脊柱の彎曲は、元に戻る。~脊柱管狭窄症の事例から

「骨の変形」と

 

 

社会に出て2年目にあたる20歳の頃、

Mさんは頚椎症と診断を受けました。

首と背中に、その後長い間、痛みを抱えることになりました。

 

 

「仕事でストレスを抱えていたから。

 

仕事も好きじゃなかったんだけど、だからと言って

そこを辞めて自分に合った他のものを探すっていう、

身軽さもなかったのね。

 

長女だったしね。」

 

 

酷い時には、首の痛みが吐き気になることもありました。

初めて病院に診察に行った時には、治療は背中への注射でした。

すごく痛かったけれど、おかげで首の方は嘘のようにケロリと治まりました。

 

 

しばらくして、痛みが再発しました。

再発するたびに注射による治療を受けましたが、

最初の時のような効果が出る事はそれ以降ありませんでした。

 

Mさんは現在50代。長い時を経る内に、

あれほど苦しんだ首の痛みは

自然と治まってしまったようでした。

 

 

ところが、

今から6年ほど前に旅行中に滑って転倒、

その際に坐骨を打ったのをきっかけにして

今度は坐骨神経痛が出るようになりました。

 

 

レントゲンでは、

異常は何も見つかりませんでしたが、

痛みそのものは2年ほど続きました。

2年と書くと短く感じますが、痛みを伴っての辛く長い期間です。

 

今までの病院では進展がないと感じたので、

病院を変える決意をしました。

転院先ではMRI検査が行われ、

その結果、腰椎4番、5番に脊柱管狭窄があることが分かりました。

 

 

治療は、穿刺する箇所をその都度変えながらの

神経ブロック注射でした。

注射の痛みを我慢しながら、それでも腰が良くなるのであれば、

と10回以上試しました。

 

しかし、一向に効く気配はありませんでした。

望みをつなげようと、整体や鍼、ストレッチなど、

効く可能性のありそうな治療法や施術法を自分で調べながら

あちこち回りました。

 

 

「筋膜」という言葉が気になって、

neMu no ki にやって来たのは今年の夏の事でした。

それから2週間に1回ほどのペースで、施術を受けるようになりました。

 

受け始めてから5回目の施術で、

脊柱管狭窄症と診断された個所に

構造的な変化が起きました。

 

4回目までの施術は、

中背~腰部、右腕、後頭下縁、心臓の裏側など、

腰部の狭窄症とは直接関係のなさそうな個所への施術でした。

 

それでも、少しずつ

身体が楽になっている感覚がありました。

 

 

 

Mさんは歩くのが大好きです。

大好きだけど、歩くと

坐骨神経に沿うように太腿の裏側に痛みが出てきます。

だから今までは、休み休みでした。

 

この間は、隣町まで1時間かけて歩いて行き、

目的だったお店の中をウロウロしながら買い物をして、

そこからまた1時間かけて歩いて帰って来ました。

休みながらの必要はありませんでした。

 

歩いている時に、痛みはまだ出ます。

でも、前みたいな辛さではありません。

 

欠かさずにお稽古に行っている太極拳でも、

腰を左右にひねりながら、デンデン太鼓の様に手を振る

「スワイショウ」という動きを

最近試し始めました。

 

今までは、腰をひねる動きなんて言うと

グキッと行きそうで怖くて、試す事もしませんでした。

 

今だって、まだほんの恐る恐る、コワゴワと。

でも、試そうという気持ちになりました。

 

 

身体は正直です。

本当に大丈夫、という所まで癒えていない時には、

どこかで不安を覚えます。

身体が安定したバランスにいるか、あるいはそうなりつつある時、

大丈夫、試してみよう!というポジティブな気持ちを、身体が伝えてきます。

 

 

 

さて、5回目の施術です。

施術の中心になったのは、腰仙関節から腰椎5,4,3番。

MRI検査で、脊柱管の狭窄があると診断された辺りでした。

 

 

この時に、大きく後ろに飛び出て固まっていた腰椎が、

完全ではないにしても 、手で触って平らになったと感じられる程度にまで変化しました。

 

 

身体にどのような変化が生じたのか、

それを順を追って詳述して行こうと思います。

それに先立って、まずMさんの身体の特徴を説明します。

 

