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死の淵に立つ馬④ ~勝利と歓喜

前回からの続き

 

岳が歩き始めるのと入れ違いに、
大きな注射を手に獣医が現れた。

 

馬の様子を 遠目に見ながら言う。
殺すことはいつでも出来る。
ここまで来たら、トコトン付き合おう。

 

他にも、患畜はいる。
牧場も、明日は連休の初日、来客がある。
いつまでも待っている余裕はない。

 

待つと決めるのは、リスクを負うこと。
覚悟がいる。

 

岳と一緒に歩いていた場長が、戻って来た。

 

動き出してる様な気がするんだよなぁ。(腸が。)

 

彼は、希望的観測ではものを言わない。
だから、言葉に信頼性がある。
みんなの気持ちが、すっかり明るくなっている。

 

止まると、また腹痛が来るかも知れない。
ひたすら、歩かせ続ける。

 

「生き物の世話って、
愚直じゃなきゃ出来ないよね。ふふふ。」

 

「あははは、そうそう!
アホになんないと出来ないよね~!」

 

いつ動き出すとも知れない馬の腸を思いながら、
スタッフが馬場の中を歩かせ続ける。
その横に立って、 岳の腰に手を当てながら一緒に歩く。

 

腰仙関節から エネルギーを通すことで、
少しでも腸が動いてくれれば。

 

岳の腰の高さは自分の肩よりも少し高い。
腕は疲れて来るが、
あれだけの岳の頑張りを見たらこちらだって頑張ろうと思う。

 

場長もスタッフも、昨日から
ほとんど寝ていないと言う。

 

岳には、縁の深い家族もいる。
そこの娘さんも、横に並んで一緒に歩き続ける。

 

歩きながら、思い出話に花が咲く。
岳が大好きだった雌馬の福ちゃん。
彼女が先に逝ってしまった後、岳は抜け殻みたいになっていたこと。

 

若いメスが牧場にやって来たら、
たちまちに元気を取り戻してお尻を追い掛けまわしていたこと。

 

ボロを溜めておく深い穴にハマり込み、
抜け出せなくて、死にかけたこと。

 

助け出す為に救助隊まで来たのに、
牧場スタッフが置いた板を渡って、結局最後は自力で脱出したこと。

 

「いつだって、人には頼らずに
自力で何とかして来たんだよね、岳は。
誇り高い馬だよねぇ。」

 

「岳って、馬主がいたことあるの?」

 

「なかったと思いますよ~。
それに岳は、誰の馬にもならないですよね。ふふ」

 

「あはは、それもそうね!
誰も自分の馬には出来ないわね。」

 

岳の為に集まったのは、全部で9人。

 

人間の言う事は聞かないどころか、むしろ分かってて裏をかいて来る。
仕事だとあからさまに仮病を使うし、いい加減に自由気まま。

 

木曽馬の名誉のために言うなら、
彼らの多くは、真面目な性格。

 

岳は破格に、天真爛漫で、
縛る事の出来ない自由な魂なのだと思う。

 

だから、みんな時間を割いて、
一頭の馬の為にこうして集まっている。
いや、むしろ…

 

珍しく早めに帰宅する予定だった私の他に、
腰痛でたまたま仕事を休んでいた者、
雨天で仕事が流れて身体が急に空いた者。

 

偶然は、2つ重なると偶然ではないという。
こうなると、時間を作れるタイミングで集められたという気がして来る。

 

「俺が辛い思いしてるのに、
耳の傍でうるせえなぁって、
きっと今思ってるんだろうね~、ふふふ。」

 

岳の足取りは、少し落ちて来る。
でも、思ったほど重くはない。

 

大丈夫かも知れない。
でも、どうするかは 岳自身が決める事。

 

やれることはやった。
これで永の別れになっても、悔いはないだろう。

 

家へと戻る電車の中、メールが入った。

 

難産の末、
疝痛の原因と思しきものが除去された、と。

 

ここ最近で、こんなに心の底から
喜びを感じた事があっただろうか。
心臓からワクワクした感覚が上がってくる。

 

岳は、本当に生き返った。
…私達は、勝ったんだ。

 

闘っていた相手は、死ではなく
自分たちの中の都合や諦め。

 

もう終わりにしようと、
状況を明け渡したくなる誘惑。

 

…難産って、もしやほじくり出した?

