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ボルネオ報告③(全4編): 食物は光を持っている。

ボルネオに行ったのも

もう2ヵ月前のことになりました。

つくづく、時間の過ぎる感覚は

東京にいると速いなぁと感じます。

 

日々、これをやらないとあれを終わらせないと、と

常に視線は遠くの前方を見て

やるべきことを鵜の目鷹の目で探す傾向にあるようで、

 

今この時に、

自分の感じている事や気になっている事に対して

十分に意識をとどめておくだけの余裕を持つことを

社会の流れが許容しにくいからなのかな、

と思ったりもします。

 

さてさて、ボルネオに話を移しましょう!DSC_0002_30

 

熱帯性気候のマレーシアは、

何と言っても植物の元気さが日本とは違いました。

市場で売られている葉物野菜はバカでかいですし、

見たことも無い種類の果物も、実に豊富にありました。

 

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左の写真はスネークフルーツ、右はタラップ。

次の記事で、植物や果物の詳細をご紹介する予定ですので、

しばしお待ちくださいね!

 

 

そう言えば、こんなことを教えてくれた人がいました。

熱帯地方では、歩いていれば

どこかしらで食べられる物が生っているから、

あまり頑張って働こうという気にならないらしいよ!と。

…なるほど、それはそうかも知れないですねぇ(^▽^;)

 

 

そうそう!

食べ物は全般的に美味しかったですよ~!

 

料理は辛いし酸っぱいしで、味がはっきりしていて、

飲み物は概して甘すぎるくらい甘いんですけど、

味のバランスが取れているんですよね。

日本人の舌には馴染みやすいと思いました。

 

それに、とにかく安い!

 

大きなショッピングモールの中にはフードコートもあって、

マレーシアの人達が普通に食べる一般的な料理を食べられます。

ランチの時間には、地元の人達も大勢食べに来ています。

 

白いご飯の入った発泡スチロールの容器に、

好きなおかずを選んで自分で盛りつけて、

それをテイクアウトできたりもします。

 

おかずは量ではなくて品数で値段が決まる形式なので、

3品選んで、ご飯におかずの汁をたっぷりかけて行っても

レジで払うのはわずか5リンギット(約170円)!

感動的な安さなのに、どれもハズレなしの美味しさ!

 

他にも、海の近くには屋台街があって、

エビやら魚やらが山の様に積まれています。

食べたいものと調理法を選んでオーダーすると、

その場で大皿の料理を作ってくれます。

 

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これは伊勢海老みたいなものだったかな?

見た目の鮮やかさで食欲が盛り上がって、

非常に美味しかったのです~!

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数あるレストランの中には

東京と同じ相場のところもありましたけど、

何と言っても日本と違うと感じたのは、

食材そのものの力強さでした。

だから、たとえ安いものであっても美味しいし、

食べると本当に満たされて、元気が湧いて来ます。

 

今までは、身体の状態が良ければ

食べ物の良し悪しははさほど問題ではない、

と思っていた所があったのですが(身体バカですね~(^▽^;))、

 

毎日食べている食材の力がこうも違うと、

根本的な「生きる力」の強さが

かなり変わって来るだろうと思います。

それは、何かを生み出したり、

想いを形にする事に情熱を注ぎ続けられる力でもあると思います。

そうした力を支える源の一つが、食事なのだと実感しました。

 

 

少し話は変わりますが、

滝を訪れた自然ツアーでは、

緑の木立が作り出す空気が本当に心地よかったのですが、

その空気を吸うことで

肺が柔らかくなったような感覚を感じました。

 

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美しいマフア滝。

流れの後ろ側に回って

滝を見上げることが出来る。

 

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私たちが日頃接触する環境によって

例えば、リラックスし易いとか、いつも緊張しているとか言った、

いわば身体が帯びているムードみたいなものが

無意識的に左右されているのだと気づかされた体験でした。

 

食べ物にしても空気にしても

生きる上で最も基本的な栄養素ですが、

私たちの心身の状態は

思いのほかこれらの要素によって

大きく規定されてしまうのだと言えそうです。

 

 

ボルネオでの豊かな食体験のお陰で、

「こんなに元気のない食材なのに、

こんなに高いなんて!」と

東京で外食をする度に理不尽さを感じては

ひとり憤慨しております(;^ω^)

 

食事は「元気」とか「活力」を得るために

摂るもののはずです。

だとしたら、食事に払う対価は当然

食事で得られる元気に比例していないとおかしい!

