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姿勢は、心の状態を左右する ~馬の臨床②:ジャック編

 

穏やかな青空に恵まれた

年の始め。

 

この日、

暖かな陽差しの中を

ポニー達のいる「馬飼舎」へと

向かいました。

 

(くにたち馬飼舎:

http://hatakenbo.org/jackdandy

 

場所は、

neMu no ki と同じ国立市内。

歩くと30分くらいかかります。

 

周囲には田畑があり、

その間を細い用水路が流れ、

 

時期によっては、

ザリガニを探す子供たちの

声が響いていたり、

 

それを見守る

お母さんたちの姿がある、

懐かしい匂いのする場所です。

 

この日は三が日とあって、

あたりは静かな気配。

心なしか、時の流れも

ゆっくりしているようでした。

 

 

到着すると、

日当たりの良い馬場の

柵の上から、

黒い顔がひょっこりと

外を覗いていました。

 

ジャックです。

 

ジャックは、

細く柔らかな手触りをした

真っ黒い毛並みのポニー。

 

のんびりしている様子に釣られて、

挨拶をしようと

ジャックの方へ近づきました。

 

 

この日はこれから、

2頭に施術を行う予定でした。

 

施術するのはこんな人間ですよと、

認識しておいてもらおう。

 

彼らには

何度か会っていますが、

まともに触れ合うのは

初めてのこと。

 

とりわけジャックは、

いつももう1頭のポニー:

白毛のダンディの

後ろにいる印象があり、

 

直接触る機会は、これまで

あまりありませんでした。

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ジャックにしても、

私のことは恐らく

大勢の中の一人と言った程度で、

個体識別はできていないでしょう。

 

 

手のひらを軽く開いて

手の力を抜き、

ジャックの鼻の下に

そっと近づけます。

 

ジャックも

自分から鼻先を近づけると、

手の匂いを確認します。

 

これが馬同士なら、

お互いの鼻孔を近づけて、

呼気の匂いを嗅ぎ合って

相手を認知するところです。

 

 

ジャック的には、

「…ふ~ん。」

という感じ?(^▽^;)

 

受け入れてくれた

かどうかはともかく、

認識はしたみたい。

 

今度は、ジャックの

頬の辺りに触れようと、

手を少し上へ移動します。

 

その途端、ジャックは

顔を素早くそらすと、

手の甲の皮膚を軽くつまむように

歯でキュッと噛みました。

 

 

…おぉ( ゚Д゚)

そう来るか~。

 

気易く触られるのは、

嫌なのかしらん。

 

ツレないなぁ~(;・∀・)

 

 

 

ジャックが抱える、コミュニケーションの問題

 

ポニー達への施術は、

飼育員さんからの依頼でした。

 

彼らの身体のバランスを

みてもらいたい

という主旨でしたが、

 

特に施術を必要としているのは

ダンディの方とのことでした。

 

ダンディは、昨年の年末に

落ち着かない行動を見せる様になり、

 

飼育員さん達の感覚では、

それはどうも

特定の理由によるものではなく、

全体的なバランスの状態から

来ているように感じられたので、

 

整体を受けさせたいと

思ってくださったとのことでした。

 

(ダンディの施術については、以下の記事をご覧ください。

https://inemurino-ki.com/2016/02/28/therapy-for-a-riding-horse/

 

施術のメインはダンディだと

ちゃんと聞いていたはずなのに、

 

お話を受けてから

この日までずっと、

私の頭の中に浮かんでいたのは

ジャックでした。

 

それは、彼らと会った際に

こんな光景を何度か

目にしている気がして、

ジャックが気になっていた為でした。

 

 

ジャックが人間の近くにいると、

ダンディはススっと寄って来て

間に割って入ります。

 

除け者にされた感じが

するのでしょうか、

ジャックは頭を上下に振って

納得が行かない様子を示します。

 

この様子がユーモラスで、

可愛かったりもするのですが(*^.^*)

 

またある時には、

 

のんびりしているダンディに

ジャックはちょっかいを出し、

ダンディに威嚇されます。

 

ダンディは嫌がって

怒っているのですが、

ジャックはちょっかいを

繰り返します。

 

 

施術前にお話をした際、

彼らの様子については

飼育員さん達もかなり

気掛かりに思っていた事が

分かりました。

 

2頭は元々

仲が良いはずなのですが、

ジャックとダンディ、食事中.

 

ここのところどういう訳か

こうした小競り合いが

パターン化したように

なっており、

 

小屋や馬場という

安心できるはずの

日常空間の中に居ても

どちらもなかなか

寛いだ状態に

なれずにいることや、

 

ダンディがイライラしていると、

ジャックもそれに合わせる形で

緊張感が高まっていくこと、

 

ジャックはダンディの

八つ当たりのはけ口に

なっている様に思えること、

 

…などと言った

状況があることも、

分かりました。

 

 

ジャックにはもう一つ、

気になるところが

ありました。

 

それは、人間に対して

心理的にどことなく

距離があるように

思えることでした。

 

これはあくまで

私見ではありますが、

 

もし、この距離感が

ジャックの元々の性質に

適っている場合には、

「クールな馬なのね」

と思うだけだと思うのです。

 

観ているこちら側が

そこに違和感を感じて

気になると言う事は、

 

本来の状態から何かが

ズレている為ではないか

と思うのです。

 

 

ジャックの関心が

ダンディに集中していると

考えられることや、

 

ペットではなく

仕事仲間として、

 

ポニー達とは適切な距離を保ち、

風通しの良い関係性であることを

大切にしているという、

 

飼育員さん達の思慮ある姿勢を

加味して考えても、

 

10年以上もの長い間

人間と密接に関わりを

持ち続けているのに、

人間との間に何となく

隔たりがある様に見えるのは、

 

もしかしたら

ジャックが本来の性質を

何らかの理由があって

発揮しにくい状態に

いるためなのではないか、

と言う気がしていました。

 

 

 

問題を、「身体」の次元に落とし込む

 

問題行動の原因を探るという

目的のあったダンディと異なり、

 

ジャックの施術は

目的がはっきりして

いませんでしたが、

 

飼育員さん達にとっても

私にとっても気掛かりだった、

コミュニケーションや

他者との距離感といった事柄が、

その目的に関連しているのだろう

と思われました。

 

 

問題が現れたのが

行動面であれ心理面であれ、

 

それに対応する現象は

何らかの形で

物理的な身体にも生じています。

 

実例を挙げて話そうと思うと、

それだけで一つの記事になる程

長い話になってしまうので、

ここでは割愛しますが、

 

今までの施術経験を通して、

心・身体・精神は

異なる次元の機能でありながら

常に互いに同期し合っており、

 

それぞれの現れ方は違っても、

実は同じ意味内容のことが

各次元で生じていると言う事を、

身体から教わって来ました。

 

 

ジャックの場合もおそらく、

コミュニケーションや距離感という

心理面で生じている問題は、

ジャックの「身体構造」に

何らかの形跡を残しているはずです。

 

施術を通して、

それがどんな現象として

立ち現われているのかを

発見し、理解できることは

施術の醍醐味であり、

 

施術者にとってはもちろん、

施術を受けて下さる方や

施術に立ち会う方にとっても、

興味の尽きない豊かな体験を

与えてくれます。

 

 

 

信頼を得るには、信頼すること。

 

ジャックの施術を行う上で

まず問題なのは、

 

ジャックとの間に

どうやって信頼関係を築くか?

ということでした。

 

 

彼は、人との間に

心理的な距離感を

持っているように

見えるだけでなく、

 

人に触られることも

嫌がっていました。

 

これでは、

施術をすればかえって

心身の緊張感が増すだけで、

良い形で手助けをするのが

難しそうです。

 

そこで最初に行ったのは、

人間に触られる事が

心地良いと知ってもらう事でした。

 

 

 

ここで用いたのは、

ダンディの施術でもご紹介した

「キコウ」です。

 

キコウは

梁構造を持つ馬の脊柱の中で

最も高い位置にあり、

頸椎と胸椎の境目に当たります。

馬のキコウの位置

 

キコウへのマッサージは、

馬達にとっては

手の届かぬ痒い所を

掻いてもらっている感覚に

かなり近いようで、

 

馬の中には

ヨダレを垂らさんばかりの

悦楽の表情になる馬も

いる程です(^▽^;)

 

やり方は単純明快。

痒い所を掻くように

指の腹でキコウを

さするだけ。

 

さする際には、

骨格のアウトラインを

掘り起こしていくような

イメージで行うと、

より効果的です。

 

 

ジャックは最初こそ

面食らっていた様でしたが、

 

次第に気持ち良くて

我慢できない様子になり、

 

首をぐ~っと伸ばして

キコウをこちらに

差し出すようにすると、

 

鼻先をぎゅうっと尖らせ、

口をはむはむと

活発に動かし始めました。

グルーミング時に、鼻先を尖らせる馬

 

鼻先に力を入れて尖らせるのは、

自分も相手の痒い所を

掻いてあげるためです。

 

その鼻先と歯を上手に使って、

馬達はグルーミングを行います。

 

思っていたよりもずっと早く、

「僕もグルーミングやってあげるよ!」

とジャックは意思表示をしてくれました。

 

 

次に、胸の方へと

手を移動しました。

 

胸に手が触れた途端、

ジャックはくるりと

後ろを振り返ります。

 

わざわざ

目で見て確かめる

その仕草には、

 

何をされているのか

すごく気になっている、

 

もしくは、

そこを触られるのは嫌だ、

という意思が表れていました。

 

 

その気持ちを尊重して、

反射的にスッと

手を引きました。

 

手が離れたのを確認すると、

ジャックは前に向き直ります。

 

視線が逸れたので、

ふたたびそっと

手をジャックの胸に

当てがいました。

 

また嫌がったら、

同じ様に繰り返すつもりでしたが、

 

今度はジャックは

わずかに耳を動かしただけで、

後ろは振り向きませんでした。

 

ジャックの身体からは

警戒と緊張感も

消えたように感じられ、

 

人間に触られることを

受け入れたのだと、

分かりました。

 

 

「いつも、お腹なんて

嫌がって触らせないんですよ~!」

 

と、飼育員の緑川さんは

驚いた声を挙げました。

 

同じく飼育員の平島さんは、

この時のやり取りから

深い意味を感じ取ってくださったそうで、

 

馬の顔色なんか見なくても良い

と教えてくれた人がいて、

そうなのだろうと思っていました。

 

でもジャックは、

顔色を見て欲しい馬

だったんですね。

 

自分の出したサインを

ちゃんとキャッチしてくれたと

あの瞬間に感じたことで、

ジャックは飯島さん(:私です)を

信頼したのだと思いました。

 

そして、人間とも

コミュニケーションが出来るのだと、

理解した様に見えました。

 

後日、こんな風に

話してくれました。

 

 

ジャックとのやり取りは、

わずかな時間の間に起きた

ささやかなものでした。

 

それを細かく観察し、

そこから深い気付きへと

理解が繋がって行ったのは、

 

平島さん達が日頃から

ポニー達の一挙手一投足に

意味があることを感じ取り、

 

 

