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お節介な鳥と、いたずらな馬~12月と年末年始の営業予定

 

12月もすでに下旬!

 

年末年始の営業のお知らせを

早くしないと~!と思いつつ、

 

一緒にアップしようとしていた

記事がなかなか完成せずに、

今に至ってしまいました~( ;∀;)

 

今年はどうやら

人間に関する臨床例は

上手くまとめられない頭に

なっているみたいです。

 

最後こそはと

思っていたんだけどなぁ。

 

年の瀬も迫って来たので

抵抗するのはやめにして、

ここから年始にかけての

営業のお知らせと、

 

クスッとしたくなる

生き物の可愛らしいお話で

皆さんに和んでいただいて、

今年の締めにしたいと思います(^^♪

 

 

 

年末年始の営業の予定

 

年末までもう少しですが、

ここから先の12月の営業予定を

念のためにお知らせしますね。

 

23日(金・祝)、26日(月)

はお休みとなります。

 

代替として、

25日(日)、28日(水)

は営業致します。

 

年末は12月29日(木)まで、

年始は1月6日(金)からの

営業となります。

 

 

 

ご希望日の当日に

ご予約のご連絡を

頂くことがあるのですが、

 

長丁場の施術で

事前の準備なども必要ですので、

当日のご予約は

お受け出来ない場合が多いことを

ご理解頂けますと幸いです。

 

ご予約の際にはできるだけ

お早めにご連絡を下さいます様に、

ご協力のほどお願い申し上げます(^人^)

 

 

 

世話焼きのジョウビタキ

 

縁側に座り込んで

暖かな日差しの中で

歯磨きをしていた時のこと。

 

3メートルほど先の木の枝に

きれいなオレンジ色の胸をした

ジョウビタキが一羽、止まりました。

 

こちらの目と向こうの目が

正面からバッチリ合いました。

 

お、目が合った。

しかも、両目とも合ってるぞ。

こりゃ~逃げるだろうな。

 

ところが、

歯磨きをしている人間は

攻撃して来ないだろうと

見切ったのかどうかは

分からないけれど、

意外にもジョウビタキは逃げません。

 

むしろ、より近くの木に

飛び移ってきました。

 

 

 

冬のこの時期になると、

庭では椿が咲き始め、

 

南天や百両、

ピラカンサスなどの

様々な赤い実が生り、

 

初春の開花に向けて

ロウバイが蕾をつけ始めます。

 

赤い実もロウバイの蕾も、

鳥たちにとっては

恰好のエサとなります。

 

ジョウビタキは

ピラカンサスの実を

狙っていたようです。

 

ピラカンサスの向こうにある

椿の幹の前を通り、

私の視線から隠れるように

ピラカンサスの葉の茂みの

向こう側に止まりました。

 

人間と目が合っても

動じなかったのに、

椿の幹の前を通る時には

なぜかワタワタ慌て気味。

 

人目を感じたままなので

さすがに焦ったのか、

それともただ単に

不器用だったのか( ^ω^ )

 

何となく人間ぽくって

面白いやつだな~と気になって、

しばらく観察することに。

 

 

 

ジョウビタキの仲裁

 

庭には、他に

2羽のムクドリも来ていました。

 

ほどなくして、2羽は

ギャーギャーと争い始めました。

 

俺のいる枝に来るな、

お前こそあっちに行け、

…的なケンカのようです。

 

なかなか止む気配がないので、

途中で柏手を勢いよく

「パン!」と打ってみましたが、

 

足元で昼寝をしていた柴犬が

半ばビックリ顔で

「お仕事ですか!?」

と起き上がっただけで、

争いに夢中の当事者たちは

気づく様子もなし。

 

「困ったもんだね~。」

と犬と顔を見合わせていると、

 

先ほどのジョウビタキが

地面すれすれに飛んで、

2羽のいる木の下の方へと

移動して行くのが見えました。

 

2羽の方へ視線を上げると、

「チョ、チョ、チョ、チョ。」

と小さく鳴き始めました。

 

(「地鳴き」の中の、

低い音だけを出していたようです。

BIRDER.jp のサイトで鳴き声が紹介されています。↓

http://www.birder.jp/featureprograms/2015-01/2015-01-2.htm

 

何やってんの~、

ちょっと止めなよ~、

…的な感じ。

 

ムクドリと言えば

ジョウビタキの倍はあろうかと言う

身体の大きさ。

 

もし2羽のケンカに

巻き添えでも食ったら…

なんてことは、

ジョウビタキは考えていないようです。

 

勇敢と言うか

正義感が強いと言うか

向こう見ずのお節介と言うか(^▽^;)

 

関係のないことなのに、

わざわざ近づいて行ってまで

首を突っ込むとは。

 

でも、

小さく低い声で鳴いて

穏やかに話しかけるなんて、

気遣いも感じられます。

 

しばらくの間、

彼は小さく鳴き続けながら

2羽の仲裁を試みていましたよ。

 

平和や調和を

愛する鳥なんじゃないかなぁ、

きっと。

 

…さてさて。

いい加減に歯磨き粉も

流しに行かなくちゃ!(^▽^;)

 

 

 

ニワトリと馬の心理ゲーム

 

ジョウビタキの

思いやり溢れる場面を見ていて、

ふと昔見た光景を思い出しました。

 

まだ馬専門の牧場に

勤めていた頃のこと。

 

当時牧場にいた馬たちは

いずれ劣らぬ個性派ぞろいで、

 

丸太の様な胴体を

左右に揺らしてのっしのっし歩く

食いしん坊のおばちゃん馬とか、

 

狭いところが怖いのに、

超がつくほど真面目過ぎて

拒否することも出来ず、

鼻をフーフー言わせながら

一生懸命に狭いところを

通る馬とか、

 

とにかく色んな

面白くて可愛らしさのある

「濃ゆい」馬たちがいました。

 

 

 

源太は、馬のくせに

サラリーマンっぽい、

と言われていました。

 

どういう事かと言うと、

 

翌日も仕事があるから

目いっぱいやらない、

と言うことを

モットーにしている感じです。

 

重種の血が混ざる彼の馬格は

大きくてしっかりしていて、

与えられたお仕事は

真面目にやっているんだけれど、

 

いつもどこか余力を残していて、

お~い、一生懸命やってる!?

とついツッコミたくなる…(;・∀・)

そんなところのある馬でした。

 

 

 

ある日、

源太の小屋の窓枠に

ニワトリが止まっているのが

目に入りました。

 

何となく気になって

見ていると、

 

小屋の中にいる源太が

ニワトリの正面に立って、

 

ニワトリを鼻で

ツンと突つきました。

 

ニワトリは正面から押されて

バランスを崩し、

オトトトト…と

羽をバタつかせます。

 

のけぞった姿勢から

何とか立ち直ると、

まっすぐ止まり直しました。

 

それをじ~っと見ながら

待っていた源太は、

起き上がったニワトリを

再びツン。

 

オトトトト…。

 

 

 

羽をバタバタしながら

再び体勢を立て直し、

起き上がるニワトリ。

 

…源太はと言えば、

またもやツン。

 

オトトトト…。

 

ツン。

 

オトトトト…。

 

以下、繰り返し。

 

 

 

思いがけない場面を

目撃した私は、目がテン。

 

作業の途中だったので、

このやり取りの結末は

残念ながら見届けることが

出来なかったのですが、

 

目撃していた間だけでも

かなりの回数、

この起き上がりコボシ運動は

繰り返されていました。

 

 

 

小屋の窓枠の下には

飼桶が下がっていましたから、

 

ニワトリは

源太のご飯の残りを

漁りに来たのだろうと思います。

最初は。

 

それが

どういう風の吹き回しか…。

 

 

 

押されて嫌なら

ニワトリは逃げれば良いですし、

 

食事を狙われて嫌なら、

ニワトリが体勢を戻す前に

源太は何度だって

ツンと突っつく余裕がありました。

 

それに、突き方そのものを

もっと強くすれば、

ニワトリは簡単に

地面に落ちたでしょう。

 

あれは、源太に

知性と優しさがなければ

出来ないことだったと思います。

 

そして、お互いに

結構楽しんでいたんだと

思うんです。

今考えても。

 

 

 

ニワトリが

落ちるか落ちないか、

そのギリギリの力で押す。

 

押されたニワトリも、

懸命に戻ってくる。

 

ここで起きていたことは

傍から見れば

源太のいたずらなんだけど、

 

彼らの間には、

思いやりとか楽しさの共有

みたいなものがあったからこそ、

飽きもせずに何度も何度も

繰り返していたんじゃないかな

と思うんです。

 

ニワトリは後ろ姿だったから

表情は見えなかったけれど、

彼が起き上がって来るのを

見守る源太の目には、

 

「あ、戻って来た」

…的な感じで、

普段のサラリーマン源太にはない

楽しそうな色が

浮かんでいましたもの。

 

 

 

むすびに代えて

 

今年は年明けから

動物と関わることが

多い一年でした。

 

子供たちと交流する

お仕事をしているポニー達の

メンテナンスをさせて頂く

機会に恵まれたり、

 

足が変形して

跛行していた老齢馬に

定期的な施術をしたり、

 

チビ助の頃から知っていた

知人の猫が旅立ちの時を迎え、

その最期の3日間、

ヒーリングをさせて頂く

機会を頂いたり。

 

 

 

施術を受けている彼らが

時には寝落ちして、

行儀よく揃えて伸ばした前足に

きっちり乗せていたはずの小さな頭が

不覚にもカクッと横に滑り落ちたり、

 

鼻面を下げた状態で

ウットリと寝入ってしまって、

気づいたら長い鼻先が

すっかり地面にくっついていたりと、

 

心から施術を楽しんで

リラックスしてくれている

彼らの姿を目にして、

 

施術をすることの喜びと意味を

私も改めて感じた一年でした。

 

あ。

言葉を超えたところで

動物と交流していたせいで、

人間の臨床について

思考がまとまらなくなってたのかも~(^▽^;)

 

と言うのは半分本気ですが、

臨床で私自身が体験し、

目撃する「奇跡」を、

来年はもっともっと

表現していけたら良いなと思います。

 

 

 

それでは。

みなさんもどうぞ、

良き新年をお迎えくださいね。

 

今年も最後まで

お付き合い下さいまして、

ありがとうございました(#^.^#)

 

 

 

姿勢は、心の状態を左右する ~馬の臨床②:ジャック編

 

穏やかな青空に恵まれた

年の始め。

 

この日、

暖かな陽差しの中を

ポニー達のいる「馬飼舎」へと

向かいました。

 

(くにたち馬飼舎:

http://hatakenbo.org/jackdandy

 

場所は、

neMu no ki と同じ国立市内。

歩くと30分くらいかかります。

 

周囲には田畑があり、

その間を細い用水路が流れ、

 

時期によっては、

ザリガニを探す子供たちの

声が響いていたり、

 

それを見守る

お母さんたちの姿がある、

懐かしい匂いのする場所です。

 

この日は三が日とあって、

あたりは静かな気配。

心なしか、時の流れも

ゆっくりしているようでした。

 

 

到着すると、

日当たりの良い馬場の

柵の上から、

黒い顔がひょっこりと

外を覗いていました。

 

ジャックです。

 

ジャックは、

細く柔らかな手触りをした

真っ黒い毛並みのポニー。

 

のんびりしている様子に釣られて、

挨拶をしようと

ジャックの方へ近づきました。

 

 

この日はこれから、

2頭に施術を行う予定でした。

 

施術するのはこんな人間ですよと、

認識しておいてもらおう。

 

彼らには

何度か会っていますが、

まともに触れ合うのは

初めてのこと。

 

とりわけジャックは、

いつももう1頭のポニー:

白毛のダンディの

後ろにいる印象があり、

 

直接触る機会は、これまで

あまりありませんでした。

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ジャックにしても、

私のことは恐らく

大勢の中の一人と言った程度で、

個体識別はできていないでしょう。

 

 

手のひらを軽く開いて

手の力を抜き、

ジャックの鼻の下に

そっと近づけます。

 

ジャックも

自分から鼻先を近づけると、

手の匂いを確認します。

 

これが馬同士なら、

お互いの鼻孔を近づけて、

呼気の匂いを嗅ぎ合って

相手を認知するところです。

 

 

ジャック的には、

「…ふ~ん。」

という感じ?(^▽^;)

 

受け入れてくれた

かどうかはともかく、

認識はしたみたい。

 

今度は、ジャックの

頬の辺りに触れようと、

手を少し上へ移動します。

 

その途端、ジャックは

顔を素早くそらすと、

手の甲の皮膚を軽くつまむように

歯でキュッと噛みました。

 

 

…おぉ( ゚Д゚)

そう来るか~。

 

気易く触られるのは、

嫌なのかしらん。

 

ツレないなぁ~(;・∀・)

 

 

 

ジャックが抱える、コミュニケーションの問題

 

ポニー達への施術は、

飼育員さんからの依頼でした。

 

彼らの身体のバランスを

みてもらいたい

という主旨でしたが、

 

特に施術を必要としているのは

ダンディの方とのことでした。

 

ダンディは、昨年の年末に

落ち着かない行動を見せる様になり、

 

飼育員さん達の感覚では、

それはどうも

特定の理由によるものではなく、

全体的なバランスの状態から

来ているように感じられたので、

 

整体を受けさせたいと

思ってくださったとのことでした。

 

(ダンディの施術については、以下の記事をご覧ください。

https://inemurino-ki.com/2016/02/28/therapy-for-a-riding-horse/

 

施術のメインはダンディだと

ちゃんと聞いていたはずなのに、

 

お話を受けてから

この日までずっと、

私の頭の中に浮かんでいたのは

ジャックでした。

 

それは、彼らと会った際に

こんな光景を何度か

目にしている気がして、

ジャックが気になっていた為でした。

 

 

ジャックが人間の近くにいると、

ダンディはススっと寄って来て

間に割って入ります。

 

除け者にされた感じが

するのでしょうか、

ジャックは頭を上下に振って

納得が行かない様子を示します。

 

この様子がユーモラスで、

可愛かったりもするのですが(*^.^*)

 

またある時には、

 

のんびりしているダンディに

ジャックはちょっかいを出し、

ダンディに威嚇されます。

 

ダンディは嫌がって

怒っているのですが、

ジャックはちょっかいを

繰り返します。

 

 

施術前にお話をした際、

彼らの様子については

飼育員さん達もかなり

気掛かりに思っていた事が

分かりました。

 

2頭は元々

仲が良いはずなのですが、

ジャックとダンディ、食事中.