と思う訳なのです。

 

生きる事に最低限必要な「食べる」という事にさえ

こんなに費用がかかり、

しかもそれに見合ったエネルギーを持たない物を

食べることになっているだなんて。

 

日本は豊かな国だと言われていて、

私も以前は特に疑問も無く

そうなんだろうナと思っていたけれど、

一体豊かさとは何が基準なのかと

今は首を捻らずにはいられません。

 

 

憤慨しているだけでは成長しないので、

自分なりに出来る方法で、

食べ物に元気を取り戻してもらう方法を考えてみました!

 

ちょっとアヤシイ方法だなぁと

思う方もいらっしゃるかも知れませんが、

そのご意見もそれはそれで有りとしつつ、

ご紹介してみますねヽ(^。^)ノ

 

先日ある書籍を読んでいた時の事。

消化についての面白い一節を見つけました。

それは、

食物は光を持っていて、

真っ暗な消化管を通る時に

私たちはその食物の光を吸収する、

というものでした。

 

光とは、マナとか気とかエネルギーという様な概念に

置き換えられると思います。

消化管が真っ暗闇であることにも理由があったのかと、

妙に納得。

 

身体を物理的に構成する栄養素としてだけではなく、

食物が持つ光のエネルギーも

私たちは分け与えてもらってる事になります。

 

そう考えると、加工された食品よりは、

生に近いものの方が光を多く含んでいそうです。

 

ローフードやリビングフードには賛否両論ありますが、

良い面に関しては

食物の持っている生きた酵素をそのまま摂れるから

という理由をよく耳にします。

ですがもしかすると、食物の持っている光を

最大限吸収し易かったりするからかも知れませんよね。

 

一方で、生の野菜であれ果物であれ、

私たちの口に入るものの多くは

色んな薬剤をかけられて

育った地から遠く離れた所へ運ばれてきています。

 

彼らの身になって想像してみると…

店頭に並ぶ頃には頭は朦朧とし、

半ば冬眠した様な状態で、

自分がどこの誰だったのかも

分からなくなっている…かも知れません。

 

口に入れてしまう前に彼らの目を覚ませれば、

食材としての元気=光を取り戻せるのではないか、

なんていう発想が浮かびました。

 

で、実際に何をするかと言いますと。

いわば食材へのヒーリングです(*^^)

手で食材に触れながら、

彼らがまだ土に根を張っていた頃のイメージを

出来るだけ詳細に想像して伝えます。

 

土や空気の匂い、

風のそよぎ、陽の光の暖かさ、

そういったものを実感を伴う様にイメージして、

自分は本当は湿った香りの土から生まれた人参だったとか、

陽を浴びて輝いていたトマトだったとか言うことを、

ちゃんと思い出してもらいます。

 

そうするとどうなるか?

 

さぁて。

その効果のほどについては、

是非ご自身で試して

確かめてみて下さいね!(*’▽’)

 

 

そうそう、ボルネオの食事と言えば、

伝統的なバナナリーフでの食事もして来ましたよ!

