過去を生きる細胞~古傷の臨床 /3月の営業予定

 

3月の営業予定

 

街中を歩いていると、

沈丁花や梅の香りが

時折ふわっと

鼻をくすぐる様に

なりましたね。

 

それに、

暖かい日差しと風に…

マスク姿の人たち!

 

あ~、いよいよ

春が来たんだなぁと

色んな意味で思います( ^ω^ )

 

私自身も

馬の仕事をしていた頃に

花粉症を発症して、

かなり長い付き合いになります。

 

でもこれは

私にとっては

恰好の教材でもあって、

 

自分の身体で色々と試しながら、

本当のところ

花粉症とは一体

どんな原因で出て来るのか、

どうしたら状態を

緩和させることが出来るのかと、

 

毎年この時期になると

原因究明のための取り組みを

自分を実験台にしつつ

細々としています。

 

そんな中で、今年は少し

花粉症のメカニズムについて

理解が深まったところがあり、

もしかしたら次回の記事で

お伝え出来ることが

あるかも知れません。

 

 

 

さてさて。

 

今回の記事では、

古傷の細胞たちは

傷を受けた時点の状態を

今もなお生き続けている、

 

ということを

分かりやすく示してくれた

症例のお話をして行きます。

 

その前にまずは、

3月の営業のお知らせを簡単に。

 

3月の臨時休業は

16日の木曜日のみです。

 

それ以外の日は

通常通りの営業で、

定休日は水・日曜日、

営業は11時から20時まで

となります。

 

施術の最終受付は

17時とさせて頂いております。

 

(ご予約・お問い合わせはこちらへ。)

 

 

 

過去を生きる細胞~古傷の臨床

 

「身体の方も、

これで一段落したんですね。」

 

施術が終わり、

身体がどんな変化を生じたかの

説明をしていた際に、

Mさんはそう言いました。

 

も?

と言うことは他にも何か?

 

そう問い返す前に、

Mさんが言葉を継ぎました。

 

 

 

衝撃的な事故

 

Mさんは3年前、

バイクに乗っていて

軽自動車にぶつかられ、

バイクごと横倒しになりました。

 

よそ見をしていたのか、

相手の運転手は

それに全く気づいておらず、

 

車に引っ掛けられたまま

Mさんは5メートルほど

地面を引きずられたのだそうです。

 

対向から来た他の車が

事態に気づいてくれたことで、

軽自動車はやっと止まりました。

 

 

 

慌てて駆けつけて来た

近隣の人たちに助け起こされ、

何とか救急車に乗ったMさん。

 

バイクの

下敷きになっていた左足は、

 

内股の上部が深く切り裂け、

地面に擦りつけられた

大腿外側部では皮膚が削れており、

後日皮膚移植を行ったそうです。

 

救急車の車内で

内股の傷口を確認した隊員は、

 

「大きな神経や血管は

無事ですよ!

良かったですね~。」

 

と声を掛けてくれたそうですが、

 

それが目視できるほど

傷が深いのかと、

Mさんはかえって

ショックを受けました。

 

 

 

古傷をたどって

 

Mさんが当院を訪れたのは

先月のある日のこと。

 

その目的は決して、

大きな痛みを伴う事故の古傷を

癒すことではありませんでした。

 

それにもかかわらず、

施術を進めて行く内に

アプローチは自ずと、

事故の時の傷跡に向けて

集約して行きました。

 

 

 

最初は、

左足の踵から小趾へと

アプローチが生じました。

 

足の形状と

アプローチの過程から見ると、

左足はどうしても

外側に頼って荷重せざるを

得なかった様子で、

 

 

踵は外側に傾き、

小趾は地面に向かって

押し付けるようにして

踏ん張っていたことを、

身体が教えてくれます。

 

この施術は、

身体の声を聴きながら行います。

 

身体がどこに触れて欲しいか、

どこにアプローチして欲しいかは、

身体が示してくれます。

 

それは物理的なサインを伴って

体表に現れます。)

 

 

 

外側荷重のパターンが

左足に生じた原因は、

内股に受けた深い傷のように

思われました。

 

内股にケガをすれば、

足の内側には

力が入りにくくなり、

外側の筋肉の力に

頼らざるを得なくなります。

 

 

 

小趾の踏ん張りを支えていた

緊張を解いていくと、

ぎゅっと閉じていた小趾の根元が

外へ開きました。

 

 

 

 

 

この変化によって、

足指の付け根全体を

広く使えるようになれば、

外側荷重のパターンは

緩和するはずです。

 

