neMu no ki 代表(店主)
飯島 千惠

ご挨拶


neMu no ki にお越し下さって、ありがとうございます。

当院は、2009年の4月に現在の場所にて開院しました。
今年2022年で丸13年となり、14年目に入ります。

当初はアロマセラピーやリフレクソロジーも提供していましたが、
「身体が本当に変化する」施術でなければ受けて頂く意味がない、
お客様の身体と時間とお金をお預かりして行うのだから
それに見合う良質の施術と時間を提供したい
と言う思いが強くありました。

(今思えば、当時は若かったので
力が入り過ぎている感がありますが^^)



「本当に変わる」とはどう言う意味で述べているかと言うと、
症状はもちろんですが身体の形も変化すると言う意味です。

身体は機能面が変化すれば大丈夫、と言うのが
一般の方々だけでなく施術者にとっても通常の考え方だと思います。

そこには、身体の構造面で起きている不具合
(例えば歪みなど)はそのままでも
症状が緩和すればOK、
という暗黙の了解があるように思います。



ですが、自然界では機能と構造は表裏一体、
不可分の関わりの中で生じます。

機能は形に基づいて決定され、
機能の状態によって形は更に変化します。

機能が戻れば形も変わると言う考え方は、
この一方を見ているのかも知れませんね。

ですが、本当に根本的な変化をと言うのであれば、
それは機能と共に構造も変わるものであるはずです。

例えば形がそのままの場合には、
一旦回復したように見えた機能もまた
形に引きずられて元に戻ってしまうからです。



機能面で生じることの多い
痛みや痺れなどの症状だけでなく、
屈曲したり湾曲したり捻れたりしている形だって
実は幾らでも変わる可能性を持っています。

ただしそれは、外側から力を加えて
無理に形状を戻すことでは起きない変化です。

一度ぐいっと鉄板を曲げると、
幾ら力によってきれいに伸ばし直そうとしても
曲げた跡が残るのと同じです。

鉄板を曲げた力の作用がそこに残っているため、
更なる力を加えても鉄板は元の平面には戻りません。



ですが鉄板と違って、
身体は生命体で意思を持ちます。

身体自身が能動的に反応すれば、
構造に歪みを作り出していた不要な力の作用を
身体の内側から手放すことは可能です。

筋膜への施術では、
身体自身の能動性に働きかけて、
身体が身体自身の力で変化して行くのを
助けることが出来ます。

施術者自身が自分の身体を題材に研究し続け、
またクライアントの方々に施術を提供する中で、
それを実感しています。



身体の形の変化は、
身体の体感の変化と共に生じます。

これまで「肉体」というみっしり詰まった
物理的な構造体だと感じていた身体を、
その内側に空間を抱えている
大きな広がりそのものだと感じられたりもします。

施術を通して、これまで知ることのなかった身体に
出会えるかも知れませんよ!

店主の来歴

幼少期ー身体との葛藤

・幼少期は家のすぐそばの下り坂で頻繁に転んでケガをし、泣いて帰宅。派手にケガした膝小僧を手のひらで慎重に包み、いつもお湯が滲みないように苦労して風呂に入っていた。

・小学1〜2年生の体育の授業中、自分は出来ずにいる逆上がりを楽々とこなしている同級生を見て、「体のしくみはみんな同じなのに、できる人とできない人がいるのは何でだろう?何が違うんだろう?」と疑問に思う。

・小学4年の頃、学校の登り棒から転落、背中を強打した瞬間に一瞬だけ飛んだ意識が戻ると、呼吸が止まっていた。何とか息を吸おうとするが、普段どうやって息を吸っていたのかが分からず、死ぬかも知れないと思った。

・小学5〜6年生の第二次性徴期、ブラを着用することを肉体的にも心理的にも気持ち悪く感じ、すんなり変化を受け入れている周囲の子供達と自分が異なることに苦しむ。みんなと一緒に着替える体育の授業を中心に、徐々に人目を避ける傾向が強くなる。(長い間、自分が他の人と同じように成長できない、その異質さに苦しんだ。後に施術者になって自分自身に施術をほどこす中で、背中を強打した体験により胸郭に歪みが生じ、心臓もその衝撃を受けて緊張しやすい傾向を抱えていたため、胸部を圧迫したり締め付けること自体が不快であったこと、その不快感が苦しみの元となっていたことが分かる。)