 

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大きなバナナの葉の上に、

ライスを中心に色んな種類のおかずを盛りつけます。

 

ちなみに、

一緒に出て来た魚の頭の料理は定番らしいんですが、

こちらはいささかコワモテ。

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伝統食を食べる時には手を使うのですが、

これがなかなか難しい。

 

インドで正式な食べ方を教わった友人の説明によれば、

使う指は右手の3本。親指、示指、中指。

 

おかずとライスを混ぜて一口大にまとめ、

3本の指で掬いあげます。

示指と中指に乗せた食べ物を、

最後に親指で押し出すようにして口の中へ。

 

むむ、

知らぬ間に指4本汚れている。

なぜだ…。

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とまぁ、かような感じで、

意外にも技術が必要です。

 

でも、手で食べるのは、

思っていた以上に

良い風習だと思いました。

 

ご飯やおかずなどの

ぐちゃぐちゃとしたものを手で混ぜるのは

気持ち悪そうだなぁと思っていたのですが、

 

実際にやってみて気づいたのは、

これから食べる物を

口に入れる前に手で確認する事になるんですね。

それが、非常に健全だと思ったんです。

 

日頃、テレビを見ながら食事をするのが

当たり前の習慣になっていましたが、

そのせいで自分が何を食べているのか、

ちゃんと意識せずに食べていました。

 

食べ物に対して失礼という以上に、

自分自身に対して失礼なことをしていたな、と。

これから体内に入って

自分を構成してくれるはずの物を

その都度、認識せずにいたのですから。

 

手で混ぜる工程が入れば、おのずと

何を食べるのかに意識が行きます。

 

何が自分を形作ってくれるのかを

ちゃんと把握しながら食べる事は、

 

自分という存在の土台をしっかり認識し、

自己の同一性を安定させる事にも

繋がっているような気がします。

 

 

 

 

 

 

ボルネオ報告②(全4編):-獅子舞と華人の力

 

今回のボルネオ行は、

2月13日~23日の日程でした。

これはもうズバリ、

中国の春節に重なる時期。

 

日本の正月とは異なるマレーシアの年末年始の空気を、

思いがけず味わってきました!

 

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(サンデーマーケットの開かれる

市街中心部のGayaストリート。)

 

 

春節のお話の前に、

マレーシアやボルネオと言う地域について

少し説明させて下さいね。

 

ボルネオ島は日本からほぼ直線的に南へ、

飛行機で5時間ほど行った所にあります。

 

北端の小さな範囲にブルネイ王国があり、

上の5分の2ほどの範囲はマレーシア、

下の5分の3はインドネシアが領有しています。

 

ボルネオ島全図

 

今回行ったのは、

そのマレーシア側の最大の都市、

コタキナバルでした。

(地図の中では、島の北端の少し左にあります。)

 

 

マレーシアは、イスラム教を国教とする国。

マレー人はムスリムで国民の約6割を占めます。

他には、3割が中華系の人々、1割がインド系です。

首狩り族として知られる部族を始めとして、

多くの先住系の部族も存在しています。

 

多民族の多文化、

モスクも道教寺院もキリスト教会もあって、

多宗教が共存しています。

 

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(リカスタウンにある石造りの教会。

この日は、地元のマレーシア人が沢山集まってのミサの日。

教会の前には、実は物凄い数の車が

ぎゅうぎゅう詰めに停まっていて、大変な事になっていました。)

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単に混在していると言うよりは、

それぞれが独自性を保ちながら上手く棲み分けをし、

違うもの同士が共生するのを可能にしている。

そんな、柔軟性を持つ社会の様に見えます。

 

 

 

それを示唆する象徴的なお話を、

現地で聞きました。

 

ボルネオは19世紀にイギリスの植民地となっており、

先住部族の中では

キリスト教徒が多いそうなのですね。

 

マレーシア全体としてはマレー人が多いけれど、

ボルネオでは、実は先住部族が

住民の半数以上を占めるのだそうです。

信徒の多くが部族民なため、

教会ではマレーシア語を使って説教が行われます。

 

ところが、マレーシア本島では

これはあり得ない事だそうなんです。

マレーシア語は国教であるイスラム教のモスクで使われ、

キリスト教会では英語を用いる。

ちゃんと、宗教に応じて

言語の使い分けが決められているそうなのです。

 

 

言語をない混ぜにして用いれば、

互いの教義に影響を及ぼし合うことは

想像に難くありません。

それを避けるために、

システムとしてちゃんと枠組みが決められている、

と言う事の様なんですね。

 

 

もちろん、現地の方にとっては、こうした仕組みも

良い面ばかりではないのかも知れませんが、

単一民族の(異論はあるでしょうが)日本に住む人間からすると、

「異なる文化や宗教を尊重する」には、

それだけ具体的な形が伴う必要がある、と言う現実に

なるほどな~…と深く感心させられたのでした。

 

 

ちなみに、マレーシアは

元々はシンガポールと一つの国だったって、

知っていますか?