それを理解しようと

努力する姿勢を、

持ち続けているからこそ

だったのだろうと思います。

ジャックと平島さん

遺跡の調査員だった平島さんの観察眼は、どんな細かい差異も見逃さない、鋭さと確かさを持ちます。

 

 

ジャックが早い段階で

信頼を示してくれた理由は、

 

今になって考えると、

平島さんが言及して下さった

ジャック自身に生じた理解の他に、

3つの要素があったと思います。

 

一つは、

最初に触れたキコウが

実はジャックにとっては

鍵になる重要な部位だった点。

 

これについては、

施術の過程を記述する中で

触れます。

 

二つ目は、私自身の

馬に対する信頼、

 

三つ目は、場の設定です。

 

 

 

信頼は、心地よい「間」を生む

 

私は20代の頃、

日本固有種の馬達と

仕事も寝食も

共にしていました。

 

6年半の間、馬達と

どんな風に向き合っていたか、

それはまたの機会に

お話出来たらと思いますが、

 

その年月の中で、

私は馬達、とりわけ

和種馬やポニーなどの

目線の近い馬達に

強い親近感を持ち、

深く信頼を感じる様に

なって行きました。

 

ジャックと向き合った時、

私の中にはこうした馬達への

無条件の信頼がありました。

 

そして、それは

彼らなら必ず「理解」しようと

耳を傾けてくれる、

という信頼でした。

 

 

 

もし、人間が

馬を信頼していないと、

 

人間は自分の意図に

従わせようと焦り、

力んで力づくになります。

 

逆に、馬には

人間が言わんとすることを

理解しようとする意識と

能力があると信頼していれば、

 

馬の反応の仕方が

自分の思ったような

現れ方ではなかったとしても、

 

その馬が彼なりの応答を

能動的にしてくれるまで、

見守り、待つことが出来ます。

 

待った上で、やっぱりまだ

理解できていないと分かったなら、

 

その時は伝え方を

もっとシンプルにして、

馬の理解しやすい形に

変えて行けば良いのです。

 

 

待つことは、

やり取りにちょっとした

「間」を生み出します。

 

その「間」から、

馬は考える余裕と

判断する自由があるのを

感じ取ります。

 

人間が馬を

信頼しているかどうかも、

こうしたわずかな「間」によって

馬には伝わるものだと思います。

 

 

 

変容の場としての施術

 

三つ目の要素として挙げた

「場の設定」は、

施術を行う上で

とても重要な要素です。

 

施術は、

施術を受ける人や動物にとって

「変容」の場です。

 

変容の過程は、言わば

従来の自己がまとっていた

様々な意味での「形」を

脱ぐことですから、

無防備な状態でもあります。

 

その状態にあって

変容が滞りなく進むためには、

蝶にとっての蛹や繭のように、

守られた安全な場、

空間が必要です。

 

特にジャックのように

繊細な性質の場合には、

周囲の環境に影響を受けやすい為、

意識的に場を選ぶ必要がありました。

 

 

ジャックを繋留するのは、

飼育員さんの提案に従って、

馬場の入口にしました。

 

馬飼舎では、馬場は

馬小屋と一体になっていて、

 

馬場の奥に馬小屋があり、

馬小屋の入口は

馬場の方を向いています。

 

つまり、ポニーを

馬場の出入口につなぎ、

顔が馬場の中へ

向くようにさせると、

 

そのポニーの目には、

馬場の向こう側に

大きく戸を開いた我が家と、

 

その中でのんびりくつろぎ、

時折うつらうつら居眠りする

もう一頭のポニーの姿が

映ります。

 

目の前には、安全な小屋と

のどかな情景。

 

ポニー達の心は

安心と余裕を

感じられるはずです。

 

 

それに、

この日は三が日で、

 

馬飼舎の周辺は

落ち着いた空気に

包まれていました。

 

この場にいる人間は、

ジャックが良く知っている

飼育員さん達と、

施術者の3人だけ。

 

馬場から見える道路も

ほとんど人の気配がなく、

風も穏やか。

 

何かが視野をかすめたり

怪しい物音がしたりして、

ジャックが驚くことも

ありませんでした。

 

ジャックが安心して

リラックスできる環境、

安全を感じられる

空間であったことで、

 

ジャックの意識はおのずと

自分がされている事に集中し、

 

施術に対して受け身ではなく、

能動的に参加する姿勢に

なっていたのだと思います。

 

 

 

ジャックの本質

 

キコウのマッサージに対する

ジャックの反応は、

 

ジャックが身体的な感覚を

素直に表現する性質であり、

 

内側で感じたことを

隠しておけない、

 

よく言えば

オープンで明るく、

 

場合によっては

直情的になりやすい傾向性を

表していました。

 

 

ジャックの性質が

はっきり見えて来ると、

今までの状況も

整理し易くなります。

 

たとえば、

ダンディがイライラしている時に

一緒にイライラしていた状態は、

 

ダンディに負けまいと

我を張るような

積極的な反応とも思えますが、

 

繊細な性質のせいで

ダンディのイライラに

無自覚に心理的な侵食を受け、

 

本来は自分のものではない

そのイライラと

一体化してしまい、

 

それが無意識的に

ジャックの行動となって現れた、

と受け止めることも出来ます。

 

言うなれば、ジャックは

外部からの影響に

大きく揺さぶられ、

 

実は自分の意思とは

関わりの無い所で

行動させられていたのかも

知れません。

 

 

もしここで、ジャックの肉体や

エネルギーフィールドが

十分に安定した状態であれば、

外界にはそれほど強く

影響されずに済むはずです。

 

(安定したエネルギーフィールドは卵形で、

安定した身体の細胞は

球形であると言われています。

 

卵も球も、外からの刺激に対して

物理的かつ構造的に

強い抵抗力を発揮する形であり、

 

エネルギーや身体の安定性は、

外部からの影響の受け止め方、

すなわち外部との関わり方に

直結している事が分かります。)

 

ジャックは、どこかに

外界からの干渉を許す、

弱く感応しやすい部分を

持っている可能性が強そうです。

 

だとしたら、

それは身体のどの辺りに

潜んでいる可能性が

高いのでしょうか?

 

範囲を絞り込むために、

ジャックの日頃の体調について

平島さんにお聞きしました。

 

 

ジャックは

細くて柔らかい毛並みのせいか、

寒さが苦手です。

 

(細くて柔らかい毛の馬は

皮膚も薄めで発汗しやすく、

暑い気候に適応します。)

 

身体を温める為なのか、

寒い時期にはよく跳ねます。

 

寒い日の朝は、

朝から怒っていたりもします。

 

 

…やっぱり、

気持ちが身体に出ちゃう

タイプなんですね(^▽^;)

 

 

水はいつも沢山飲んで、

おしっこはほぼ無色のものを

沢山します。

 

ボロ(糞)は、表面がまるで

コーティングされている様に

コロコロで、形がしっかりしています。

 

 

おぉ!

なんたる快便!ヽ(^。^)ノ

 

消化器系、泌尿器系は、

共に良好に機能しているようです。

 

それならば、

これらの臓器が

納まっている腹腔も、

安定した状態にある

と考えられそうです。

 

(腹腔や胸郭などの

臓器を納めている「器」の状態は、

臓器の状態と直結しています。

 

例えば胸郭の厚みが

薄くなっているような場合は、

肺も上手く膨らみませんし、

心臓は狭苦しさを感じたりします。

 

そして、

心臓が感じている狭苦しさを、

私たちは不安や焦燥感のような

心理的な感覚として、

共有していたりもします。)

 

腹腔に問題を抱えていた

ダンディと違って、

 

ジャックは仕事の中で

子供たちを乗せる事がなく、

 

日常的に、

背中や腰にかかる荷重を

耐える必要がないため、

腹腔の安定性と健全さが

保たれやすいのかも知れません。

 

少なくとも、

弱さを抱えているのが

腹腔である可能性は、

低そうです。

 

 

 

姿勢と心のつながり

 

いよいよ、

ジャックの身体に

どんな現象が生じているかが、

明らかになって行きます。

 

 

始めに、

身体に生じている

歪みや緊張を

細かく調べて行きます。

 

お尻→背中→頭部を結ぶ

体幹の背側面を調べ、

 

次はお腹→胸へと

体幹の底面を視ました。

 

背側面では、

皮膚や筋肉、筋膜などの

ジャックの体壁を形成する組織は、

後ろから前への方向性を持って

ゆるみを生じていました。

ジャック-背側のゆるみ

 

底面(腹面)では、組織は

前から後ろへ動きます。

ジャック-腹側のゆるみ

 

体組織の各部に現れる

方向性を持った緩みは、

 

身体に生じている歪みや

姿勢の偏りの現状を、

忠実に反映しています。

 

すなわち、背側では

組織は頭の方へ向かっており、

 

これはジャックの姿勢が

前のめりになりがちなことを、

 

腹側で見られた

鼻先からお腹へ向かう

後ろ向きの方向性は、

 

鼻面をお腹に

近づけるようなイメージで

身体を丸める体勢を取っている事を、

 

それぞれ示唆しています。

 

つまりこれらは、

胸をすぼめながら

背中を丸める姿勢を示しており、

ジャック-上下両側のゆるみの方向性

 

ジャックが意図していなくても、

外から身を守ろうとするような

防衛的な構えに、身体が

自ずとなってしまっていることを

示しています。

 

 

今度は、体幹の

捻れの状態を調べます。

 

体幹の上半分(背中の方)は

全体的に左へ回転します。

ジャック-背側の捻れ

 

体幹の下半分(お腹の方)は、

胸郭部分では左への回転。

腹部は、右へ回転しています。

ジャック-腹側の捻れ

 

これらを整理すると、

 

体幹の前半分では、

胸郭の左側面に向かって

上下両方から

力が集まっている状態を

示しており、

 

体重を左の前脚だけに

負荷させている様子です。

ジャック-体幹全体の捻れ

 

他方、体幹の後ろ半分は

反時計回りにぐるりと

一回転しており、

 

後肢には体重を乗せず、

力を受け流して

いるかのような印象です。

 

 

骨盤は、

全体的に組織が

後ろの方へ向かっており、

 

頭の方へ向かっていた脊柱とは、

背骨と骨盤の境目:腰仙関節で

前後に引っ張り合っている状態です。

ジャック-背部と骨盤のゆるみの方向性

 

これは、背を丸めて

胸をすぼめる姿勢とも、

つじつまが合います

 

この姿勢を取るには、

馬の場合には骨盤を幾分か

下へ落とす必要がある為です。

 

 

最後は、

4本の肢(あし)の状態です。

 

前肢体(肩甲骨と前肢)では、

組織は下から上へ向かいます。

 

後肢も同じように、

下から上へ向かっています。

ジャック-四肢のゆるみの方向性

 

四肢のすべてが

上へ向かう力を

帯びていると言うことは、

 

ジャックの肢は

大地との接触が

希薄になっており、

 

グラウンディングしたくても

できない状態だったと

想像する事が出来ます。

 

こうした

足元の不安定さは、

不安や緊張を感じやすい

ジャックの心理状態と

合致しているように思えます。

 

 

このようにして、

身体構造の主要な部分における

組織の歪みを調べ、

 

今度はそれらを全て

比較して行くと、

 

全身の歪みの原因が

どこにあるのかを、

絞り込むことが出来ます。

 

 

ジャックの場合は、

全身の歪みの原因は

左の肘関節に特定されました。

 

より詳しく言うと、

肘関節の内側のくぼみで、

人間で言うなら

腋窩に似た構造の所です。

 

人間の腋窩は

肩関節の内側ですが、

 

四足動物の場合は

肩関節は胸郭にぺったりと

張り付いた構造になっており、

 

腋窩のような窪みがあるのは、

肘関節の内側です。

 

これを腋窩と呼べるか

分からないので、

ここでは便宜的に

肘の内側窩と呼びます。

馬の肘関節の内側窩

 

ジャックの

左肘の内側窩では、

組織があまって

たるんでいました。

 

それに伴って

左胸の幅も広がり、

左右の胸幅が

不揃いになっていました。

 

緑川さんにも、

他の部分の組織と

手触りが違うことを、

触って確認してもらいました。

ジャックと緑川さん

動物看護士でもある緑川さんは、感覚と感性の人。 体組織の感触を触り分けるのには、訓練やセンスが必要だったりします。

 

 

 

ジャックの自己防衛

 

施術の相手は

小さいポニーなため、

作業中はどうしても、

中腰になります。

 

身体の軸を安定させるために、

左手はごく軽く

キコウに乗せていました。

 

その状態のまま、

左肘の内側窩への

アプローチを開始します。

 

 

左肘の内側窩の中央には、

最も組織がゆるんでいる

一点がありました。

 

そこを指先で触った瞬間、

左手を乗せていたキコウが、

フゥッと下にさがりました。

 

そんなこと、あるの!?