 

ここのところどういう訳か

こうした小競り合いが

パターン化したように

なっており、

 

小屋や馬場という

安心できるはずの

日常空間の中に居ても

どちらもなかなか

寛いだ状態に

なれずにいることや、

 

ダンディがイライラしていると、

ジャックもそれに合わせる形で

緊張感が高まっていくこと、

 

ジャックはダンディの

八つ当たりのはけ口に

なっている様に思えること、

 

…などと言った

状況があることも、

分かりました。

 

 

ジャックにはもう一つ、

気になるところが

ありました。

 

それは、人間に対して

心理的にどことなく

距離があるように

思えることでした。

 

これはあくまで

私見ではありますが、

 

もし、この距離感が

ジャックの元々の性質に

適っている場合には、

「クールな馬なのね」

と思うだけだと思うのです。

 

観ているこちら側が

そこに違和感を感じて

気になると言う事は、

 

本来の状態から何かが

ズレている為ではないか

と思うのです。

 

 

ジャックの関心が

ダンディに集中していると

考えられることや、

 

ペットではなく

仕事仲間として、

 

ポニー達とは適切な距離を保ち、

風通しの良い関係性であることを

大切にしているという、

 

飼育員さん達の思慮ある姿勢を

加味して考えても、

 

10年以上もの長い間

人間と密接に関わりを

持ち続けているのに、

人間との間に何となく

隔たりがある様に見えるのは、

 

もしかしたら

ジャックが本来の性質を

何らかの理由があって

発揮しにくい状態に

いるためなのではないか、

と言う気がしていました。

 

 

 

問題を、「身体」の次元に落とし込む

 

問題行動の原因を探るという

目的のあったダンディと異なり、

 

ジャックの施術は

目的がはっきりして

いませんでしたが、

 

飼育員さん達にとっても

私にとっても気掛かりだった、

コミュニケーションや

他者との距離感といった事柄が、

その目的に関連しているのだろう

と思われました。

 

 

問題が現れたのが

行動面であれ心理面であれ、

 

それに対応する現象は

何らかの形で

物理的な身体にも生じています。

 

実例を挙げて話そうと思うと、

それだけで一つの記事になる程

長い話になってしまうので、

ここでは割愛しますが、

 

今までの施術経験を通して、

心・身体・精神は

異なる次元の機能でありながら

常に互いに同期し合っており、

 

それぞれの現れ方は違っても、

実は同じ意味内容のことが

各次元で生じていると言う事を、

身体から教わって来ました。

 

 

ジャックの場合もおそらく、

コミュニケーションや距離感という

心理面で生じている問題は、

ジャックの「身体構造」に

何らかの形跡を残しているはずです。

 

施術を通して、

それがどんな現象として

立ち現われているのかを

発見し、理解できることは

施術の醍醐味であり、

 

施術者にとってはもちろん、

施術を受けて下さる方や

施術に立ち会う方にとっても、

興味の尽きない豊かな体験を

与えてくれます。

 

 

 

信頼を得るには、信頼すること。

 

ジャックの施術を行う上で

まず問題なのは、

 

ジャックとの間に

どうやって信頼関係を築くか?

ということでした。

 

 

彼は、人との間に

心理的な距離感を

持っているように

見えるだけでなく、

 

人に触られることも

嫌がっていました。

 

これでは、

施術をすればかえって

心身の緊張感が増すだけで、

良い形で手助けをするのが

難しそうです。

 

そこで最初に行ったのは、

人間に触られる事が

心地良いと知ってもらう事でした。

 

 

 

ここで用いたのは、

ダンディの施術でもご紹介した

「キコウ」です。

 

キコウは

梁構造を持つ馬の脊柱の中で

最も高い位置にあり、

頸椎と胸椎の境目に当たります。

馬のキコウの位置

 

キコウへのマッサージは、

馬達にとっては

手の届かぬ痒い所を

掻いてもらっている感覚に

かなり近いようで、

 

馬の中には

ヨダレを垂らさんばかりの

悦楽の表情になる馬も

いる程です(^▽^;)

 

やり方は単純明快。

痒い所を掻くように

指の腹でキコウを

さするだけ。

 

さする際には、

骨格のアウトラインを

掘り起こしていくような

イメージで行うと、

より効果的です。

 

 

ジャックは最初こそ

面食らっていた様でしたが、

 

次第に気持ち良くて

我慢できない様子になり、

 

首をぐ~っと伸ばして

キコウをこちらに

差し出すようにすると、

 

鼻先をぎゅうっと尖らせ、

口をはむはむと

活発に動かし始めました。

グルーミング時に、鼻先を尖らせる馬

 

鼻先に力を入れて尖らせるのは、

自分も相手の痒い所を

掻いてあげるためです。

 

その鼻先と歯を上手に使って、

馬達はグルーミングを行います。

 

思っていたよりもずっと早く、

「僕もグルーミングやってあげるよ!」

とジャックは意思表示をしてくれました。

 

 

次に、胸の方へと

手を移動しました。

 

胸に手が触れた途端、

ジャックはくるりと

後ろを振り返ります。

 

わざわざ

目で見て確かめる

その仕草には、

 

何をされているのか

すごく気になっている、

 

もしくは、

そこを触られるのは嫌だ、

という意思が表れていました。

 

 

その気持ちを尊重して、

反射的にスッと

手を引きました。

 

手が離れたのを確認すると、

ジャックは前に向き直ります。

 

視線が逸れたので、

ふたたびそっと

手をジャックの胸に

当てがいました。

 

また嫌がったら、

同じ様に繰り返すつもりでしたが、

 

今度はジャックは

わずかに耳を動かしただけで、

後ろは振り向きませんでした。

 

ジャックの身体からは

警戒と緊張感も

消えたように感じられ、

 

人間に触られることを

受け入れたのだと、

分かりました。

 

 

「いつも、お腹なんて

嫌がって触らせないんですよ~!」

 

と、飼育員の緑川さんは

驚いた声を挙げました。

 

同じく飼育員の平島さんは、

この時のやり取りから

深い意味を感じ取ってくださったそうで、

 

馬の顔色なんか見なくても良い

と教えてくれた人がいて、

そうなのだろうと思っていました。

 

でもジャックは、

顔色を見て欲しい馬

だったんですね。

 

自分の出したサインを

ちゃんとキャッチしてくれたと

あの瞬間に感じたことで、

ジャックは飯島さん(:私です)を

信頼したのだと思いました。

 

そして、人間とも

コミュニケーションが出来るのだと、

理解した様に見えました。

 

後日、こんな風に

話してくれました。

 

 

ジャックとのやり取りは、

わずかな時間の間に起きた

ささやかなものでした。

 

それを細かく観察し、

そこから深い気付きへと

理解が繋がって行ったのは、

 

平島さん達が日頃から

ポニー達の一挙手一投足に

意味があることを感じ取り、

 

 

それを理解しようと

努力する姿勢を、

持ち続けているからこそ

だったのだろうと思います。

ジャックと平島さん

遺跡の調査員だった平島さんの観察眼は、どんな細かい差異も見逃さない、鋭さと確かさを持ちます。

 

 

ジャックが早い段階で

信頼を示してくれた理由は、

 

今になって考えると、

平島さんが言及して下さった

ジャック自身に生じた理解の他に、

3つの要素があったと思います。

 

一つは、

最初に触れたキコウが

実はジャックにとっては

鍵になる重要な部位だった点。

 

これについては、

施術の過程を記述する中で

触れます。

 

二つ目は、私自身の

馬に対する信頼、

 

三つ目は、場の設定です。

 

 

 

信頼は、心地よい「間」を生む

 

私は20代の頃、

日本固有種の馬達と

仕事も寝食も

共にしていました。

 

6年半の間、馬達と

どんな風に向き合っていたか、

それはまたの機会に

お話出来たらと思いますが、

 

その年月の中で、

私は馬達、とりわけ

和種馬やポニーなどの

目線の近い馬達に

強い親近感を持ち、

深く信頼を感じる様に

なって行きました。

 

ジャックと向き合った時、

私の中にはこうした馬達への

無条件の信頼がありました。

 

そして、それは

彼らなら必ず「理解」しようと

耳を傾けてくれる、

という信頼でした。

 

 

 

もし、人間が

馬を信頼していないと、

 

人間は自分の意図に

従わせようと焦り、

力んで力づくになります。

 

逆に、馬には

人間が言わんとすることを

理解しようとする意識と

能力があると信頼していれば、

 

馬の反応の仕方が

自分の思ったような

現れ方ではなかったとしても、

 

その馬が彼なりの応答を

能動的にしてくれるまで、

見守り、待つことが出来ます。

 

待った上で、やっぱりまだ

理解できていないと分かったなら、

 

その時は伝え方を

もっとシンプルにして、

馬の理解しやすい形に

変えて行けば良いのです。

 

 

待つことは、

やり取りにちょっとした

「間」を生み出します。

 

その「間」から、

馬は考える余裕と

判断する自由があるのを

感じ取ります。

 

人間が馬を

信頼しているかどうかも、

こうしたわずかな「間」によって

馬には伝わるものだと思います。

 

 

 

変容の場としての施術

 

三つ目の要素として挙げた

「場の設定」は、

施術を行う上で

とても重要な要素です。

 

施術は、

施術を受ける人や動物にとって

「変容」の場です。

 

変容の過程は、言わば

従来の自己がまとっていた

様々な意味での「形」を

脱ぐことですから、

無防備な状態でもあります。

 

その状態にあって

変容が滞りなく進むためには、

蝶にとっての蛹や繭のように、

守られた安全な場、

空間が必要です。

 

特にジャックのように

繊細な性質の場合には、

周囲の環境に影響を受けやすい為、

意識的に場を選ぶ必要がありました。

 

 

ジャックを繋留するのは、

飼育員さんの提案に従って、

馬場の入口にしました。

 

馬飼舎では、馬場は

馬小屋と一体になっていて、

 

馬場の奥に馬小屋があり、

馬小屋の入口は

馬場の方を向いています。

 

つまり、ポニーを

馬場の出入口につなぎ、

顔が馬場の中へ

向くようにさせると、

 

そのポニーの目には、

馬場の向こう側に

大きく戸を開いた我が家と、

 

その中でのんびりくつろぎ、

時折うつらうつら居眠りする

もう一頭のポニーの姿が

映ります。

 

目の前には、安全な小屋と

のどかな情景。

 

ポニー達の心は

安心と余裕を

感じられるはずです。

 

 

それに、

この日は三が日で、

 

馬飼舎の周辺は

落ち着いた空気に

包まれていました。

 

この場にいる人間は、

ジャックが良く知っている

飼育員さん達と、

施術者の3人だけ。

 

馬場から見える道路も

ほとんど人の気配がなく、

風も穏やか。

 

何かが視野をかすめたり

怪しい物音がしたりして、

ジャックが驚くことも

ありませんでした。

 

ジャックが安心して

リラックスできる環境、

安全を感じられる

空間であったことで、

 

ジャックの意識はおのずと

自分がされている事に集中し、

 

施術に対して受け身ではなく、

能動的に参加する姿勢に

なっていたのだと思います。

 

 

 

ジャックの本質

 

キコウのマッサージに対する

ジャックの反応は、

 

ジャックが身体的な感覚を

素直に表現する性質であり、

 

内側で感じたことを

隠しておけない、

 

よく言えば

オープンで明るく、

 

場合によっては

直情的になりやすい傾向性を

表していました。

 

 

ジャックの性質が

はっきり見えて来ると、

今までの状況も

整理し易くなります。

 

たとえば、

ダンディがイライラしている時に

一緒にイライラしていた状態は、

 

ダンディに負けまいと

我を張るような

積極的な反応とも思えますが、

 

繊細な性質のせいで

ダンディのイライラに

無自覚に心理的な侵食を受け、

 

本来は自分のものではない

そのイライラと

一体化してしまい、

 

それが無意識的に

ジャックの行動となって現れた、

と受け止めることも出来ます。

 

言うなれば、ジャックは

外部からの影響に

大きく揺さぶられ、

 

実は自分の意思とは

関わりの無い所で

行動させられていたのかも

知れません。

 

 

もしここで、ジャックの肉体や

エネルギーフィールドが

十分に安定した状態であれば、

外界にはそれほど強く

影響されずに済むはずです。

 

(安定したエネルギーフィールドは卵形で、

安定した身体の細胞は

球形であると言われています。

 

卵も球も、外からの刺激に対して

物理的かつ構造的に

強い抵抗力を発揮する形であり、

 

エネルギーや身体の安定性は、

外部からの影響の受け止め方、

すなわち外部との関わり方に

直結している事が分かります。)

 

ジャックは、どこかに

外界からの干渉を許す、

弱く感応しやすい部分を

持っている可能性が強そうです。

 

だとしたら、

それは身体のどの辺りに

潜んでいる可能性が

高いのでしょうか?

 

範囲を絞り込むために、

ジャックの日頃の体調について

平島さんにお聞きしました。

 

 

ジャックは

細くて柔らかい毛並みのせいか、

寒さが苦手です。

 

(細くて柔らかい毛の馬は

皮膚も薄めで発汗しやすく、

暑い気候に適応します。)

 

身体を温める為なのか、

寒い時期にはよく跳ねます。

 

寒い日の朝は、

朝から怒っていたりもします。

 

 

…やっぱり、

気持ちが身体に出ちゃう

タイプなんですね(^▽^;)

 

 

水はいつも沢山飲んで、

おしっこはほぼ無色のものを

沢山します。

 

ボロ(糞)は、表面がまるで

コーティングされている様に

コロコロで、形がしっかりしています。

 

 

おぉ!