 

そう、獣医さんが直腸からね!
30分格闘したのよ~!

 

みんなが帰途についた後、
岳の容態は一度急変したそうだ。

 

馬の心拍は、通常30~45と低い。
岳はずっと90で持ち堪えていた。
通常の倍。

 

120になると助からない。
一時、危険水域の100を上回った。

 

みんなの様子が明るかったから
獣医も迷いが出たんだろう。

 

全てが終わったのちに、
場長は振り返ってそう言った。

 

これで最後だから、
薬殺の前に腸の詰まりの除去を試みよう。

 

実力行使をすれば、腸壁を傷付ける。

 

そこが取り除けても、腸全体が
活動を取り戻す保証もない。

 

獣医が勝算を見ていたのか
一か八かだったのか、
それは分からない。けれど

 

最後は、プロの意地
だったのではないかと思う。

 

その後、朝までに
自力での排便が2回あった。
もう、本当に大丈夫だ。

 

ボロには最初、血が混ざったという。
岳と獣医の、奮闘の証。

 

これだから、
獣医は辞められないんだよなぁ。

 

そう言って、岳が助かったのを
一番喜んでいたのは獣医だった、と場長。

 

獣医は、
命を奪う行為の実行を許されている。
生殺与奪の責任を負う。

 

一方の牧場長は、
最終的に生殺与奪の決断をする。
その実行のタイミングを決めるのは、彼の責任。

 

思えば、姿の見えない時間が結構あった。
出来る限りタイミングを 引き延ばそうと、
獣医から離れていたらしい。

 

岳の様な厳しい状態から
復活する馬もいるには居る。
けれど、数は少ない。
獣医は、現実を見据えながら
現実的な判断をする。

 

場長は、馬をよく知り、
その個体の可能性を見ている。

 

どちらも、正しい。
立場と判断基準が違うだけだ。

 

最後の最後は、岳の底力。
でも、全てのタイミングが
噛み合わなければ、こういう
結末にはならなかったかも知れない。

 

横隔膜へのアプローチで、
少し腸が動き出したこと。

 

岳が倒れた時に強く腹を押して、
物理的に腸内のボロを
出口へ送ろうとしたこと。

 

獣医の手の届く範囲にボロがあって、
最終的に掻き出せたこと。

 

そして、みんなが岳に
気持ちを寄せ続けたこと。

 

「俺ってこんなに
人気あるんだって思って、
張り切っちゃったのかもね(笑)」

 

それぞれが持てる力を出し合えば、
状況は変えられる。
予想を覆すことだって出来る。

 

この経験は、私達を
一回り大きくしてくれた。
そう思う。

 

貴重な体験を与えてくれた岳に、
心から感謝を捧げよう。
そんな殊勝なことを言ったら、
きっとあの馬は
ニヤリと笑うだろうけれど。

 

 

終わり

 

 

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死の淵に立つ馬③ ~岳の生還

前回からの続き

 

岳に会いに来ていた人たちが、首元に集まって岳に触れる。
寂しい思いをさせずに、苦しませずに逝かせてあげたい。

 

荒い呼吸の鼻先に、
精油を塗った手のひらを差し出す。
少しでも、痛みの意識が緩和できれば。

 

獣医が、そろそろかなと
ゆっくりした足取りで車へ向かう。

 

生殺与奪の権利は、
いつだって行使するときには
迷いが生じるものなのだろう。

 

本当に、あそこで逝かせて良かったのだろうかと。

 

その判断に
唯一人で責任を負う存在だから、
あの背中は寡黙なのだろうか。

 

スタッフの腹を押す手は緩まない。
岳は白目を剥いたまま、次第に
全ての動きが収束していく。

 

しばらくの空白。
首元のまわりにいた者は、覚悟を決めた。
腹を押す場長たちは、手を止めない。

 

…獣医はまだだろうか?
…と、

 

ガバッ!!