今まで東南アジアに興味のなかったワタクシ(ゴメンナサイ)、

今回初めて知りました!

 

シンガポールは、マレーシアに比べて

華人の割合が多いそうです。

 

マレーシア半島にある11州(マラヤ連邦)と、

ボルネオ島の2州、シンガポールとが統合されて

マレーシア連邦になったのは1963年のこと。

結構、最近です。

 

マレー系の人々を中心に政策が展開される中で

中国系の人々が反発し、紛争にまで発展した結果、

シンガポールはマレーシアから追放される形で別々の国となったそうです。

統合してから、わずか2年後でした。

 

以降、

追放された一方は華人の力で経済大国に、

一方はまだ発展の途上に。

 

歴史の皮肉を感じなくもないですが、

でも私が感じた限りでは、マレーシアは

ムリなく歩みを進めている感じで良いなぁと思います。

とにかく、時間がゆったりと自然に流れている、

そのことが何よりも素晴らしいと思います。

 

 

 

さてさて、春節。

これは、言わずと知れた中国の正月のお祝いです。

 

コタキナバルに着いた時に驚いたのは、

大きなショッピングセンターの壁に

大きな金貨(!)の飾り物が沢山下げられていたり、

道沿いに赤い提灯がぶら下げられていたりと、

まぁ~とにかく賑やかなんですね。

でも南国のせいなのか、その賑やかさが

うるさく感じたりはしないんです。

 

春節の年末は日本の年末と同じで、

どのお店も夜遅くまで営業していました。

結構、早い時間帯から遅くまで開いている所が多いんですね。

南国の人達はのんびりしているイメージが勝手にあったので、

マレーシアの人達は働き者だなぁ~と感心してしまいました。

 

 

 

春節の元旦は2月の19日。

その日、研修の会場になっていたホテルに

獅子舞の一行がやって来ました。

ピンクに白に黄色に赤、

色とりどりの獅子が太鼓に合わせて派手に舞います。

 

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ホテルやレストランなどでは、

個別に獅子舞を呼ぶのだそうです。

獅子舞の規模は、支払う金額によって変わるそうで。

 

4頭現れたこのホテルでは、

一番良いランクのものをお願いしたのではないか、

とのこと。

 

獅子舞は、

場のエネルギーを活性化させる舞いなのだそうです。

今回の研修の講師の説明をお借りして、各場面の解説を少々…

 

まず、赤い獅子はホテルに入って来ると、

そのまま太鼓を従えて最上階へ。

5階あるホテルの全てのフロアを経巡りに行きます。

これによって、ホテルの中の全てのエネルギーが

くまなく振るい動かされます。

 

 

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ホテルのフロント前では、

残りの獅子たちがホテルの中の方へと向けて舞いを行い、

外からのエネルギーをホテルの中へ取り込みます。

 

時には観客の足をかじったり、

頭をかじったりしながら(これは厄払いですよね)、

躍動的な舞いを続けます。

 

かじる仕草が

何とも可愛いんですよ~。

 

 

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↑ 躍動感のすごさは、ほらこの通り!!

 

 

フロントでは、ピンク獅子の独演が始まりました。

愛想をふりまいて激しく舞いながら、

差し出された皿に盛った果物をパクリ。

果物は皿ごと、獅子の中に消えてしまいました。

 

 

やがて、ピンク獅子は

身体を長々と伸ばして地面に伏せました。

おや~?寝ちゃったのかな?