なんたる快便!ヽ(^。^)ノ

 

消化器系、泌尿器系は、

共に良好に機能しているようです。

 

それならば、

これらの臓器が

納まっている腹腔も、

安定した状態にある

と考えられそうです。

 

(腹腔や胸郭などの

臓器を納めている「器」の状態は、

臓器の状態と直結しています。

 

例えば胸郭の厚みが

薄くなっているような場合は、

肺も上手く膨らみませんし、

心臓は狭苦しさを感じたりします。

 

そして、

心臓が感じている狭苦しさを、

私たちは不安や焦燥感のような

心理的な感覚として、

共有していたりもします。)

 

腹腔に問題を抱えていた

ダンディと違って、

 

ジャックは仕事の中で

子供たちを乗せる事がなく、

 

日常的に、

背中や腰にかかる荷重を

耐える必要がないため、

腹腔の安定性と健全さが

保たれやすいのかも知れません。

 

少なくとも、

弱さを抱えているのが

腹腔である可能性は、

低そうです。

 

 

 

姿勢と心のつながり

 

いよいよ、

ジャックの身体に

どんな現象が生じているかが、

明らかになって行きます。

 

 

始めに、

身体に生じている

歪みや緊張を

細かく調べて行きます。

 

お尻→背中→頭部を結ぶ

体幹の背側面を調べ、

 

次はお腹→胸へと

体幹の底面を視ました。

 

背側面では、

皮膚や筋肉、筋膜などの

ジャックの体壁を形成する組織は、

後ろから前への方向性を持って

ゆるみを生じていました。

ジャック-背側のゆるみ

 

底面(腹面)では、組織は

前から後ろへ動きます。

ジャック-腹側のゆるみ

 

体組織の各部に現れる

方向性を持った緩みは、

 

身体に生じている歪みや

姿勢の偏りの現状を、

忠実に反映しています。

 

すなわち、背側では

組織は頭の方へ向かっており、

 

これはジャックの姿勢が

前のめりになりがちなことを、

 

腹側で見られた

鼻先からお腹へ向かう

後ろ向きの方向性は、

 

鼻面をお腹に

近づけるようなイメージで

身体を丸める体勢を取っている事を、

 

それぞれ示唆しています。

 

つまりこれらは、

胸をすぼめながら

背中を丸める姿勢を示しており、

ジャック-上下両側のゆるみの方向性

 

ジャックが意図していなくても、

外から身を守ろうとするような

防衛的な構えに、身体が

自ずとなってしまっていることを

示しています。

 

 

今度は、体幹の

捻れの状態を調べます。

 

体幹の上半分(背中の方)は

全体的に左へ回転します。

ジャック-背側の捻れ

 

体幹の下半分(お腹の方)は、

胸郭部分では左への回転。

腹部は、右へ回転しています。

ジャック-腹側の捻れ

 

これらを整理すると、

 

体幹の前半分では、

胸郭の左側面に向かって

上下両方から

力が集まっている状態を

示しており、

 

体重を左の前脚だけに

負荷させている様子です。

ジャック-体幹全体の捻れ

 

他方、体幹の後ろ半分は

反時計回りにぐるりと

一回転しており、

 

後肢には体重を乗せず、

力を受け流して

いるかのような印象です。

 

 

骨盤は、

全体的に組織が

後ろの方へ向かっており、

 

頭の方へ向かっていた脊柱とは、

背骨と骨盤の境目:腰仙関節で

前後に引っ張り合っている状態です。

ジャック-背部と骨盤のゆるみの方向性

 

これは、背を丸めて

胸をすぼめる姿勢とも、

つじつまが合います

 

この姿勢を取るには、

馬の場合には骨盤を幾分か

下へ落とす必要がある為です。

 

 

最後は、

4本の肢(あし)の状態です。

 

前肢体(肩甲骨と前肢)では、

組織は下から上へ向かいます。

 

後肢も同じように、

下から上へ向かっています。

ジャック-四肢のゆるみの方向性

 

四肢のすべてが

上へ向かう力を

帯びていると言うことは、

 

ジャックの肢は

大地との接触が

希薄になっており、

 

グラウンディングしたくても

できない状態だったと

想像する事が出来ます。

 

こうした

足元の不安定さは、

不安や緊張を感じやすい

ジャックの心理状態と

合致しているように思えます。

 

 

このようにして、

身体構造の主要な部分における

組織の歪みを調べ、

 

今度はそれらを全て

比較して行くと、

 

全身の歪みの原因が

どこにあるのかを、

絞り込むことが出来ます。

 

 

ジャックの場合は、

全身の歪みの原因は

左の肘関節に特定されました。

 

より詳しく言うと、

肘関節の内側のくぼみで、

人間で言うなら

腋窩に似た構造の所です。

 

人間の腋窩は

肩関節の内側ですが、

 

四足動物の場合は

肩関節は胸郭にぺったりと

張り付いた構造になっており、

 

腋窩のような窪みがあるのは、

肘関節の内側です。

 

これを腋窩と呼べるか

分からないので、

ここでは便宜的に

肘の内側窩と呼びます。

馬の肘関節の内側窩

 

ジャックの

左肘の内側窩では、

組織があまって

たるんでいました。

 

それに伴って

左胸の幅も広がり、

左右の胸幅が

不揃いになっていました。

 

緑川さんにも、

他の部分の組織と

手触りが違うことを、

触って確認してもらいました。

ジャックと緑川さん

動物看護士でもある緑川さんは、感覚と感性の人。 体組織の感触を触り分けるのには、訓練やセンスが必要だったりします。

 

 

 

ジャックの自己防衛

 

施術の相手は

小さいポニーなため、

作業中はどうしても、

中腰になります。

 

身体の軸を安定させるために、

左手はごく軽く

キコウに乗せていました。

 

その状態のまま、

左肘の内側窩への

アプローチを開始します。

 

 

左肘の内側窩の中央には、

最も組織がゆるんでいる

一点がありました。

 

そこを指先で触った瞬間、

左手を乗せていたキコウが、

フゥッと下にさがりました。

 

そんなこと、あるの!?

と思われる方も

いるかも知れませんが、

あるんですよ~(*^^)

 

これは何が起きたかと

言いますと、

 

原因部に触れたことで、

キコウの緊張が瞬間的に解け、

構造的な変化が生じたわけです。

 

この際に触れた

最もゆるんでいた一点は、

身体からしてみれば

「待ってました!

そうなの、そこなのよ~」

と言うポイントだったのでしょう。

 

ジャックの身体は、

反応する機会をずっと

待っていたのだと思います。

 

キコウが下に降りたのに伴って、

胸郭内にもふわ~っと

寛ぎが広がって行きます。

 

これはもう本当に、

ふわ~っと言う感じが

手を通して伝わって来ました。

 

 

キコウの変化の仕方から、

今までジャックのキコウは

持ち上がり気味だったことも

分かりました。

 

キコウが緊張して

うわずっている状態は、

人間に置き換えれば

いかり肩に近いでしょうか。

 

肩を怒らせると

周囲に対して自分を

大きく見せる事ができ、

 

あるいは、自分自身が

大きくなったような感覚を

持つことが出来ます。

 

キコウの緊張は、

ジャックの防衛姿勢を支える

力の一つだったのでしょう。

 

一体ジャックは何に対して

自己防衛をする必要が

あったのでしょうか?

 

自分を除け者にすることのある

ダンディに対してでしょうか?

 

 

 

守りたかった、自尊心

 

2頭は以前、日野市の

河川敷近くの公園で

暮らしていました。

 

お隣のくにたちに

引っ越して来たのは

一昨年前のこと。

 

沢山の人達の尽力によって、

機能的で素敵な馬小屋が

農地の一角に用意されました。

 

小屋は馬場と一続きなので、

ポニー達は好きな時に

馬場に出たり小屋に戻ったり

自由に過ごせます。

 

それに、小屋の中には

ロフトがあって、

子供たちが泊まることも

出来るのです。

 

 

でも、

実際に生活して行く内に、

飼育員さん達には少し

気になる事も見えて来ました。

 

河川敷にいた時より、

全体のスペースは小振りです。

 

以前に比べると、

2頭が近くに

居すぎるのではないか、

 

そんな風に

感じる事がありました。

 

 

社会性が高いとはいっても、

馬同士の関係性は通常、

個人主義の傾向を

色濃く持っているように思えます。

 

一緒にいるけれど、

互いの領分は

ちゃんと守っている、

と言う節度ある関係です。

 

領分を守る為には、

心理学で言うところの

パーソナルスペースを、

お互いに守れるだけの

空間的な余裕も必要でしょう。

 

そう考えると、

ジャックとダンディにとっては

その余裕は不足気味なのかも

知れません。

 

互いの距離が近すぎると、

そのしわ寄せは

立場の弱い方へやって来ます。

 

ジャックが自己防衛を

せざるを得なかったのは、

ダンディとの間でストレス を

感じていたからかも知れません。

 

 

キコウの緊張が解けたことで、

ジャックのリラックスは

さらに深まりました。

 

身体の緊張がゆるみ、

体内の空間が広がると、

 

それは身体全体に

深い安堵感をもたらします。

 

今や、ジャックの目は

ウットリと眠たそうで、

なかば閉じかけています。

 

「こんなジャック、

今まで見た事がない!」

 

ふたたび、緑川さんから

驚きの声が挙がりました。

 

 

原因部の左肘内側窩へ触れると、

進むべき道順を示すように

次なるサインが現れました。

 

次のサインに触れると、

また次が現れます。

それを丁寧に

追いかけて行きます。

 

次々現れるサインの正体は

一体何なのかと言うと、

 

身体構造の中に

幾層にも重なり

隠されている緊張や歪みが、

 

どのように形成されて来たかを

示す情報であり、

 

臓器と体壁とを

一つに結び合わせている

筋膜によって

 

身体構造の奥から体表へと

伝達される情報なのだろうと、

私自身は理解しています。

 

 

次々と移動するサインを

追い掛けて行くと、

 

辿った道筋はやがて、

今まで見えていなかった

不思議な地図を、

身体の表面に描き出します。

 

ジャックの左肘内側窩から

肘関節の後ろ側へまわり込み、

 

今度は少し上へ上がって、

肩関節へ出ます。

 

肩関節の接合面に沿って

関節の後ろから前へ移動すると、

 

ふたたび上へ上がり始めます。

肩甲骨の前縁に沿って、

進んで行きます。

 

肩甲骨前縁の上端に来ると、

前方へ曲がって頚部へ。

 

頚部後方の

広い三角形になっている

部位に辿り着くと、

そこには不自然な

深い凹みがありました。

 

サインの移動は、

ここで止まりました。

 

 

しばらく待っていると、

体内で波のように

変化が広がり始めます。

 

この凹みのすぐ上には

タテガミがあり、

 

本来は上に弧を

描くはずのタテガミも、

そこでは凹んでいましたが、

 

体内で波のように

変化が広がって行くのと共に、

凹んでいたタテガミのラインも

上向きの弧へと戻り始めました。

ジャック-過程①

 

上向きの弧を描くタテガミは、

自信と尊厳をイメージさせます。

 

その回復を待っていたかのように、

サインが再び動き始めました。

 

次は、

キコウへ向かって行きます。

ジャック-過程②

 

キコウへ到着すると、

ふたたび

動きは止まりました。

 

しばらくして

今度は胸郭が上へと

持ち上がりはじめると、

 

それに伴って

胸郭内の大きな空間が

軽やかさを取り戻して行きます。

 

それは、

今まで中身が詰まり、

張りつめていた胸郭から、

密度や圧力が抜けて

軽くなって行く感触でした。

 

 

身体は

変化を十分に起こす為に

止まって時間をかける事を、

時折、必要とする様でした。

 

胸郭に変化が生じると、

今度はキコウから真っ直ぐ

下へと下り、

 

肩甲骨の中心を通って

肩関節の真ん中へ出ました。

 

そこから

関節に沿うような形で

後ろへ進むと、

 

肘関節の後端まで来て停止。

これで3度目の停止です。

ジャック-過程③

 

ここではまず、

肩甲骨に変化が現れました。

 

 

本来なら、

馬の肩甲骨と上腕骨は

胸郭に寄り添うような

構造になっています。

 

ジャックの場合は、

左肩甲骨の下部から

肩関節にかけて

胸郭から浮き上がり、

隙間が生じていました。

 

その隙間が、今は

閉じて行きつつあります。

 

まるで肩甲骨と上腕骨が

自分から胸郭に

吸い付いて行くかのような

迷いのない能動的な動きです。

 

 

肩甲骨と上腕骨が

浮いていた代わりに、

肘の後端では

胸郭に向かって

閉じた状態でしたが、

 

肩甲骨と上腕骨が

閉じて来たのに伴って、

肘の方では逆に

外へ開いて行く変化が起き、

 

肘をしっかりと

外へ張ることができる様に

形が回復して行きます。

 

 

この変化を受けて、

今度は上腕骨が

上下に伸び始めました。

 

今まで上腕骨には

上下から圧縮が加わっている様な

状態だったようで、

 

その外側からの圧縮力が

解けるにつれて、

上腕骨にはググッと

内側から力が入って行き、

 

体幹をしっかりと

支え上げる力強さを

取り戻して行きます。

 

横で観ていた平島さんも、

肩から腕にかけて

変化が生じたことに気付き、

目顔でうなずきました。

 

 

圧縮の生じていた上腕骨は、

歪みの検査の際に

ジャックが最も敏感に

嫌がったところでしたが、

 

普段からそこを触られるのを

一番嫌がっていたのは、

そういう事だったんですねと、

 

緑川さんも合点が行った様子で

教えてくれました。

 

 

 

上腕骨が圧縮されていると、

身体の重さを前肢で

効率的に支える事が出来ません。

 

そのため、

ジャックは肘を胸郭に引きつけ、

肘でロックするようにして

体幹を支え上げていたのでしょう。

 

肘が内側に寄った為に、

肩の関節は胸郭から離れ、

浮き上がった状態に

なっていたようです。

 

胸郭そのものが

下に沈みこんでいたことや、

タテガミ:首の根元が

下向きの弧を描いていたことも、

 

上腕骨の支え上げる力が

弱っていたことによって、

一緒に引き起こされていた

現象だったと分かりました。

 

首の根元と胸郭が共に

沈み込んでいた状態は、

 

ジャックにしてみれば、

首根っこをグッと下に

押さえ付けられている様な感覚として、

経験されていたのではないかと思います。

 

これは

何かに屈している姿勢であり、

 

この姿勢を持っている事で、

自尊心が傷つきやすくなることが

想像できます。

 

 

周囲が沈み込んでいる中で、

梁構造を持つ背骨の

頂点に位置していて

最も支持力の強いキコウだけが、

緊張を帯びて持ち上がっていた理由は、

 

一つには、

沈み込んだ体幹前方部を

何とか持ち上げようとして、

ジャックの身体自身が

工夫を行った為と考えられます。

 

そしてもう一つ、

キコウを高い位置に

保つことで、

 

首根っこを押さえられて

自尊心が傷つきがちだった

ジャックの気持ちも、

支えられていたのでは

ないでしょうか。

 

 

ジャックの身体は、

窮屈さの中に在りました。

 

そして、この

体内に生じている窮屈さが、

 

ダンディとの関係性を、

より窮屈なものに

感じさせていたのかも知れません。

 

 

肘の後端で停止していた動きは、

肘内側窩の中央:

始まりの地点に戻って来ました。

 

左肘の内側窩で

たるみんでいた組織は、

張りを取り戻し、

 

左だけ広かった胸の幅も、

左右が揃いました。

 

施術は終了しました。

 

ジャックと視線を合わせると、

ジャックは目を

キラキラと輝かせていました。

 

 

 

取り戻した自信

 

上の画像は施術前、

下は施術後の様子です。

ジャック 施術前

ジャック 施術後

 

施術前も、

良い姿勢を撮ろうと思って、

待っていたんですケドネ(;^ω^)

 

でも、しばらく待っても

ジャックは休めのまま。

仕方がないので、その状態をパチリ。

 

それが施術後には自然と、

ちゃんとした立ち姿を

見せてくれています。

 

 

全体の印象の違いとして、

施術後には力強さが出ているのを

見て取れるかと思います。

 

力強さは、どこから

来ているかと言うと、

 

まず、

左右の前肢のひづめが

施術後にはきっちり揃っていて、

胸郭を両肢でしっかりと

支えています。

 

そのため、

胸の前のラインもスッキリと

きれいに上に向かって

立ち上がっています。

 

 

背中のラインは、

間延びしているように

長く見えていたのが、

 

立体的でコンパクトになり、

輪郭がはっきりして

滑らかな弧に変化しています。

 

これは力強い曲線なので、

背中に掛かる重さを

しっかり支えられるでしょう。

 

また、

施術前には浮き上がり

緊張がある事を示している尾は、

施術後には根元から

すとんと閉じ、

 

後肢もどっしりと

グラウンディングしています。

 

 

前後肢がしっかりと

体重を支えられる様になり、

背中の曲線にも

力強さが戻ったことで、

 

胸、首、頭の位置もおのずと、

高く持ち上がっています。

 

そして今は自発的に、

人間の方へ視線を向けています。

 

顔を挙げた

ジャックの姿勢からは、

自信のようなものが

感じられると思いませんか?