と思われる方も

いるかも知れませんが、

あるんですよ~(*^^)

 

これは何が起きたかと

言いますと、

 

原因部に触れたことで、

キコウの緊張が瞬間的に解け、

構造的な変化が生じたわけです。

 

この際に触れた

最もゆるんでいた一点は、

身体からしてみれば

「待ってました!

そうなの、そこなのよ~」

と言うポイントだったのでしょう。

 

ジャックの身体は、

反応する機会をずっと

待っていたのだと思います。

 

キコウが下に降りたのに伴って、

胸郭内にもふわ~っと

寛ぎが広がって行きます。

 

これはもう本当に、

ふわ~っと言う感じが

手を通して伝わって来ました。

 

 

キコウの変化の仕方から、

今までジャックのキコウは

持ち上がり気味だったことも

分かりました。

 

キコウが緊張して

うわずっている状態は、

人間に置き換えれば

いかり肩に近いでしょうか。

 

肩を怒らせると

周囲に対して自分を

大きく見せる事ができ、

 

あるいは、自分自身が

大きくなったような感覚を

持つことが出来ます。

 

キコウの緊張は、

ジャックの防衛姿勢を支える

力の一つだったのでしょう。

 

一体ジャックは何に対して

自己防衛をする必要が

あったのでしょうか?

 

自分を除け者にすることのある

ダンディに対してでしょうか?

 

 

 

守りたかった、自尊心

 

2頭は以前、日野市の

河川敷近くの公園で

暮らしていました。

 

お隣のくにたちに

引っ越して来たのは

一昨年前のこと。

 

沢山の人達の尽力によって、

機能的で素敵な馬小屋が

農地の一角に用意されました。

 

小屋は馬場と一続きなので、

ポニー達は好きな時に

馬場に出たり小屋に戻ったり

自由に過ごせます。

 

それに、小屋の中には

ロフトがあって、

子供たちが泊まることも

出来るのです。

 

 

でも、

実際に生活して行く内に、

飼育員さん達には少し

気になる事も見えて来ました。

 

河川敷にいた時より、

全体のスペースは小振りです。

 

以前に比べると、

2頭が近くに

居すぎるのではないか、

 

そんな風に

感じる事がありました。

 

 

社会性が高いとはいっても、

馬同士の関係性は通常、

個人主義の傾向を

色濃く持っているように思えます。

 

一緒にいるけれど、

互いの領分は

ちゃんと守っている、

と言う節度ある関係です。

 

領分を守る為には、

心理学で言うところの

パーソナルスペースを、

お互いに守れるだけの

空間的な余裕も必要でしょう。

 

そう考えると、

ジャックとダンディにとっては

その余裕は不足気味なのかも

知れません。

 

互いの距離が近すぎると、

そのしわ寄せは

立場の弱い方へやって来ます。

 

ジャックが自己防衛を

せざるを得なかったのは、

ダンディとの間でストレス を

感じていたからかも知れません。

 

 

キコウの緊張が解けたことで、

ジャックのリラックスは

さらに深まりました。

 

身体の緊張がゆるみ、

体内の空間が広がると、

 

それは身体全体に

深い安堵感をもたらします。

 

今や、ジャックの目は

ウットリと眠たそうで、

なかば閉じかけています。

 

「こんなジャック、

今まで見た事がない!」

 

ふたたび、緑川さんから

驚きの声が挙がりました。

 

 

原因部の左肘内側窩へ触れると、

進むべき道順を示すように

次なるサインが現れました。

 

次のサインに触れると、

また次が現れます。

それを丁寧に

追いかけて行きます。

 

次々現れるサインの正体は

一体何なのかと言うと、

 

身体構造の中に

幾層にも重なり

隠されている緊張や歪みが、

 

どのように形成されて来たかを

示す情報であり、

 

臓器と体壁とを

一つに結び合わせている

筋膜によって

 

身体構造の奥から体表へと

伝達される情報なのだろうと、

私自身は理解しています。

 

 

次々と移動するサインを

追い掛けて行くと、

 

辿った道筋はやがて、

今まで見えていなかった

不思議な地図を、

身体の表面に描き出します。

 

ジャックの左肘内側窩から

肘関節の後ろ側へまわり込み、

 

今度は少し上へ上がって、

肩関節へ出ます。

 

肩関節の接合面に沿って

関節の後ろから前へ移動すると、

 

ふたたび上へ上がり始めます。

肩甲骨の前縁に沿って、

進んで行きます。

 

肩甲骨前縁の上端に来ると、

前方へ曲がって頚部へ。

 

頚部後方の

広い三角形になっている

部位に辿り着くと、

そこには不自然な

深い凹みがありました。

 

サインの移動は、

ここで止まりました。

 

 

しばらく待っていると、

体内で波のように

変化が広がり始めます。

 

この凹みのすぐ上には

タテガミがあり、

 

本来は上に弧を

描くはずのタテガミも、

そこでは凹んでいましたが、

 

体内で波のように

変化が広がって行くのと共に、

凹んでいたタテガミのラインも

上向きの弧へと戻り始めました。

ジャック-過程①

 

上向きの弧を描くタテガミは、

自信と尊厳をイメージさせます。

 

その回復を待っていたかのように、

サインが再び動き始めました。

 

次は、

キコウへ向かって行きます。

ジャック-過程②

 

キコウへ到着すると、

ふたたび

動きは止まりました。

 

しばらくして

今度は胸郭が上へと

持ち上がりはじめると、

 

それに伴って

胸郭内の大きな空間が

軽やかさを取り戻して行きます。

 

それは、

今まで中身が詰まり、

張りつめていた胸郭から、

密度や圧力が抜けて

軽くなって行く感触でした。

 

 

身体は

変化を十分に起こす為に

止まって時間をかける事を、

時折、必要とする様でした。

 

胸郭に変化が生じると、

今度はキコウから真っ直ぐ

下へと下り、

 

肩甲骨の中心を通って

肩関節の真ん中へ出ました。

 

そこから

関節に沿うような形で

後ろへ進むと、

 

肘関節の後端まで来て停止。

これで3度目の停止です。

ジャック-過程③

 

ここではまず、

肩甲骨に変化が現れました。

 

 

本来なら、

馬の肩甲骨と上腕骨は

胸郭に寄り添うような

構造になっています。

 

ジャックの場合は、

左肩甲骨の下部から

肩関節にかけて

胸郭から浮き上がり、

隙間が生じていました。

 

その隙間が、今は

閉じて行きつつあります。

 

まるで肩甲骨と上腕骨が

自分から胸郭に

吸い付いて行くかのような

迷いのない能動的な動きです。

 

 

肩甲骨と上腕骨が

浮いていた代わりに、

肘の後端では

胸郭に向かって

閉じた状態でしたが、

 

肩甲骨と上腕骨が

閉じて来たのに伴って、

肘の方では逆に

外へ開いて行く変化が起き、

 

肘をしっかりと

外へ張ることができる様に

形が回復して行きます。

 

 

この変化を受けて、

今度は上腕骨が

上下に伸び始めました。

 

今まで上腕骨には

上下から圧縮が加わっている様な

状態だったようで、

 

その外側からの圧縮力が

解けるにつれて、

上腕骨にはググッと

内側から力が入って行き、

 

体幹をしっかりと

支え上げる力強さを

取り戻して行きます。

 

横で観ていた平島さんも、

肩から腕にかけて

変化が生じたことに気付き、

目顔でうなずきました。

 

 

圧縮の生じていた上腕骨は、

歪みの検査の際に

ジャックが最も敏感に

嫌がったところでしたが、

 

普段からそこを触られるのを

一番嫌がっていたのは、

そういう事だったんですねと、

 

緑川さんも合点が行った様子で

教えてくれました。

 

 

 

上腕骨が圧縮されていると、

身体の重さを前肢で

効率的に支える事が出来ません。

 

そのため、

ジャックは肘を胸郭に引きつけ、

肘でロックするようにして

体幹を支え上げていたのでしょう。

 

肘が内側に寄った為に、

肩の関節は胸郭から離れ、

浮き上がった状態に

なっていたようです。

 

胸郭そのものが

下に沈みこんでいたことや、

タテガミ:首の根元が

下向きの弧を描いていたことも、

 

上腕骨の支え上げる力が

弱っていたことによって、

一緒に引き起こされていた

現象だったと分かりました。

 

首の根元と胸郭が共に

沈み込んでいた状態は、

 

ジャックにしてみれば、

首根っこをグッと下に

押さえ付けられている様な感覚として、

経験されていたのではないかと思います。

 

これは

何かに屈している姿勢であり、

 

この姿勢を持っている事で、

自尊心が傷つきやすくなることが

想像できます。

 

 

周囲が沈み込んでいる中で、

梁構造を持つ背骨の

頂点に位置していて

最も支持力の強いキコウだけが、

緊張を帯びて持ち上がっていた理由は、

 

一つには、

沈み込んだ体幹前方部を

何とか持ち上げようとして、

ジャックの身体自身が

工夫を行った為と考えられます。

 

そしてもう一つ、

キコウを高い位置に

保つことで、

 

首根っこを押さえられて

自尊心が傷つきがちだった

ジャックの気持ちも、

支えられていたのでは

ないでしょうか。

 

 

ジャックの身体は、

窮屈さの中に在りました。

 

そして、この

体内に生じている窮屈さが、

 

ダンディとの関係性を、

より窮屈なものに

感じさせていたのかも知れません。

 

 

肘の後端で停止していた動きは、

肘内側窩の中央:

始まりの地点に戻って来ました。

 

左肘の内側窩で

たるみんでいた組織は、

張りを取り戻し、

 

左だけ広かった胸の幅も、

左右が揃いました。

 