 

岳が急に意識を取り戻した。
それと同時に、凄い勢いで起き上がった。

 

と言っても、後足が弱まり、
体重を支えられない。

 

頭を高く上げて
よろけながら踏んばる岳を、
場長が叱咤する。
立ち上がる気持ちが途切れないように。

 

木曽馬は、体重が300キロ以上ある。
横に倒れたままでは
自重で肺がダメになるらしい。

 

4時間が限度。それ以上は肺に水が溜まって来る。
そう、獣医が教えてくれる。

 

末梢循環も低下しやすい。
寝たままだと、 褥瘡も起きやすいと言う。

 

同じ重力下でも、
人間と馬の受けている引力の強さは
違うのかも知れない。ふと思う。

 

人間は立位だから、
重力の掛かる水平面の面積が狭い。
馬は、広い背中で重力を受け止める。

 

馬は、大地と共にあり、
大地の力の中で生きる生命なのだと
改めて思う。

 

かろうじて起き上った岳は、
四肢すべてがちゃんと地面についた途端、
急に足早に歩き出した。

 

しっかりした足取り。
今まで、じっとしていたのが
まるで冗談のよう。

 

腹痛に波があるのは、
誰しも経験のあることだろう。
岳は白目を剥き
気絶をするほどの激痛の波に襲われ、
そこから戻ってきた。

 

まわりの人間は、
この時、覚悟を決めた。
もう逝くのだろう、と。

 

墓穴を掘る者、
阿弥陀経を唱える者。
送る準備が整いつつあった。

 

それを振り切って起き上った岳は、
意外なほどにピンピンして見えた。

 

私たちは、 しばし呆気に取られた。

 

死の淵から、岳が戻った。
みんなの緊張の糸が切れた。
空気が変わりつつある。

 

「もうダメだと思った!
すっかり覚悟を決めたのに~」

 

笑いながら言うと、
一気に場に笑いが弾けた。

 

人間が諦めの気持ちのままでは、
踏んばる岳の足を引っ張るだけだ。
それは、避けたい。

 

「きっと、あっち(彼岸)にいる福ちゃんに
蹴り返されたんだよ!」
応える声があった。

 

みんな、楽な気持ちで
岳を見守る姿勢へと切り替わった。

 

死を迎えようとする深刻でかび臭い場が、
明るく風通しの良い空気へと一変した。

 

岳の疝痛の原因は
いまだに腹の中に納まっている。
でもこれで 、流れの先は変わったのかも知れない。

 

 

 

…続く

 

 

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死の淵に立つ馬② ~それぞれの立場で出来る事。

前回のあらすじ~
2日間の疝痛の果てに、
 腸の動きが止まった木曽馬の岳風。
 見守る人間たちの、
 それぞれの立場での努力が始まった。

 

 

自分の手だけでは、
弱った馬の肉体に変化を促すには 心もとなく感じた。

 

獣医に断わって、
精油や音叉も使いながら 腹部を刺激してみる。

 

動物は、音叉には敏感だという。
腹に刺激が入って腸が動くことで痛みが生じるのだろうか。
後ずさりをする。

 

出来るだけ痛みが生じないよう、
身体にどんな変化が起きているかは
つぶさに把握しておきたい。

 

やはり自分の手で、
細胞と岳の息遣いを感じながら手当をしよう。

 

人間と同じ構造なら、
横隔膜から伸びた内側脚が腰椎に付着しているはず。

 

横隔膜の端と端を押さえるように、
腰仙関節とみぞおちにアプローチする。

 

2か所に精油を塗布し、同時に触れる。
精油が、エネルギーの伝導を助けてくれるだろう。

 

横隔膜の広がりを意識で捉えながら、
反応が起こるのをじっと待つ。

 

横隔膜全体が、
意識に入ってくるようになった。
これは、ひとまず横隔膜全体に
エネルギーが通ったという目安。

 

獣医が、心拍と腸の動きを聴きに来る。

 

今まで動いていなかったところが
動いてきているかも知れない、と。

 

ただ、40メートルの腸。
外側で聴診出来る範囲は動いても、
その奥がどうなっているかは分からない。

 

肌寒い早春の夜、
「冷たい」と言いつつ片腕を水で浸した獣医は、

 