 

寝息を立てているみたいに、

お腹の辺りが動いています。

おぉ!繊細な演技~(*’▽’)

 

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今度は、ホテルの入口の外で

黄色い獅子が階段を使って舞い始めました。

 

階段と言っても柱が並んでいる形で、

足場は恐らく直径30センチ程度だと思います。

もし踏み外しでもしたら、

1メートルじゃきかない高所からの転落です。

 

 

 

ホテルの外に出ると、

抜ける様な美しい青空と、

まばゆいばかりの陽の光でした。

 

(伝統的に大事に継承されている儀礼だったからか、

天界と言っていいのか、

異なる次元からのお祝いの光の粉が降っていたのだとか~。

ひときわまぶしかったのは、

そのせいだったのでしょうか~(*’▽’) )

 

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舞いはアクロバティックで、

柱の上を飛び跳ね、

立ち上がり、

時には上半身が足場から飛び出します。

 

そんな動きの中で、

耳をパタパタ、まぶたをパチパチと

可愛らしく動かします。

 

あ!

獅子が食べてた果物の皮を

こっちに投げてよこした~!

これに当たるのはメデタイのかな?

 

(↓ 当日の獅子舞の動画。3分程度です。)

 

 

舞い手を見ると、

獅子の上半身の子は小さく、

下半身を担当している男の子は大柄で

がっしりと筋肉がついていましたよ!

 

舞いを舞うのは10代の若者たちです。

生命力の最も盛んな時期の若者たちが舞うという所も、

エネルギーの活性という目的に適っているのですね~。

 

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外での黄色い獅子の舞いが終わるころに、

再びホテルのフロントの方で歓声がしました。

寝ていたピンクの獅子が起き上がった様です。

ホテルの外へ出てくると、

お客さん達との写真撮影に応じます。

 

フロントの台の上を見てみると、

細工の施された果物が!

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獅子が伏せて眠ったと見せて、

実は中で細工をしていたんですね~!

 

 

 

私が宿泊していたのは別のホテルだったのですが、

そこでもやはり獅子舞を呼んだようでした。

部屋に入ると、机の上に

二つのミカンとお年玉袋みたいな小袋がありましたヨ。

小袋の中身は、金貨チョコ。

 

こうやって、みんなに福のお裾分けをするんですね。

マレーシアの春節に参加できたんだなぁって、

妙に嬉しかったのです~(#^.^#)

 

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日本に戻ったのは、ちょうど春節が明けた頃。

ニュースを見ると、中国人の爆買いの話で持ち切り。

 

以前なら、節操がないなぁと不愉快に感じたと思うんですけど、

ボルネオで中華系の文化に触れたせいでしょうか、

いいんじゃない、と思ったんです。

それが、自分でも意外でした(*^^)

 

中華系の人々は、

物質世界を動かす力を本当に持っているんだなぁと、

ボルネオで感じたんですね。

 

現実を動かす為にどうやってエネルギーを活性化させたら良いかとか、

どういう土地ならエネルギーを呼び込みやすいかとか、

そういう知恵を現実社会とリンクさせて上手く使っている。

 

例えば、風水だって

面白おかしい古い迷信などでは決してなくて、

建築の世界などでも未だに活用されたりする

活きた知恵として残っている訳です。

 

彼らが世界中を飛び回っていることで、

世界でモノが動いているし、

世界に活力が与えられている。

そうした側面はあるんだろうなぁ、って思います。

 

異なる文化を尊重し合うマレーシアの社会だからこそ、

文化の特徴みたいなものが

より見えやすかったのかも知れない、とも思います。

 

その反面で日本を省みてみると。

日本の伝統的な信念体系や知恵を、

生活の一部として活きた形で

大切に継承していると言えるのかどうか。

形骸化して骨抜きになっているものが、

ほとんどなのではないか。

 

そうしたものをちゃんと活かすことが出来た時に、

世界の中で日本が果たせる役割も見えて来るのかなぁ、

なんて思ったりするのです。

 

 

 

 

 

ボルネオ、小さな冒険譚。ーボルネオ報告①(全4編)

 

コタキナバルのにぎやかな中心通り、Gaya Street.