施術は終了しました。

 

ジャックと視線を合わせると、

ジャックは目を

キラキラと輝かせていました。

 

 

 

取り戻した自信

 

上の画像は施術前、

下は施術後の様子です。

ジャック 施術前

ジャック 施術後

 

施術前も、

良い姿勢を撮ろうと思って、

待っていたんですケドネ(;^ω^)

 

でも、しばらく待っても

ジャックは休めのまま。

仕方がないので、その状態をパチリ。

 

それが施術後には自然と、

ちゃんとした立ち姿を

見せてくれています。

 

 

全体の印象の違いとして、

施術後には力強さが出ているのを

見て取れるかと思います。

 

力強さは、どこから

来ているかと言うと、

 

まず、

左右の前肢のひづめが

施術後にはきっちり揃っていて、

胸郭を両肢でしっかりと

支えています。

 

そのため、

胸の前のラインもスッキリと

きれいに上に向かって

立ち上がっています。

 

 

背中のラインは、

間延びしているように

長く見えていたのが、

 

立体的でコンパクトになり、

輪郭がはっきりして

滑らかな弧に変化しています。

 

これは力強い曲線なので、

背中に掛かる重さを

しっかり支えられるでしょう。

 

また、

施術前には浮き上がり

緊張がある事を示している尾は、

施術後には根元から

すとんと閉じ、

 

後肢もどっしりと

グラウンディングしています。

 

 

前後肢がしっかりと

体重を支えられる様になり、

背中の曲線にも

力強さが戻ったことで、

 

胸、首、頭の位置もおのずと、

高く持ち上がっています。

 

そして今は自発的に、

人間の方へ視線を向けています。

 

顔を挙げた

ジャックの姿勢からは、

自信のようなものが

感じられると思いませんか?

 

 

施術が終わり、

ジャックは平島さんに誘導されて

小屋の中へと帰って行きました。

 

その時の姿はまるで

平島さんにピッタリと

付き従っている様で、

 

人間と一緒に居て

落ち着いた気持ちでいるのが

歩き方からも分かります。

 

小屋の中では

ダンディが待っていましたが、

ちょっかいを出すどころか、

ダンディを気にして

視線を送ることもありませんでした。

 

ジャックは自分の小屋の

窓際に立つと、

実に穏やかに

うっとりと目をつぶり、

 

窓から差し込む陽を

頬に受けながら、

内側の感覚をゆったりと

味わっているように見えました。

 

 

 

馬の臨床① 馬の施術の過程と、その変化:乗用ポニー・ダンディ編 ~3月の営業予定

 

前回の記事では、

馬の施術に先立って、

 

馬体の構造について

詳しくお話ししました。

https://inemurino-ki.com/2016/01/31/space-structure-and-horse/

 

さて、いよいよ今回は

施術そのもののお話です!ヽ(^。^)ノ

 

 

と、その前に、

3月の営業のお知らせを

ちょっと挟ませてくださいね~!

 

 

 

3月の営業予定

 

3月は、21日(月・祝)、26日(土)

臨時でお休みとなります。

それ以外は、通常通り営業いたします。

 

開院時間 : 11時~20時

定休日 : 毎週水・日曜日(祝日も開院します。)

 

施術の最終受付は17:00

とさせて頂いております。

ご事情のある場合には、

17:30まで対応可能です。

ご相談くださいませ。

 

ご予約のない時間帯に関しては、

臨時でお休みとなる場合があります。

ご予約の際には、なるべくお早めに

ご連絡を頂けますと幸いです。

 

 

 

乗用ポニー:ダンディへの施術と、その変化

 

年末から年始にかけて

春のような暖かさが続き、

施術の当日も、風のない

穏やかな天気に恵まれました。

 

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昼過ぎ、

早々と梅の花が咲き始めていた

谷保天満宮へ立ち寄り、

その足で2頭のポニーが待つ

「馬飼舎」へ。

 

馬飼舎(まかいしゃ)は、

谷保の天神さまから

歩いて5分ほど。

 

国立市の中にありながら

美しい水路や

田畑の残る谷保地区は、

懐かしい日本の風景そのまま。

 

訪れるたびに、

ほっとした気持ちになります。

 

 

 

ポニーの異変

 

施術に入る前に、

ポニーたちの様子を

詳しく伺いました。

 

 

馬飼舎には、

ポニーが2頭います。

 

彼らは、おもに

国立市と日野市の幼稚園や保育園、

障害児施設などを巡って、

子供たちと交流する仕事をしています。

 

2頭の内、

1頭は黒毛のポニーで、

名前はジャック。

 

もう1頭は白毛で、

名前はダンディ。

 

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2頭は、それぞれ

受け持つ仕事が違います。

 

乗り馬として

子供たちを乗せるのはダンディ。

 

走ったり

ジャンプする姿を見せるなど、

自然の生態としての馬の在り方を

子供たちに知ってもらうのが、

ジャックの役割。

 

 

2頭への施術は、

彼らの役割の違いを

反映したものであり、

 

それぞれ施術の意味の

異なるものだったと思います。

 

そこで今回はまず、

ダンディの臨床について

お話したいと思います。

 

 

 

孤高の仕事人

 

オーストラリアの

ショーホースの血筋にある

ダンディは、

おっとりしていて、とっても真面目。

 

身体は小さいですが、

少し大きな体格の子供や

怖がっている子供だって、

背中に乗せて静かに歩きます。

 

ちょっとムッツリした感じは

あるけれど(^▽^;)、

我慢強い馬なんです。

 

人からの指示によく耳を傾け、

文句も言わずに

黙々と仕事をします。

 

 

とは言え、人との距離は

あまり近い方ではありません。

(ムッツリなだけに…)

 

ダンディとは

何度か会っていますが、

自分から人間に

ベタベタと近寄るタイプではなく、

 

触ろうとすれば触らせるものの

仕方ないな…、といった空気を

分かりやすく出している様な…(^▽^;)

 

あたかも、孤高の仕事人

と言ったところでしょうか。

 

 

 

いつもは、我慢出来るのに…。

 

施術のご依頼を頂いた時、

私はてっきり、

問題を起こしたのは

ジャックだろうと思いました。

 

役割の上からも

自由気ままでいられる

ジャックなら、

 

人間の意に沿わない行動を

起こす事も当然あるだろうと

思ったからです。

 

ところが、

問題が生じたのは、

我慢強いはずの

ダンディの方でした。

(ゴメンネ、ジャック(^▽^;) )

 

 

 

今から3か月ほど前の

2015年11月初旬。

 

何度も行っている幼稚園で、

ダンディはいつものように

子供たちを乗せていました。

 

怖がりの子が

乗る順番を迎え、

ダンディの横に置かれた

台の上に立ちます。

 

こわごわと、

何度も何度もためらいます。

 

それでも、

どうにかこうにか

ダンディの背中に

腰を下ろしかけました。

 

そのお尻が

鞍に触ったかどうかの、

まさに一瞬のこと。

 

ダンディは急に、

ワッとばかりに

前に飛び出しました。

 

パニックだったのか、

そのまま園庭も

走り回りました。

 

(怖がりのお子さんは、

飼育員さんが横から

サッと抱き上げたので、

ケガもなく無事でした。)

 

 

逃げっ放しにしておくと、

馬には逃げ癖が

つく可能性があります。

 

乗れなかった子供も、

恐怖心を持ったままに

なってしまいます。

 

再び、同じように

乗ろうと頑張ったけれど、

あえなく失敗。

 

3度目。

台は使わずに、飼育員さんが

その子を抱えて鞍に乗せ、

何とか成功。

 

 

2頭のポニーと

2人の女性飼育員とで行う活動は

10年に及びますが、

こんなダンディを見るのは

初めてのこと。

 

当のダンディはと言うと、

飛び出してしまったことに

自分でも驚いている様に

見えたそうです。

 

 

 

背景をさぐる

 

この時の様子について、

お二人から

より詳しい話を伺いました。

 

 

馬体の横にいて

子供を抱き上げた

飼育員の平島さんは、

ダンディが前に飛び出した際に、

右後肢で後ろを蹴りながら

跳ねたのを見ていました。

 

ダンディの頭方にいて

引き綱を持っていた

飼育員の緑川さんは、

ダンディが前に飛び出して

子供を怖がらせない様にと、

無口※1をグッと下に押さえました。

 

するとその瞬間、

ダンディは頭を反射的に

ビクンと挙げたそうです。

 

※1 馬を繋留したり引いて歩く時には、
引き綱と呼ばれる太くて短い綱を用います。
その引き綱は、馬の頭部~口のまわりにはめている無口【むくち】という
簡単なつくりの馬具に繋いで使用します。)

馬の無口

 

小さな動きですが、

こうして観察された動きは、

ダンディの状態を理解するための

重要な手がかりを与えてくれます。

 

一つ一つの動きには、必ず

馬がそれを行う必然性があります。

 

それがどんなに

些細なものであっても、

必ずヒントになります。

 

 

人間の施術なら、

どの部位でどんな感覚がするかを

出来るだけ詳細に聞くことで、

症状の背後に隠れた核心を

類推することが可能です。

 

その点、馬は話せないので、

動きや体調などの

馬の身体が示す現象から

類推して行くしかありません。

 

ダンディの症例では、

飼育員さん達が

日頃から細やかな視線で

ポニー達を見守っていたこともあり、

 

施術を始める前の段階で、

問題の核心が何なのかを

ある程度理解することが出来ました。

 

 

では!

実際に一つ一つの動きから

どんなことを読み取ることが

出来るのか、

 

詳しく分析して行ってみましょう!(^^♪

 

 

 

身体の動きと内的感覚

 

重要な動きは、全部で3つ

出てきました。

 

ダンディが身体を

左に回転させたことと、

 

鼻面を下に押さえられた時に

反射的に頭を挙げたこと、

 

子供を抱えて乗せた時には

我慢できた、

という点です。

 

 

身体を左に回転させたのは、

引き綱を持っている人間が

左側に立っていたため、

と考えることも出来ます。

 

馬の引き方

 

それ以外に、

馬の身体自体が、

左に回転したくなるような

歪みや緊張を持っていた可能性も

考えられます。

 

 

頭を下に押さえられて

反射的に首を挙げたのは、

どこかに痛みを感じたから

という可能性もあります。

 

他に考えられるのは、

力による制止に対して

心理的に抵抗を感じて、

拒否反応を示した可能性です。

 

ダンディは逃げる際に

お尻をはねあげていますが、

 

この動きは

「この状況は気にいらない」

という意思の表明であることが多く、

 

反射的に首を挙げた動作と

併せて、

 

気持ちの抑えや我慢が効かない

何らかの状態が、

ダンディの中にあったことを

示唆しているように思われます。

 

 

さらに、こんな話も

飛び出して来ました。

 

>そう言えば

この出来事の10日ほど前、

ダンディが馬の輸送車から

降りた時のことです。

 

見た目には分かりにくいけれど、

そこは滑りやすいように

加工された地面だったんです。

 

いつもダンディは

車から降りる時に

少し弾みをつけるせいもあって、

地面で前脚を滑らせて

横転してしまいました。

 

 

身体のどっち側を打ったか、

覚えていますか?