おもむろに直腸検査を始めた。
肩まで、肛門の中へと消えていく。
ちなみに、獣医は女医さんだ。

 

生き物を扱う人の潔さは、独特だ。
それは、 生き死にと
当たり前の様に背中合わせでいる事から来る、
厳しさと覚悟と、そして
その底に大きな優しさがあるからなのだろうと思う。

 

肩まで入るほど
奥深くに腕を挿し込むと、

 

「ガチガチだと思ってたけど、少し凹むな」

 

思っていたよりボロの固さは
柔らかかったようだ。
少し、望みが強くなる。

 

直腸検査からしばらく経って、
痛さをおくびにも出さず
静かに我慢し続けていた岳が

 

腰から崩れるように
ゆっくりと倒れた。

 

張りすぎた腹が邪魔をして、
上側の足は浮いたまま。
目が力なく閉じ始める。

 

眠ってはマズいと自分で分かっているかのように、
必死に瞼をしばたたいて 目を開けようとしている。

 

やがて痙攣のような動きが起き、
目がグルグルと彷徨う。

 

これはマズいな。
白目を剥き始めた…。

 

足を大きくバタバタ動かしている。
苦しい腹を蹴ろうとしている様だ。

 

それを察した場長とスタッフが、
腹を強くたたき始めた。

 

人間が相手なら、
苦しんでいる所を強く叩いたり押したりするのは、
あり得ない。

 

心臓マッサージだって、
相手の意識がない状態で行う。

 

可哀想という言葉は
誰からも出なかった。重要なのは、
タイミングを外さぬこと。

 

今この瞬間にやるべきことを、
やれることをやるだけ。

 

馬がしようとしている事の
意を汲んで、 それを実行に繋げる
反射神経があるかどうか。

 

行動の表面がどんな形かに囚われず、
その意図が馬の意思を支えるものなら、
迷っているヒマはない。

 

場長は、空を蹴る岳の脚を見て
何が必要かを瞬間的に嗅ぎ分け、
行動した様に見えた。

 

 

…続く

 

 

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死の淵に立つ馬① ~馬への筋膜的アプローチ

「岳がひどい疝痛で
もうダメそうなんだ。
腸の動きも止まっていて。」

 

岳は、30歳になる高齢馬。
人間でいうと、90を超えているだろうか。

 

正式には岳風(たけかぜ)という。

 

風の強い日には、馬は走る。
その性質と、岳の持つ武骨さとを
よく表した名前だと思う。

 

2日前くらいからボロ(糞)がろくに出ず、
お腹がガスでパンパンに張ってしまっているらしい。
腸の動きが止まり、ひどく苦しい状態にあるという。

 

痛みどめが切れる5~6時間後に、
あまりに苦しむようなら
薬殺せざるを得ないかも知れない、と。

 

連絡をくれたのは、
岳が身を寄せる牧場の場長。
私が馬の牧場で働いていた時の先輩でもある。

 

早く帰って家で仕事をするつもりだったこの日、
急遽、岳と先輩のいる埼玉県の東松山へと足を向けた。

 

岳は何度も死地を脱している
百戦錬磨の馬。

 

岐阜・長野地方を中心に
生育されて来た木曽馬の岳は、
狡知に長けて我慢強く、弱みは見せない。
野武士を思わせる粘り強さがある。

 

岳がそう簡単に死ぬわけはない。
私に出来ることは多くはないかも知れない。
でも、やれるだけの事はやって来よう。

 

筋膜の施術を始めて間もない頃、
まだ牧場で働きながら整体の学校に通っていたので、
馬にも施術の練習台になってもらっていた。

 

まだまだ自信を持てずにいた私にとって、
嫌なことは嫌だと素直に態度で表し、
それでいて腹を立てることのない馬の存在は
有り難かった。

 

人間よりも感覚が鋭く、変化も分かりやすかった。
施術をする内にびっこが緩和したり、
去勢してショゲていた馬が
雌馬のお尻を追いかけまわすようになったり。

 

肉体の元気さは、心も元気にする。
心と行動の直結してる馬だからこそ、
そんな当たり前の事を改めて現象として観察出来た。
教えてもらえることはいっぱいあった。

 