(毎週日曜日に、サンデーマーケットが開かれる事で有名です。)

そこから少し山側に行った所に、

ホテル・ドリームテルがある。

 

ホテルの裏山には、

コタキナバルを一望できる展望台へと続く

舗道が走る。

 

前日は、その道を辿って早朝散歩へ行った。

道沿いには、赤道直下ならではの

鮮やかだったり巨大だったりする植物が

普通な顔をして生えている。

 

花の形状や色もさることながら、

アリの顎が見事に強そう。 ↓

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下の写真はクワズイモ。

左の女性の身長は180センチ近く。

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こちらは、山裾にそびえ立つ巨木。

一本で立派なジャングル。

 

下の写真は、

展望台の辺りから見たコタキナバル方面。

入江の向こうには、今も残る

フィリピン系部族の水上集落が見える。

 

豊かな自然や文化を保持しながら、

一方で都市化も進んでいる。

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この日は、一人で散歩へ。

昨日通った展望台へ向かう道の途中に、

山の上へと続く古びた赤い手すりの階段があるのが、

目に飛び込んでくる。

 

一見薄暗く、踏み込むのをためらう雰囲気。

でも、何となく気になる。

冒険心をくすぐられる。

 

昨日の散歩では、今回のボルネオ行の目的である

研修に一緒に参加している友人と通りかかったが、

嫌な感じがする道だからと

のぼらずじまいだった。

 

どうしようかと考えていると、

現地の青年たちが音楽を聴きながら下って来るのに

ちょうど出会った。

彼らのリラックスした様子を見ると、

どうやら危険な道ではないらしい。

 

この道はどこへ行くの?

と聞くと、イスタナへ続く道だという。

ありがとう、と言って階段を上り始める。

(この記事を書く為に調べていて知ったのだが、

イスタナとはマレー語で宮殿を意味する言葉だそう。

かつて、宮殿のある地域だったのだろうか。)

 

手入れの施されていない荒れた道で、

頻繁に人が往来している訳ではなさそうだ。

曲がりなりにも、街灯は立っている。

 

 

 

この道が怖いと感じるのは、

機械のモーターの様な、甲高く奇妙な音が

絶え間なくしているせいもあるだろう。

耳慣れない不思議な、不気味にも感じる音。

 

機械なのか、それとも鳥なのか。

正体を確かめようと上を見ながら歩く。

 

音に近づいていくと、

ぱたりとやむ。

そちらの方を見ても、何の姿もない。

 

こちらが立ち止ると、

姿は見えないまま

また鳴り出す。

 

しばらくじっとして、耳を澄ます。

あれ~?この感じ…。

 

同じ調子の

気味の悪いモーター音に聞こえていたのが、

ちゃんと聞いてみれば始まりと終わりがある。

 

始まりは急で、終わりはゆっくりと尾を引き、

かすれながら止まる。

 

あぁ、やっぱり。

セミだ。

向こうにも小さく鳴いているのがいる。

鳴き交わしていたんだ。

 

(下の音声ファイルから、その時のセミの声をお聞き頂けます。

ウグイスに似た鳥や鶏などの鳴き声も。)

 

 

日本のセミとは、音色が全く違う。

もっと金属質で、生き物っぽい感じがしない。

 

生き物っぽい感じがしないって、

何でそう思うんだろう?

…ははぁ、そうか。

「ゆらぎ」が無い感じなのかも。

 

そう考えると、

日本のセミの声は、日本の文化と似ているなと思う。

地味で渋く、繊細なゆらぎがある。

 

きっと、ボルネオのセミの声が日本の森で鳴り響いていたら、

日本の文化はもっと違った色合いになっていたに違いない。

 

私達を囲んでいる様々な環境やその要素の一つ一つが

私たちの感受性を育み、文化を作っているのだなと、

しみじみ思う。

 

 

 

思ったよりも階段は短く、

すぐに上の道路に出た。

目の前には、神学校がある。

道路よりも一段低くなった土地に立つ

青と白を基調にした洋風の立派な建物だ。

 