 

>左右どちらかは

はっきり思い出せません。

 

でも、

特に後遺症はなかったようで、

その日の障碍者を乗せる仕事は

ちゃんと出来ていました。

 

 

痛がっている様子は、

なかったんですね。

 

>はい。

 

…でも今考えてみると、

1~2年ほど前から、

少しおかしい所が

あったように思います。

 

今回のように前に飛び出る

とまでは行かないけれど、

 

引き馬をして歩いている時に、

ダンディが引き手(馬を引く人間)

を中心にして

左に回転するように

動く事がありました。

 

そう言えば、

そうやってまっすぐ歩かない時は、

ほぼ決まって、怖がりの子供を

乗せていた気もします。

 

———-

 

 

左へ馬体を回転するのは

ここ数年の間の

癖になっており、

 

それがほぼ決まって

怖がる子供が乗る場面で

起きていたという点もまた、

重要な手がかりです。

 

一方で、今回、

飼育員さんが

子供を抱えて乗せた時には、

我慢して乗せています。

 

とすると、

ダンディが緊張を感じるのは

乗られること自体ではなく、

子供が「乗る」という

動作に対してかも知れません。

 

 

怖がりの子は、

傍で見ても可哀想なくらい

緊張してコチコチです。

 

こうした緊張感を、

馬達は「はだ」を通して

感じ取ります。

 

私たち人間だって、

怒ってムス~ッとしている人が

同じ空間にいたりすると、

何だかこちらまで

ムカムカが伝染して来たり

しますよね(^▽^;)

 

その場の空気を、

「はだ」を通して

感じ取っているわけです。

 

こうした、

身体の感覚を通して

相手の状態やその場の空気を

感じ取る力に、

馬達はとても秀でています。

 

自然の中なら、草食動物の生死は

この能力に掛かって来るわけですから、

当然ですよね( ;∀;)

 

 

ちなみに、ダンディが

人間の動きの固さではなく

心理的な緊張に

反応していたと考えたのは、

 

身体を打った当日も

障碍者を乗せる仕事は

ちゃんと行えていた為です。

 

緊張している子供が、

自分の背中に乗ろうと

こわばりながら近づいてくる。

 

この時すでに、

ダンディの身体には

ピリピリとした緊張感が

生まれます。

 

このピリピリ感はまるで、

子供の一挙手一投足を

見逃さないよう、

全身が張りつめたレーダーに

なっているようなものです。

 

 

背中にまたがる瞬間、

子供の緊張は

最高潮に達します。

 

その同じ瞬間、

ダンディもまた、

「はだ」を通して

その緊張感を共有します。

 

ダンディの身体で

実際に緊張が生じるのは、

おそらく

 

子供が乗ることで

最も刺激を感じる背中か、

子供が足でつい締めがちな

お腹の横の辺りと考えられます。

 

 

…おぉっ!(゚Д゚;)

 

お腹の横の辺りと言えば、

少し前に横転して

打ったところとも重なります。

 

かなり、アヤシイですねぇ…。

 

お腹に緊張が加わることが、

重複して起きているんですね。

 

これに加えて、お腹に

もともと弱さがあったりすると、

我慢が効かずに衝動的になったのも

合点が行くんですが…。

 

 

便通の状態とかは、

普段どんな感じですか?

 

>ダンディのボロ(糞)は

水っぽくてベチャベチャか、

線維質が多くて、形がすぐに

ホロッと崩れてしまうかの

どちらかがほとんどで、

丁度いい時はあまりないんです。

 

 

…ふ~む、やっぱり。

お腹は弱かったか~。

 

どうやら、今回の問題は、

お腹の辺りの緊張が

引き金になっていた可能性が

大きそうです。

 

 

 

施術① 気持ちをほぐす

 

施術の始めに

背中やお腹などに触れて、

ダンディの反応を観察します。

 

背中や腰の方は

大人しく触らせてくれますが、

お腹の方ははっきりと

嫌がられてしまいました( ;∀;)

 

動物は、

弱い所や痛みのある所に

触られるのを嫌がります。

 

 

比較的、

馬が好むポイントである

剣状突起やおへその辺りを、

ごく軽くさすりました。

 

剣状突起は胸骨の後端で、

そのすぐ後ろがみぞおちです。

 

横隔膜が付着する部分でもあり、

緊張が生じやすい所の一つです。

 

 

剣状突起に触れると、

ダンディの表情は

わずかに緩みました。

 

鼻先も、おずおずと

伸ばし始めます。

 

 

鼻先を伸ばすのは、馬達が

気持ちの良い時に見せる仕草です。

 

馬は社会性が強い動物で、

仲間同士でグルーミングをする

習性があります。

 

この時、

お互いにキコウと呼ばれる

背骨の一番高くなっている部分を

噛み合います。

 

その為、ここを揉んだり

掻いたりされることが、

大抵の馬は大好き。

 

気持ち良く感じると、自分も

相手にグルーミングをやり返そうと

鼻先をぐ~っと伸ばしはじめ、

口をモゴモゴ動かし始めます。

 

 

…ぐ~っと「伸ばす」と言うより、

勝手に「伸びちゃう」感じの

鼻先の様子を見ていると、

 

これは「やってもらったから

やり返さなくちゃ。」

と考えて行う動作ではなく、

 

ほとんど本能に組み込まれて、

自動的にやってしまう行動に思えます。

 

ダンディの場合は、

その半本能的な反応が、

おずおずとして

ためらいがちな様子であるのが

印象的でした。

 

何代も続く

ショーホースの血筋で

よく教化された乗り馬である

と言う事は、

 

人間が出す指示に

おのずと集中するように、

訓練された意識を持っている

ということでもあります。

 

その意識の在り方が、

本能的な欲動を抑える傾向性と、

関連しているのかも知れません。

 

…おっとっと、

話が脱線しちゃった(#^.^#)

 

 

 

リラックスした気持ちを

維持しやすいように

左手は剣状突起に触れたまま、

今度は右手で背中も一緒に触り、

 

刺激の量を増やして

触られることに

慣れてもらいます。

 

右手が腰仙関節へ触れた途端、

左手が触れていた剣状突起で

ふ~っと力が抜けました。

 

左右の手で、ちょうど

腹腔を大きく包んだ状態の時に

緊張感がゆるんだ。

と言うことは…

 

馬の剣状突起と腰仙関節

 

やっぱり、問題の核心は

腹腔にあるのでしょうか。

 

 

 

施術② 身体を読み解く

 

次に、身体構造を調べると、

これを裏付ける様な状態を

ここからも見て取ることが

出来ました。

 

 

身体に生じている

歪みや不安定性(動揺)を、

細かく調べて行きます。

 

まずは、背中。

 

ダンディの頭の前に立ち、

脊柱の両脇の状態を

確かめます。

 

脊柱沿いの組織は、

後ろから前へ向かう流れを

強く示します。

 

これを便宜的に、

皮膚・筋肉・筋膜を含めた

組織全体の

前方への「変位」と表現します。

 

変位の方向性から、

骨格の歪みの状態が分かります。

 

 

下顎からお腹の下にかけても、

組織は後ろから前への変位。

 

ダンディ-背部と胸腹部のアウトライン

 

この状態から分かるのは、

ダンディが身体的には

前のめりの傾向にあった、

と言うことです。

 

身体が前のめりだと、

心理的にはいつも

追われている様な感じを伴い、

焦ったり不安になりやすい

傾向にあったと考えられます。

 

 

一方、骨盤を調べると、

骨盤は全体的に後方への変位。

 

身体全体として見ると、

腰のところで身体が前後方向に

分断されているような感じです。

 

ダンディ-骨盤の変位

 

これだと、

前のめりで焦りがちな身体に

お尻の動きが付いて来ないため、

ダンディの中では

もどかしい感じが

生じていたかも知れません。

 

心理的な焦りが

助長されやすい状態だと

考えられます。

 

 

次に、

身体の捻れも見てみましょう。

 

体幹部を調べます。

(文中では、胸郭から骨盤にかけての
胴体全体を体幹とします。)

 

体幹の上面:背中と

体幹の側面:脇腹は、

全て左へ回転しています。

 

体幹の底面は、

肋骨のある胸腔と

肋骨のない腹腔部分とを

分けて調べます。

 

胸の下では捻じれは左へ。

お腹の下では捻じれは右へ。

回転の方向が異なっています。

 

最後は、骨盤。

これも左回転でした。

 

 

体幹の後ろ半分では、

全体的に左回転です。

 

これは、左腰と左後肢に

重心が乗りやすかったことを

示しています。

 

 

一方、胸郭においては、

回転方向は複雑。

 

ちょっと整理してみると、

 

胸郭の左側面には

上下から力が集まり、

体側を圧縮する形で

力が働き、

 

他方の右側では、体側を

上下に引き伸ばすような形で

力が働いています。

 

縮まる傾向の左体側と、

引き伸ばされた右体側、

と言った状態です。

 

体幹の捻れ-ダンディ

 

これは、特に左の脇腹に

強い緊張があることを

物語っています。

 

一方の右脇腹は、

踏ん張りの効かない状態です。

 

 

全体的に見てみると、

左半身で全荷重を負うような

パターンが、

身体の構造そのものに

形成されていたことが分かります。

 

左半身の方が

支持力が強いので、

逃げる際にはおのずと

左の肢(あし)に頼ります。

 

すると、

左肢の踏み込みは深くなり、

当然、馬体は左へ回転します。

 

 

左脇腹が

縮まる傾向にあった理由として、

こんなことが考えられます。

 

馬に乗る際、

人間は馬の左側に立ちます。

 

乗り手は、左足に体重を乗せ、

右足を馬の向こう側に

よいしょっと持って行きます。

 

その為、乗った後に

意識的に体軸を正さない限り、

重心はどうしても

左に偏りがちになります。

 

怖がる子供の場合は

なおさら、

左の足に力が入りっぱなしに

なりやすいはずです。

 

こうして、左の背中には

人間の体重が

より強くかかって来ます。

 

それを、

左の前肢を踏ん張りながら

肩でグッと支え上げる…。

 

そんな風に頑張る内に、

ダンディの左脇腹は

縮まって行ったのかも知れません。

 

思っている以上に、

頑張って仕事をしている姿が

垣間見えてきます。

 

 

ところが、

こんな風にして

全身を調べて行った結果、

 

身体のバランスを乱している

根本的な原因は、

右肩関節にあることが

分かりました。

 

右肩関節には、

少しズレがあるようです。

 

 

あら~?(;・∀・)

 

問題の核心は腹腔にあると、

色んな要素が

言ってるんだけどなぁ。

しかも、右半身?

 

…推測は

間違っていたのでしょうか?