 

 

施術が終わり、

ジャックは平島さんに誘導されて

小屋の中へと帰って行きました。

 

その時の姿はまるで

平島さんにピッタリと

付き従っている様で、

 

人間と一緒に居て

落ち着いた気持ちでいるのが

歩き方からも分かります。

 

小屋の中では

ダンディが待っていましたが、

ちょっかいを出すどころか、

ダンディを気にして

視線を送ることもありませんでした。

 

ジャックは自分の小屋の

窓際に立つと、

実に穏やかに

うっとりと目をつぶり、

 

窓から差し込む陽を

頬に受けながら、

内側の感覚をゆったりと

味わっているように見えました。

 

 

 

馬の臨床① 馬の施術の過程と、その変化:乗用ポニー・ダンディ編 ~3月の営業予定

 

前回の記事では、

馬の施術に先立って、

 

馬体の構造について

詳しくお話ししました。

https://inemurino-ki.com/2016/01/31/space-structure-and-horse/

 

さて、いよいよ今回は

施術そのもののお話です!ヽ(^。^)ノ

 

 

と、その前に、

3月の営業のお知らせを

ちょっと挟ませてくださいね~!

 

 

 

3月の営業予定

 

3月は、21日(月・祝)、26日(土)

臨時でお休みとなります。

それ以外は、通常通り営業いたします。

 

開院時間 : 11時~20時

定休日 : 毎週水・日曜日(祝日も開院します。)

 

施術の最終受付は17:00

とさせて頂いております。

ご事情のある場合には、

17:30まで対応可能です。

ご相談くださいませ。

 

ご予約のない時間帯に関しては、

臨時でお休みとなる場合があります。

ご予約の際には、なるべくお早めに

ご連絡を頂けますと幸いです。

 

 

 

乗用ポニー:ダンディへの施術と、その変化

 

年末から年始にかけて

春のような暖かさが続き、

施術の当日も、風のない

穏やかな天気に恵まれました。

 

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昼過ぎ、

早々と梅の花が咲き始めていた

谷保天満宮へ立ち寄り、

その足で2頭のポニーが待つ

「馬飼舎」へ。

 

馬飼舎(まかいしゃ)は、

谷保の天神さまから

歩いて5分ほど。

 

国立市の中にありながら

美しい水路や

田畑の残る谷保地区は、

懐かしい日本の風景そのまま。

 

訪れるたびに、

ほっとした気持ちになります。

 

 

 

ポニーの異変

 

施術に入る前に、

ポニーたちの様子を

詳しく伺いました。

 

 

馬飼舎には、

ポニーが2頭います。

 

彼らは、おもに

国立市と日野市の幼稚園や保育園、

障害児施設などを巡って、

子供たちと交流する仕事をしています。

 

2頭の内、

1頭は黒毛のポニーで、

名前はジャック。

 

もう1頭は白毛で、

名前はダンディ。

 

20140102_024044085_iOS-1

 

2頭は、それぞれ

受け持つ仕事が違います。

 

乗り馬として

子供たちを乗せるのはダンディ。

 

走ったり

ジャンプする姿を見せるなど、

自然の生態としての馬の在り方を

子供たちに知ってもらうのが、

ジャックの役割。

 

 

2頭への施術は、

彼らの役割の違いを

反映したものであり、

 

それぞれ施術の意味の

異なるものだったと思います。

 

そこで今回はまず、

ダンディの臨床について

お話したいと思います。

 

 

 

孤高の仕事人

 

オーストラリアの

ショーホースの血筋にある

ダンディは、

おっとりしていて、とっても真面目。

 

身体は小さいですが、

少し大きな体格の子供や

怖がっている子供だって、

背中に乗せて静かに歩きます。

 

ちょっとムッツリした感じは

あるけれど(^▽^;)、

我慢強い馬なんです。

 

人からの指示によく耳を傾け、

文句も言わずに

黙々と仕事をします。

 

 

とは言え、人との距離は

あまり近い方ではありません。

(ムッツリなだけに…)

 

ダンディとは

何度か会っていますが、

自分から人間に

ベタベタと近寄るタイプではなく、

 

触ろうとすれば触らせるものの

仕方ないな…、といった空気を

分かりやすく出している様な…(^▽^;)

 

あたかも、孤高の仕事人

と言ったところでしょうか。

 

 

 

いつもは、我慢出来るのに…。

 

施術のご依頼を頂いた時、

私はてっきり、

問題を起こしたのは

ジャックだろうと思いました。

 

役割の上からも

自由気ままでいられる

ジャックなら、

 

人間の意に沿わない行動を

起こす事も当然あるだろうと

思ったからです。

 

ところが、

問題が生じたのは、

我慢強いはずの

ダンディの方でした。

(ゴメンネ、ジャック(^▽^;) )

 

 

 

今から3か月ほど前の

2015年11月初旬。

 

何度も行っている幼稚園で、

ダンディはいつものように

子供たちを乗せていました。

 

怖がりの子が

乗る順番を迎え、

ダンディの横に置かれた

台の上に立ちます。

 

こわごわと、

何度も何度もためらいます。

 

それでも、

どうにかこうにか

ダンディの背中に

腰を下ろしかけました。

 

そのお尻が

鞍に触ったかどうかの、

まさに一瞬のこと。

 

ダンディは急に、

ワッとばかりに

前に飛び出しました。

 

パニックだったのか、

そのまま園庭も

走り回りました。

 

(怖がりのお子さんは、

飼育員さんが横から

サッと抱き上げたので、

ケガもなく無事でした。)

 

 

逃げっ放しにしておくと、

馬には逃げ癖が

つく可能性があります。

 

乗れなかった子供も、

恐怖心を持ったままに

なってしまいます。

 

再び、同じように

乗ろうと頑張ったけれど、

あえなく失敗。

 

3度目。

台は使わずに、飼育員さんが

その子を抱えて鞍に乗せ、

何とか成功。

 

 

2頭のポニーと

2人の女性飼育員とで行う活動は

10年に及びますが、

こんなダンディを見るのは

初めてのこと。

 

当のダンディはと言うと、

飛び出してしまったことに

自分でも驚いている様に

見えたそうです。

 

 

 

背景をさぐる

 

この時の様子について、

お二人から

より詳しい話を伺いました。

 

 

馬体の横にいて

子供を抱き上げた

飼育員の平島さんは、

ダンディが前に飛び出した際に、

右後肢で後ろを蹴りながら

跳ねたのを見ていました。

 

ダンディの頭方にいて

引き綱を持っていた

飼育員の緑川さんは、

ダンディが前に飛び出して

子供を怖がらせない様にと、

無口※1をグッと下に押さえました。

 

するとその瞬間、

ダンディは頭を反射的に

ビクンと挙げたそうです。

 

※1 馬を繋留したり引いて歩く時には、
引き綱と呼ばれる太くて短い綱を用います。
その引き綱は、馬の頭部~口のまわりにはめている無口【むくち】という
簡単なつくりの馬具に繋いで使用します。)

馬の無口

 

小さな動きですが、

こうして観察された動きは、

ダンディの状態を理解するための

重要な手がかりを与えてくれます。

 

一つ一つの動きには、必ず

馬がそれを行う必然性があります。

 

それがどんなに

些細なものであっても、

必ずヒントになります。

 

 

人間の施術なら、

どの部位でどんな感覚がするかを

出来るだけ詳細に聞くことで、

症状の背後に隠れた核心を

類推することが可能です。

 

その点、馬は話せないので、

動きや体調などの

馬の身体が示す現象から

類推して行くしかありません。

 

ダンディの症例では、

飼育員さん達が

日頃から細やかな視線で

ポニー達を見守っていたこともあり、

 

施術を始める前の段階で、

問題の核心が何なのかを

ある程度理解することが出来ました。

 

 

では!

実際に一つ一つの動きから

どんなことを読み取ることが

出来るのか、

 

詳しく分析して行ってみましょう!(^^♪

 

 

 

身体の動きと内的感覚

 

重要な動きは、全部で3つ

出てきました。

 

ダンディが身体を

左に回転させたことと、

 

鼻面を下に押さえられた時に

反射的に頭を挙げたこと、

 

子供を抱えて乗せた時には

我慢できた、

という点です。

 

 

身体を左に回転させたのは、

引き綱を持っている人間が

左側に立っていたため、

と考えることも出来ます。

 

馬の引き方

 

それ以外に、

馬の身体自体が、

左に回転したくなるような

歪みや緊張を持っていた可能性も

考えられます。

 

 

頭を下に押さえられて

反射的に首を挙げたのは、

どこかに痛みを感じたから

という可能性もあります。

 

他に考えられるのは、

力による制止に対して

心理的に抵抗を感じて、

拒否反応を示した可能性です。

 

ダンディは逃げる際に

お尻をはねあげていますが、

 

この動きは

「この状況は気にいらない」

という意思の表明であることが多く、

 

反射的に首を挙げた動作と

併せて、

 

気持ちの抑えや我慢が効かない

何らかの状態が、

ダンディの中にあったことを

示唆しているように思われます。

 

 

さらに、こんな話も

飛び出して来ました。

 

>そう言えば

この出来事の10日ほど前、

ダンディが馬の輸送車から

降りた時のことです。

 

見た目には分かりにくいけれど、

そこは滑りやすいように

加工された地面だったんです。

 

いつもダンディは

車から降りる時に

少し弾みをつけるせいもあって、

地面で前脚を滑らせて

横転してしまいました。

 

 

身体のどっち側を打ったか、

覚えていますか?

 

>左右どちらかは

はっきり思い出せません。

 

でも、

特に後遺症はなかったようで、

その日の障碍者を乗せる仕事は

ちゃんと出来ていました。

 

 

痛がっている様子は、

なかったんですね。

 

>はい。

 

…でも今考えてみると、

1~2年ほど前から、

少しおかしい所が

あったように思います。

 

今回のように前に飛び出る

とまでは行かないけれど、

 

引き馬をして歩いている時に、

ダンディが引き手(馬を引く人間)

を中心にして

左に回転するように

動く事がありました。

 

そう言えば、

そうやってまっすぐ歩かない時は、

ほぼ決まって、怖がりの子供を

乗せていた気もします。

 

———-

 

 

左へ馬体を回転するのは

ここ数年の間の

癖になっており、

 

それがほぼ決まって

怖がる子供が乗る場面で

起きていたという点もまた、

重要な手がかりです。

 

一方で、今回、

飼育員さんが

子供を抱えて乗せた時には、

我慢して乗せています。

 

とすると、

ダンディが緊張を感じるのは

乗られること自体ではなく、

子供が「乗る」という

動作に対してかも知れません。

 

 

怖がりの子は、

傍で見ても可哀想なくらい

緊張してコチコチです。

 

こうした緊張感を、

馬達は「はだ」を通して

感じ取ります。

 

私たち人間だって、

怒ってムス~ッとしている人が

同じ空間にいたりすると、

何だかこちらまで

ムカムカが伝染して来たり

しますよね(^▽^;)

 

その場の空気を、

「はだ」を通して

感じ取っているわけです。

 

こうした、

身体の感覚を通して

相手の状態やその場の空気を

感じ取る力に、

馬達はとても秀でています。

 

自然の中なら、草食動物の生死は

この能力に掛かって来るわけですから、

当然ですよね( ;∀;)

 

 

ちなみに、ダンディが

人間の動きの固さではなく

心理的な緊張に

反応していたと考えたのは、

 

身体を打った当日も

障碍者を乗せる仕事は

ちゃんと行えていた為です。

 

緊張している子供が、

自分の背中に乗ろうと

こわばりながら近づいてくる。

 

この時すでに、

ダンディの身体には

ピリピリとした緊張感が

生まれます。

 

このピリピリ感はまるで、

子供の一挙手一投足を

見逃さないよう、

全身が張りつめたレーダーに

なっているようなものです。

 

 

背中にまたがる瞬間、

子供の緊張は

最高潮に達します。

 

その同じ瞬間、

ダンディもまた、

「はだ」を通して

その緊張感を共有します。

 

ダンディの身体で

実際に緊張が生じるのは、

おそらく

 

子供が乗ることで

最も刺激を感じる背中か、

子供が足でつい締めがちな

お腹の横の辺りと考えられます。

 

 

…おぉっ!(゚Д゚;)

 

お腹の横の辺りと言えば、

少し前に横転して

打ったところとも重なります。

 

かなり、アヤシイですねぇ…。

 

お腹に緊張が加わることが、

重複して起きているんですね。

 

これに加えて、お腹に

もともと弱さがあったりすると、

我慢が効かずに衝動的になったのも

合点が行くんですが…。

 

 

便通の状態とかは、

普段どんな感じですか?

 

>ダンディのボロ(糞)は

水っぽくてベチャベチャか、

線維質が多くて、形がすぐに

ホロッと崩れてしまうかの

どちらかがほとんどで、

丁度いい時はあまりないんです。

 

 

…ふ~む、やっぱり。

お腹は弱かったか~。

 

どうやら、今回の問題は、

お腹の辺りの緊張が

引き金になっていた可能性が

大きそうです。

 

 

 

施術① 気持ちをほぐす

 

施術の始めに

背中やお腹などに触れて、

ダンディの反応を観察します。

 

背中や腰の方は

大人しく触らせてくれますが、

お腹の方ははっきりと

嫌がられてしまいました( ;∀;)

 

動物は、

弱い所や痛みのある所に

触られるのを嫌がります。

 

 

比較的、

馬が好むポイントである

剣状突起やおへその辺りを、

ごく軽くさすりました。

 

剣状突起は胸骨の後端で、

そのすぐ後ろがみぞおちです。

 

横隔膜が付着する部分でもあり、

緊張が生じやすい所の一つです。

 

 

剣状突起に触れると、

ダンディの表情は

わずかに緩みました。

 

鼻先も、おずおずと

伸ばし始めます。

 

 

鼻先を伸ばすのは、馬達が

気持ちの良い時に見せる仕草です。

 

馬は社会性が強い動物で、

仲間同士でグルーミングをする

習性があります。

 

この時、

お互いにキコウと呼ばれる

背骨の一番高くなっている部分を

噛み合います。

 

その為、ここを揉んだり

掻いたりされることが、

大抵の馬は大好き。

 

気持ち良く感じると、自分も

相手にグルーミングをやり返そうと

鼻先をぐ~っと伸ばしはじめ、

口をモゴモゴ動かし始めます。

 

 

…ぐ~っと「伸ばす」と言うより、

勝手に「伸びちゃう」感じの

鼻先の様子を見ていると、

 

これは「やってもらったから

やり返さなくちゃ。」

と考えて行う動作ではなく、

 

ほとんど本能に組み込まれて、

自動的にやってしまう行動に思えます。

 

ダンディの場合は、

その半本能的な反応が、

おずおずとして

ためらいがちな様子であるのが

印象的でした。

 

何代も続く

ショーホースの血筋で

よく教化された乗り馬である

と言う事は、

 

人間が出す指示に

おのずと集中するように、

訓練された意識を持っている

ということでもあります。

 