そう考えて

左大腿外側の傷跡の

硬くしこっていた組織に

触れてみると、

ここにも

変化が生じ始めていました。

 

組織が柔らかくなり、

しこりの緩む気配が兆しています。

 

この様子を観察したことで、

最初の踵~小趾へのアプローチは

古傷と繋がっているのではないか

と感じたのです。

 

 

 

これらの変化は、

次に起きるべき変化の

下準備だったようです。

 

今度は、

左大腿部の外側の傷跡と

内股の傷跡とをつなぐように

アプローチが生じました。

 

同時に傷を負ったとは言え、

別々の2つの傷です。

 

ですが身体は、

それらを結び付ける

「ライン」があることを

示し始めました。

 

 

 

大腿の外側の傷跡から

腸脛靭帯沿いを上へ。

 

車に引きずられた際に

大腿の外側部、

すなわち腸脛靭帯の

下部では皮膚が削れ、

上部は強い擦過のためでしょう

血が溜まったのだそうです。

 

傷は塞がっても、

傷口だった箇所や

血が溜まって伸びた箇所では

組織の膠着や緊張が残存します。

 

身体が体表に映し出すサインを

追いかけていくと、

まさしくその腸脛靭帯を

辿って行きました。

 

サインを追いかけて

先へ進んで行くのに伴って、

組織の緊張や膠着は

おのずと解けて行きます。

 

 

 

身体からのサインは、

音の響きに似ています。

 

次に触れて欲しいところを

身体が「トーン」と

音で示してくれる感じです。

 

どんどん移動して行く

その音を追いかけて行くと、

その間に身体は

自分自身がどんな風に

緊張していたのかを

把握し直せるようなのです。

 

そして、

自分はどこがどんな風に

緊張していたのかを

身体自身が再確認出来れば、

身体はそこから抜け出すことが

可能になるようです。

 

 

 

腸脛靭帯に沿って

上にのぼり、

大転子にたどり着くと、

ラインはそこから内へ曲がって

股関節頭へと向かいました。

 

 

 

大転子も股関節頭も、

上縁が詰まったように

固まっていましたが、

それは受傷時に

股関節が曲がっていたことと

現象的に合致します。

 

その固まっている状態を

解きほぐそうとするように、

しばらくの間

サインは小さな範囲に

細かく現れ続けました。

 

やがて、

そこに硬さを残したまま

移動し始めたサインは、

内股の方を目指し始めました。

 

 

 

古傷からの回復

 

Mさんの内股上部の傷は

水平方向に切り裂け、

幅10センチほどもありました。

 

股関節頭から辿って来た

サインは、今度は

その傷を縫い合わせた縫合痕を

辿るかの様に、移動を続けます。

 

サインの描き出したラインは、

ジグザグというか

網の目というか…。

 

あたかももう一度

傷を縫い直しているかのように、

繊細な移動を繰り返しました。

 

 

 

深い傷によって

筋組織が大きく切断された傷口は、

傷が治ったはずの今でも

表面からふれると凹んでいました。

 

傷口を縫い直すように

サインを追いかける内に、

凹みに変化が生じ始めました。

 

筋肉が奥の方から

ふ~っと膨らんで来ます。

凹みも、浅くなって行きます。

 

傷口を挟んで

分断されていた筋肉にも、

今までとは違った感触が

生じてきました。

 

それは、

傷口の上下の筋肉を

結び付ける力が、

回復して行く感触です。

 

 

 

エネルギーの疎通の重要性

 

これはどういう事かと言うと、

 

物質的な意味では

傷口は治って閉じたとしても、

エネルギー的な面では

健全さを回復できていなかった

ということです。

 

エネルギーと言うと

単なる概念的なもののように

感じる向きもあるかも知れませんが、

 

エネルギーの流れが

全身の細胞をまとめ、

一つの生命体として

活動することを可能にしています。

 

ケガなどによって

組織同士のつながりが

一旦切断されると、

物質的な肉体だけでなく

身体を巡るエネルギーも

その部分で遮断が生じます。

 

傷口に緊張や膠着などの

「状態の異常」が残ることで、

エネルギーの流れは

遮断されたままになります。

 

 

 

傷口を縫い直すように

サインを辿るうちに、

傷跡の細胞たちの緊張は

解けて行きました。

 

それに伴って、

傷口の上下の細胞たちの

エネルギーの疎通も回復したのです。

 

分断されていた細胞たちが

お互いの繋がりを回復し、

内股がしっかりとして来ました。

 