 

 

 

施術③ 原因のさらに奥へ ~身体構造の変化のプロセス

 

施術は、ここから

最も重要なプロセスに

入って行きます。

 

ダンディの身体に

何が生じていたのか。

それが、今回の問題と

どのように繋がっていたのか。

 

彼の身体自体が

その理由を解き明かしていく

プロセスです。

 

ここから先は、

ダンディの身体に

施術の進行を委ねます。

 

 

原因部分として特定した

右肩関節の、その前端にある

凹みに触れました。

ここは、上腕骨頭でもあります。

 

しばらくすると、

そのポイントから

一つの方角に向かって

流れが生じました。

 

この流れは、

肩関節に変調をおこしている

力の働きが、筋膜上に

地図の様な経路として

投影されるものです。

 

経路を辿ることで、

関節の変調の

さらに奥にある「理由」が

見えて来るはずです。

 

片手を

先ほどの凹みに置いたまま、

もう片方の手で

流れを追い掛けます。

 

右上腕骨頭前端から始まった流れは、

肩甲骨下部を横切って、

肩甲骨の後縁を辿るように

上へ向かいます。

 

辿り着いたのはキコウの

少し後方。

 

そこから今度は、

脊柱の稜線上を辿って

後方へ向かいます。

 

かなり早いペースで

移動して行きます。

 

どこまで行く気だろう?

 

腰仙関節まで一気に来ると、

ピタリと止まりました。

 

ダンディ―経路1

 

ここは、施術前に

腹腔の緊張がゆるんだ

ポイントです。

 

面白いことに、

施術前に身体に触れ

構造を調べている間に、

 

どうやら身体は自分で、

情報をある程度

整理して行くようなんです。

 

その為、こうして

最終的なプロセスに入った時には、

 

どこをどう変化させるか、

身体自身がすでにはっきりと

決めているようです。

 

施術前に触れた際に、

腰仙関節にもっと

アプローチして欲しい!と、

身体が思ったのかも知れませんねぇ。

 

 

腰仙関節で止まると、

体内で自発的な反応が

生じ始めました。

 

こうなった時には、

身体が「もういいよ」と言うまで、

変化が収束するのをひたすら

待つしかありません。

 

 

しばらくして、体幹部に

変化が現れ始めました。

 

右半身の

胸からお尻までの長さ(体長)が

縮まって行きます。

 

それと共に、体内の空間が

上へと広がって行く感触を

両手が感じ取ります。

 

腰仙関節の少し前の方で、

腰椎が上に上がって来ました。

腰のアウトラインが

変わって行きます。

 

「腰の辺りが、

上がって来た感じしますね。」

 

施術をじっと見守っていた

飼育員さんも、

変化の様子に気付いた様です。

 

…と言っても、形の変化は

普通にパッと見て分かる程、

大きなものではないんですよ!(;^ω^)

 

微妙な身体の形の変化に

気付いたと言うことは、

普段それだけ、

飼育員さん達が丁寧に

ポニー達を観察している証拠です。

 

実を言えば、10年もの間

ダンディにもジャックにも

問題が起きることなく

活動を続けているのは、

すごいことなんです。

 

それだけ彼女たちが

細やかに見守って来たからこそ

と言うことが、

観察眼の確かさからも感じられます。

 

 

 

やっと、移動再開。

背部の稜線をさらに後方へ辿り、

右の坐骨へ向かいます。

 

最初から触れていた

肩関節の前端と、

今辿り着いた坐骨とは、

胴体のちょうど端と端。

 

この2点の間で胴体全体が

一つの空間としてつながった…!

という感覚が生じました。

 

 

構造的には、もちろん

胴体は今までだって

一つに繋がっていました。

 

それが施術をしていると、

途中で流れが滞っていたり、

臓器のおさまりが悪くて

身体の中であっちこっち

向いている様な事があったりします。

 

人間の組織で例えるなら、

一つの会社組織なんだけど、

構成員たちはそれぞれ

バラバラの方向を見ていて

実はまとまっていない…。

みたいなことが、

身体の中でも起きているのですね。

 

そういった意味での「まとまり」を、

どうやらダンディの身体は

回復しようとしている様です。

 

 

2点間のちょうど真ん中の

腹部中央の奥で、

何か重たい感触があるのが

はっきりし始めました。

 

やがて、その重さは

徐々に抜けて行き、

腹腔内の空間が

軽さと明るさを回復した感覚が、

馬体に触れている手を通して

伝わって来ました。

 

 

坐骨を後にすると、

流れはさらに前へ向けて進み、

膝関節の前端まで来ると

再び止まりました。

 

膝関節の中で、

ググッと力が戻る気配が

生じます。

 

膝関節は、肘関節と

ほぼ同じ高さにあり、

肘関節と一緒になって

身体の重さを支えています。

 

膝の中で生じた変化は

体幹を持ち上げる力の

回復だったと思われ、

 

これに伴って、更に

腰のアウトラインは

上にあがりました。

 

腰仙関節のすぐ前方では

盛んに腹鳴がし始めたことから、

消化管も一緒に

変化をして行っているようです。

 

 

流れは更に前へ進むと、

右肩関節の後端へ

辿り着きました。

 

肩関節が

しっかりとし始めました。

 

膝関節とおなじように、

ここでも支持力の回復が

行われます。

 

「あぁ~、

しっかりして来ましたね。」

ふたたび、飼育員さんも

肩の変化に気付いてくれました。

 

 

いよいよ、旅も

終着点に近づいて行きます。

 

体幹をぐるりと

へめぐった流れは、

出発点の右肩関節前端へと

帰って来ました。

 

ダンディ―経路2

 

肩関節は、体幹から少し

離れた状態になっていたようです。

それが戻って行きます。

 

肩と体幹との

まとまりが回復してくると、

左の肩関節と呼応し合って

左右の肩関節の前端で

前※2を支え上げる様な変化が

生じ始めました。

 

※2 胸腔の前端で、
人間で言うところのデコルテの辺りを指します。)

 

胸の前側が

持ち上がった為でしょう、

首のアウトラインが

変わって来ました。

 

首の根元は少し下に沈み

凹んだ形になっていましたが、

 

それが持ち上がって、

首が扇形に見えるように

なって来たところで、

施術は終了になりました。

 

 

 

解題:身体の変化が意味するもの

 

ここで、少し

施術を総括してみたいと

思います。

 

身体の変化の仕方を見ると、

逆に、今まで

身体がどういう状態だったかが

見えて来ます。

 

ダンディの体幹部では、

その長さが縮まりながら

背中のラインが上へ持ち上がる、

という変化をしました。

 

ここから、

ダンディの背中は

本来よりも少し下に沈み、

 

その分、

体幹の筒型構造は

上から押されて

少しひしゃげたような状態に

なっていたと考えられます。

 

ダンディの身体が

起こしたかった変化は、

 

胸腹腔に空間的な広がりを

回復することと、

 

それに伴って

肩身の狭い思いを

していたであろう消化管に、

 

居心地の良さを

取り戻すこと、

だったのではないでしょうか。

 

施術中、

盛んにダンディのお腹が

鳴っていたのは、

 

自分が居るべき空間の

広さを取り戻した消化管が、

おもわず漏らした

安堵の声だったのではないか

と思います。

 

 

ちなみに、右肩と膝で

体幹を支える力が

弱まっていたことと、

 

右体側では

胸郭を上下に引き伸ばすように

力が働いていたのは、

 

もしかしたら

横転した際に

右半身を打ったため

だったのかも知れません。

 

 

 

むすび:ダンディに現れた変化

 

ここに、ダンディの

2枚の写真があります。

 

上は施術直前。

下は施術直後。

ダンディ 施術前-1

ダンディ 施術後ー1

 

姿勢が違うので、

形の変化などはちょっと

比べにくいところが

あるのですが、

 

首の形の違いは

分かりやすいと思います。

 

首と言うか、

タテガミですね。

 

施術前では、

タテガミのラインはわずかですが

下向きに弧を描いています。

施術後では、上に丸みを描く

扇形になっています。

 

お尻の形も

施術後ではきれいな丸で、

その分、尾の付け根も

高い位置にあるようです。

 

重心は、施術前では

肩関節の辺りにありますが、

施術後では身体の中央付近に

移っているように見えます。

 

 

何よりも注目すべきなのは、

毛並みです!(*’▽’)

 

特にブラシ掛けなどは

していないのですが、

 

施術後には毛並みに

空気が入ったように、

フワフワになっているのが

分かるでしょうか?

 

 

身体の内部空間が

広がりを取り戻して、

 

消化管などの臓器が

狭苦しい緊張から

解放されると、

 

体内の血流や

エネルギーの循環も

変化して、

身体の「元気」の

底上げが起きる。

 

毛根の細胞だって、

元気を取り戻しやすく

なるのだろうと思います。

 

それに、心も。

 

 

施術の翌日、

飼育員の平島さんから

ダンディの様子について

早速ご報告を頂きました。

 

『…昨夜から今日にかけて

ボロがツルンとしていて、

繊維質な感じのものは皆無でした。

それはもう見事なほど。

 

とても気分良さそうに穏やかで、

ジャックへの八つ当たりも

影を潜めていました。

 

もうひとつ、

餌の食べ方がゆっくりで

食べ終えて不足のない様子。

 

昨日までは、餌のかけらを探して

ずっと小屋のおが屑を

鼻先でいじっていたのが、

今日は片足を休めて

ゆっくり昼寝してました。』(メールより抜粋引用)

 

 

穏やかで、ゆったりとして、

現状に満足を感じられている。

 

毛並みがフワフワになったように、

ダンディの気持ちにも

新鮮な空気がいっぱい

吹き込んだのかも知れないなぁ。

 

きっと。

 

 

 

胎児は、理解する。

 

 

施術を行っていると、人間と言う存在の不思議さや神秘性を

まざまざと感じさせられる体験をすることがあります。

 

筋膜という、私達の身体の構造を支える組織を扱う施術は、

連続的で精妙な変化を構造に引き起こして行きます。

 

例えば、右の親指の付け根を施術していたら、右肩の巻き肩が戻り、

心臓の裏あたりでズレていた胸椎もまっすぐに戻った、

と言うように。

 

このような構造の変化の過程を観察していると、

それが何の関わりから生じていたのか、その因果関係も見えて来ます。

それゆえに、不思議さや神秘性に気付かせてもらえる事も多いのかも知れません。

 

今回は、そうした体験の中でも、

とりわけて印象に残っている臨床について話して行きます。

胎児には物事を理解する力があることを、分かりやすく教えてくれた体験です。

 

 

出産を1か月後に控えて

 

Yさんが初めて当院にいらしたのは、

初めての出産をほぼ1か月後に控えた時期でした。

 

Yさんは普段からよく内省をし、

ご自分の心の動きや身体の状態などを

つぶさに把握されています。

 

妊娠してからも、自分の身体や感情を観察しながら、

体調や感情のバランスを維持して来ていたそうです。

 

出産まで残すところ1か月ほどとなり、

増々大きくなるお腹に身体のきつさも増してきました。

 

どうしても呼吸が浅くなるので、気持ちがウツウツして来て…。

ここに至って、自分の取り組みだけでは難しいと感じるようになったそうです。

 

身体が大変なのは仕方がないとして、何よりも

心の状態に影響が生じていることを辛く感じるとの事でした。

 

身体に歪みや癖があると身体の負担は大きくなるのでは、

と普段から思っていたこともあり、

身体の状態が改善できれば気持ちも楽になるかも知れないと考えて、

ご来院されたのでした。

 

小柄で華奢な体型のYさん、

腰をかがめて玄関の靴をそろえるなどの中腰の作業は

まだこの時点では無理なく出来ている様子でしたが、

お腹は重たそうに見えました。

 