その意識の在り方が、

本能的な欲動を抑える傾向性と、

関連しているのかも知れません。

 

…おっとっと、

話が脱線しちゃった(#^.^#)

 

 

 

リラックスした気持ちを

維持しやすいように

左手は剣状突起に触れたまま、

今度は右手で背中も一緒に触り、

 

刺激の量を増やして

触られることに

慣れてもらいます。

 

右手が腰仙関節へ触れた途端、

左手が触れていた剣状突起で

ふ~っと力が抜けました。

 

左右の手で、ちょうど

腹腔を大きく包んだ状態の時に

緊張感がゆるんだ。

と言うことは…

 

馬の剣状突起と腰仙関節

 

やっぱり、問題の核心は

腹腔にあるのでしょうか。

 

 

 

施術② 身体を読み解く

 

次に、身体構造を調べると、

これを裏付ける様な状態を

ここからも見て取ることが

出来ました。

 

 

身体に生じている

歪みや不安定性(動揺)を、

細かく調べて行きます。

 

まずは、背中。

 

ダンディの頭の前に立ち、

脊柱の両脇の状態を

確かめます。

 

脊柱沿いの組織は、

後ろから前へ向かう流れを

強く示します。

 

これを便宜的に、

皮膚・筋肉・筋膜を含めた

組織全体の

前方への「変位」と表現します。

 

変位の方向性から、

骨格の歪みの状態が分かります。

 

 

下顎からお腹の下にかけても、

組織は後ろから前への変位。

 

ダンディ-背部と胸腹部のアウトライン

 

この状態から分かるのは、

ダンディが身体的には

前のめりの傾向にあった、

と言うことです。

 

身体が前のめりだと、

心理的にはいつも

追われている様な感じを伴い、

焦ったり不安になりやすい

傾向にあったと考えられます。

 

 

一方、骨盤を調べると、

骨盤は全体的に後方への変位。

 

身体全体として見ると、

腰のところで身体が前後方向に

分断されているような感じです。

 

ダンディ-骨盤の変位

 

これだと、

前のめりで焦りがちな身体に

お尻の動きが付いて来ないため、

ダンディの中では

もどかしい感じが

生じていたかも知れません。

 

心理的な焦りが

助長されやすい状態だと

考えられます。

 

 

次に、

身体の捻れも見てみましょう。

 

体幹部を調べます。

(文中では、胸郭から骨盤にかけての
胴体全体を体幹とします。)

 

体幹の上面:背中と

体幹の側面:脇腹は、

全て左へ回転しています。

 

体幹の底面は、

肋骨のある胸腔と

肋骨のない腹腔部分とを

分けて調べます。

 

胸の下では捻じれは左へ。

お腹の下では捻じれは右へ。

回転の方向が異なっています。

 

最後は、骨盤。

これも左回転でした。

 

 

体幹の後ろ半分では、

全体的に左回転です。

 

これは、左腰と左後肢に

重心が乗りやすかったことを

示しています。

 

 

一方、胸郭においては、

回転方向は複雑。

 

ちょっと整理してみると、

 

胸郭の左側面には

上下から力が集まり、

体側を圧縮する形で

力が働き、

 

他方の右側では、体側を

上下に引き伸ばすような形で

力が働いています。

 

縮まる傾向の左体側と、

引き伸ばされた右体側、

と言った状態です。

 

体幹の捻れ-ダンディ

 

これは、特に左の脇腹に

強い緊張があることを

物語っています。

 

一方の右脇腹は、

踏ん張りの効かない状態です。

 

 

全体的に見てみると、

左半身で全荷重を負うような

パターンが、

身体の構造そのものに

形成されていたことが分かります。

 

左半身の方が

支持力が強いので、

逃げる際にはおのずと

左の肢(あし)に頼ります。

 

すると、

左肢の踏み込みは深くなり、

当然、馬体は左へ回転します。

 

 

左脇腹が

縮まる傾向にあった理由として、

こんなことが考えられます。

 

馬に乗る際、

人間は馬の左側に立ちます。

 

乗り手は、左足に体重を乗せ、

右足を馬の向こう側に

よいしょっと持って行きます。

 

その為、乗った後に

意識的に体軸を正さない限り、

重心はどうしても

左に偏りがちになります。

 

怖がる子供の場合は

なおさら、

左の足に力が入りっぱなしに

なりやすいはずです。

 

こうして、左の背中には

人間の体重が

より強くかかって来ます。

 

それを、

左の前肢を踏ん張りながら

肩でグッと支え上げる…。

 

そんな風に頑張る内に、

ダンディの左脇腹は

縮まって行ったのかも知れません。

 

思っている以上に、

頑張って仕事をしている姿が

垣間見えてきます。

 

 

ところが、

こんな風にして

全身を調べて行った結果、

 

身体のバランスを乱している

根本的な原因は、

右肩関節にあることが

分かりました。

 

右肩関節には、

少しズレがあるようです。

 

 

あら~?(;・∀・)

 

問題の核心は腹腔にあると、

色んな要素が

言ってるんだけどなぁ。

しかも、右半身?

 

…推測は

間違っていたのでしょうか?

 

 

 

施術③ 原因のさらに奥へ ~身体構造の変化のプロセス

 

施術は、ここから

最も重要なプロセスに

入って行きます。

 

ダンディの身体に

何が生じていたのか。

それが、今回の問題と

どのように繋がっていたのか。

 

彼の身体自体が

その理由を解き明かしていく

プロセスです。

 

ここから先は、

ダンディの身体に

施術の進行を委ねます。

 

 

原因部分として特定した

右肩関節の、その前端にある

凹みに触れました。

ここは、上腕骨頭でもあります。

 

しばらくすると、

そのポイントから

一つの方角に向かって

流れが生じました。

 

この流れは、

肩関節に変調をおこしている

力の働きが、筋膜上に

地図の様な経路として

投影されるものです。

 

経路を辿ることで、

関節の変調の

さらに奥にある「理由」が

見えて来るはずです。

 

片手を

先ほどの凹みに置いたまま、

もう片方の手で

流れを追い掛けます。

 

右上腕骨頭前端から始まった流れは、

肩甲骨下部を横切って、

肩甲骨の後縁を辿るように

上へ向かいます。

 

辿り着いたのはキコウの

少し後方。

 

そこから今度は、

脊柱の稜線上を辿って

後方へ向かいます。

 

かなり早いペースで

移動して行きます。

 

どこまで行く気だろう?

 

腰仙関節まで一気に来ると、

ピタリと止まりました。

 

ダンディ―経路1

 

ここは、施術前に

腹腔の緊張がゆるんだ

ポイントです。

 

面白いことに、

施術前に身体に触れ

構造を調べている間に、

 

どうやら身体は自分で、

情報をある程度

整理して行くようなんです。

 

その為、こうして

最終的なプロセスに入った時には、

 

どこをどう変化させるか、

身体自身がすでにはっきりと

決めているようです。

 

施術前に触れた際に、

腰仙関節にもっと

アプローチして欲しい!と、

身体が思ったのかも知れませんねぇ。

 

 

腰仙関節で止まると、

体内で自発的な反応が

生じ始めました。

 

こうなった時には、

身体が「もういいよ」と言うまで、

変化が収束するのをひたすら

待つしかありません。

 

 

しばらくして、体幹部に

変化が現れ始めました。

 

右半身の

胸からお尻までの長さ(体長)が

縮まって行きます。

 

それと共に、体内の空間が

上へと広がって行く感触を

両手が感じ取ります。

 

腰仙関節の少し前の方で、

腰椎が上に上がって来ました。

腰のアウトラインが

変わって行きます。

 

「腰の辺りが、

上がって来た感じしますね。」

 

施術をじっと見守っていた

飼育員さんも、

変化の様子に気付いた様です。

 

…と言っても、形の変化は

普通にパッと見て分かる程、

大きなものではないんですよ!(;^ω^)

 

微妙な身体の形の変化に

気付いたと言うことは、

普段それだけ、

飼育員さん達が丁寧に

ポニー達を観察している証拠です。

 

実を言えば、10年もの間

ダンディにもジャックにも

問題が起きることなく

活動を続けているのは、

すごいことなんです。

 

それだけ彼女たちが

細やかに見守って来たからこそ

と言うことが、

観察眼の確かさからも感じられます。

 

 

 

やっと、移動再開。

背部の稜線をさらに後方へ辿り、

右の坐骨へ向かいます。

 

最初から触れていた

肩関節の前端と、

今辿り着いた坐骨とは、

胴体のちょうど端と端。

 

この2点の間で胴体全体が

一つの空間としてつながった…!

という感覚が生じました。

 

 

構造的には、もちろん

胴体は今までだって

一つに繋がっていました。

 

それが施術をしていると、

途中で流れが滞っていたり、

臓器のおさまりが悪くて

身体の中であっちこっち

向いている様な事があったりします。

 

人間の組織で例えるなら、

一つの会社組織なんだけど、

構成員たちはそれぞれ

バラバラの方向を見ていて

実はまとまっていない…。

みたいなことが、

身体の中でも起きているのですね。

 

そういった意味での「まとまり」を、

どうやらダンディの身体は

回復しようとしている様です。

 

 

2点間のちょうど真ん中の

腹部中央の奥で、

何か重たい感触があるのが

はっきりし始めました。

 

やがて、その重さは

徐々に抜けて行き、

腹腔内の空間が

軽さと明るさを回復した感覚が、

馬体に触れている手を通して

伝わって来ました。

 

 

坐骨を後にすると、

流れはさらに前へ向けて進み、

膝関節の前端まで来ると

再び止まりました。

 

膝関節の中で、

ググッと力が戻る気配が

生じます。

 

膝関節は、肘関節と

ほぼ同じ高さにあり、

肘関節と一緒になって

身体の重さを支えています。

 

膝の中で生じた変化は

体幹を持ち上げる力の

回復だったと思われ、

 

これに伴って、更に

腰のアウトラインは

上にあがりました。

 

腰仙関節のすぐ前方では

盛んに腹鳴がし始めたことから、

消化管も一緒に

変化をして行っているようです。

 

 

流れは更に前へ進むと、

右肩関節の後端へ

辿り着きました。

 

肩関節が

しっかりとし始めました。

 

膝関節とおなじように、

ここでも支持力の回復が

行われます。

 

「あぁ~、

しっかりして来ましたね。」

ふたたび、飼育員さんも

肩の変化に気付いてくれました。

 

 

いよいよ、旅も

終着点に近づいて行きます。

 

体幹をぐるりと

へめぐった流れは、

出発点の右肩関節前端へと

帰って来ました。

 

ダンディ―経路2

 

肩関節は、体幹から少し

離れた状態になっていたようです。

それが戻って行きます。

 

肩と体幹との

まとまりが回復してくると、

左の肩関節と呼応し合って

左右の肩関節の前端で

前※2を支え上げる様な変化が

生じ始めました。

 

※2 胸腔の前端で、
人間で言うところのデコルテの辺りを指します。)

 

胸の前側が

持ち上がった為でしょう、

首のアウトラインが

変わって来ました。

 

首の根元は少し下に沈み

凹んだ形になっていましたが、

 

それが持ち上がって、

首が扇形に見えるように

なって来たところで、

施術は終了になりました。

 

 

 

解題:身体の変化が意味するもの

 

ここで、少し

施術を総括してみたいと

思います。

 

身体の変化の仕方を見ると、

逆に、今まで

身体がどういう状態だったかが

見えて来ます。

 

ダンディの体幹部では、

その長さが縮まりながら

背中のラインが上へ持ち上がる、

という変化をしました。

 

ここから、

ダンディの背中は

本来よりも少し下に沈み、

 

その分、

体幹の筒型構造は

上から押されて

少しひしゃげたような状態に

なっていたと考えられます。

 

ダンディの身体が

起こしたかった変化は、

 

胸腹腔に空間的な広がりを

回復することと、

 

それに伴って

肩身の狭い思いを

していたであろう消化管に、

 

居心地の良さを

取り戻すこと、

だったのではないでしょうか。

 

施術中、

盛んにダンディのお腹が

鳴っていたのは、

 

自分が居るべき空間の

広さを取り戻した消化管が、

おもわず漏らした

安堵の声だったのではないか

と思います。

 

 

ちなみに、右肩と膝で

体幹を支える力が

弱まっていたことと、

 

右体側では

胸郭を上下に引き伸ばすように

力が働いていたのは、

 

もしかしたら

横転した際に

右半身を打ったため

だったのかも知れません。

 

 

 

むすび:ダンディに現れた変化

 

ここに、ダンディの

2枚の写真があります。

 

上は施術直前。

下は施術直後。

ダンディ 施術前-1

ダンディ 施術後ー1

 

姿勢が違うので、

形の変化などはちょっと

比べにくいところが

あるのですが、

 

首の形の違いは

分かりやすいと思います。

 

首と言うか、

タテガミですね。

 

施術前では、

タテガミのラインはわずかですが

下向きに弧を描いています。

施術後では、上に丸みを描く

扇形になっています。

 

お尻の形も

施術後ではきれいな丸で、

その分、尾の付け根も

高い位置にあるようです。

 

重心は、施術前では

肩関節の辺りにありますが、

施術後では身体の中央付近に

移っているように見えます。

 

 

何よりも注目すべきなのは、

毛並みです!(*’▽’)

 

特にブラシ掛けなどは

していないのですが、

 

施術後には毛並みに

空気が入ったように、

フワフワになっているのが

分かるでしょうか?

 

 

身体の内部空間が

広がりを取り戻して、

 

消化管などの臓器が

狭苦しい緊張から

解放されると、

 

体内の血流や

エネルギーの循環も

変化して、

身体の「元気」の

底上げが起きる。

 

毛根の細胞だって、

元気を取り戻しやすく

なるのだろうと思います。

 

それに、心も。

 

 

施術の翌日、

飼育員の平島さんから

ダンディの様子について

早速ご報告を頂きました。

 

『…昨夜から今日にかけて

ボロがツルンとしていて、

繊維質な感じのものは皆無でした。

それはもう見事なほど。

 

とても気分良さそうに穏やかで、

ジャックへの八つ当たりも

影を潜めていました。

 

もうひとつ、

餌の食べ方がゆっくりで

食べ終えて不足のない様子。

 

昨日までは、餌のかけらを探して

ずっと小屋のおが屑を

鼻先でいじっていたのが、

今日は片足を休めて

ゆっくり昼寝してました。』(メールより抜粋引用)

 

 

穏やかで、ゆったりとして、

現状に満足を感じられている。

 

毛並みがフワフワになったように、

ダンディの気持ちにも

新鮮な空気がいっぱい

吹き込んだのかも知れないなぁ。

 

きっと。

 

 

 

筋膜から見た、馬体の力学的構造の特殊性:空間と構造 ~2月の営業予定

 

2016年になって、やっと

初めての記事をお届けできます~!(*’▽’)

 

大変たいへん遅くなりましたが、

みなさま、本年も

どうぞよろしくお願い致します!!

 

 

既に過去のことかも知れませんが(;^ω^)

新しい年の幕開け、

みなさんはどの様に過ごされていましたか?