内股の筋肉に

力が戻ったからでしょう、

外側の腸脛靭帯もさらに

緩んで行きます。

 

 

 

サインは

移動を始めました。

 

水平の傷跡を外へと辿って

大腿直筋の上部へ出ると、

そこから上へと向きを変えて

ふたたび股関節頭へ。

 

バイクに乗った状態での

事故だったため、

受傷時に股関節と膝は

屈曲していました。

 

これら2つの関節を

またいで働く大腿直筋は、

この影響で強い緊張を抱え、

粘土のような無機質さのある

硬い手触りになっていました。

 

上手く機能できていなかったのは

内股だけではなかったことが

分かります。

 

内股も大腿の前面も

力が入りにくかったとあれば、

 

皮膚が削れるほどの

ケガをした箇所であっても、

どうしても大腿の外側に

荷重を頼らざるを得なかったわけです。

 

この部位の傷跡は

硬くしこった状態になっており、

Mさんも気になっていたそうですが、

 

傷を受けた衝撃と緊張を抱えつつ

身体の荷重を一手に引き受けていた

この箇所の細胞にとっては、

なかなか解けない

硬いしこりと思われるほどの

強い防御が必要だったとも言えます。

 

 

 

股関節頭へアプローチが始まると、

大腿直筋は徐々に緩み始め、

膝の方へ向かって伸びて行きました。

 

これは裏を返せば、

大腿直筋は今まで

股関節頭の方へ向かって

引き上がっていたのであり、

 

例えば歩行中などで

股関節を伸ばす動きの時でも、

内在的には股関節が曲がっている

と言う状態にあったことが分かります。

 

 

 

大腿直筋は柔らかさを回復し、

粘土から本来の筋肉へと

戻って行くようでした。

 

緩みながら

伸びやかさを取り戻して行く筋肉が、

「は~、良かった~…。」

 

と、安堵の溜息をついたように感じました。

この日の施術は、ここで終了になりました。

 

 

 

身体は、私たちと共に歩んでいる。

 

施術後のお茶の時間に、

施術の総括をお伝えしました。

 

身体の細胞は

事故の時の状態を

ずっと生きていたこと、

 

それを今日

身体は手放すつもりで

ここに来たのだろう、

 

という風な

お話しをすると、

 

Mさんは冒頭の様に

「これで身体も一段落したんですね。」

と。

 

 

 

事故によって思いがけず

示談金を得たMさんは、

それを元手に

勉強を始めたのだそうです。

 

仕事に活かせる内容で、

資格試験もありました。

 

事故では

大怪我をしただけでなく、

長年連れ添って来て

自分の一部のように感じていた

大切なバイクも失ったそうです。

 

辛い経験だったけれど、

それを出来るだけ

ポジティブなものに変えたい、

そういう気持ちも手伝っての

決意でした。

 

ですが、

忙しい時間を縫って

全ての科目を修了するのは

かなりの努力が必要だったそうで、

 

仕事で疲れて帰ってから

勉強する気力を起こす際には、

事故の時の衝撃と悔しさを思い出して

励みとしていたのだそうです。

 

3年前の事故を

きっかけにして始まった勉強は、

奇しくも今からひと月ほど前に

修了したばかりとのことでした。

 

 

 

この話を聞いたときに、

こんな風に感じました。

 

事故の時の痛みは、

Mさんが勉強を完遂できるよう

助けてくれていたのだな、

 

身体にとっては、

今だからやっと

事故の時の緊張を

手放せるのだな、と。

 

そして、身体はこんなにも

私たちを助けてくれて

いるのだな、と。

 

 

 

過去の時間の中に

踏み止まっていた細胞たちは

きっと、

 

「今」の時間の感覚を

Mさんと共に、

これからゆっくり

取り戻して行くのだろうと思います。

 

 

 

 

結びにかえて ~ 痛みを役割から解き放つ

 

楽になりたいと思って

施術を受けているのに、

思ったように変わらない時、

 

その痛みには、

私たちそれぞれを支える為の

何らかの役割が

あるのかも知れません。

 

痛みを手放すことは、

痛みが担ってくれている役割から

痛みを解放する事でもあります。

 

そう理解をしたうえで、

痛みを本当に手放したいと

思っているか、

手放す準備は出来ているかと、

自分に問いかけてみて下さい。

 

もし、

そう問いかける中で

痛みを抱え続けていた理由や

必要性に気づけたなら、

 

その時

身体はおのずと

痛みを手放し始めます。

 

 

 

おわり