 

問題は、胸郭の狭さにあった

 

施術は、

右乳房を中心とした右胸郭へのアプローチになりました。

 

乳房が左右同じ大きさで、

同じ位置にきれいにそろっている事が意外に少ないという事は、

女性ならば気付かれている方が多いかも知れません。

 

これは、一般的には筋肉の発達の違いと理解されている様ですが、

筋膜的な見方からは違った理由が考えられます。

一つには胸郭の歪みの影響が考えられ、胸郭の変化に伴って改善する可能性を持ちます。

 

Yさんの場合は、右の乳房の下部と外側はしこりのようにカチコチに固まっており、

その為に左よりも乳房が大きく見えます。

また、乳房とお腹がピタッとくっついていてスキマがありません。

左側では、ちゃんとスキマがあります。

 

乳房とお腹がくっついてしまっているということは、

右側では胸郭の下部の空間が圧縮されていることになります。

肝臓や肺、横隔膜が配置された重要な空間です。

 

空間が狭くなれば、圧力も高まります。

大切な臓器も、圧されて緊張が高まっているかも知れません。

 

すぐに症状が出る程の強い影響ではないかも知れませんが、

圧迫されたり、緊張が高くなったりしていると、

それぞれの器官は持てる力を十分に発揮するのが難しくなり、パフォーマンスが下がります。

 

例えば肝臓なら、身体の疲れやすさとして影響が出るかも知れません。

肺や横隔膜ならば、呼吸を浅く感じ、

疲れやすかったり頭がはっきりしないという出方かも知れません。

 

 

乳房の硬さは、胸郭を歪める

 

Yさんの右乳房の下で胸郭が狭くなっていたのは、

他ならぬ乳房の影響でした。

 

乳房の周囲にあったしこりは、組織が緊張によって凝縮し、

その場に膠着したものです。

 

乳房で生じた膠着は、その奥にある肋骨にも影響を与えます。

膠着によって肋骨は互いにくっつき合い、

今度はそれが胸郭全体を下へ押し下げます。※1

 

※1 胸郭は、吸気では肋骨同士が開きながら上に上がり、
呼気では閉じながら下に下がります。

 

施術では、この乳房のしこりを解くことに時間を費やすこととなりました。

 

乳頭のまわりを中心として※2、

乳房に網の目のように張り巡らされた細かい緊張※3を辿って行くうちに、

まず右乳房の下部にあった膠着が解けて柔らかくなり始めました。

 

それと共に、右肩にも変化が起きました。

肩は自ずと、外へ広がって行きます。

 

※2 乳房や恥骨などの繊細な部位への施術の際には、事前にクライアントさんの承諾を頂いています。

※3 筋膜上には、緊張の痕跡が線状で形成されます。
詳しくは、こちら(https://inemurino-ki.com/fascial-traces/)へ。

 

 

 

膠着と言うと、無機的に固まっているイメージがあると思いますが、

生体内ではそうではありません。

 

膠着した箇所では、筋膜の凝縮が生じています。

ここは「凝縮する力」を帯びつづけ、他の箇所へも作用を及ぼします。

 

乳房のしこりが弛むことで肩が広がったという一連の変化から、

乳房に生じていた膠着によって肩が内側に引き寄せられ、

胸部の狭く息苦しい状態を助長していたのが分かりました。

 

変化はさらに続き、身体構造が

力学的な作用によってどの様に繋がり合っているのかを示してくれます。

 

右側の乳房と肩が変化すると、今度は

下に押しつけられて閉じていた胸郭で、

体内の空間がふわっとゆるんで広がる気配がしました。

 

胸郭の状態は、肺の状態に直結しています。

胸郭が締まっていれば、肺も締め付けられています。

胸郭がゆるんで柔軟になれば、肺と横隔膜の緊張も一緒にゆるみます。

(肺の緊張で胸郭が締まっていることもありますが、それはまた別の機会に。)

 

 

それまで静かだったお腹の赤ちゃんがモゾモゾと動きだしたのは、

この時でした。

 

赤ちゃんの動きは活発です。

何をしたいのかは分かりませんが、動きには迷いがありません。

 

しばらく見守っていると、

それまでいびつだったYさんのお腹が

左右対称になったことに気付きました。

 

 

胎児は、「心地よさ」を自分で探す

 

Yさんの赤ちゃんは、いつも

右の足の付け根(鼡径)のところに頭を収めています。

これは担当の産科医も言っていたそうで、その位置にいるのが習慣でした。

 

母体の鼡径部の辺りに頭を収めると、

赤ちゃんのお尻や背中は右の脇腹の方へ寄りかかることになります。

Yさんのお腹に最初に触れた際に、左右で全く違う形に感じたのはこの為でした。

 

やがて、赤ちゃんの動きが止まりました。

お腹に触れて確認してみると、やはり左右対称になっています。

正面は、きれいな丸みを描いています。

 

ははぁ~…!なるほど~!

正しい姿勢に戻ろうとしてたのか!

赤ちゃんは自分から動いて、

お母さんの骨盤の中に頭を戻そうとしてたんだ。

 

しばらくすると、なだらかに丸くなったお腹の真ん中の辺りが

規則正しい大きなリズムで動き始めました。

赤ちゃんが、すやすや眠り始めたようです。

 

Gray38(public domain)-胎児-2

 

 

赤ちゃんがモゾモゾと動き出したのは、

胸郭が広がるのと同時でした。

 

右側の胸郭で生じていた空間の圧縮は肺や横隔膜だけでなく、

赤ちゃんの居心地にも影響を与えていたことが、この反応から分かります。

 

胎児は胎内の空間の心地よさを、どうやら思った以上の敏感さで感じ取り、

それに対して自分なりに反応をしていると言えるのではないでしょうか。

 

母体の体腔(お腹や胸郭、骨盤などの体内の空間)に左右差や歪みがある時には、

胎児も自分なりの工夫によって、

安定して落ち着いていられる位置や状態を探すのかも知れません。

 

 

母体への呼応

 

右乳房へのアプローチには、かなり長い時間が掛かりました。

長年の蓄積で出来たと思われる、頑固で広範なしこりだったためです。

 

しこりが解け、膠着を形成していた組織が伸び広がりながら元の位置へと戻り始めると、

乳房全体に柔らかさが戻り、左右差もなくなって来ました。

 

次に向かったのは、空間の狭くなっていた肋骨下部でした。※4

 

※4  施術では線状に現れる緊張の痕跡を辿ります。施術者の判断ではなく、
身体が体表に現すサインに従って、アプローチをする部位が移り変わります。

 

 

肋骨下部を構成する第8~9肋間は、

胸郭の中でも肋骨が変形を示しやすい所の一つです。

 

外側の構造は内側の状態に影響を与えると共に、

内側の臓器の状態を反映します。

 

第8~9肋骨で変形が生じている事が多いのは、

肋骨の内壁に付着している横隔膜が、この高さの辺りで

腱中心へ向かって走行の方向性を変えるからかも知れません。

 

ここへのアプローチでは、肋骨下部の内腔で変化が起きました。

肋骨下部と言えば、ちょうど肝臓があります。

 

その内腔を圧縮していた力が解け、空間が上下に広がって行きます。

肝臓が少し上に上がり、お腹の天井が上に広がったようです。

 

構造の変化の様子が、手の感触を通して伝わって来ます。

 

 

トントン…。

肝臓の底面の辺り、ちょうど空間が広がったばかりの所から

今度はお腹を蹴る気配がしました。

 

その蹴り方はまるで、

空間が本当に広がったのかを確かめているような、

空間が広がって行くのを手伝っているような…。

 

測ったようなタイミングの良さで起きた、赤ちゃんの2回の反応。

1回なら偶然かも知れません。2回以上は、偶然とは言えません。

これは明らかに、母体の変化に呼応しています。

 

 

お腹の形と重心の変化

 

施術はその後、第8~9肋間と乳房とを

何度か行ったり来たりしました。

 

長い年月に渡って緊張を蓄積している所では、

緊張が飽和すると他の箇所へ力を分散させ、そこが飽和するとまた他の所や元の場所へ…と

力の再分散・再分配を行っていると思われます。

 

そうして、互いに緊張を行ったり来たりさせている内に、

様々な場所が緊張によって結びつきあう、と言う事が起きている様なのです。

 

そのため、同じ所を行ったり来たりしながら繰り返しアプローチする、

ということが筋膜の施術では頻繁に起こります。

 

乳房と第8~9肋間とを繰り返しアプローチする内に、

肋骨下部の内腔は更に広がって、乳房の高さも左右で揃ってきました。

 

腹部にも変化が起きていました。

 

乳房と胸郭の緊張に押されていたお腹は、

最初はその最大径がお腹の真ん中より下にありました。

 

 

腹囲の頂点が下の方にあるとお腹は重く見えますし、実際に重く感じます。

お腹の重心が、中心よりも前下方に傾くためです。

 

 

腹壁の強度と胎児の安定性

 

施術後、最大径が上に持ち上がったYさんのお腹は、

最初よりも曲線がなだらかで、重心が後ろに下がりました。

お腹だけでなく、腰にかかる負担も軽そうです。

 

胎内の赤ちゃんにとってはどうでしょうか?

 

重心が前方に傾いたお腹の場合には、

腹壁を内側から支える腹膜※5は伸びてしまい、その強い支持力を失います。

内側から腹壁を押すと、十分な抵抗感が得られない状態です。

 

一方、お腹の重心が真ん中に近い状態では、

腹膜によって裏打ちされた腹壁は適度な強さを持つと考えられます。

 

本来なら、赤ちゃんが内側から寄りかかっても

その体重を十分にホールド出来る支持力を持っていることは、

Yさんの姿から見て取ることが出来ました。

 

※5 腹膜も筋膜と同じ結合組織の一つであり、構造を支える役割を持ちます。

 

 

Yさんの赤ちゃんには、お腹の右側に身を寄せる習慣がありました。

右側は、緊張によって空間が狭くなっていた側です。

なぜ、わざわざ狭苦しい所へ納まることを選んだのでしょう?

 

答えは、左右の腹壁の強度の違いだったのではないでしょうか。

身体を寄せていた右側は、緊張の為に腹壁の抵抗力が高くなっていたと考えられます。

 

広々として、でも支えの弱い左側より、

狭いけれどもしっかり身体を支えてくれる右側の方が、

安心感があったのだろうと思います。

 

 

胎児も一緒に施術を受けている

 

施術は、肺門のある右第3肋骨の上縁を通って

最後に胸の中央にある壇中という経穴(ツボ)に辿り着きました。

 

壇中に触れていると、胸郭の中で動きが生じてきます。

胸全体と胸肋関節が弛み、胸骨の内側で空間が広がって行きます。

 

体内の空間が広がる変化は、

内腔にかかっていた圧力が抜ける様な感触として、

体表から感じ取ることが出来るものです。

 

Yさんの閉じていた胸がす~っと開いて、

施術は終わりとなりました。

 

お腹の赤ちゃんは、

トントン足蹴をした後からは

身動き一つせずにおとなしく眠っていたようでした。

 

 

この時の施術は、私の中に不思議な感覚を残しました。

 

最初の内は、間違いなくYさんとの施術でした。

母体の変化に胎児がはっきりと反応を示してからは、

施術はYさんに対して行っているのか、

はたまた赤ちゃんに対して行っているのか、区別がつかなくなりました。

 

赤ちゃんが示した2回の反応については、この時点では、

胎内の変化を物理的な刺激として感じ取って、

条件反射的に反応をしたのだろう、と考えていました。

 

 

胎児の理解力と、思いやり

 

少し日を置いて、

体調はどうかを訊ねる主旨でYさんにご連絡をしました。

 

返信には、こんなことが書かれていました。

 

『歩いているとき、

足の付け根がしびれた感じがすると少し立ち止まって休むのですが、

 

今までと違うところは、

赤ちゃんが自分で居場所を移ってくれるようになりました。

 

しびれないような場所に移ってくれるので、また歩きはじめます。

不思議です。』※6

※6 感想やメール内容の掲載は、ご本人のご了承の上で行っています。

 

 

皆さんなら、これを読んでどう思われるでしょうか?