 

お正月二日目、私は依頼を頂いて

ポニーに施術をしに行って参りました!

 

場所は、neMu no ki と同じ

国立市にある可愛い厩舎、

「馬飼舎」(まかいしゃ)です。

http://jack-dandy.cocolog-nifty.com/

 

元々は日野市の浅川沿いの

公園で暮らしていたポニー達でしたが、

諸事情があって一昨年、国立市の中でも

自然と清流が豊かに残る谷保地区に

引っ越して来ました。

 

 

私も地元は日野です。

まだポニー達が川沿いに居た頃、

休日のジョギング中に

厩務員さんとお話をしたのが

そもそものご縁の始まりでした。

 

奇しくも引っ越し先も国立市とあって、

勝手に深いご縁があるものと感じて

心の中でいつも応援しているポニー達です。

 

 

そのポニーくん達から

施術をお願いしたいと依頼を受けたのは、

昨年の年の瀬のこと。

 

2頭のポニーの内、

公共の施設(幼稚園などの)で

子供たちを乗せる役目を担っているポニーが、

いつもと違う挙動をするようになったと、

ご連絡を受けました。

 

びっこを引いているとか、

お腹を痛がると言った様な症状だったら、

装蹄師や獣医に依頼するところです。

 

でも、そういうはっきりした感じではない。

はっきりはしないけど、やっぱり何かおかしい。

 

10年以上も一緒にいて、ポニー達と

仕事をしている厩務員さん達には、

看過できない重要な兆しに感じられたのでしょう。

 

どうやら全体の

バランスの問題ではないのか?

そう感じた部分があって、

連絡を下さったとのことでした。

 

 

年始の暖かく穏やかな陽射しの中、

2頭のポニーへの施術を行いました。

 

その時の体験について、厩務員さんは

「richな時間だった」と

後に表現してくれました。

 

この時の詳細について、

今回から数回に分けて

ブログでご紹介しようと思っています。

 

書いている内に変わるかも知れませんが、

今の段階で書く予定をしている内容を

挙げてみますね。

(変わった際には、ご容赦ください!(^▽^;) )

 

 

1.          筋膜から見る、馬体の力学的構造の特殊性

2.          施術における馬体の構造の変化

3.          身体構造の安定化と心理的安定性

4.          施術から見えた、2頭のポニーの絶妙な関係性

5.          動物たちを見守る側の人間が持つべき意識-厩務員さん達から学ぶ

 

 

ちょっとゴツイ顔のテーマが並んでいて、

教科書か!?と画面に向かって

ツッコミを入れている方も

いるかも知れませんが(^▽^;)

 

少し吐露しますとですね、

この1か月間、この題材について

何度も書いては止め、を繰り返しました。

 

 

動物への施術と言うのは

言葉や思考が介在しません。

 

つまり、説明を通して

施術を思考の面から補う

ということは一切出来ず、

動物たちの反応や

現象として生じる変化で

すべてが決まるという、

シビアな一面を持ちます。

 

そうした真剣勝負の施術だからこそ、

その場の中で体験する事には

とても大きな意味が生まれると思います。

(人間の時だって、手抜きは一切ないですケドネ~!(;・∀・))

 

一部始終を見ていた

厩務員さん達に負けず劣らず、

私自身にとっても

ポニー達への施術は

とても意義深いものになりました。

 

ところがそれを

文章に書き起こす段になると、

重要な要素があり過ぎて、

まとめることが難しいんですね。

どれもこれも、削ることが出来ない。

 

色々と試行錯誤を重ねた結果、

その時の体験を時系列で追うよりも、

重要なテーマごとに記述した方が

文章が混乱しないで済むのではないか、

と考えた次第です。

 

 

と言う訳で、今回はまず、

2月の営業のお知らせをさせて頂いて、

「1.馬体の力学的構造の特殊性」について

お話して行きたいと思います。

 

 

 

2月の営業予定

 

1月については、

すっかり予定を

お知らせしそびれたまま、

終わりに近づいているので

ヨシとさせて頂きまして(;^人^)

 

2月は、臨時休業の予定はありません。

通常通りの営業となります。

 

開院時間 : 11時~20時

定休日 : 毎週水・日曜日(祝日も開院します。)

 

施術の最終受付は17:00とさせて頂いております。

ご事情のある場合には、17:30まで対応可能です。

ご相談くださいませ。

 

前日までにご予約のない時間帯に関しては、

臨時でお休みとなる場合があります。

ご予約の際には、なるべくお早めに

ご連絡を頂けますと幸いです。

 

 

 

筋膜から見る、馬体の力学的構造の特殊性

 

馬と取り組んだ日々

 

元日の夜、

翌日の施術に向けて

馬の身体構造についての

必要な予習をしておくことにしました。

 

根がのんびりしているので、

元日から勉強だなんて

初めてのことです。

 

 

私は、現在のように

ボディワークを仕事とする以前は、

馬事に携わっていました。

 

20代の6年半、

馬専門の牧場に住み込んで、

馬と一緒に起居する毎日を

送っていました。

 

私にとって馬は、猫や犬以上に

大変なじみの深い動物です。

 

 

勤めていた牧場では、

常時40頭近くの和種系の馬を

繋養していました。

 

馬の繁殖(種付けですヨ~、もちろん。)や、

飼育、調教、乗り方のインストラクション、

厩務作業、流鏑馬を含めた

日本の馬文化の研究など、

 

とにかく、馬に関わることは何でも

全部ひっくるめてやる、

少し変わり種の独創的な牧場でした。

 

 

牧場の馬達は、樹海や山の中を

お客さんを乗せて走ったり、

あるいはゆっくり安全に歩くのが仕事。

 

お客さんで来るのは、

必ずしも経験者ばかりではありません。

身体のバランスを

自分で保てない人間を乗せる事が

日常茶飯事です。

 

そうした人を乗せつつ、落ち着いて

安定的に動くことを求められる馬達の

身体には、負担がかかります。

故障が生じる事も度々ありました。

(経験者でも、バランスが取れている人はむしろ少ないのです。)

 

日々の負担の蓄積で

背中が歪んでしまっている馬や、

首がいつも片方に偏っていて

身体の真直性がなくなっている馬

などもいました。

 

そんな彼らに私がやれることは、

出来るだけ乗る時間を作って

彼らの身体の状態を感覚的に把握し、

バランスを整え直したり

馬の動きのリズムを整える作業を、

丁寧に行うことでした。

 

一生懸命にやっても、

運動によって改善できるのは、

緊張して固まってしまった所を

ほぐして、流れを回復することと、

リズミカルな動きの感覚を

馬に思い出してもらうこと位が

関の山。

 

身体を壊す根本的な原因のはずの、

構造の偏りや

ひずみ自体を取り除くことは

難しいというのが、

長い間の試行錯誤を経ての実感でした。

 

何が問題なのかを冷静に考えれば、

バランスの乱れた人間が

自覚なく馬に乗り続けることが

そもそも最も問題だと思えました。

 

かく言う私自身も、

身体に歪みがある事には

はっきりとした自覚があり、

何とか軸を整えるために

日々奮闘していました。

 

 

 

バランスを感受する馬の能力

 

馬は、乗り手のバランスに対して

どれだけ敏感なのでしょうか?

 

ここに、

それを体感させてくれた出来事が

2つあります。

 

 

1.おっとり図太い福ちゃん

 

福花は、木曽馬の中で

一番年長のメスでした。

 

以前ご紹介した

ブログ:「死の淵に立つ馬」の主人公、

木曽馬の岳が大好きだった馬です。

https://inemurino-ki.com/2014/03/23/horse_backtolife_1/

 

胴体は丸太の様に太く、

その太さのせいで

背中は幅広の真っ平ら。

普通は、背骨を中心にして

左右の背中には円を描くように

なだらかな傾斜があります。

 

でも、福ちゃんの場合は

むしろ背骨の両脇で

背肉が盛り上がっていました(;・∀・)

 

そのせいで、足もガニ股。

歩く時には、大儀そうに

身体を揺らしながら

ゆっくりゆっくり進みます。

 

当然ながらの、食いしん坊。

 

人間が小屋で談笑していると、

どしっどしっと音がして来て、

やがて黒い鼻面が

中をぬ~っと覗きます。

 

「何、内緒で

美味しいもの食べてるの~。」

とでも言いたげな表情です。

 

およそ馬らしい繊細さは、

感じられなかった福ちゃん。

…おほん、失礼(;^ω^)

 

 

ある時のこと。

福ちゃんの乗り運動をしようと、

ステップから福ちゃんの背中に

またがろうとしました。

地面から乗ると、

馬の身体への負担は大きいものです。

足を踏ん張って立っているのが

大変な馬の場合など、

状況によっては台を用います。

 

 

背中に腰をおろした瞬間、

私のお尻の下で、 福ちゃんの背中が

微妙にふいっと 動きました。

 

素早く、そして

ごくわずかな動きでした。

 

一瞬、あれ?と思いましたが、

その動きが何だったのか、

すぐにピンと来ました。

 

 

私の騎座(鞍に座るバランス)は、

中心がどうしても

少し左に寄りがちでした。

 

福ちゃんは、

そのバランスに丁度合う様に、

瞬間的に自分の背中の位置を

微調整したのです。

 

 

人間的な心情から行くと、

これは乗り手が安定し易いように

馬が配慮してくれたのかも!

と思いたい所ですが、

 

そこは福ちゃんですから、

まさかそんな殊勝なことは…(^▽^;)

 

恐らくは、そうする方が

福ちゃん自身にとって

楽だったのだろうと思います。

 

いずれにしても、

乗り手に合わせて、馬自身が

こんなにも工夫をしていたのかと、

申し訳なく感じると共に

驚きを覚えた出来事でした。

 

 

 

2.やんちゃ坊主の当麻

 

当麻は、

クリーム色の身体に

黒いたてがみを持つ、

アラブ馬と道産子の血が混ざった

やんちゃな馬でした。

 

馬は草食動物らしい敏感さを持ち、

遠くの方でおかしな音がしたり

妙な気配を感じると、

驚いて逃げ出したりすることがあります。

 

当麻は頭の良い馬で、

純血種なら

行き交う銃弾の中も走るという

勇敢なアラブ馬の血を

わずかながらも引いていたせいか、

 

本当は状況を理解しているのに、

わざと大袈裟に驚いてみて

面白がって逃げてみる…!

そんなケシカランところのある

馬でした(;・∀・)

 

そんなケシカラン感じが、

私は面白くて好きだったのですが。

 

 

その日、私は

自分でもそれまでになく

身体の軸が通っているのを

感じていました。

 

乗り運動のため、

当麻の背に乗りました。

 

私の騎座は

背中の真ん中にすんなりと、

気持ちよく安定して納まりました。

 

騎座がすっと納まると、

身体の軸に沿って頭まで

力が自然と伝わって行く

感じがしました。

 

その心地よい安定感を

ゆっくり味わう暇もなく、

当麻は急に

ぴょ~んと跳ね上がると、

一目散に駆け出しました。

 

 

それは

めちゃくちゃな走りようでした。

 

でも、

楽しくてしょうがないと言った様子が

伝わって来ます。

 

乗っている私も

何だか妙に楽しくなって来て、

制止も忘れて一緒に笑い出しました。

 

当麻とは、

何年もの付き合いでしたが、

そんな走り方をしたのは

それが最初で最後でした。

 

 

 

福ちゃんと当麻が

こうやって与えてくれた

貴重な体験は、

 

馬が思っている以上に

人間の身体の安定性を

敏感に感じ取っていること、

 

そして感じるだけでなく、

それを、身体を通して

馬達も共有してくれている

ということを、

教えてくれるものでした。

 

 

そして、

こうした体験によって、

 

人間の身体のバランスとは何か?

バランスが取れていると言うのは

一体どういう状態なのか?

 

私たちが

理解できている様に思っていて

実はちっとも理解できていない

こうしたベーシックな問いについて、

 

その根本から、きちんと

理解できるように学ばなくてはと

強く思うようになりました。

 

そしてそれが、

現在の道を歩むことへと

繋がって行きました。

 

 

 

身体構造の把握

 

人間の身体の構造について

理解が深まり、

 

身体の構造のひずみや偏りも

やり方によっては

改善に導く事が出来るのだと、

理論的にも経験的にも

確かに信頼できる様になった今、

 

立会人のいる中で

再び馬の身体と向き合う

機会を与えて頂いたことは、

私自身にとって心躍る出来事でした。

 

 

言うならば、今回は

ポニー達への施術を通して

私自身がお世話になって来た

馬達へ行う恩返しであり、

 

かつては手の届かなかった

馬体の構造の歪みへの

時を経たリベンジです。

 

予習だって、

思わず身が入ります。

 

 

施術を行うには、

馬体の構造の特色を

掴んでおく必要があります。

 

人間の場合は、

二足歩行です。

 

二足歩行を支える要は

大きく特殊に発達した骨盤にあり、

 

骨盤と言う、空間を内包する器の

状態を決定づける殿筋や腹壁と、

さらに腹腔に納まっている臓器などは、

 

いわば身体全体のバランスの

基盤として、とても重要です。

 

(実際には、ここに

横隔膜や股関節なんかも入って来て、

全身のつながりに発展して行きます。)

 

そこから、骨盤を土台にして

垂直方向に身体が展開することを

可能にさせている脊柱と、

 

脊柱の状態を大きく左右する、

独立した空間構造を抱える

胸郭や喉頭、顔面頭蓋…

 

人間の身体構造については、

こんな具合に理解しながら

施術を行っています。

 

 

これは、どこが最も重要かと

優劣をつけることとは違います。

 

どこの部分も

他の所とは替えようのない

重要な役割を持ちます。

 

一部で起きた変化は、

即全体に波及しますし、

逆に一部が働かない時には

全身でカバーします。

 

働かない一部に

取って替われるものはなく、

出来るのは全身を挙げての

工夫です。

 

どの部分も本当は 同じ様に重要です。

 

 

施術の目的は、

身体が本来の自然なバランスを

回復して行くことです。

その為には、構造全体の歪みを

把握する必要があります。

 

全体の歪みのイメージを掴むには、

どこをどう調べれば良いのか?

それを自分なりに

整理しておくことが肝心です。

 

 

本棚から

『家畜比較解剖図説』を

引っ張り出しました。

 

改めて馬体を眺めてみると、

何と効率的に

背中で重さが支えられるように

なっているんだ!と

思わず感心するばかりです。

 

(※ここから先のお話は、

数理的なデータや学説、

科学理論に基づくものではありません。

 

生きた身体が

施術によって変化して行く、

その過程の観察を積み重ねる内には、

「構造」というものを

感覚的に把握するようになって行きます。

鼻が利くようになる感じです。

 

そうした感覚に基づいて、

展開して行く考察です。)

 

 

 

空間と圧力

 

脊柱は、

人間の場合は「支柱」ですが、

馬の場合は

身体の一番上に位置する「梁」です。

 

その梁の下側には、

肋骨と胸骨で囲まれた

大きな空間構造があります。

 

この空間の中には、

沢山の臓器が納まっています。

 

図引用:『家畜比較解剖学 上巻』

馬の腹部臓器

(図引用:『家畜比較解剖図説 上巻』

加藤嘉太郎/養賢堂出版 上図はp.7  下図はp.243)

 

 

一見すると、

梁の下に籠がぶら下がり、

それが肢(あし)によって、一まとめに

持ち上げられているようにも

見えます。

 

ですがもし、肢が全てを

持ち上げているのだとしたら、

果たして馬は

あんなに速く動けるでしょうか?