学生時代ー神秘体験と神秘思想

・中央大学総合政策学部政策科学科、第一期卒

・在学中、同学部学部長で法学者(刑法)の渥美東洋氏のゼミに所属、第2外国語としてアラビア語を専攻。

・この頃に腰痛が生じ、複数の治療院に通う。身体には「ここに触れて欲しい」というポイントが明確にあって自分ではそれを鮮明な感覚として感じ取っているのに、治療者の誰一人としてそれを捉える人がいないことに驚く。

・大学入学前に地元の弓道場に通い、入学後に大学の馬術部に所属。そこで体験した2つの神秘的な出来事(弓と馬による原体験の記事へ)を通して、プラトンの「イデア」は概念ではなく実在のものだと理解する。

・同学部で教鞭を取っていた宗教学者の中沢新一氏の講義から、自分の神秘体験が錬金術やシャーマニズムなどの神秘思想と繋がっているように感じ、興味を持つ。

・同学部の大学院修士課程に入学。イスラム神秘主義を通して自分の神秘体験を深めようとするも、研究の切り口を見つけることが出来ずに悩む。

・修士課程2年目に入ると同時に、自分の神秘体験を意図的に再現してその意味を理解する機会を求めて、馬の世界へ。流鏑馬を含む和式馬術全般に取り組んでいた紅葉第木曽馬牧場にて勤め始める。大学院は休学の後、中退。


牧場時代ー形と動きの相関性の理解

・木曽馬を中心とした和種馬と共に寝起きし、馬の誕生と死の瞬間に立ち会い、仔馬を乗馬として育成するための馴致や調教にたずさわる生活を6年半続ける。

・この間、馬の戻し交配によって室町・戦国の絵巻物に描かれる威風堂々とした和種馬を再現しようとしていた牧場長の菊地幸雄氏の元で、馬の身体の形と動きの関連性ついて、理論と感覚の両面から学びを深める。

・勤務中、乗り手のバランスに馬が体勢を合わせていること、その為に乗り手の身体の歪みが馬の身体を歪めさせていることに気づき、乗り手と馬両方の「バランス」を整える必要性を強く感じる。

・身体とその「バランス」について理論的に学ぶため、東京療術学院に入学。身体は奥が深く、本当に理解するには施術者になる必要があると感じ、牧場を退職。


施術の道へー施術の基礎固め

・ホリスティック医学の第一人者:帯津良一氏(現・同学院名誉学院長)を擁する同学院にて、解剖生理、東洋医学、運動療法、心理学、気功、アロマテラピー、各種の整体技法といった、統合的な施療に必要な基礎を多岐に渡って学ぶ。

・同学院にて、筋・筋膜療法を教える内田威氏に師事。同氏が施術中に発見した、筋線維の緊張や弛緩に応じて体表に特異なポイントが現れる現象を中心に組み立てられたのが筋・筋膜療法であり、受講初日にこれは科学的な西洋医学とエネルギー的な東洋医学をつなぐものだと感じ、修得に専心する。

・同学院の第37期、首席卒業。

・在学中より、代々木上原のBody Relax fuu(現在は閉店) にて勤務。実地での接客経験を3年積んだ後に独立。


開院後ー身体とエネルギーのつながりの探求

・2009年4月、国立市の現住所にてアロマと整体のお店 neMu no ki を開院。

・同時期、身体のエネルギー的な側面を実際的に理解する必要性を感じ、科学的かつ理論的なヒーリングの名著:『光の輪』と『光の手』の翻訳者であり自身もヒーラーである王由衣氏のオープンスクールに参加。以降、不定期ながら7年に渡って同氏の元で学び、エネルギー的に身体を感じ取る感覚を養う。

・またこの間、筋膜がエーテル体と関連する重要な器官であると知り、それを現実的な形で理解したいと思い始める。

・AEAJアロマインストラクター・健康管理士資格取得、アプレジャー頭蓋仙骨療法と神経言語プログラミング(NLP)受講

・アプレジャーインスティテュート主催の頭蓋仙骨療法の講座にて、脳内の構造、特に膜系組織が頭蓋骨と脳の実質をどの様に結びつけているかの詳細を学び、筋膜ー膜系組織が身体の中で担っている役割の重要性を再認識する。

・2015年、屋号を筋膜バランス整体 neMu no ki に改める。

・2016年、実践的なスピリチュアリズムを教える並木良和氏の講座に参加、同氏のアプローチは当院の施術と本質を同じくしていると感じる。以降、同氏の元で学び続け、意識とエネルギーが身体を含めた物理的な現象界に与える作用について理解を深めている。