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この道路は丘の稜線に沿って走っているのか、

道路のすぐ向こう側は谷になっている。

谷の底には、美しく赤い屋根の街並みが見える。

通りかかった現地の青年に聞くと、

リカスタウンという名前だと教えてくれた。

 

時刻は朝の7時すぎ。

ボルネオの今の時期の日の出は6時過ぎ。

6時半から7時ころまでは涼しく、

散歩するのがとても心地よい。

7時半頃からは次第に気温が高くなる。

 

朝靄にかすむ隣町の景色が、

夏の陽の光の中で幻想的に輝いて見える。

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路傍には

明るい陽射しを浴びて鮮明な色彩の花が咲き、

道の真ん中には、ヤシの実だって落ちている。

なんて実り豊かな大地なんだろう。

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マメ科の花も、

こんなにデッカイ。

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アサガオは、普通の大きさだけど。

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道路にヤシの実。

車の運転中に落ちて来たりもするの…?

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神学校の近くで出会ったテントウムシ。

これは、日本のよりも少し小振り。

背中の模様は十字架?(神学校だけに…。)

まさか※印じゃないよね…?(^▽^;)

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初めての国の知らない土地。

先に何があるか分からなかったけれど、

興味のおもむくままに行動してみた。

 

ほんの小さな冒険。

けれど、自分一人で行くことが出来た。

冒険のご褒美は、美しく平和な眺望。

 

先日の研修の中で

実はちょびっと凹んでいた自分の気持ちが、

(研修は施術の為の学びの場であると同時に

自己成長の場でもあるので、色々起きます。(^▽^;) )

急にぱかんと切り替わるように、

晴れ渡ったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

帰って来ました!

11日間という長い間

neMu no ki をお休みさせて頂いていましたが、

やっとボルネオ島から帰って参りました!

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昨日の夕方に帰って来まして、

まだ全くもって旅気分のまんまでおります~。

 

 

ボルネオ島は世界で3番目に大きな島で、

北部がマレーシア、南部がインドネシア。

今回行ったのは、マレーシア側にあって

ボルネオ島で最大の都市、コタキナバルでした。

 

 

(下図の右上、太黒字でMount Kinabaluとあります。

その左側に小さな黒字でKota Kinabalu と書いてある所に当たります。)

ボルネオ島全図

 

 

日本との時差は1時間だけで、日本が先行しています。

なので、その影響はないんですけれど。

 

 

ボルネオに行ったのは春節のお祝いの真っただ中。

奇しくも赤道直下の常夏の島で、

中華系の旧正月の年末年始の空気を

マレーの人達と一緒に味わって参りました。

 

 

獅子舞も見ましたよ~!

 

獅子舞:ボルネオ-3頭

獅子舞は、ホテルや飲食店に呼ばれてやって来ます。

私が参加していた講義が開催されていたホテルの前でも、

3頭の獅子がそろい踏み。

 

獅子舞

4つのフロアすべてを、

太鼓チームと獅子がくまなく練り歩きます。

 

獅子舞:ボルネオ-4

最後には、晴れ渡る青空の下で

曲芸的な獅子舞を披露。

 

獅子舞の様子は、

また後日の記事で詳しくご紹介しますね!

 

 

 

一年が終わって、新しく流れが切り替わる時。

明るい南国の日差しの中で、

穏やかで晴れやかな時間に

どっぷり浸って来たものですから…。

 

 

日本に降り立った時には、

「あれ~?景色が地味…。

あらら、何だか生気が乏しくって

さびしいわ~。 😥 」

という具合でして。

 

 

まだ冬を脱し切らない日本の気候と、

殺伐としたニュースばかりの日本社会に慣れるまでには

ちょっと時間が掛かりそうです(;・∀・)

 

 

でも、

むしろ慣れなくてもいいかな。

 

 

明日からは施術再開。

晴れやかで、風通しの良かった

マレーシアの空気の中にいる様に皆さんをお迎え出来たら、

その方が良いですものね!

 

 

ボルネオでのお土産話は、

少しずつご紹介して行きますね。

まずは、帰国のご報告まで~!

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