 

一体何が、身体を

支えているのでしょう?

 

 

もちろん、筋肉も

支える力の重要な要素です。

力まずにきちんと機能している筋肉は、

身体が軽々と動くことを可能にします。

 

他にも、

見えにくいけれども

重要な要素があります。

それが、「空間」です。

 

 

空間は、その内側に

封じられた圧力を持ちます。

 

空間の内圧は

構造を外へと広げる力であり、

 

体内の内部構造に対しては

外から締め付ける力となる筋肉と拮抗し、

体内の空間的な広がりを

維持する力でもあります。

 

それは、厳密には

「支える」だけではなく、

身体の重さやその感覚を

変化させ得るものです。

 

構造は、

力の凝集によって重みを増します。

例えば筋肉に関して言えば、

その収縮は身体を支えていると同時に

身体を重くするものでもあります。

 

一方、空間とその内圧は、

そうした凝集する力に拮抗し、

分散させることで、

構造の重み自体を軽減させます。

 

胸郭の内圧を保持するのは

腹膜や胸膜、それぞれの

臓器を包む膜などの膜組織が

役割を担っています。

 

 

馬体の力学

 

馬の肋骨は18本あり、

人間に比べると

かなり腰に近い方まで

肋骨にしっかりと覆われています。

 

肋骨と肋軟骨、それに

胸骨と胸椎で形成された

鳥かごの様な骨格を胸郭と呼びます。

(ちなみに、馬は胸椎も18個あります。)

 

胸郭の前方部分は、

心臓と肺のある胸腔、

横隔膜を挟んだ後方部分は

消化器系や泌尿・生殖器のある

腹腔です。

 

肋骨の前方の8本は、

胸骨と直に接合しています。

肋骨の後方の10本は、

肋骨と胸骨の間に肋軟骨があります。

 

図を眺めている内に、

線を引っ張って見たくなりました。

 

馬体の構造のノート (2)

 

私の絵だと、馬体のバランスが

ちょっとアヤシイので(^▽^;)

ちゃんとした図を使って

改めて線を描き入れてみます。

 

馬体の力学線

(図:『家畜比較解剖図説 上巻』p.7 より引用の図版に、著者が加筆して作成したもの。)

 

一番上の青い線は、

首の根元(頸椎7番)から脊柱の下縁をとおり、

仙骨の後端までを示しています。

これが、いわば「梁」です。

 

 

緑のラインは、肩関節から始まり

18本の肋骨の下端を結んでいき、

(つまり、前方8本の肋骨‐胸骨の接合部と

後方10本の肋骨‐肋軟骨の接合部。)

寛骨の寛結節まで伸びます。

 

寛結節と言うのは、

人間でいう所の「こしぼね」に当たります。

解剖学的には前上腸骨棘と呼ばれています。

 

 

ピンクの線は

肘頭から始まって胸郭の下縁を通り、

緑の線と同じく寛結節へ。

 

肘頭と言うのは、私たちが

一般的に「ひじ」と呼んでいる所で、

関節の後ろの突出部にあたります。

 

一番下のオレンジのラインは、

体壁の表面を示します。

ラインの後端にあるのは恥骨結合です。

これは私たち人間と同じですね。

 

馬の骨盤のノート 馬の骨盤骨格ー寛骨

 

これらの線が示しているのは、

胸郭と腹腔を上へ持ち上げる

力の構造です。

 

まず 身体の後方(後躯と言います。)では、

真ん中の2つのラインが

寛結節で交差しています。

 

馬の駆動力は後肢にあります。

胴体の重さは2つの力の流れによって

寛骨の先端部に一旦全部集められ、

 

今度はそれが寛骨の傾斜を下って、

後肢を前へと駆動する力に

変わって行きます。

 

馬の寛骨の滑車構造

 

次に、

一つ一つのラインの特徴も

見てみましょう。

 

 

1.青のライン

 

梁である脊柱は、

最も重たい首と頭のその基部である

第7頸椎と同じ高さにあります。

 

もし、長い首の、

その根元が沈んでいると、

首は立ち上がりにくくなり、

頑張って持ち上げる必要が

出てきます。

 

今度は逆に、首の根元の方が

梁よりも上にあると、

首の重さがまともに肩に乗り、

肩はそれを支持するので精一杯で

身動きが取れなくなります。

 

つまり、梁と首の根元が

同じ高さにある事で、

互いの機能や構造にとって

効率的だと分かります。

 

 

2.緑のライン

 

肋骨と胸骨、あるいは

肋骨と肋軟骨の接合部では、

外からの力の伝導やエネルギーの

流れが変化します。

 

そこを結んでいくと、

前方では肩関節、

後方では寛結節に繋がる。

 

 

肩関節には、

前方へと向かう力が内在します。

 

馬体の関節内の力の方向性

 

一方の寛結節には、

前から来た力を後肢に送り込む、

滑車のような働きがあります。

 

前後端で、互いに

逆方向に引っ張り合う様に働くことで、

緑のラインは胸郭全体を

上へ持ち上げる力となります。

 

 

3.ピンクのライン

 

10本ある肋軟骨は、

胸郭の下部を包み込むように

後ろから前へ向かって斜走します。

 

ピンクのラインはその下縁を通り、

胸郭内部の空間を下から支えます。

 

 

ライン前端の肘頭には

後方へ押す力が内在し、

内部空間の圧力を腰の方へと

押し上げる作用を生じます。

 

これは、身体の前方の重みを

より効率的に後方へ送ることを

助けていると考えられます。

 

胸郭の下縁が

もし肘頭よりも下にあったら、

胸郭の重みによって

前肢の動きは制限されます。

そうしたバランスを

元々持っているのが、牛です。

 

 

緑とピンクに

体壁のオレンジを含め、

3本の線によって

上へ押し上げられると、

 

胸郭の内部では

圧力が円形の肋骨を辿って

脊柱を押し上げる力となります。

 

 

 

合理的な空間構造

 

さらに胸郭の中を覗いてみると、

面白い構造が見えてきます。

 

ここまででだいぶ長くなっているので、

軽く説明しますね(;^人^)

 

 

頭を支える横隔膜

 

胸郭の前方3分の1ほどの所に

横隔膜があります。

 

横隔膜は、 胸郭を

胸腔と腹腔に分けています。

位置はこんな感じです。

 

馬の横隔膜

(図:『中国獣医鍼灸図譜 日本語版』p.72 より引用の図版に、著者が加筆して作成したもの。)

 

人間はほぼ水平位にありますが、

馬は垂直ではなく、かなり斜行しています。

 

よく見るとこの角度、

首とほぼ垂直の関係にあります。

 

馬/横隔膜-頭頚の直角

(図:『中国獣医鍼灸図譜』p.72より引用の図版に、著者が加筆して作成したもの。)

 

人間の場合、頭頚部の重さは

出来るだけ上部の方で支えて、

足を身体の重さから解放して

出来るだけ自由に動かせるように、

 

体内を幾つもの空間に区切って、

圧力を維持しています。

 

そうした仕切りを上から挙げると、

口腔底、

胸郭上口、

横隔膜、

骨盤底、

と言った辺りです。

 

首と直角を成す馬の横隔膜も、

胸腔内の圧力によって

頭頚部の重さを支えるには

最も効率的な位置関係だと思われます。

 

 

さらに胸腔の中を見ると、

縦方向に3つの空間に分かれています。

 

馬の胸内空間

(図:『家畜比較解剖図説 下巻』p.333より引用の図版に、著者が加筆したもの。)

 

仮に、

前上方から来る頭頚部の重さを

一つの空間で背負うと、

肩にもどっしりと重みが乗ります。

 

これを、縦割りの 左・中央・右の

異なる空間で負重することで、

左右の肩と、心臓にかかる負担を

それぞれ軽減する事が出来ます。

 

 

動きに適した腹腔

 

胸腔が縦割りなら、面白い事に

腹腔内は横割りの構造です。

 

馬の腹内空間

(図:『家畜比較解剖図説 上巻』 p.203より引用の図版に、著者が加筆したもの。)

 

後肢は、大きな駆動性を持ちます。

それを受け止める腹腔の

内部空間がもし左右に分かれていると、

 

後肢の運びに応じて

お腹はその内側から左右に揺れ、

身体の動きはバラバラになります。

 

そのため、

腹腔内は空間を水平に分割し、

左右が均質の空間である方が

理に適っていると考えられます。

 

(ちなみに人間は、腹腔の奥に後腹壁があり、

腹腔内は前後2つの空間に区切られています。

馬はおおよそ3つの空間ですが、 基本形は同じです。)

 

 

構造を空間に変える、筋膜

 

 

ふぅぅ~(^▽^;) さてさて、

馬体の構造の特性について

何とか整理が出来ました!

 

 

一本一本バラバラの肋骨も、

その内側に張っている

胸膜や腹膜などによって

互いに結び付けられ、

全体性へと還元されます。

 

大きな胸郭という空間は、

胸膜や腹膜などを介して

より機能的な空間に分けられ、

その中で各臓器は、

秩序ある形で配置されています。

 

胸膜や腹膜、 臓器を包む

膜や腸間膜などは、

膜様の結合組織であり、

全て併せて広義の筋膜と

捉えることが出来ます。

 

 

これらの膜によって

結び付けられ、

体内に生み出される作用を

観察する時、

 

そこに現れて来る身体は

もはや確固たる形を持つ

構造体ではなく、

 

空間を媒介として

協働して力の作用を生み出す、

いわば空間体なのです。

 

 

さぁ次は、

実際の施術に入って行きますよ~!ヽ(^。^)ノ

 

 

死の淵に立つ馬④ ~勝利と歓喜

前回からの続き

 

岳が歩き始めるのと入れ違いに、
大きな注射を手に獣医が現れた。

 

馬の様子を 遠目に見ながら言う。
殺すことはいつでも出来る。
ここまで来たら、トコトン付き合おう。

 

他にも、患畜はいる。
牧場も、明日は連休の初日、来客がある。
いつまでも待っている余裕はない。

 

待つと決めるのは、リスクを負うこと。
覚悟がいる。

 

岳と一緒に歩いていた場長が、戻って来た。

 

動き出してる様な気がするんだよなぁ。(腸が。)

 

彼は、希望的観測ではものを言わない。
だから、言葉に信頼性がある。
みんなの気持ちが、すっかり明るくなっている。

 

止まると、また腹痛が来るかも知れない。
ひたすら、歩かせ続ける。

 

「生き物の世話って、
愚直じゃなきゃ出来ないよね。ふふふ。」

 

「あははは、そうそう!
アホになんないと出来ないよね~!」

 

いつ動き出すとも知れない馬の腸を思いながら、
スタッフが馬場の中を歩かせ続ける。
その横に立って、 岳の腰に手を当てながら一緒に歩く。

 

腰仙関節から エネルギーを通すことで、
少しでも腸が動いてくれれば。

 

岳の腰の高さは自分の肩よりも少し高い。
腕は疲れて来るが、
あれだけの岳の頑張りを見たらこちらだって頑張ろうと思う。

 

場長もスタッフも、昨日から
ほとんど寝ていないと言う。

 

岳には、縁の深い家族もいる。
そこの娘さんも、横に並んで一緒に歩き続ける。

 

歩きながら、思い出話に花が咲く。
岳が大好きだった雌馬の福ちゃん。
彼女が先に逝ってしまった後、岳は抜け殻みたいになっていたこと。

 

若いメスが牧場にやって来たら、
たちまちに元気を取り戻してお尻を追い掛けまわしていたこと。

 

ボロを溜めておく深い穴にハマり込み、
抜け出せなくて、死にかけたこと。

 

助け出す為に救助隊まで来たのに、
牧場スタッフが置いた板を渡って、結局最後は自力で脱出したこと。

 

「いつだって、人には頼らずに
自力で何とかして来たんだよね、岳は。
誇り高い馬だよねぇ。」

 

「岳って、馬主がいたことあるの?」

 

「なかったと思いますよ~。
それに岳は、誰の馬にもならないですよね。ふふ」

 

「あはは、それもそうね!
誰も自分の馬には出来ないわね。」

 

岳の為に集まったのは、全部で9人。

 

人間の言う事は聞かないどころか、むしろ分かってて裏をかいて来る。
仕事だとあからさまに仮病を使うし、いい加減に自由気まま。

 

木曽馬の名誉のために言うなら、
彼らの多くは、真面目な性格。

 

岳は破格に、天真爛漫で、
縛る事の出来ない自由な魂なのだと思う。

 

だから、みんな時間を割いて、
一頭の馬の為にこうして集まっている。
いや、むしろ…

 

珍しく早めに帰宅する予定だった私の他に、
腰痛でたまたま仕事を休んでいた者、
雨天で仕事が流れて身体が急に空いた者。

 

偶然は、2つ重なると偶然ではないという。
こうなると、時間を作れるタイミングで集められたという気がして来る。

 

「俺が辛い思いしてるのに、
耳の傍でうるせえなぁって、
きっと今思ってるんだろうね~、ふふふ。」

 

岳の足取りは、少し落ちて来る。
でも、思ったほど重くはない。

 

大丈夫かも知れない。
でも、どうするかは 岳自身が決める事。

 

やれることはやった。
これで永の別れになっても、悔いはないだろう。

 

家へと戻る電車の中、メールが入った。

 

難産の末、
疝痛の原因と思しきものが除去された、と。

 

ここ最近で、こんなに心の底から
喜びを感じた事があっただろうか。
心臓からワクワクした感覚が上がってくる。

 

岳は、本当に生き返った。
…私達は、勝ったんだ。

 

闘っていた相手は、死ではなく
自分たちの中の都合や諦め。

 

もう終わりにしようと、
状況を明け渡したくなる誘惑。

 

…難産って、もしやほじくり出した?

 

そう、獣医さんが直腸からね!
30分格闘したのよ~!

