、と考えていました。

 

 

胎児の理解力と、思いやり

 

少し日を置いて、

体調はどうかを訊ねる主旨でYさんにご連絡をしました。

 

返信には、こんなことが書かれていました。

 

『歩いているとき、

足の付け根がしびれた感じがすると少し立ち止まって休むのですが、

 

今までと違うところは、

赤ちゃんが自分で居場所を移ってくれるようになりました。

 

しびれないような場所に移ってくれるので、また歩きはじめます。

不思議です。』※6

※6 感想やメール内容の掲載は、ご本人のご了承の上で行っています。

 

 

皆さんなら、これを読んでどう思われるでしょうか?

一読して、私は感動と共に、衝撃を覚えました。

 

右足の付け根はのしびれは、Yさんの主訴の一つでした。

その一因が、胸郭や腹部の構造の歪みと

胎児がそこに頭の重さを乗せる事にあることを、

施術を通してYさんも理解されていました。

 

その赤ちゃんが、

Yさんが右足にしびれを感じた時に

体勢を変えてくれたのです。

 

母親の心理的な動きが胎児に伝わっているのは、

今では誰でも当たり前に理解している所です。

 

赤ちゃんが、Yさんが辛いと思ったことに反応したのか、

Yさんの身体が発する痛みの信号に反応したのかは分かりません。

 

ですが、

Yさんの状態と自分の姿勢に関係性があることを赤ちゃんが理解した。

そしてYさんの為に動いてくれた。

このメールからはそう読み取れました。

 

 

施術の時には、腹部の空間が整ったのをきっかけに

自発的な移動が起こりました。

正常な姿勢に戻った方がより快適だった為に、移動したのだと思われます。

 

今回は状況が違います。

動いて居場所を変えたのは、

赤ちゃん自身の快適さの為とは考えにくいのです。

 

施術の中では、母体の構造の変化によって体腔が緩やかに広がって、

母親はリラックスした深い呼吸をする様になりました。

 

これは、Yさんだけの体験ではなかったのでしょう。

赤ちゃんにとっても明らかな体感を伴った変化であり、

母親と自分の状態の関わりを理解するきっかけになったのかも知れません。

 

Yさんが伝えてくれたこの後日談は、

赤ちゃんには母親に思い遣りを示すような思考力がある、

そんな可能性を教えてくれている様に思うのです。

 

 

 

関連記事:Yさんから頂いた感想