一読して、私は感動と共に、衝撃を覚えました。

 

右足の付け根はのしびれは、Yさんの主訴の一つでした。

その一因が、胸郭や腹部の構造の歪みと

胎児がそこに頭の重さを乗せる事にあることを、

施術を通してYさんも理解されていました。

 

その赤ちゃんが、

Yさんが右足にしびれを感じた時に

体勢を変えてくれたのです。

 

母親の心理的な動きが胎児に伝わっているのは、

今では誰でも当たり前に理解している所です。

 

赤ちゃんが、Yさんが辛いと思ったことに反応したのか、

Yさんの身体が発する痛みの信号に反応したのかは分かりません。

 

ですが、

Yさんの状態と自分の姿勢に関係性があることを赤ちゃんが理解した。

そしてYさんの為に動いてくれた。

このメールからはそう読み取れました。

 

 

施術の時には、腹部の空間が整ったのをきっかけに

自発的な移動が起こりました。

正常な姿勢に戻った方がより快適だった為に、移動したのだと思われます。

 

今回は状況が違います。

動いて居場所を変えたのは、

赤ちゃん自身の快適さの為とは考えにくいのです。

 

施術の中では、母体の構造の変化によって体腔が緩やかに広がって、

母親はリラックスした深い呼吸をする様になりました。

 

これは、Yさんだけの体験ではなかったのでしょう。

赤ちゃんにとっても明らかな体感を伴った変化であり、

母親と自分の状態の関わりを理解するきっかけになったのかも知れません。

 

Yさんが伝えてくれたこの後日談は、

赤ちゃんには母親に思い遣りを示すような思考力がある、

そんな可能性を教えてくれている様に思うのです。

 

 

 

関連記事:Yさんから頂いた感想

 

 

心のパターンと姿勢の関係性

 

 

今日は、心と身体がどんな風につながっているかについて、

分かりやすい表現をしてくれた二人のクライアントさんのお話を

書いてみたいと思います。

 

 

膝関節の複層化した捻じれ

 

Mさんは、身体に鮮明な捻じれの感覚を持ちます。

 

最近の施術の時に、左膝にあった捻じれが

施術すべきポイント*1として出てきました。

 

(*1施術ポイントは施術者が決めるのではなく、

身体全体の状態を細かく読み解き、整理して行く過程で、

身体の側から自ずと提示されます。)

 

施術を通して、捻じれは幾重にも複層化しているのが分かりました。

 

また、施術者の加える刺激に対しての筋膜組織の反応・変化が

他の部位に比べると非常にゆっくりで、

 

渋々動いているような、

動きたいけど重たいものを引きずっていて動けないような、

そんな感触が含まれていました。

 

最終的に、膝の関節を形成している脛骨が

外側にズレ、更に軽く内旋を起こしながら固まっていたのが分かりました。

 

筋膜の反応が進んで膠着が解けるにしたがって、

それらの癖は解除されていきました。

 

 

膝に捻じれの現れた理由とは?

 

施術後、なぜ膝関節にしつこい捻じれが形成されたのか、

原因について考えたことを、Mさんと話し合いました。

 

施術中、私は膝の捻じれが変化していくのを見守りながら、

この捻じれの感覚はどんな「感情」や「気持ち」に置き換えられるかについて

感じ取ろうとしていました。

 

 

身体の形は、

世の中に対するその人の構えであり、向き合い方そのものです。

 

ここは、大切なポイントです。

心理的な要素が身体に反映されると考えるのが昨今では主流ですが、実際には

身体の形・構造が、コミュニケーションにおける心理パターンを作っている

と言っても過言ではないと、私は考えています。

 

この考えは経験から出て来たものですが、

先日初めていらしたクライアントさんが同じ考えを持っていた事で、

私の個人的な発想にはとどまらないことが分かりました。

 

 

身体の状態が、心の状態を引き戻す

 

このクライアントさんは、心を扱うセラピストでした。

耳にした音に色や形が伴う様な共感覚も持っています。

これは、生得的に持っている性質の様です。

 

その繊細な感受性ゆえに、幼少の頃から様々な問題を抱え込んでいたと言うRさん。

それらをクリアしないと、と言う意識はかなり早い段階から持っていたそうです。

 

心理面での問題に本格的に取り組み始めて20年ほど、

一つ一つクリアして来て、今は隠す必要のあるものはないと言います。

 

初回の施術が終了した時、

彼女はこんな感想を伝えてくれました。

 

「今日施術でたどった所は、

自分が一つ一つバラバラにクリアして来た所が(心理的な問題)

こんな風に繋がっていたんだ、という事を見せてくれました。

 

心理的なものは自分で解決出来たけど、

それと関連して身体に残っているものがあって、

何かの時には、決定的じゃないけど、それに引き戻される感じがありました。

それが消えないと、本当にクリアにはならないと感じていたので。

 

左の肋骨の下は、自尊心と関係してるんです。」

 

…今日の施術で、重点的にアプローチした所の一つでしたね。

 

「そう。私、前は自尊心が低かったんですよ。

その痕跡が、あそこに残ってたんだなって。」

 

Rさんが左肋骨弓と自尊心との繋がりに気付いていたように、

身体の部位を様々な感情との対応関係の中で理解する方法もあります。

 

彼女の場合は共感覚を持っているので、

その関係性についてははっきりした実感を伴って理解していると思われます。

 

 

姿勢と感情の関係性

 

私の場合は、

姿勢と感情を対応させて考えます。

 

これは、筋膜を通して自分自身のメンテナンスをする内に、

身体の形の変化に伴って姿勢が変化すると

外の世界に対する自分の気持ちの構え、向き合い方も変化することを何度なく体感したためです。

 

①ちぢこまる胸

 

分かりやすい例で言えば、

胸が縮こまっている状態は、自分の心臓を守る形です。

 

同時に、背中を伸ばしにくくなり、目線は下に下がります。

心臓=自分の本質を隠し、相手よりも下に構える姿勢になる為、

どうしても他者に対して遠慮しがちになります。

 

②太腿の盛り上がりと強く締まった下腹部

 

また、クライアントさんの中で比較的多い例として、

下腹部が強く締まって、大腿部が前に盛り上がっている状態があります。

 

下腹部をぎゅっと締めるためには、

上半身を強く起こさなくてはならなくなります。

 

腹に溜めることと言えば、本音です。

本音を隠して、上半身を大きく見せようと構えている事から、

他者に影響されまいとする警戒心や、弱さを見せまいとする強がりなどを

対応する気持ちとして考えることが出来ます。

 

 

膝の捻じれは、自分らしくいる事を難しくする

 

さて、Mさんの膝へと話を戻しましょう。

Mさんの左膝についても、同じように姿勢と感情の対比で捉えました。

 

膝と言っても、左右どちらへのアプローチかによって意味合いが変わる部分もありますが、

ここでは置いておきます。

 

膝は捻じれて、膝から下が外側に彎曲した様になっています。

これでは、膝から上の重さを支えることが困難です。

上半身がまっすぐに立つことを、膝で拒否していることになります。

 

まっすぐに立つというのは、自分が自分らしく存在しており、

それに満足している感覚を生みます。

 

膝が外側にズレている時の身体の感覚は、

自分を外の世界に見せる事から避けているような、

自分らしくいる事から逃げているような、

そんな気持ちの時に感じている内的感覚に近いと思うのです。

 

 

ドンピシャではないかも知れないけど、

そんな感じに近いのではないかと思うとお話しすると、

Mさんは「ドンピシャです~」と。

 

自分のすべてのストレスの元は家族なのだと話し出しました。

 

家族の中で一番年下のMさんは親兄弟の不満を蓄積した形で受けており、

今までかなり気を使ってあっちこっちと調整していた事に

最近気付いたのだそうです。

 

 

膝が伸びた際に、Mさんはこんな事を言いました。

 

「膝の関節がすり潰されるみたいな感じがあったんです。

 

骨はちゃんと伸びて成長したいのに、

まわりの筋肉とか筋膜とかが一緒に成長しなくて邪魔してるような感じで。」

 

(Mさんは、自分の違和感の原因を考えて調べる内に、

もしかすると筋膜ではないかと気づかれて当院にいらっしゃいました。)

 

これは、先ほどの家庭での状況と合致していることにお気付きでしょうか?

 

骨とは自分という存在を支える軸であり、自分そのものです。

一方の筋肉や筋膜は、外の刺激に柔軟に対応し影響を受けながら、折り合いを付けます。

 

骨と筋・筋膜の捻れた関係性は、自分自身の在り方を大切にしたいのに、

家族との関係性の中で在り方が左右され、

思った様な自分でいられない状態と相似形なのです。

 

 

捻じれも、自分を守るための工夫として生じた

 

ですが、骨と筋・筋膜との間にずっと捻れを感じ続けて来た事で、

Mさんは自分の中心軸まで影響されない様に、

しっかり自分を守って来たのだとも考えられます。

 

捻れなどの違和感を長い年月の間ずっと感じ続けるのは、

想像以上に大変なことです。

通常は、無視している内に感覚がマヒし、忘れて行きます。

忘れても捻れの存在は消えませんが。

 

その違和感から逃げ出さずに、捻れの感覚を直視し続けて来たMさんは、

外のどんな力にも屈することのない、非常に芯の強い人なのかも知れません。

 

実はすんごい頑固者だったりして~

 

そうお伝えすると、Mさんは、多分そうだと、楽しそうに笑いました。

 

 

身体の変化を求める際に、大切なこと

 

MさんとRさんの事例から、

身体の形は心理的パターンと対応しており、身体が整うことで

思いや考え方の癖も変化すると考えられます。

筋膜は、身体のペースに合わせながら、その変化を着実にサポートします。

 

ですがそれには、まずご自身で準備して頂くべきことがあるのも、

事例から汲み取ることが出来ます。それは、

 

自分を変えよう、成長しようとする意識を持つことと、

 

変化・成長とは、今までの自分の在り方を手放して行く、

決して楽とは言えない道のりだと理解すること、

 

そして、その道のりの中にあっても諦めず、

自分で自分を鼓舞し続ける強さを持つことです。

 

この準備が出来ていればこそ、身体の変化を、

身体だけにとどまらない深い体験として受け取ることが出来るのだろうと思うのです。

 

 

 

 

 

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