 

Mさんの腰椎下部(L3~5)では、

椎骨が後ろ(背中側)に飛び出ていました。

 

 

特にL3が最も後ろに飛び出ており、

L5は中心から右にずれています。

 

 

L3は本来、腰椎のカーブの頂点にある骨です。

つまり、腰椎の中で一番お腹側にいるはずです。

そこが、逆に一番背中側に飛び出ている訳ですから、

腰に何か不自然で無理な状況が生じていることが分かります。

 

 

骨盤はと言うと、

右側では腸骨の上縁が背中の中へ潜っていて(前方への変位)、

腸骨の輪郭を確かめることが出来ません。

そして、その腸骨と仙骨が接合する仙腸関節を観察すると、

右腸骨が左腸骨に比べて下に下がっているのが分かります。

 

 

右腸骨には、下方への位置のずれ(変位)と前傾という

二つの癖が重複して生じています。

 

 

骨盤全体のバランスからすると、

仙骨そのものも位置が下に下がっている様です。

 

 

他者の体型を日々つぶさに見ていると、

その人の本来あるべき理想的なプロポーションが直感的に分かる様になります。

その直感を持って観ると、腹部が長くなっちゃってるなぁとか、

腰部の長さが短縮しているなぁとか、

本来の姿とはズレている箇所に自ずと違和感を感じ様になります。

 

 

 

仙骨の下にある尾骨は、中の方へ入りこんでしまっています。

これはちょうど、犬が尻尾を足の間に挟んでいる時の

尻尾の付け根の様子と似ています。

 

 

下背部(第7~9肋骨を中心とした両背部)は固く盛り上がっています。

この固い隆起部分は、

腰椎の後湾によって脊柱の柔軟性が低下したために

背部に負担がかかって生じていると感じ取れました。

 

 

こうした形状の変化を観察すると、

腰と背中に何が生じ、それがどんな症状に結びついているのかを教えてくれます。

 

 

この時に施術の中心となったのは、

尾骨の先端でした。

 

 

施術でアプローチすべき箇所は、身体自身が決めます。

施術者は身体の意図を汲み取って、身体が変化したい方向に後押しするだけです。

 

 

尾骨の先端から筋膜へのアプローチを開始すると、

それはまるで雪の中の足跡が一本の道になって見えるように、

移動する施術ポイントがラインを形成して行きます。

このラインは、それぞれの部位が力学的にどの様に結びついていたかを示しています。

 

 

尾骨の先端から始まったラインは、

仙骨の右際に沿って移動して行き、右後上腸骨棘へ到着しました。

 

 

この間に、仙尾骨の内側面(内臓と隣り合う面)で反応が起き始めました。

組織が弛んでいく感触があります。

今までは、仙尾骨の内側の空間に納まっている臓器や組織に

何がしかの緊張があったと考えられます。

 

 

尾骨には、直腸が靭帯で固定されています。

トイレで立ちあがった時に腰に痛みが出ることがある

とMさんが話していたのを思い出し、

排便時に肛門に痛みを感じることはなかったか聞いてみました。

 

 

今は大丈夫だけれど、以前は

排便時に会陰の所から肛門にかけてしびれが起きることがあって、

このままひどくなったら自分で排便できなくなるかも、と思ったりして。

 

 

あとね、生理用品を使うとよじれるのよ。

身体が歪んでるって言われたことがあるんだけど、そのせいかなぁって。

 

 

 

とのことでした。

 

 

生理用品や尿パッドなどが捻じれたりよれたりするのは、

会陰の両側にある骨盤骨格(恥骨枝)の位置が左右でズレている為と考えられます。

つまり、骨盤に歪みがあると言うことになります。

 

 

また、便意は、直腸内の圧力が高まることで生じます。

排便はその圧力を利用して行われますが、

排便の瞬間には圧力が一気に下がることになるので、

腸はぎゅうっと絞られるような緊張感を経験します。

 

⇒以下、再考。

こうして生じた緊張感は、

腸を固定し、腸の安定性を支えている箇所、すなわち

直腸を固定する靭帯と、それが付着する尾骨の内側面へ強く伝わって行きます。

 

 