岳は、そんな馬達の精神的な要の存在。
馬のくせに、カリスマ性を感じさせられる大きな器でもある。
岳への手助けは、馬全体への恩返しになる。

 

自分の手と、精油と、音叉と。
身体を助ける力になりそうなものを集める。
これが今の私に出来る、精一杯の武装だ。

 

牧場に到着すると、
闇に包まれた馬場の入り口近くに
岳が佇んでいた。

 

神妙な面持ちで、覇気がない。
こんなに意気消沈している姿は
初めてみる。
思っていたよりも、
事態は深刻なようだ。

 

前日から、牧場のスタッフと獣医とが、
付きっきりで様子を見ているらしい。
岳だけじゃない、人間も相当すり切れて来ている様だ。

 

岳のお腹は、本当にパンパンだった。
妊娠していると、馬は横に腹が張り出す。
岳も、妊娠中と見まがうようだ。
腹部だけ横幅が1.5倍になっている。

 

触ると、ビクともしないくらい
ガチガチに固い。

 

獣医によれば、
左の結腸曲の辺りに ボロがかたまって詰まっていて、
更にその前方には どれだけ詰まっているか分からない。

 

仮にボロ自体の量はそれ程ではなくとも、
ガスが溜まって腹は膨らんでいく一方の様だ。

 

馬は、腸の中にものすごい種類と
量のバクテリアがおり、
馬自身の消化酵素で分解できない繊維質は
こうした微生物によって分解・消化される。
その過程で、ガスは発生する。

 

馬の腸は長い。
40メートルある。
それが狭い腹腔の中に
グルグルと収まっている。

 

どこかで管が詰まってパンパンになると、
その膨らみに押されて
折り重なっている腸管がつぶされ、
通りが悪くなる可能性も考えられる。

 

そうなると、原因が二重三重に重なって、
回復はとても難しいだろう。

 

お腹まわりは、左右側面も下面も、
どこもかしこも張りが強く、
全く皮膚に遊びがない。

 

これでは、筋肉・筋膜などの結合組織と
骨格とのズレを戻していく
筋膜のアプローチは難しい。
限界まで張りつめた組織を
無理に動かすのは、効率的ではないし、
大した変化は期待できない。

 

(※筋膜による整体は症状への治療を目的とするものではなく、
全身の構造的な整合性を回復することが目的の施術です。
症状の改善は、構造の変化・統合に付随して自ずと生じるものです。)

 

さて…。どうしたら腸が動くか。
少しでも可能性のある所はどこだろう。

 

最近の臨床の中で、
いくつかあった事例を思い出す。

 

横隔膜の緊張が抜けて動きの柔軟性を回復すると、
腸の動きも付随して良くなることがあった。
腹圧が腸に掛かりやすくなって、
排便を助けるのではないだろうか。

 

横隔膜、
試してみる価値はあるかも知れない。

 

岳の胸の辺りに触れてみる。
腹腔の内圧に押されて、
胸の辺りは前にせり出ているようだ。
横隔膜も固く縮んで感じられる。

 

胸骨と腹部の境目、
人間のみぞおちに当たる部分に
手を当てる。

 

反応は起きている。
胸の辺りに余っていた皮膚が伸び始め、
張っていた腹部の方へと移っていく。
腹の表層に、ほんのわずかだが
余裕が出てきた気がする。

 

岳が大好きだと言う近所の女性が、
ずっと頭の近くに寄り添って優しくなだめている。

 

獣医が来て、
腸の動きを聴診し始めた。

 

…前の方で、腸が動き出してるな。
触ってもらってるお陰かも知れない。

 

でも、後ろの方は固まったままだな。
少し動いても焼け石に水だなぁ。
なぁ岳よ、スポンと抜けてくれないかな?。

 

長い時間の看病は、
体力も気力も奪う。
昨日から睡眠もろくに取らず、
ずっと張り詰めたままなのが伝わる。

 

少しであっても、
変化が起きていることは分かった。
のれんに腕押しだろうが
焼け石に水だろうが、
出来ることはとにかくやってみよう。

 

岳はまだ諦めていない。
人間がそう簡単に
諦めるわけには行かない。

 

 

…続く

 

 

 

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