 

みんなが帰途についた後、
岳の容態は一度急変したそうだ。

 

馬の心拍は、通常30~45と低い。
岳はずっと90で持ち堪えていた。
通常の倍。

 

120になると助からない。
一時、危険水域の100を上回った。

 

みんなの様子が明るかったから
獣医も迷いが出たんだろう。

 

全てが終わったのちに、
場長は振り返ってそう言った。

 

これで最後だから、
薬殺の前に腸の詰まりの除去を試みよう。

 

実力行使をすれば、腸壁を傷付ける。

 

そこが取り除けても、腸全体が
活動を取り戻す保証もない。

 

獣医が勝算を見ていたのか
一か八かだったのか、
それは分からない。けれど

 

最後は、プロの意地
だったのではないかと思う。

 

その後、朝までに
自力での排便が2回あった。
もう、本当に大丈夫だ。

 

ボロには最初、血が混ざったという。
岳と獣医の、奮闘の証。

 

これだから、
獣医は辞められないんだよなぁ。

 

そう言って、岳が助かったのを
一番喜んでいたのは獣医だった、と場長。

 

獣医は、
命を奪う行為の実行を許されている。
生殺与奪の責任を負う。

 

一方の牧場長は、
最終的に生殺与奪の決断をする。
その実行のタイミングを決めるのは、彼の責任。

 

思えば、姿の見えない時間が結構あった。
出来る限りタイミングを 引き延ばそうと、
獣医から離れていたらしい。

 

岳の様な厳しい状態から
復活する馬もいるには居る。
けれど、数は少ない。
獣医は、現実を見据えながら
現実的な判断をする。

 

場長は、馬をよく知り、
その個体の可能性を見ている。

 

どちらも、正しい。
立場と判断基準が違うだけだ。

 

最後の最後は、岳の底力。
でも、全てのタイミングが
噛み合わなければ、こういう
結末にはならなかったかも知れない。

 

横隔膜へのアプローチで、
少し腸が動き出したこと。

 

岳が倒れた時に強く腹を押して、
物理的に腸内のボロを
出口へ送ろうとしたこと。

 

獣医の手の届く範囲にボロがあって、
最終的に掻き出せたこと。

 

そして、みんなが岳に
気持ちを寄せ続けたこと。

 

「俺ってこんなに
人気あるんだって思って、
張り切っちゃったのかもね(笑)」

 

それぞれが持てる力を出し合えば、
状況は変えられる。
予想を覆すことだって出来る。

 

この経験は、私達を
一回り大きくしてくれた。
そう思う。

 

貴重な体験を与えてくれた岳に、
心から感謝を捧げよう。
そんな殊勝なことを言ったら、
きっとあの馬は
ニヤリと笑うだろうけれど。

 

 

終わり

 

 

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死の淵に立つ馬③ ~岳の生還

前回からの続き

 

岳に会いに来ていた人たちが、首元に集まって岳に触れる。
寂しい思いをさせずに、苦しませずに逝かせてあげたい。

 

荒い呼吸の鼻先に、
精油を塗った手のひらを差し出す。
少しでも、痛みの意識が緩和できれば。

 

獣医が、そろそろかなと
ゆっくりした足取りで車へ向かう。

 

生殺与奪の権利は、
いつだって行使するときには
迷いが生じるものなのだろう。

 

本当に、あそこで逝かせて良かったのだろうかと。

 

その判断に
唯一人で責任を負う存在だから、
あの背中は寡黙なのだろうか。

 

スタッフの腹を押す手は緩まない。
岳は白目を剥いたまま、次第に
全ての動きが収束していく。

 

しばらくの空白。
首元のまわりにいた者は、覚悟を決めた。
腹を押す場長たちは、手を止めない。

 

…獣医はまだだろうか?
…と、

 

ガバッ!!

 

岳が急に意識を取り戻した。
それと同時に、凄い勢いで起き上がった。

 

と言っても、後足が弱まり、
体重を支えられない。

 

頭を高く上げて
よろけながら踏んばる岳を、
場長が叱咤する。
立ち上がる気持ちが途切れないように。

 

木曽馬は、体重が300キロ以上ある。
横に倒れたままでは
自重で肺がダメになるらしい。

 

4時間が限度。それ以上は肺に水が溜まって来る。
そう、獣医が教えてくれる。

 

末梢循環も低下しやすい。
寝たままだと、 褥瘡も起きやすいと言う。

 

同じ重力下でも、
人間と馬の受けている引力の強さは
違うのかも知れない。ふと思う。

 

人間は立位だから、
重力の掛かる水平面の面積が狭い。
馬は、広い背中で重力を受け止める。

 

馬は、大地と共にあり、
大地の力の中で生きる生命なのだと
改めて思う。

 

かろうじて起き上った岳は、
四肢すべてがちゃんと地面についた途端、
急に足早に歩き出した。

 

しっかりした足取り。
今まで、じっとしていたのが
まるで冗談のよう。

 

腹痛に波があるのは、
誰しも経験のあることだろう。
岳は白目を剥き
気絶をするほどの激痛の波に襲われ、
そこから戻ってきた。

 

まわりの人間は、
この時、覚悟を決めた。
もう逝くのだろう、と。

 

墓穴を掘る者、
阿弥陀経を唱える者。
送る準備が整いつつあった。

 

それを振り切って起き上った岳は、
意外なほどにピンピンして見えた。

 

私たちは、 しばし呆気に取られた。

 

死の淵から、岳が戻った。
みんなの緊張の糸が切れた。
空気が変わりつつある。

 

「もうダメだと思った!
すっかり覚悟を決めたのに~」

 

笑いながら言うと、
一気に場に笑いが弾けた。

 

人間が諦めの気持ちのままでは、
踏んばる岳の足を引っ張るだけだ。
それは、避けたい。

 

「きっと、あっち(彼岸)にいる福ちゃんに
蹴り返されたんだよ!」
応える声があった。

 

みんな、楽な気持ちで
岳を見守る姿勢へと切り替わった。

 

死を迎えようとする深刻でかび臭い場が、
明るく風通しの良い空気へと一変した。

 

岳の疝痛の原因は
いまだに腹の中に納まっている。
でもこれで 、流れの先は変わったのかも知れない。

 

 

 

…続く

 

 

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死の淵に立つ馬② ~それぞれの立場で出来る事。

前回のあらすじ~
2日間の疝痛の果てに、
 腸の動きが止まった木曽馬の岳風。
 見守る人間たちの、
 それぞれの立場での努力が始まった。

 

 

自分の手だけでは、
弱った馬の肉体に変化を促すには 心もとなく感じた。

 

獣医に断わって、
精油や音叉も使いながら 腹部を刺激してみる。

 

動物は、音叉には敏感だという。
腹に刺激が入って腸が動くことで痛みが生じるのだろうか。
後ずさりをする。

 

出来るだけ痛みが生じないよう、
身体にどんな変化が起きているかは
つぶさに把握しておきたい。

 

やはり自分の手で、
細胞と岳の息遣いを感じながら手当をしよう。

 

人間と同じ構造なら、
横隔膜から伸びた内側脚が腰椎に付着しているはず。

 

横隔膜の端と端を押さえるように、
腰仙関節とみぞおちにアプローチする。

 

2か所に精油を塗布し、同時に触れる。
精油が、エネルギーの伝導を助けてくれるだろう。

 

横隔膜の広がりを意識で捉えながら、
反応が起こるのをじっと待つ。

 

横隔膜全体が、
意識に入ってくるようになった。
これは、ひとまず横隔膜全体に
エネルギーが通ったという目安。

 

獣医が、心拍と腸の動きを聴きに来る。

 

今まで動いていなかったところが
動いてきているかも知れない、と。

 

ただ、40メートルの腸。
外側で聴診出来る範囲は動いても、
その奥がどうなっているかは分からない。

 

肌寒い早春の夜、
「冷たい」と言いつつ片腕を水で浸した獣医は、

 

おもむろに直腸検査を始めた。
肩まで、肛門の中へと消えていく。
ちなみに、獣医は女医さんだ。

 

生き物を扱う人の潔さは、独特だ。
それは、 生き死にと
当たり前の様に背中合わせでいる事から来る、
厳しさと覚悟と、そして
その底に大きな優しさがあるからなのだろうと思う。

 

肩まで入るほど
奥深くに腕を挿し込むと、

 

「ガチガチだと思ってたけど、少し凹むな」

 

思っていたよりボロの固さは
柔らかかったようだ。
少し、望みが強くなる。

 

直腸検査からしばらく経って、
痛さをおくびにも出さず
静かに我慢し続けていた岳が

 

腰から崩れるように
ゆっくりと倒れた。

 

張りすぎた腹が邪魔をして、
上側の足は浮いたまま。
目が力なく閉じ始める。

 

眠ってはマズいと自分で分かっているかのように、
必死に瞼をしばたたいて 目を開けようとしている。

 

やがて痙攣のような動きが起き、
目がグルグルと彷徨う。

 

これはマズいな。
白目を剥き始めた…。

 

足を大きくバタバタ動かしている。
苦しい腹を蹴ろうとしている様だ。

 

それを察した場長とスタッフが、
腹を強くたたき始めた。

 

人間が相手なら、
苦しんでいる所を強く叩いたり押したりするのは、
あり得ない。

 

心臓マッサージだって、
相手の意識がない状態で行う。

 

可哀想という言葉は
誰からも出なかった。重要なのは、
タイミングを外さぬこと。

 

今この瞬間にやるべきことを、
やれることをやるだけ。

 

馬がしようとしている事の
意を汲んで、 それを実行に繋げる
反射神経があるかどうか。

 

行動の表面がどんな形かに囚われず、
その意図が馬の意思を支えるものなら、
迷っているヒマはない。

 

場長は、空を蹴る岳の脚を見て
何が必要かを瞬間的に嗅ぎ分け、
行動した様に見えた。

 

 

…続く

 

 

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死の淵に立つ馬① ~馬への筋膜的アプローチ

「岳がひどい疝痛で
もうダメそうなんだ。
腸の動きも止まっていて。」

 

岳は、30歳になる高齢馬。
人間でいうと、90を超えているだろうか。

 

正式には岳風(たけかぜ)という。

 

風の強い日には、馬は走る。
その性質と、岳の持つ武骨さとを
よく表した名前だと思う。

 

2日前くらいからボロ(糞)がろくに出ず、
お腹がガスでパンパンに張ってしまっているらしい。
腸の動きが止まり、ひどく苦しい状態にあるという。

 

痛みどめが切れる5~6時間後に、
あまりに苦しむようなら
薬殺せざるを得ないかも知れない、と。

 

連絡をくれたのは、
岳が身を寄せる牧場の場長。
私が馬の牧場で働いていた時の先輩でもある。

 

早く帰って家で仕事をするつもりだったこの日、
急遽、岳と先輩のいる埼玉県の東松山へと足を向けた。

 

岳は何度も死地を脱している
百戦錬磨の馬。

 

岐阜・長野地方を中心に
生育されて来た木曽馬の岳は、
狡知に長けて我慢強く、弱みは見せない。
野武士を思わせる粘り強さがある。

 

岳がそう簡単に死ぬわけはない。
私に出来ることは多くはないかも知れない。
でも、やれるだけの事はやって来よう。

 

筋膜の施術を始めて間もない頃、
まだ牧場で働きながら整体の学校に通っていたので、
馬にも施術の練習台になってもらっていた。

 

まだまだ自信を持てずにいた私にとって、
嫌なことは嫌だと素直に態度で表し、
それでいて腹を立てることのない馬の存在は
有り難かった。

 

人間よりも感覚が鋭く、変化も分かりやすかった。
施術をする内にびっこが緩和したり、
去勢してショゲていた馬が
雌馬のお尻を追いかけまわすようになったり。

 

肉体の元気さは、心も元気にする。
心と行動の直結してる馬だからこそ、
そんな当たり前の事を改めて現象として観察出来た。
教えてもらえることはいっぱいあった。

 

岳は、そんな馬達の精神的な要の存在。
馬のくせに、カリスマ性を感じさせられる大きな器でもある。
岳への手助けは、馬全体への恩返しになる。

 

自分の手と、精油と、音叉と。
身体を助ける力になりそうなものを集める。
これが今の私に出来る、精一杯の武装だ。

 

牧場に到着すると、
闇に包まれた馬場の入り口近くに
岳が佇んでいた。

 

神妙な面持ちで、覇気がない。
こんなに意気消沈している姿は
初めてみる。
思っていたよりも、
事態は深刻なようだ。

 

前日から、牧場のスタッフと獣医とが、
付きっきりで様子を見ているらしい。
岳だけじゃない、人間も相当すり切れて来ている様だ。

 

岳のお腹は、本当にパンパンだった。
妊娠していると、馬は横に腹が張り出す。
岳も、妊娠中と見まがうようだ。
腹部だけ横幅が1.5倍になっている。

 

触ると、ビクともしないくらい
ガチガチに固い。

 

獣医によれば、
左の結腸曲の辺りに ボロがかたまって詰まっていて、
更にその前方には どれだけ詰まっているか分からない。

 

仮にボロ自体の量はそれ程ではなくとも、
ガスが溜まって腹は膨らんでいく一方の様だ。

 

馬は、腸の中にものすごい種類と
量のバクテリアがおり、
馬自身の消化酵素で分解できない繊維質は
こうした微生物によって分解・消化される。
その過程で、ガスは発生する。

 

馬の腸は長い。
40メートルある。
それが狭い腹腔の中に
グルグルと収まっている。

 

どこかで管が詰まってパンパンになると、
その膨らみに押されて
折り重なっている腸管がつぶされ、
通りが悪くなる可能性も考えられる。

 

そうなると、原因が二重三重に重なって、
回復はとても難しいだろう。

 

お腹まわりは、左右側面も下面も、
どこもかしこも張りが強く、
全く皮膚に遊びがない。

 

これでは、筋肉・筋膜などの結合組織と
骨格とのズレを戻していく
筋膜のアプローチは難しい。
限界まで張りつめた組織を
無理に動かすのは、効率的ではないし、
大した変化は期待できない。

 

(※筋膜による整体は症状への治療を目的とするものではなく、
全身の構造的な整合性を回復することが目的の施術です。
症状の改善は、構造の変化・統合に付随して自ずと生じるものです。)

 

さて…。どうしたら腸が動くか。
少しでも可能性のある所はどこだろう。

 

最近の臨床の中で、
いくつかあった事例を思い出す。

 

横隔膜の緊張が抜けて動きの柔軟性を回復すると、
腸の動きも付随して良くなることがあった。
腹圧が腸に掛かりやすくなって、
排便を助けるのではないだろうか。

 

横隔膜、
試してみる価値はあるかも知れない。

 

岳の胸の辺りに触れてみる。
腹腔の内圧に押されて、
胸の辺りは前にせり出ているようだ。
横隔膜も固く縮んで感じられる。

 

胸骨と腹部の境目、
人間のみぞおちに当たる部分に
手を当てる。

 

反応は起きている。
胸の辺りに余っていた皮膚が伸び始め、
張っていた腹部の方へと移っていく。
腹の表層に、ほんのわずかだが
余裕が出てきた気がする。

 

岳が大好きだと言う近所の女性が、
ずっと頭の近くに寄り添って優しくなだめている。

 

獣医が来て、
腸の動きを聴診し始めた。

 

…前の方で、腸が動き出してるな。
触ってもらってるお陰かも知れない。

 

でも、後ろの方は固まったままだな。
少し動いても焼け石に水だなぁ。
なぁ岳よ、スポンと抜けてくれないかな?。

 

長い時間の看病は、
体力も気力も奪う。
昨日から睡眠もろくに取らず、
ずっと張り詰めたままなのが伝わる。

 

少しであっても、
変化が起きていることは分かった。
のれんに腕押しだろうが
焼け石に水だろうが、
出来ることはとにかくやってみよう。

 

岳はまだ諦めていない。
人間がそう簡単に
諦めるわけには行かない。

 

 

…続く

 

 

 

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