Mさんのように尾骨を打っている場合には、

尾骨に付着している固定装置そのものにも緊張が生じ、

固くなっている可能性も想像できます。

 

 

排便時やそのすぐ後には、圧力の変化で直腸に強い収縮力が生じます。

本来ならすぐに緩むはずのこの緊張は、

直腸の固定装置に緊張があることで

会陰や肛門のある骨盤底には過度の緊張が加わることになり、

それが痛みやしびれなどの症状として現れたと考えることが出来ます。

 

 

こうした理由から、

会陰から肛門にかけて排便時にしびれがあること、

トイレで用を足したのちに立つと腰痛が出ることは、

互いに骨盤の歪みによって関連しあって生じていると考えられます。

 

 

 

 

仙尾骨の内側面で組織が弛んでいく感覚を確認しながら、

アプローチは後上腸骨棘から仙骨の上縁を辿り、腰仙関節に向かいます。

 

 

腰仙関節では、身体の自発的な反応が長い間続きました。

仙骨の内側面で更に組織が弛んでいく感触があり、

仙骨の表面も含めた周辺一帯の組織が、急にふわっと柔らかくなりました。

これは体内で変化が十分に起きたことを教えてくれる反応です。

 

 

 

 

ここで一旦腰部を離れ、他のポイントへもアプローチして行きます。

左肩甲間部、右前胸部、鼻骨。

 

 

左肩甲間部と右前胸部は、

上半身の反時計回りの捻じれ(脊柱を軸として)を形成していた膠着箇所でした。

 

 

この上半身の捻じれは、腰部の後湾をカバーするために生じたもののようです。

この捻じれに伴って緊張していた右肺から力が抜けました。

 

 

今までは吸気でせり上がった右肺は呼気で閉じずに止まっていましたが、

ちゃんと吐く息で下に下がる様になりました。

 

 

 

全身を見た上で、最後にアプローチすることになったのは

腰仙関節でした。

 

 

腰仙関節を細かく触り、適切なポイントに接触します。

皮膚の他の部分よりも、粘弾性が低くて抵抗感のない柔らかさを帯びたポイントです。

大きさは1ミリにも満たない、極々小さな点です。

 

 

接触するとすぐに、身体の中で反応が始まります。

 

 

今度は仙骨の内側面と言うよりも、

脊柱管から続く仙骨管腔で組織の弛緩が生じている様です。

仙骨管となると、緊張が解けて行っているのは脊髄神経(馬尾神経)でしょうか。

 

 

やがて、下がっていたはずの右後上腸骨棘が

左と同じ位の高さになって来ました。

仙骨の内腔も内側面も、さらに大きく組織が弛んで行きます。

 

 

ポイントが腰椎4~5の椎間に移動しました。

大きく弛んだ仙骨周囲の組織が、

今度はシュ~っと締まり出しました。

 

 

一旦は弛緩して最大限に広がり弛んだ組織に、

結合力と支持力が戻ってきている、そんな感じです。

良い意味での強さが戻ってきている感じとも言えます。

 

 

後湾していた腰椎3~5番が移動し、少しずつ前湾を取り戻していきます。

 

 

ポイントは更に上へ。

腰椎3~4の椎間へ。

 

 

腰椎の3番が前方へと戻り、上下の椎骨との位置関係が安定して来ました。

 

 

本来は前湾しているべき腰椎3番が後ろに出ていた事で、

骨盤はどうやら横に広がっていた様です。

腰椎3番の位置が戻り始めると共に骨盤と腰部の幅が狭まり始め、

ラインが滑らかにスッキリと変化して行きました。

 

 

 

 

終了後、

足の痛みや腰の不安さの記憶が強いMさんは、

へっぴり腰でゆるりゆるりと用心深く動いています。

 

 

今回の身体の変化で

長年付き合って来た腰痛がどのようになるのかは、

次回のMさんの来院を待たなければ分かりません。

ですが、

 

 

「Mさん、腰とか骨盤の辺りを触って

様子を確かめてみて下さいね。」

 

 

「あ~…。(骨盤の両側を触りながら。)

なんていうのかな、

平べったかったのが丸くなったって言うのかな。

(言葉で説明するのが)難しいけど、

(今までと)違う~。

 

 

…腰に彎曲がある!」